終わらない死
第44話です。宜しくお願い致します。
骨が、また立ち上がる。
さっきまで確かに砕け散っていたはずの白い巨体が、地面に散らばった破片を引き寄せるようにして、ゆっくりと元の形へ戻っていく。
ガチャ……ガチャ……ガチャ……
骨と骨が噛み合う音が、嫌に耳に残る。
「……またかよ……」
思わず声が漏れた。
もう何度目か分からない。
倒した。
確かに倒した。
頭を砕こうが、胸を吹き飛ばそうが、全身をバラバラにしようが――結局こうして、また立ち上がる。
その光景は、もはや戦闘というより悪夢に近かった。
◇
周囲を見渡す。
街の外縁は、完全に戦場と化していた。
地面には無数の骨片が転がり、抉れた道路の上を10メートル級のスケルトンキングたちが闊歩している。
Aランクモンスター。
しかも30体。
それが今、俺たちを押し潰そうとしている。
(……何回壊した……?)
俺は歯を食いしばる。
未来のシャドウウルフが足に噛みつき、陸斗の光線が巨体を撃ち抜き、凛堂が拳で頭蓋を砕き、柿原が炎で焼く。
それでも終わらない。
壊しても、壊しても、終わらない。
(……弱点じゃない)
胸を砕いても駄目だった。
頭を吹き飛ばしても駄目だった。
完全に粉砕しても、骨が集まって戻ってくる。
(じゃあ何だ……?)
考えている暇はない。
目の前の一体が、大剣を振り上げた。
「来るぞ!!」
俺が叫ぶと同時に、その斬撃が地面を叩き割った。
◇
――轟音。
衝撃波。
警備隊二体が吹き飛ぶ。
「修復!」
即座にスキルを発動する。
砕けた装甲が、0.7秒で元に戻る。
今の俺にできることは、前に出て殴ることじゃない。
場を持たせることだ。
この戦場そのものを、俺の側に引き寄せることだ。
「警備隊、前列維持! アル、左を抑えろ! ソックスはその援護!」
「ヒャッハァァ!! 任せろォ!!」
「……了解です」
10体分の戦力が、即座に動く。
だが――それでも、足りない。
そんな感覚がもうずっと付きまとっていた。
◇
「陸斗!」
「はい!」
陸斗が一歩前へ出る。
その表情は、相変わらず落ち着いていた。
こんな状況でも、あいつはブレない。
「バリア」
薄い光の膜が展開される。
そのまま間を置かず、
「準備」
光が収束する。
そして、ほんの刹那の後。
「光線!」
十本。
十本の光が、空間を裂いた。
左に五本。
右に五本。
集中された光線が、二体のスケルトンキングを同時に貫く。
ズガァァァァァン!!!
骨の巨体が吹き飛ぶ。
肋骨も、背骨も、腕も、脚も、まとめて砕け散る。
完全な破壊。
見ていて気持ちいいくらいの火力だ。
「……よし」
俺は思わず呟く。
だが、次の瞬間にはその感情が消えた。
地面に散らばった骨が、また動き出したからだ。
「……っ」
陸斗も、わずかに目を見開く。
骨が地面を這い、空中に浮き、元の位置へ戻っていく。
再生。
再構築。
そして再び、王の姿になる。
「……またですか……」
陸斗の声は静かだったが、その中には明らかな困惑が混じっていた。
「一回じゃ足りないってことか……」
俺は低く呟く。
だが、その“一回じゃ足りない”の意味が、まだ分からない。
何回だ?
どういう条件だ?
何か法則があるのか?
考えようとするたび、答えは霧の中へ消える。
◇
「未来!」
「うん!」
未来が前に出る。
その背後には、強化されたシャドウウルフが並んでいた。
「行って!」
群れが走る。
骨の脚へ噛みつく。
関節を狙う。
引き倒すように、絡みつくように。
未来の戦い方は、派手ではない。
だが、戦況そのものを変える力がある。
「足は止められる!」
未来が叫ぶ。
「でも……!」
次の瞬間、スケルトンキングの脚がバラけた。
骨が意志を持ったみたいに、一時的に分離し、シャドウウルフの拘束をすり抜ける。
「……は!?」
未来の声が裏返る。
そしてすぐに、骨がまた元の形へ戻る。
「嘘でしょ……!」
未来が歯を食いしばる。
俺も同じ気持ちだった。
普通の敵じゃない。
ほんの一瞬でも“止まった”と思ったら、その認識ごと裏切ってくる。
◇
その時。
「どけ!!」
凛堂の怒鳴り声が響いた。
次の瞬間、凛堂が真正面からスケルトンキングに飛び込む。
「充電完了ダァァァ!!」
拳が、唸る。
ドォォォン!!!
顔面に叩き込まれた一撃で、頭蓋骨が爆ぜる。
そのまま二撃、三撃。
首。
胸骨。
肩。
凛堂は完全に“破壊するための生き物”みたいな動きをしていた。
無駄がないとか、綺麗だとか、そういう次元じゃない。
ただ、強い。
ただ、怖い。
だが、それが今は頼もしかった。
「まだ立つのかよォ!!」
凛堂が叫ぶ。
崩れた骨に向かってさらに蹴りを叩き込む。
その隣では、柿原が火縄銃を連射していた。
「みんなで繋いだ火は消えねぇ!!」
バンッ! バンッ! バンッ!
炎をまとった弾丸が次々に骨へ撃ち込まれる。
さらに火炎瓶。
着弾と同時に炎が広がり、スケルトンキングの全身を包む。
「そのまま燃え尽きろ!!」
炎の中で骨が崩れる。
焼け落ちる。
炭のように黒く変色する。
――だが。
「……はぁ!?」
柿原の顔が歪む。
燃え落ちたはずの骨が、また集まり始めた。
「燃やしてもダメかよ……!」
俺はその光景を見ながら、嫌な汗が背中を流れるのを感じていた。
凛堂が壊す。
柿原が焼く。
それでも復活する。
だったら――
(何が足りない……?)
答えが見えない。
見えないまま、戦いだけが進んでいく。
◇
「門脇さん!!」
戦術隊の隊員が押される。
一体のスケルトンキングが暴れ、隊列を崩しにかかっていた。
その前に、門脇が出る。
「……少し黙ってろ」
相変わらず、気負いのない声だった。
だが、次の瞬間。
「――“ガチャカプセル”」
空中に、巨大な透明カプセルが出現する。
カチッ、という軽い音。
そしてそのまま高速で射出。
直撃した瞬間――スケルトンキングの巨体が歪んだ。
骨がきしむ。
空間ごと畳まれるように、縮んでいく。
そして――ボンッ!
10メートルの巨体が、手のひらサイズのカプセルの中に閉じ込められていた。
門脇は、軽くカプセルを指で弾いた。
コツン、と乾いた音。
その時、犬飼が飛び出した。
腕を獣のそれへと変える。
筋肉が膨らみ、爪が伸びる。
そのまま、カプセルめがけて全力で叩き込む。
ドガァァァン!!!
カプセルの中で、閉じ込められていたスケルトンキングが粉砕される。
犬飼が着地しながら叫ぶ。
「これで一回分は削れます!!」
一回分。
その言い方が、妙に引っかかった。
だが今は、その引っかかりを考えている余裕がない。
◇
「色谷!」
「おう!!」
色谷が前に出る。
「――ボウリング場!!」
地面に巨大なレーンが展開される。
九体まで固定。
スケルトンキングたちが、その場に縫い付けられるように止まった。
「ぶっ飛べぇぇぇ!!」
巨大なボールが転がる。
ドゴォォォォン!!!
まとめて粉砕。
派手に砕ける。
綺麗に決まった。
だが――
やはり、骨はまた動き出す。
「……マジかよ」
色谷の声が重くなる。
爽やかな男の顔に、初めてはっきりと焦りが浮かんでいた。
「任せてぇ♡」
その時、芹沢が一歩前に出た。
妙に場違いなくらい甘い声。
だが、今はその軽さが逆に頼もしい。
「――“ラブレター”」
紙が現れる。
それが、ひとりでに折り畳まれ、紙飛行機になる。
対象は、スケルトンキング。
飛ぶ。
ふわり、と。
そして、巨体へ吸い込まれるように突き刺さった。
「はい♡ 私のこと、愛してちょうだい♡」
次の瞬間。
スケルトンキングの動きが止まる。
赤黒い眼の光が、一瞬揺らいだ。
「……入った!」
俺が叫ぶ。
芹沢が嬉しそうに笑う。
「ふふ♡ いい子ねぇ♡」
そのまま操られたスケルトンキングが、別の個体に大剣を叩き込む。
さらにもう一撃。
仲間割れ。
圧倒的な重量と威力で、二体をまとめて吹き飛ばす。
「おぉ……!」
思わず声が漏れる。
強い。
めちゃくちゃ強い。
「そのまま暴れて♡ もっと♡」
芹沢が指を振る。
操られた王が、さらに別個体へと襲いかかる。
◇
戦況が変わる。
だが――
それも長くは続かなかった。
「え、ちょっ……!」
突然、操られていたスケルトンキングの動きが止まる。
時間切れだ。
そして次の瞬間。
ギギギ……と首だけこちらを向いた。
「ちょっと待ってぇぇぇ!?♡」
芹沢が叫ぶ。
大剣が振り上がる。
危ない。
その瞬間、俺は叫んでいた。
「三葉!!」
「了解いたしました」
三葉が前へ出る。
感情のない、整った声。
だが動きは速い。
スケルトンキングの腕へ拳を叩き込み、軌道をずらす。
ズドォン!!
大剣が地面を砕く。
その隙に一葉が爆弾を投擲、二葉が鉄球で押し返す。
「対象の制圧を実行いたします」
「排除を開始いたします」
「近接制圧に移行いたします」
自我はない。
だが、そのぶん迷いもない。
三人はまるで一つの兵器みたいに、無駄なく動く。
完璧に連携し、スケルトンキングを一度粉砕した。
……そして。
また、蘇る。
その光景を見て、俺は奥歯を噛んだ。
芹沢が、珍しく本気で顔を引きつらせている。
未来も、陸斗も、凛堂も、門脇も。
みんな、同じ顔をしていた。
これはもう、“ただ強い”じゃない。
終わらない。
削っても、壊しても、終わらない。
それが一番、恐ろしかった。
◇
戦場の音が、変わっていた。
さっきまでの“優勢”とか“押している”とか、そういう空気はもうない。
今あるのは――ただの消耗戦だ。
「チャン爺!!」
「こちらにございます、坊ちゃま」
振り向いた瞬間、チャン爺の姿が消えた。
次の瞬間。
スケルトンキングの背後に現れている。
スッ――
抜刀。
無駄のない一閃。
骨の頸椎を、正確に断ち切る。
ガラガラと崩れる巨体。
……だが。
「……やはり、戻りますか」
チャン爺は一歩引きながら、静かに呟く。
斬っても意味がないと理解している。
それでも、やらなければならないから斬る。
そんな戦い方だ。
その横で――
「クソがァァァ!!」
凛堂が吠える。
拳が唸る。
ドォン!!
ドォン!!
ドォン!!
何度も何度も叩き込む。
骨を砕く。
潰す。
それでも。
「なんで終わんねぇんだよ!!」
再生。
復活。
無限のループ。
その光景に、凛堂ですら苛立ちを隠せていなかった。
◇
「下がれ!! 怪我してる奴は全部こっちだ!!」
浮田の声が響く。
戦場の後方。
そこには“手術空間”が展開されていた。
白い空間。
血の匂い。
だが、不思議と安心感がある場所。
「……くっ……」
戦術隊の一人が倒れ込む。
腕が完全に抉れている。
普通なら即死だ。
だが――
「オペ開始」
浮田の目が変わる。
次の瞬間。
動きが一気に加速した。
手術道具が宙に浮かぶ。
切開。
接続。
再生。
――速い。
異常な速さだ。
「……戻ったぞ」
たった数分。
それだけで、腕が元通りになっていた。
「な、なんで……」
戦術隊の隊員が呆然とする。
「医者に敵も味方もねぇ」
浮田は淡々と答える。
「俺が治療してる間は――全員、患者だ」
その言葉に、強襲隊の連中が言葉を失う。
だが、それを聞いている余裕もない。
「次来るぞ!!」
俺が叫ぶ。
また一体、こちらへ突っ込んできていた。
◇
「ヒャッハァァァァァ!! まだまだいけるぜェェェ!!」
アルが笑いながら弾幕を張る。
ドドドドドドド!!!
骨が砕ける。
削れる。
吹き飛ぶ。
「……カバーします」
ソックスが冷静に撃ち抜く。
一発。
一体の関節を破壊。
動きを止める。
連携。
完璧だ。
だが――
「……また再生か」
ソックスの声が、わずかに沈む。
アルも一瞬だけ笑みを止めた。
「……おいおい」
そして、吐き捨てるように言う。
「これ、マジで終わんねぇのかよ」
その言葉が、全員の心に重く刺さる。
終わらない。
終わりが見えない。
それが一番キツい。
時間の感覚が、狂ってくる。
何体倒した?
何回壊した?
もう分からない。
◇
「未来!!」
「うん!!」
未来が叫ぶ。
シャドウウルフが突撃。
噛みつく。
押し倒す。
だが――
バラける。
再構築。
「……止まらない……!」
未来の声が震える。
それでも止まらない。
止まれない。
その時だった。
「――ボウリング場!!」
色谷が叫ぶ。
再びレーン展開。
複数体を固定。
「これで――終わりだァァァ!!」
全力投球。
ドゴォォォォン!!!
まとめて粉砕。
完璧な一撃。
だが。
また、骨が動く。
「……嘘だろ……」
色谷の声が、完全に重くなる。
さっきまでの爽やかさは消えていた。
ただの現実が、そこにあった。
「……はぁ……はぁ……」
誰もが息を荒げていた。
体力も。
精神も。
削られていく。
「……これ……どうやって倒すんだよ……」
誰かが呟く。
その言葉に、誰も答えられない。
◇
その時だった。
「……まだ……」
陸斗が、前に出た。
静かに。
だが確実に。
「まだ、やれます」
目は死んでいない。
むしろ――研ぎ澄まされている。
「準備」
光が集まる。
「バリア」
展開。
「光線」
――発射。
十本。
今までと同じ。
だが、狙いが違った。
同じ個体。
同じスケルトンキングへ、集中。
ズガァァァァァン!!!
破壊。
再生。
もう一度。
「もう一回」
準備。
光線。
破壊。
再生。
「まだ……」
三回目。
四回目。
五回目。
――そして。
六回目。
ズガァァァァァン!!!
完全破壊。
骨が粉々に砕け散る。
……そして。
動かない。
誰も、息を止めた。
数秒。
数秒――。
……動かない。
◇
「……え?」
未来が呟く。
凛堂も、門脇も、全員がその一点を見る。
骨が、戻らない。
「……倒した……?」
誰かが言う。
俺は、陸斗を見る。
陸斗も、呆然としていた。
「……分かりません……」
小さく呟く。
「でも……今の……」
言葉が続かない。
理由が分からない。
だが。
確実に――
「……一体、倒せた……」
その事実だけが、そこにあった。
だが。
周囲には、まだ29体。
変わらず、立っている。
変わらず、こちらを見ている。
変わらず、動き出している。
「……はは……」
思わず笑いが漏れた。
「一体だけかよ……」
絶望は、消えていない。
むしろ――よりはっきりと形を持った。
だが同時に。
“終わり方のヒント”だけは、確かにそこにあった。
俺はゆっくりと前を見る。
まだ終わらない戦い。
だが――
「……何かある」
確信だけが、胸に残っていた。
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