繋がる道 ― 新たな日常の始まり
第34話です。宜しくお願いいたします。
翌朝――。
目を覚ました俺は、天井を見上げながら静かに息を吐いた。
昨日は……色々ありすぎた。
亮太の件。
ルドルフの過去。
正直、空気が重くなることも覚悟していた。
だが――
「おはようございます、悠真さん」
リビングへ向かうと、いつも通りの声が飛んできた。
「おう、おはよう」
声の主はルドルフだった。
……普通だ。
いや、普通すぎるくらい普通だ。
テーブルにはすでに朝食が並び、陸斗がパンを頬張りながら未来と軽く言い合いをしている。
「だからそれ俺の分だって言ってるじゃないですか!」
「いやいや、名前書いてない時点で共有物だから」
「ルール作らないで下さいよ!」
……いつもの光景だ。
美咲もその様子を見て笑っているし、メイドたちも淡々と準備を進めている。
そして、ルドルフはというと――
「日本の朝食……もう6年住んでますけど変わらず良いですね」
なんて、穏やかに言いながら味噌汁を飲んでいた。
昨日のあの空気は、もうどこにもない。
いや――違うな。
(……吹っ切れた、って感じか)
ルドルフの表情には、昨日までの迷いや怒りはもう残っていなかった。
少なくとも、前に進む覚悟はできている顔だ。
俺は少しだけ安心して、椅子に腰を下ろした。
「今日は予定通り行くぞ」
そう言うと、全員の視線がこっちに向く。
「例の避難民、迎えに行く」
昨日約束した、あの学校の人たち――。
人数は……確か43人だったか。
未来が頷く。
「うん、昨日確認した感じだとそれくらいだったね」
「結構多いねー」
陸斗が呟く。
……そう、問題はそこなんですよね
朝食を終えた後住民全員をエントランスに集めて、俺は軽く準備を整えながら考えていた。
43人。
ミニバンは8人乗り。
仮に満員で運んだとしても――
(……何往復だこれ)
単純計算でもかなりの回数になる。
しかも問題はそれだけじゃない。
「運転できるの俺と浮田と……チャン爺だけか」
思わず口に出す。
「未来と陸斗と美咲は未成年だしな」
「うん、免許持ってない」
未来が即答する。
まぁ分かってたけど。
「メイドのみんなは?」
「申し訳ありません、運転は習得しておりません」
一葉が丁寧に答える。
二葉と三葉も頷いている。
……うん、全滅。
そして残る一人。
俺はちらっとチャン爺の方を見る。
チャン爺は何事もないようにお茶を飲んでいた。
(……いや、なんで運転できるんだよこの人)
突っ込みたいが、もう今さらな気もする。
とにかく――
「ミニバン1台じゃ足りねぇな……」
商品生成で増やすこと自体はできる。
だが問題は運転手。
結局、何往復もするしかない。
「時間もかかるし、危険も増えるな……」
ポツリと呟いた時だった。
「それなら――俺の能力、使えるかもしれない」
その声に、全員の視線が一斉に向いた。
手を挙げていたのは、一人の若い男。
黒髪で少し気だるそうな雰囲気の男――
阿川洋介だ。
あの時、初めて俺に疑問をぶつけてきたやつ。
そう言えば超人族で確か倉庫係にうってつけのスキルだったから任命してったけな……
「お前……阿川か」
「おう」
軽く頷く。
「運転はできねぇけど、移動なら何とかなるかもな」
俺は少しだけ目を細める。
「どういうことだ?」
阿川は肩をすくめながら答えた。
「俺のスキル、“配管工”って言うんだけどさ」
その名前を聞いた瞬間、頭の中で何かが引っかかった。
そういえば、こいつの能力は――
「空間に配管を作れる」
「そう。で、その配管、一度でも行った場所に繋げられる」
……なるほど。
だんだん見えてきた。
「人も通れるのか?」
俺が聞くと、阿川はニヤッと笑う。
「余裕。サイズ的には俺の身長の倍くらいまでならいける」
「距離は?」
「自由に調整できる。歩いて数歩で着くくらいにもできるぞ」
……は?
一瞬、思考が止まった。
(それってつまり――)
車で何往復もする必要がない。
一度場所を把握すれば、そこから直接ここに繋げられる。
人も物も、一気に移動できる。
完全に――
(チートじゃねぇか……)
思わず心の中で呟く。
俺は阿川を見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「……いけるな、それ」
「だろ?」
軽い口調だが、能力の価値はとんでもない。
俺はそのまま立ち上がり、全員を見渡した。
「作戦変更だ」
空気が一気に引き締まる。
「まず俺たちで学校に行く」
「その後、阿川のスキルでマンションと繋ぐ」
「一気に全員を移動させる」
説明を聞いた住民たちがざわつく。
「そんなことが……」
「一瞬で来れるってことですか……?」
驚きと期待が入り混じった声。
俺は頷いた。
「あぁ、できる」
そして、阿川の方を見る。
「頼めるか?」
阿川は少しだけ目を細めてから、軽く笑った。
「任せろよ」
その一言で、全てが決まった。
「よし、行くぞ」
俺はそう言って歩き出す。
今回のメンバーは――
俺、陸斗、未来、そして阿川。
ミニバンに乗り込み、エンジンをかける。
目的地は、あの学校。
約束した場所。
「全員、準備いいな?」
「うん!」
「おう!」
「いつでも」
それぞれの返事を確認して、俺はアクセルを踏み込んだ。
――新しい住民を迎えに行くために。
ミニバンは、静かな街を走っていた。
かつては人で溢れていたであろう道路も、今はがらんとしている。
信号は動いていない。
店のシャッターは閉まったまま。
時折、風に揺れる看板の音だけが響く。
そんな中――
「……いた」
未来がぽつりと呟いた。
目は閉じたまま。
恐らく、動植物図鑑で視界を共有しているのだろう。
「学校の門の近くに何人か……隠れてる」
「モンスターに見つかるかもしれないという危険を冒して待ってくれてるんだな」
俺はハンドルを握りながら答える。
「約束は覚えてくれてるってことか」
少しだけ安心した。
そして――
「もうすぐ着くぞ」
俺は速度を落としながら、学校の前へと車を止めた。
車を降りると、静寂の中にわずかな気配を感じる。
門の向こう。
バリケードの影に、いくつかの人影。
「……来たぞ」
俺がそう言うと、しばらくして一人が顔を出した。
そして――
「……本当に来てくれたのか……」
安堵したような声。
そのまま奥へと走っていく。
恐らく、全員に伝えに行ったのだろう。
数分後。
バリケードの向こう側から、ぞろぞろと人が出てくる。
老若男女、様々な人たち。
だが全員、どこか疲れ切った顔をしていた。
それでも――
「……頼む、連れて行ってくれ」
その言葉には、確かな希望が込められていた。
俺は小さく頷く。
「あぁ、約束したからな」
「じゃあ、今から移動する」
俺がそう言うと、避難民たちは顔を見合わせる。
「車は……?」
「全員乗れないだろ……?」
ざわつく声。
その時だった。
「――俺の出番だな」
阿川が一歩前に出る。
そして、軽く息を吐いた。
「スキル――“配管工”」
その瞬間――
空間が、歪んだ。
地面の上に、突如として現れる巨大な“配管”。
人が余裕で入れるほどの太さ。
無機質な金属の質感。
そして、その先は――
途中でぼやけるように消えている。
「な、なんだこれ……」
「配管……?」
避難民たちがざわめく。
当然だ。
こんなもの、普通はあり得ない。
俺は一歩前に出て説明する。
「この中を通れば、俺たちの拠点に一瞬で着く」
「は……?」
「え……?」
困惑の声が広がる。
無理もない。
俺だって最初聞いた時は同じ反応だった。
「信じられないのは分かる」
俺はそう言ってから続ける。
「でも、これは本当だ」
「俺たちはもう、普通の人間じゃない」
少しだけ間を置く。
「……だから、安心してくれ」
その言葉に、代表者の男がゆっくりと頷いた。
「……分かった」
そして――
「俺から行く」
そう言って、一歩踏み出す。
配管の前に立ち、少しだけ躊躇する。
だがすぐに覚悟を決め――
中へと足を踏み入れた。
次の瞬間。
「……っ!?」
声にならない声が漏れる。
そして――消えた。
「え……?」
「消えた……?」
周囲がざわつく。
だが、ほんの数秒後。
未来がふっと笑った。
「ちゃんと着いてるよ」
「今、マンションのエントランスにいる」
その言葉で、空気が一変する。
「……本当、なのか」
「行けるのか……」
そして、一人、また一人と配管へと足を踏み入れていく。
配管の中は、不思議な感覚だった。
暗いわけでもなく、明るいわけでもない。
ただ、空間そのものが歪んでいるような感覚。
そして――
一歩、二歩と進むだけで。
景色が切り替わる。
出口の先に広がっていたのは――
「……なんだ、ここ……」
巨大なマンション。
そして、その中へと続くエントランス。
避難民たちは次々と現れ、その光景に言葉を失う。
やがて、最後の一人が到着し――
全員が、その場に立ち尽くしていた。
「聞いてはいたが……」
代表者の男が、呆然と呟く。
「これは……凄いな……」
その視線の先には、広々とした共有スペース。
そして――
コンビニのように並ぶ店舗。
明るい照明。
清潔な空気。
ここが、あの崩壊した世界と同じ場所とは思えない。
すると――
「いらっしゃい!」
元々の住民たちが、笑顔で迎えに来た。
「こっちです、案内しますね!」
「安心してください、大丈夫ですよ」
次々に声がかかる。
避難民たちは戸惑いながらも、その優しさに少しずつ表情を緩めていく。
「ここでは、働いた分だけポイントを渡す仕組みにする」
俺は全員に向かって説明を始める。
「そのポイントで、物を買ったり、サービスを利用できる」
「役所で管理する形だ」
避難民たちは真剣に聞いている。
「難しいことはない」
「普通に生活して、普通に働く」
「それだけでいい」
その言葉に――
一人、また一人と表情が変わっていく。
安心したように、そして――
どこか嬉しそうに。
「……本当に、ここに住めるんだな」
誰かが呟く。
「家がある……」
「食べ物も……」
中には、涙を浮かべる者もいた。
子供たちはすでに走り回り始めている。
その光景を見て、俺は少しだけ息を吐いた。
(……よかった)
ちゃんと、救えた。
その後、少し落ち着いたところで――
俺は阿川の方へ歩み寄った。
「助かった、阿川」
「お前のスキルがなかったら、かなり時間かかってた」
そう言うと、阿川は少しだけ照れたように頭をかく。
「いや……」
そして、真っ直ぐ俺を見る。
「感謝するのは、俺たちの方だ」
「こんな場所……普通じゃねぇ」
「それでも、受け入れてくれた」
少しだけ言葉を詰まらせながら――
「……ありがとう」
俺は軽く笑って答える。
「あぁ、これからよろしくな」
その言葉に、阿川も笑った。
「おう」
周りでは、新しい住民たちが少しずつ生活に溶け込
み始めている。
笑い声が増え、会話が生まれ、動きが広がっていく。
――人が増えた。
ただそれだけなのに。
この場所は、確実に変わっていく。
(……いいな)
俺はその光景を見ながら、静かに思った。
こうしてまた――
この場所は、“街”へと近づいていく。
いつも平日は会社から帰ってきてから執筆するんですけど、プロ野球が始まってしまったせいで集中できません。ストックをためる事が出来ないです……。




