休戦と備え、そして新たな力
第41話です。よろしくお願いします。
ジャイアントオーガの最後の一体が、重たい音を立てて地面に沈んだ。
ドォン……と遅れて響く衝撃。
その巨体は、もう二度と動かない。
周囲には、さっきまでの激戦の痕跡が色濃く残っていた。
抉れた地面。
砕けた道路。
削られた建物の壁。
燃え残った炎の匂いと、血と土の混じった重たい空気。
そして――空の上には、まだあの不気味な数字が浮かんでいる。
72時間。
24時間。
さっき消えた10秒の表示だけがなくなっていた。
「……」
誰も、すぐには喋らなかった。
俺も、ただ息を整えることしかできなかった。
勝った。
少なくとも、今回は。
だけど、安心なんて全然できない。
むしろ、さっきよりもずっと嫌な予感が強くなっている。
あれがBランク。
今までこの世界で確認できていたのはCランクまでだった。
なのに今回は、いきなり“それより上”が、それも大量に現れた。
しかも――まだ、終わりじゃない。
(24時間後、また来る……)
思わず、視線が上を向く。
あのカウントダウンが、それを否応なく突きつけてくる。
勝ったはずなのに、全然勝った気がしない。
横を見ると、凛堂も空を睨んでいた。
さっきまで獰猛に笑っていた女が、今は眉をひそめて黙り込んでいる。
その顔を見て、少しだけ分かった。
こいつも――今の状況を“面倒”じゃ済ませられないって理解したんだろう。
「……一旦、休戦だな」
最初に口を開いたのは、凛堂だった。
低く、だがはっきりとした声。
俺はそちらを見る。
「そうだな」
短く返す。
もはや、それ以外の選択肢はない。
24時間後に次のゲートが開く。
その時に、今より強いモンスターが出てくる可能性は高い。
ここで無駄に削り合ってる場合じゃない。
凛堂は腕についた血を乱暴に払ってから、俺に向き直った。
「お前ら――なかなか見所あるな」
その言葉には、変な飾り気がなかった。
純粋に、戦った相手への評価。
それだけだ。
俺も、少しだけ肩の力を抜く。
「お前らもなかなか強いんだな」
素直にそう返した。
実際、強かった。
かなり強かった。
さっきの共闘がなかったら、ジャイアントオーガの数を捌き切れていたかどうかは怪しい。
凛堂は鼻で笑う。
「当たり前だろ」
そう言いながらも、どこか満足げだった。
そして次の瞬間、口元を少しだけ吊り上げる。
「ますます気に入った」
嫌な予感しかしない。
「……お前ら、やっぱ俺の隊に入らねぇか?」
やっぱり来た。
俺は思わず小さく息を吐く。
「いや、俺たちは俺たちでやっていく」
きっぱりと言う。
「それに――」
一歩踏み出し、凛堂を見る。
「俺は誰の下にもつく気はない」
その言葉に、凛堂の眉がぴくりと動いた。
だが怒るどころか、逆にニヤッと笑う。
「……お前も意外とエゴの塊じゃねぇか」
その言い方に、俺は少しだけ苦笑する。
「まあな」
否定はしない。
ここまで来て、自分の理想を曲げるつもりはない。
この街は、俺たちの場所だ。
誰かの支配の下に入るために作ったわけじゃない。
凛堂はしばらく俺を見ていたが、やがて空に浮かぶ数字へと視線を戻した。
「……だが」
声のトーンが変わる。
「次のモンスターは、もっと強いと思った方がいい」
その言葉に、俺も黙って空を見上げた。
24時間。
減り続ける数字。
正体不明のシステム。
そして、さっきのBランク。
「お前らはどうするつもりなんだ?」
その問いに、俺は数秒だけ考える。
だけど、答えはすぐに出た。
「今回で分かった」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「俺たちは、あれでもかなりギリギリだった」
未来の拘束。
陸斗の火力。
凛堂たちの前衛。
浮田の治療。
全部が噛み合ったから、何とか勝てた。
「だから――レベルアップは欠かせない」
そう言い切る。
「時間はあまりないが、何とかスキルのレベルアップに努めるしかないと思ってる」
凛堂は黙って聞いていた。
意外と、ちゃんと話は聞くんだよなこいつ。
その後ろでは、柿原も腕を組んでこちらを見ている。
すると凛堂が、小さく舌打ちした。
「……そうか」
そして、珍しく少しだけ真面目な顔になる。
「俺たちも、俺たちだけで次も倒す――って言いたいところだが」
一瞬、背後の隊員たちを振り返る。
怪我をしている者もいる。
浮田が治療していた連中だ。
「また無駄に隊員を怪我させたくねぇ」
その言葉は、意外だった。
もっと“使い捨て”みたいな発想かと思っていた。
だが、少なくともこいつなりに隊員への情はあるらしい。
「他の隊にも話して、応援を呼ぶことにする」
それを聞いて、俺は素直に頷いた。
「分かった。助かる」
「勘違いすんなよ」
即座に凛堂が言い返す。
「モンスターを野放しにするとヤバいから共闘するだけだ」
「あぁ、分かってる」
俺は軽く笑う。
「でも、感謝はする」
その言葉に、凛堂は面倒くさそうに鼻を鳴らした。
凛堂たちは、そのまま隊をまとめて撤退の準備に入った。
黒いマントが翻る。
さっきまで街を壊そうとしていた連中が、今は一時的とはいえ“同じ脅威と戦う仲間”みたいな立ち位置になっている。
変な話だ。
だが、世界がもう変なことだらけだから、今さらかもしれない。
強襲隊が去っていくのを見送ったあと、俺は振り返った。
そこには、不安そうな住民たちの姿があった。
さっきまで避難していた連中も、恐る恐る戻ってきている。
子供を抱きしめている母親。
青ざめた顔で街を見ている老人。
まだ足が震えている若者もいる。
俺は、一歩前に出た。
「……今回は、こんなことになってすまなかった」
できるだけ落ち着いた声で言う。
俺が取り乱すわけにはいかない。
「まずは、一旦元通りにしよう」
そう言って、手をかざす。
「環境維持」
次の瞬間。
オーガの死体が、ふっと粒子みたいに崩れ始めた。
巨大な肉体が、黒い塵のように消えていく。
地面にこびりついていた血も、衝撃で散らばった肉片も、跡形もなく消えていく。
景観を汚していた“戦場の痕”が、一つずつ消えていく光景に、住民たちが呆然とする。
「……消えた……」
「すご……」
誰かが小さく呟く。
だが、それだけじゃない。
俺はそのまま、周囲の損傷も見ながらスキルを重ねる。
ひび割れた道路。
抉れた壁。
砕けた建物の一部。
修復していく。
戦場の痕跡が、街の中から静かに消えていく。
完全に、とはいかない。
住民たちの恐怖はまだ消えないだろう。
でも、少なくとも。
“帰る場所”だけは、ちゃんと残してやらないといけない。
「今日は一旦、みんな自分の家や部屋に戻って休んでくれ」
俺がそう言うと、住民たちは顔を見合わせながらも、少しずつ動き始めた。
誰かが子供の手を引く。
誰かが隣の人間の肩を支える。
完全に安心してるわけじゃない。
でも、街が残っている。
それだけで、ほんの少しだけ呼吸ができる。
そういう顔をしていた。
住民たちを見送ったあと、俺たちは一度自分の家へ戻った。
そして、そのまま緊急会議を開くことにした。
場所は、いつものリビング。
だが今日の空気は、いつもよりずっと張り詰めている。
集まったメンバーは、俺、未来、陸斗、美咲、チャン爺、浮田、ルドルフ、阿川。
そして、今回初めて会議に呼んだ二人――
最近住民になった超人族、芹沢理香子と色谷祐一だ。
芹沢は、派手めな雰囲気の女だった。
妙に距離感が近そうというか、初対面からグイグイ来そうな空気がある。
一方の色谷は、ガタイが良くて爽やかな青年って感じだ。
スポーツでもやってました、って顔をしている。
全員が席についたのを確認して、俺は口を開いた。
「まずは、今回のジャイアントオーガ討伐で得たスキルポイントを振って、レベルアップをしようと思う」
その一言で、何人かの表情が変わった。
俺は続ける。
「今まで判明していたポイントは、Dランクが1体につき1ポイント、Cランクが1体につき5ポイントだった」
「だが、今回初めて分かった」
一拍置く。
「Bランクモンスターは、1体につき30ポイントだ」
これまでとは、明らかに桁が違う。
「しかも、住民登録をしている奴同士なら、直接戦っていなくても半分のポイントが入る」
俺は事前にルドルフ、阿川、芹沢、色谷の4人の超人族には住民登録をしていたのだ。
そのまま視線をルドルフ、阿川、そして芹沢と色谷へ向ける。
「つまり、今回戦闘に参加していなかったお前ら四人にも、ポイントは入ってる」
そこで一度言葉を切る。
「――その前に」
俺は軽く腕を組む。
「芹沢、色谷。お前らのスキルを一度ちゃんと確認したい」
「次の戦いに備えるなら、全員の手札を把握しておきたいんだ」
そう言った瞬間だった。
「その前にぃ♡」
妙に甘ったるい声が響いた。
嫌な予感がして、俺は視線を向ける。
芹沢理香子が、頬に手を当ててにっこり笑っていた。
「私ぃ、悠ちんのことすっごく尊敬してるのでぇ♡」
「できれば、私も悠ちんの隣で戦いたいです♡」
……は?
空気が、一瞬固まる。
そして。
「……悠ちん?」
未来の声が、すっと低くなった。
まずい。
すげぇまずい。
「……悠ちん?」
未来の声が、明らかに一段低くなった。
俺は思わず背筋を伸ばす。
(いや、なんで俺がビビってんだよ……)
だが、目の前の空気は完全にピリついていた。
芹沢はというと、そんな未来の視線を真正面から受けて――
ニコッ、と笑う。
「そうだよぉ♡ 悠ちん♡」
わざとらしいくらい甘い声。
未来の眉がピクリと動く。
「……勝手にあだ名つけてるけど」
「何その呼び方」
「え〜?だって可愛いじゃん♡」
芹沢は楽しそうに肩をすくめる。
「それにぃ、尊敬してる人には特別な呼び方したくなるでしょ?」
そう言って、ちらっと俺を見る。
なんか距離が近い。
近い近い。
(頼むからやめてくれ……)
「……別に必要ないと思うけど」
未来が冷たく言う。
視線は完全に芹沢に固定されている。
火花が見えそうだ。
「ふ〜ん?」
芹沢は口元を隠しながら笑う。
「未来ちゃん、嫉妬?」
「……は?」
空気が一気に冷える。
(おいおいおいおい)
「違うけど」
「ただ、変な距離感だなって思っただけ」
「そっかぁ♡」
芹沢はあっさり引く……ように見せて、
「でもぉ、悠ちんは私が守ってあげたいな〜って思ってるだけだから♡」
余計な一言を付け足した。
未来の視線が、さらに鋭くなる。
(これ、絶対あとで何か言われるやつだ……)
「……話、進めていいか?」
俺は半ば強引に割り込んだ。
このままだと戦闘より面倒なことになる。
「え〜、いいよ悠ちん♡」
「……その呼び方やめろ」
「え〜♡」
軽く流される。
ダメだこいつ。
「それで、スキルの話だったよな」
俺が仕切り直すと、芹沢が指を立てた。
「私のスキルはねぇ、“ラブレター”って言うの♡」
名前の時点で不安しかない。
「対象の名前か種族名を書いた手紙を作るの」
「人間なら名前、モンスターなら種族名ね♡」
そこまでは普通だ。
だが、次の説明で一気に変わる。
「でね、その手紙には二択が出るの」
芹沢が楽しそうに笑う。
「一つは、“私のことを愛してほしい”」
「もう一つは、“私があなたを愛しているわ”」
「どっちか、絶対に選ばなきゃいけないの♡」
「……強制か?」
俺が聞くと、芹沢は頷く。
「そう♡ 強制♡」
やばい。
それだけでかなり強い。
「一つ目を選ばせたら、10分間その相手を操れるの♡」
さらっととんでもないことを言う。
「ただし、同時に複数は使えないけどね」
「で、二つ目を選ばせたら〜」
指をくるくる回す。
「その相手の身体能力が10分間、4倍になるの♡」
「バフ……か」
「そうそう♡」
さらに続ける。
「しかもね、手紙は紙飛行機になって自動で対象に飛んでいくの♡」
「当たった瞬間に効果発動ね♡」
……強い。
普通に強い。
というか、かなり厄介だ。
「成る程……」
俺は腕を組む。
「操作もできて、バフもできる」
「状況に応じて使い分けられるのは強力だな」
「でしょ〜?♡」
リカちゃんが嬉しそうに笑う。
「流石悠ちん、分かってる♡」
「……」
未来の視線が痛い。
めちゃくちゃ痛い。
「色谷はどうだ?」
俺は話を切り替える。
この空気は長引かせない方がいい。
「あぁ、俺か」
色谷が前に出る。
体格がいいから、それだけで存在感がある。
「俺のスキルは“ボウリング場”って言うんだ」
「ボウリング場……?」
未来が少し首を傾げる。
「そのままの意味だ」
色谷は軽く笑う。
「ボウリング場をその場に召喚する」
「その中に最大9人、いやモンスターなら9体まで対象を固定できるんだ」
「固定……動けなくするってことか?」
「完全に動けなくするわけじゃないが、かなり制限できる」
それだけでも強い。
だが、まだ続きがあった。
「で、その後だ」
色谷が手を軽く握る。
「俺の手元にボウリングのボールが出る」
「それを対象に向かって投げる」
「そのボールは、鉄球並みの硬さと重さ」
「さらに威力が最大5倍まで上がる」
「……」
分かりやすい。
そして、シンプルに強い。
「範囲拘束+範囲攻撃か……」
俺は小さく頷く。
「貴重な全体攻撃スキルだな」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
色谷は爽やかに笑う。
「もし良ければでいいんだが」
俺は少し前に出る。
「次のカウントダウンが終わった時、一緒に戦ってくれないか?」
色谷は迷いなく答えた。
「もちろんだ!」
拳を軽く握る。
「俺も、この街のみんなを守りたい!」
その言葉に嘘はなかった。
いい奴だな、こいつ。
全員のスキルが出揃った。
戦力は、確実に増えている。
だが――
それでも足りるかは分からない。
空を見なくても分かる。
時間は確実に減っている。
「……じゃあ、改めて」
俺は全員を見渡す。
「スキルポイントを振って、レベルアップをする」
誰も異論はなかった。
むしろ、全員の目が変わっていた。
焦り。
覚悟。
そして、決意。
「次は、今回みたいにギリギリじゃ済まないかもしれない」
俺は静かに言う。
「だから――」
一度言葉を切る。
「できる限り、強くなる」
未来が頷く。
「うん」
陸斗も、真剣な顔で言う。
「はい、やりましょう」
チャン爺は静かに目を閉じた。
浮田は腕を組み、ルドルフは黙って頷く。
リカちゃんは楽しそうに笑い、色谷は拳を握る。
全員が、同じ方向を向いている。
会議が一旦まとまり、俺はふと窓の外を見た。
夜になりかけている空。
その上に、まだ浮かんでいる。
72時間。
そして――24時間。
確実に減っている。
(時間がない)
静かに、だが確実に迫ってくる何か。
今回を上回る脅威。
それに、俺たちは――
耐えられるのか。
「……」
俺は小さく息を吐いた。
答えは、まだ出ない。
だから――
やるしかない。
「……次も、負けない」
通常平日は20時20分投稿ですが、4月8日だけ誤って、
8時20分に投稿してしまいました。
大変申し訳ありませんでした。




