休戦と備え、そして新たな力
第41話です。よろしくお願いします。
ジャイアントオーガの最後の一体が、重たい音を立てて地面に沈んだ。
ドォン……と遅れて響く衝撃。
その巨体は、もう二度と動かない。
周囲には、さっきまでの激戦の痕跡が色濃く残っていた。
抉れた地面。
砕けた道路。
削られた建物の壁。
燃え残った炎の匂いと、血と土の混じった重たい空気。
そして――空の上には、まだあの不気味な数字が浮かんでいる。
72時間。
24時間。
さっき消えた10秒の表示だけがなくなっていた。
「……」
誰も、すぐには喋らなかった。
俺も、ただ息を整えることしかできなかった。
勝った。
少なくとも、今回は。
だけど、安心なんて全然できない。
むしろ、さっきよりもずっと嫌な予感が強くなっている。
あれがBランク。
今までこの世界で確認できていたのはCランクまでだった。
なのに今回は、いきなり“それより上”が、それも大量に現れた。
しかも――まだ、終わりじゃない。
(24時間後、また来る……)
思わず、視線が上を向く。
あのカウントダウンが、それを否応なく突きつけてくる。
勝ったはずなのに、全然勝った気がしない。
◇
横を見ると、凛堂も空を睨んでいた。
さっきまで獰猛に笑っていた女が、今は眉をひそめて黙り込んでいる。
その顔を見て、少しだけ分かった。
こいつも――今の状況を“面倒”じゃ済ませられないって理解したんだろう。
「……一旦、休戦だな」
最初に口を開いたのは、凛堂だった。
低く、だがはっきりとした声。
俺はそちらを見る。
「そうだな」
短く返す。
もはや、それ以外の選択肢はない。
24時間後に次のゲートが開く。
その時に、今より強いモンスターが出てくる可能性は高い。
ここで無駄に削り合ってる場合じゃない。
凛堂は腕についた血を乱暴に払ってから、俺に向き直った。
「お前ら――なかなか見所あるな」
その言葉には、変な飾り気がなかった。
純粋に、戦った相手への評価。
それだけだ。
俺も、少しだけ肩の力を抜く。
「お前らもなかなか強いんだな」
素直にそう返した。
実際、強かった。
かなり強かった。
さっきの共闘がなかったら、ジャイアントオーガの数を捌き切れていたかどうかは怪しい。
凛堂は鼻で笑う。
「当たり前だろ」
そう言いながらも、どこか満足げだった。
そして次の瞬間、口元を少しだけ吊り上げる。
「ますます気に入った」
嫌な予感しかしない。
「……お前ら、やっぱ俺の隊に入らねぇか?」
やっぱり来た。
俺は思わず小さく息を吐く。
◇
「いや、俺たちは俺たちでやっていく」
きっぱりと言う。
「それに――」
一歩踏み出し、凛堂を見る。
「俺は誰の下にもつく気はない」
その言葉に、凛堂の眉がぴくりと動いた。
だが怒るどころか、逆にニヤッと笑う。
「……お前も意外とエゴの塊じゃねぇか」
その言い方に、俺は少しだけ苦笑する。
「まあな」
否定はしない。
ここまで来て、自分の理想を曲げるつもりはない。
この街は、俺たちの場所だ。
誰かの支配の下に入るために作ったわけじゃない。
凛堂はしばらく俺を見ていたが、やがて空に浮かぶ数字へと視線を戻した。
「……だが」
声のトーンが変わる。
「次のモンスターは、もっと強いと思った方がいい」
その言葉に、俺も黙って空を見上げた。
24時間。
減り続ける数字。
正体不明のシステム。
そして、さっきのBランク。
「お前らはどうするつもりなんだ?」
その問いに、俺は数秒だけ考える。
だけど、答えはすぐに出た。
「今回で分かった」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「俺たちは、あれでもかなりギリギリだった」
未来の拘束。
陸斗の火力。
凛堂たちの前衛。
浮田の治療。
全部が噛み合ったから、何とか勝てた。
「だから――レベルアップは欠かせない」
そう言い切る。
「時間はあまりないが、何とかスキルのレベルアップに努めるしかないと思ってる」
◇
凛堂は黙って聞いていた。
意外と、ちゃんと話は聞くんだよなこいつ。
その後ろでは、柿原も腕を組んでこちらを見ている。
すると凛堂が、小さく舌打ちした。
「……そうか」
そして、珍しく少しだけ真面目な顔になる。
「俺たちも、俺たちだけで次も倒す――って言いたいところだが」
一瞬、背後の隊員たちを振り返る。
怪我をしている者もいる。
浮田が治療していた連中だ。
「また無駄に隊員を怪我させたくねぇ」
その言葉は、意外だった。
もっと“使い捨て”みたいな発想かと思っていた。
だが、少なくともこいつなりに隊員への情はあるらしい。
「他の隊にも話して、応援を呼ぶことにする」
それを聞いて、俺は素直に頷いた。
「分かった。助かる」
「勘違いすんなよ」
即座に凛堂が言い返す。
「モンスターを野放しにするとヤバいから共闘するだけだ」
「あぁ、分かってる」
俺は軽く笑う。
「でも、感謝はする」
その言葉に、凛堂は面倒くさそうに鼻を鳴らした。
凛堂たちは、そのまま隊をまとめて撤退の準備に入った。
黒いマントが翻る。
さっきまで街を壊そうとしていた連中が、今は一時的とはいえ“同じ脅威と戦う仲間”みたいな立ち位置になっている。
変な話だ。
だが、世界がもう変なことだらけだから、今さらかもしれない。
◇
強襲隊が去っていくのを見送ったあと、俺は振り返った。
そこには、不安そうな住民たちの姿があった。
さっきまで避難していた連中も、恐る恐る戻ってきている。
子供を抱きしめている母親。
青ざめた顔で街を見ている老人。
まだ足が震えている若者もいる。
俺は、一歩前に出た。
「……今回は、こんなことになってすまなかった」
できるだけ落ち着いた声で言う。
俺が取り乱すわけにはいかない。
「まずは、一旦元通りにしよう」
そう言って、手をかざす。
「環境維持」
次の瞬間。
オーガの死体が、ふっと粒子みたいに崩れ始めた。
巨大な肉体が、黒い塵のように消えていく。
地面にこびりついていた血も、衝撃で散らばった肉片も、跡形もなく消えていく。
景観を汚していた“戦場の痕”が、一つずつ消えていく光景に、住民たちが呆然とする。
「……消えた……」
「すご……」
誰かが小さく呟く。
だが、それだけじゃない。
俺はそのまま、周囲の損傷も見ながらスキルを重ねる。
ひび割れた道路。
抉れた壁。
砕けた建物の一部。
修復していく。
戦場の痕跡が、街の中から静かに消えていく。
完全に、とはいかない。
住民たちの恐怖はまだ消えないだろう。
でも、少なくとも。
“帰る場所”だけは、ちゃんと残してやらないといけない。
「今日は一旦、みんな自分の家や部屋に戻って休んでくれ」
俺がそう言うと、住民たちは顔を見合わせながらも、少しずつ動き始めた。
誰かが子供の手を引く。
誰かが隣の人間の肩を支える。
完全に安心してるわけじゃない。
でも、街が残っている。
それだけで、ほんの少しだけ呼吸ができる。
そういう顔をしていた。
◇
住民たちを見送ったあと、俺たちは一度自分の家へ戻った。
そして、そのまま緊急会議を開くことにした。
場所は、いつものリビング。
だが今日の空気は、いつもよりずっと張り詰めている。
集まったメンバーは、俺、未来、陸斗、美咲、チャン爺、浮田、ルドルフ、阿川。
そして、今回初めて会議に呼んだ二人――
最近住民になった超人族、芹沢理香子と色谷祐一だ。
芹沢は、派手めな雰囲気の女だった。
妙に距離感が近そうというか、初対面からグイグイ来そうな空気がある。
一方の色谷は、ガタイが良くて爽やかな青年って感じだ。
スポーツでもやってました、って顔をしている。
全員が席についたのを確認して、俺は口を開いた。
「まずは、今回のジャイアントオーガ討伐で得たスキルポイントを振って、レベルアップをしようと思う」
その一言で、何人かの表情が変わった。
俺は続ける。
「今まで判明していたポイントは、Dランクが1体につき1ポイント、Cランクが1体につき5ポイントだった」
「だが、今回初めて分かった」
一拍置く。
「Bランクモンスターは、1体につき30ポイントだ」
これまでとは、明らかに桁が違う。
「しかも、住民登録をしている奴同士なら、直接戦っていなくても半分のポイントが入る」
俺は事前にルドルフ、阿川、芹沢、色谷の4人の超人族には住民登録をしていたのだ。
そのまま視線をルドルフ、阿川、そして芹沢と色谷へ向ける。
「つまり、今回戦闘に参加していなかったお前ら四人にも、ポイントは入ってる」
そこで一度言葉を切る。
「――その前に」
俺は軽く腕を組む。
「芹沢、色谷。お前らのスキルを一度ちゃんと確認したい」
「次の戦いに備えるなら、全員の手札を把握しておきたいんだ」
◇
そう言った瞬間だった。
「その前にぃ♡」
妙に甘ったるい声が響いた。
嫌な予感がして、俺は視線を向ける。
芹沢理香子が、頬に手を当ててにっこり笑っていた。
「私ぃ、悠ちんのことすっごく尊敬してるのでぇ♡」
「できれば、私も悠ちんの隣で戦いたいです♡」
……は?
空気が、一瞬固まる。
そして。
「……悠ちん?」
未来の声が、すっと低くなった。
まずい。
すげぇまずい。
「……悠ちん?」
未来の声が、明らかに一段低くなった。
俺は思わず背筋を伸ばす。
(いや、なんで俺がビビってんだよ……)
だが、目の前の空気は完全にピリついていた。
芹沢はというと、そんな未来の視線を真正面から受けて――
ニコッ、と笑う。
「そうだよぉ♡ 悠ちん♡」
わざとらしいくらい甘い声。
未来の眉がピクリと動く。
「……勝手にあだ名つけてるけど」
「何その呼び方」
「え〜? だって可愛いじゃん♡」
芹沢は楽しそうに肩をすくめる。
「それにぃ、尊敬してる人には特別な呼び方したくなるでしょ?」
そう言って、ちらっと俺を見る。
なんか距離が近い。
近い近い。
(頼むからやめてくれ……)
「……別に必要ないと思うけど」
未来が冷たく言う。
視線は完全に芹沢に固定されている。
火花が見えそうだ。
「ふ〜ん?」
芹沢は口元を隠しながら笑う。
「未来ちゃん、嫉妬?」
「……は?」
空気が一気に冷える。
(おいおいおいおい)
「違うけど」
「ただ、変な距離感だなって思っただけ」
「そっかぁ♡」
芹沢はあっさり引く……ように見せて、
「でもぉ、悠ちんは私が守ってあげたいな〜って思ってるだけだから♡」
余計な一言を付け足した。
未来の視線が、さらに鋭くなる。
(これ、絶対あとで何か言われるやつだ……)
◇
「……話、進めていいか?」
俺は半ば強引に割り込んだ。
このままだと戦闘より面倒なことになる。
「え〜、いいよ悠ちん♡」
「……その呼び方やめろ」
「え〜♡」
軽く流される。
ダメだこいつ。
「それで、スキルの話だったよな」
俺が仕切り直すと、芹沢が指を立てた。
「私のスキルはねぇ、“ラブレター”って言うの♡」
名前の時点で不安しかない。
「対象の名前か種族名を書いた手紙を作るの」
「人間なら名前、モンスターなら種族名ね♡」
そこまでは普通だ。
だが、次の説明で一気に変わる。
「でね、その手紙には二択が出るの」
芹沢が楽しそうに笑う。
「一つは、“私のことを愛してほしい”」
「もう一つは、“私があなたを愛しているわ”」
「どっちか、絶対に選ばなきゃいけないの♡」
「……強制か?」
俺が聞くと、芹沢は頷く。
「そう♡ 強制♡」
やばい。
それだけでかなり強い。
「一つ目を選ばせたら、10分間その相手を操れるの♡」
さらっととんでもないことを言う。
「ただし、同時に複数は使えないけどね」
「で、二つ目を選ばせたら〜」
指をくるくる回す。
「その相手の身体能力が10分間、4倍になるの♡」
「バフ……か」
「そうそう♡」
さらに続ける。
「しかもね、手紙は紙飛行機になって自動で対象に飛んでいくの♡」
「当たった瞬間に効果発動ね♡」
……強い。
普通に強い。
というか、かなり厄介だ。
「成る程……」
俺は腕を組む。
「操作もできて、バフもできる」
「状況に応じて使い分けられるのは強力だな」
「でしょ〜?♡」
リカちゃんが嬉しそうに笑う。
「流石悠ちん、分かってる♡」
「……」
未来の視線が痛い。
めちゃくちゃ痛い。
◇
「色谷はどうだ?」
俺は話を切り替える。
この空気は長引かせない方がいい。
「あぁ、俺か」
色谷が前に出る。
体格がいいから、それだけで存在感がある。
「俺のスキルは“ボウリング場”って言うんだ」
「ボウリング場……?」
未来が少し首を傾げる。
「そのままの意味だ」
色谷は軽く笑う。
「ボウリング場をその場に召喚する」
「その中に最大9人、いやモンスターなら9体まで対象を固定できるんだ」
「固定……動けなくするってことか?」
「完全に動けなくするわけじゃないが、かなり制限できる」
それだけでも強い。
だが、まだ続きがあった。
「で、その後だ」
色谷が手を軽く握る。
「俺の手元にボウリングのボールが出る」
「それを対象に向かって投げる」
「そのボールは、鉄球並みの硬さと重さ」
「さらに威力が最大5倍まで上がる」
「……」
分かりやすい。
そして、シンプルに強い。
「範囲拘束+範囲攻撃か……」
俺は小さく頷く。
「貴重な全体攻撃スキルだな」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
色谷は爽やかに笑う。
「もし良ければでいいんだが」
俺は少し前に出る。
「次のカウントダウンが終わった時、一緒に戦ってくれないか?」
色谷は迷いなく答えた。
「もちろんだ!」
拳を軽く握る。
「俺も、この街のみんなを守りたい!」
その言葉に嘘はなかった。
いい奴だな、こいつ。
◇
全員のスキルが出揃った。
戦力は、確実に増えている。
だが――
それでも足りるかは分からない。
空を見なくても分かる。
時間は確実に減っている。
「……じゃあ、改めて」
俺は全員を見渡す。
「スキルポイントを振って、レベルアップをする」
誰も異論はなかった。
むしろ、全員の目が変わっていた。
焦り。
覚悟。
そして、決意。
「次は、今回みたいにギリギリじゃ済まないかもしれない」
俺は静かに言う。
「だから――」
一度言葉を切る。
「できる限り、強くなる」
未来が頷く。
「うん」
陸斗も、真剣な顔で言う。
「はい、やりましょう」
チャン爺は静かに目を閉じた。
浮田は腕を組み、ルドルフは黙って頷く。
リカちゃんは楽しそうに笑い、色谷は拳を握る。
全員が、同じ方向を向いている。
会議が一旦まとまり、俺はふと窓の外を見た。
夜になりかけている空。
その上に、まだ浮かんでいる。
72時間。
そして――24時間。
確実に減っている。
(時間がない)
静かに、だが確実に迫ってくる何か。
今回を上回る脅威。
それに、俺たちは――
耐えられるのか。
「……」
俺は小さく息を吐いた。
答えは、まだ出ない。
だから――
やるしかない。
「……次も、負けない」
通常平日は20時20分投稿ですが、4月8日だけ誤って、
8時20分に投稿してしまいました。
大変申し訳ありませんでした。
読んで頂きありがとうございます!!
この作品が『面白い!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると執筆の励みになりますので、良かったら宜しくお願い致します!




