拡張 ― 村という始まり
第35話です。宜しくお願いいたします。
あれから、数週間が経った。
――拠点は、大きく変わっていた。
廊下を歩くだけで分かる。
人の気配。
生活音。
笑い声。
以前までは、どこか“静かすぎる場所”だったこのマンションは――
今では、はっきりと“人が生きている場所”になっていた。
「おはようございます、悠真さん!」
エントランスへ向かう途中、住民の一人が元気よく挨拶してくる。
「あぁ、おはよう」
自然と返す。
こういうやり取りも、もう日常だ。
視線を向けると、他の住民たちもそれぞれの役割をこなしている。
掃除をしている者。
物資の整理をしている者。
朝の準備に追われている者。
誰もが“やるべきこと”を持って動いている。
(……いい感じだな)
俺は小さく息を吐いた。
現在の住民数は――82人。
あの日、43人を迎え入れてから、さらにルドルフと阿川の協力もあって、31人が新たに加わった。
結果、拠点は一気に人で溢れるようになった。
だが、それでも――
混乱は起きていない。
(……ルドルフのおかげだな)
入居前の“審査”。
真実の口による選別。
あれによって、明らかに問題を起こしそうな人物は事前に排除されている。
その結果――
大きなトラブルは、今のところ一度も起きていない。
もちろん、小さな言い合いくらいはある。
だが、それも住民同士で解決できる範囲だ。
(……うまく回ってる)
理想に近い形で、この場所は機能し始めていた。
エントランスへと降りる。
そこには、以前とは明らかに違う光景が広がっていた。
「いらっしゃいませー!」
元気な声が響く。
1階の共有スペース。
そこには――
コンビニが、もう一店舗増えていた。
「朝のパン焼きたてですよー!」
「おにぎりも補充しておきました!」
店員として働いている住民たちが、忙しそうに動いている。
以前は一店舗だけだったが、需要の増加に合わせて拡張した。
おかげで物資の流れもかなりスムーズになっている。
そして――
上の階へと視線を向ける。
(……あっちは、もっと変わったな)
3階のフリースペース。
そこは今、子供たちの声で溢れていた。
「はい、じゃあ次はこの問題を――」
黒板の前に立っているのは、住民の一人。
元教師だったという人物だ。
実は、同じように教育関係の仕事をしていた人が何人かいたらしく――
自然と“教室”ができていた。
机と椅子を並べ、簡易的ではあるが、しっかりと授業が行われている。
子供たちは真剣に話を聞いている者もいれば、少し退屈そうにしている者もいる。
だが――
その光景は、確実に“普通の日常”だった。
(……いいな)
思わずそう思う。
この世界になってから失われていたものが、少しずつ戻ってきている。
だが――
順調なことばかりでもない。
俺はエントランスの掲示板に貼られた住居一覧を見上げる。
このマンションは、全部で144部屋。
そのうち――
「……70部屋近く埋まってるか」
ほぼ半分。
まだ余裕はある。
だが、このペースで増え続ければ――
(……いずれ限界が来るな)
人が増えるのは良いことだ。
だが、それに伴って管理の難易度も上がる。
住む場所。
仕事。
ルール。
全てを、維持し続けなければならない。
それでも――
俺は視線を外へ向けた。
(……まだ、助けられる人がいる)
実際、今日も新しい避難民を見つけている。
人数は22人。
だから――
「……迎えに行くか」
俺は小さく呟いた。
まだ、この場所は広がれる。
もっと――
多くの人を救うために。
ミニバンのエンジン音が、静かな街に響く。
いつものメンバー。
俺、未来、陸斗、浮田、そしてルドルフと阿川。
最近はこの流れもすっかり“日常”になっていた。
「今日は22人でしたっけ?」
陸斗が後部座席から聞いてくる。
「あぁ、未来の索敵で確認済みだ」
「結構いるね」
「その分、助けがいもあるだろ」
軽く言いながら、俺はハンドルを切る。
しばらく走ると、目的の建物が見えてきた。
そこには――
すでに、避難民たちが集まっていた。
「来たぞ……!」
こちらに気づいた瞬間、安堵の声が上がる。
その表情は、前に見た時と同じだ。
不安と、期待と――
わずかな希望。
俺は車を降り、まっすぐに歩み寄る。
「約束通り、迎えに来た」
その一言で、空気が一気に緩む。
代表らしき男が前に出て、深く頭を下げた。
「……本当に、ありがとうございます」
「礼はいらない」
俺は軽く手を振る。
「その代わり、ルールは守ってもらう」
「はい……!」
全員が真剣な顔で頷く。
その様子を確認して、俺はルドルフに視線を送った。
「では、審査を行います」
ルドルフが一歩前に出る。
そして――
「スキル、“真実の口”」
空間に現れる、あの異様な存在。
初めて見る者たちは、一斉に息を呑む。
「な、なんだこれ……」
「安心してください」
ルドルフは静かに続ける。
「正直に答えれば、何も起こりません」
そして、一人ずつ。
順番に、手を入れていく。
「与えられた役割を全うしますか?」
「……はい」
「住民同士、協力して生活できますか?」
「はい」
淡々と進む審査。
だが――
途中で、一人だけ。
「……」
返答に迷いがあった。
そして次の瞬間。
真実の口の目が、赤く光る。
「……っ!?」
その男が悲鳴を上げる。
「ぎゃあああああああ!!」
地面に崩れ落ち、必死に何かを振り払うような仕草。
幻覚――噛みちぎられる感覚。
周囲がざわつく。
「……嘘、ですね」
ルドルフが静かに言った。
その一言で、全てが決まる。
「……すまない」
俺はその男に向かって言う。
「ここには、入れない」
男は青ざめた顔で、何も言えずに俯いた。
だが、反論はなかった。
もう分かっているのだろう。
自分が“適さない”と判断されたことを。
そして――
残りの21人。
全員が無事、審査を通過した。
「……以上です」
ルドルフが振り返る。
少しだけ疲れた顔をしていたが、その目はしっかりしていた。
「助かった」
俺は一言だけ伝える。
ルドルフは小さく頷いた。
「じゃあ、移動するぞ」
俺の言葉に、阿川が前に出る。
「任せろ」
「スキル、“配管工”」
再び現れる巨大な配管。
もはや俺たちにとっては見慣れた光景だが――
初めて見る避難民たちは、やはり驚いている。
「これを通れば、すぐに着く」
俺の説明に、恐る恐る一人が足を踏み入れる。
そして――
消える。
「……本当だ……」
ざわめきが広がる。
そのまま、全員が順番に配管へと入っていく。
そして――
数分後。
全員が無事、マンションへと移動を完了した。
その瞬間だった。
――ピコン。
耳元で、聞き慣れない音が鳴る。
「……?」
次の瞬間、俺の視界に――
ステータス画面が強制的に展開された。
【住民登録していない非住民が100人を超えました】
【隠しスキル「職業選択」が開放されました】
「……は?」
思わず声が漏れる。
突然すぎる。
「どうしたんですか?」
陸斗が不思議そうに聞いてくるが、それどころじゃない。
(職業選択……?)
俺はそのまま詳細を開く。
【現在2つの職業から選択可】
・管理人
・村長
「……職業?」
思わず呟く。
普通なら、メイジとかタンクとか、そういうのを想像する。
だが――
(違うな)
これは、あくまで“この世界”の延長だ。
日常生活の中で存在する役割。
現実でも成立する職業。
そういうものなんだろう。
だが――
「……詳細、出ないのかよ」
肝心の内容が表示されていない。
完全に“選べ”ってことか。
(管理人……)
頭の中で考える。
恐らく、このマンションの管理。
だが――
(今でもある程度できてる)
スキルも揃っているし、現状でも困っていない。
それなら――
(村長、か)
こっちは未知数だ。
だが、その分――
可能性がある。
「……まぁ、こっちだな」
俺は迷いを振り切る。
【村長を選択しました】
次の瞬間、画面が切り替わる。
■職業選択Lv1
・村長Lv1
現在テリトリー登録している土地から半径1キロ範囲まで自分のテリトリーとすることができる。
テリトリーとした範囲内は、登録済みと同等の効果を得る。
「……は?」
思わず、もう一度声が漏れた。
意味を理解するのに、数秒かかる。
(1キロ……?)
つまり――
このマンションだけじゃない。
周囲一帯。
その全てが――
(テリトリーになる……?)
頭の中で、一気に可能性が広がる。
スーパー。
建物。
土地。
それら全てを――
“取り込める”。
しかも、商品生成や各種スキルも使用可能になる。
(……ヤバいな、これ)
住む場所も。
物資も。
拡張も。
全てが、一気に現実味を帯びる。
これはもう――
拠点じゃない。
「……村、だな」
思わず、そう呟いていた。
気づけば、口元が少しだけ緩んでいる。
(……忙しくなりそうだな)
だが、それは悪い意味じゃない。
むしろ――
望んでいた未来に、確実に近づいている。
そう感じていた。
最近、あまりみんなのステータス画面出せてないですよね……。
ルドルフに関しては一度も出してあげてないですね。
もう少ししたら出そうと思ってます。




