祈るほどに奪われる街
第199話です。宜しくお願い致します。
悠真達を乗せたレッドワイバーンが、空を切るように大坂へ向かって進んでいた。
東京から出発した悠真達は、未来が召喚したレッドワイバーンに乗っている。
一方、近藤達東北のメンバーは、いつものオトコプターに乗り込み、並ぶように空を進んでいた。
目的地は、大坂にある《Monster》の本拠地。
巨大な教会。
そして、銀武尊がいる場所だった。
その先頭では、ポイズンフロッグがレッドワイバーンの上に乗せられていた。
口を開けたまま。
その中に佐々木金次郎を入れたまま。
「あー、そこを右なんだなぁ……」
佐々木は、ポイズンフロッグの口の中から不満そうに指示を出していた。
ぬめった粘液にまみれ、毒々しい紫色の口内に半ば押し込まれている姿は、元《Monster》の東京担当間者とは思えないほど情けない。
だが、佐々木が道案内を拒めば、最悪そのまま胃の中に送られる。
それが分かっているため、渋々従うしかなかった。
◇
しばらく進んだ後、佐々木が恐る恐る口を開く。
「あのぉ……霊体化しても良いですか?」
その声には、いつもの嫌味な余裕はなかった。
「もう、粘液で身体がベトベト、息は臭いし最悪なんだなぁ……」
佐々木としては、少しでもこの状況から抜け出したかった。
しかし、未来は即答する。
「駄目よ!」
にこりともせず、きっぱりと言い切った。
「いつ貴方に後ろからナイフで刺されるか分からないものっ!」
その言葉に、佐々木は一瞬黙る。
未来はかつて、第2の厄災でSPМと戦った時、霊体化した佐々木に背後からナイフで刺されたことがある。
当時、佐々木は間者として紛れ込み、隙を突いて未来を傷つけた。
だから未来は、佐々木を簡単に信用するつもりなどなかった。
佐々木は少しだけ沈黙した後、取り繕うように声を出す。
「いやぁ……あの時は物凄く反省してるんだなぁ……」
そして、わざとらしく続けた。
「もうしないと約束するんだなぁ……」
その瞬間だった。
「はい、こいつ嘘ぉー!!」
真実の子供が即座に言い放った。
その目は赤く光っている。
佐々木の言葉が嘘であることを、はっきりと示していた。
実は、道中ずっとルドルフは《真実の子供》を召喚していた。
佐々木に嘘の道案内をされてはたまったものではない。
そのため、真実の子供が常に佐々木の発言を監視していたのだ。
未来はゆっくりと佐々木を見る。
その顔には、綺麗な笑みが浮かんでいた。
「今すぐ、貴方を胃の中に入れても良いんだけど?」
佐々木の顔が青ざめる。
「ごめんなさい……」
あまりにも素直な謝罪だった。
それを見て、近くにいた陸斗が少し引きつった顔をする。
敵とはいえ、ポイズンフロッグの口の中から謝っている姿は、なかなかにひどいものがあった。
◇
一方、悠真はレッドワイバーンに乗りながら、隣を飛ぶオトコプターへ視線を向けた。
そこには、腕を組んで堂々と乗っている近藤剛がいる。
「そう言えば、東北は剛が居なくて大丈夫なのか……?」
悠真は少し心配そうに尋ねた。
「勿論、世紀末漢隊達も強いし住民達もいざとなったら戦える事も知ってるけど……」
近藤は豪快に笑う。
「あぁ、それなら白鳥に頼んだから大丈夫だ」
聞き慣れない名前に、悠真は首を傾げた。
「白鳥……?」
「あぁ、白鳥は北海道を治めてるリーダーだ」
その言葉で、悠真は思い出したように声を上げる。
「あぁー!」
以前、近藤が言っていた。
北海道を治めている人物と会えるように調整してくれると。
「白鳥という人が剛と仲が良くて、次俺と会う約束をしてくれた人かぁ!」
近藤は満足そうに頷く。
「ガッハッハ!」
そして、胸を張った。
「その通りだ!」
近藤は続ける。
「白鳥も部隊を持ってるからな、その部隊と俺達世紀末漢隊の混合部隊で今は守ってもらってる」
悠真は驚いたように目を丸くする。
「そんな直ぐに対応してくれるなんてよっぽど仲が良いんだなぁ!」
近藤は少しだけ遠い目をした。
「あぁ……まぁアイツは変わってるけどな……」
「うん?」
悠真が聞き返す。
だが、近藤は細かく説明するつもりはないらしい。
「まぁとにかく、そこは心配しなくて大丈夫だ……!」
そして、拳を鳴らす。
「何も気にせずに暴れられるっ!」
悠真は苦笑しながらも頷いた。
「そうか……!」
そして、前方へ視線を戻す。
「なら、思う存分に頼む!」
近藤が参戦してくれるのは、やはり心強い。
それに、東北の守りも白鳥という北海道のリーダーが協力してくれているなら、大きな不安はない。
◇
悠真達はその後も、途中で休憩を挟みながら移動を続けた。
空を進み、休み、再び飛ぶ。
佐々木の道案内を真実の子供で確認しながら、目的地へ向かう。
そうして約2日。
悠真達は、ついに関西へ入った。
だが、そこから見える景色は、中部地方とは明らかに違っていた。
壊れたままの建物。
崩れた道路。
修復されずに放置された壁。
人影はある。
だが、街に活気はない。
空から見下ろす関西の街並みは、どこか沈んで見えた。
中部地方は、神崎幸子や幸子親衛隊が支配していた。
歪んだ支配だったことは間違いない。
だが、幸子親衛隊は街を復興させるために大量の人を動員していた。
そのため、所々は街のようになりつつあった。
しかし、関西は違う。
《Monster》が支配しているはずの土地なのに、ほとんど復興している様子がない。
守られている街というより、搾り取られた街。
そんな印象が、悠真の胸に残った。
やがて、悠真達は教会の近くに到着した。
遠目にも、その巨大な教会は異様だった。
周囲の街が荒れている分、その白い外壁と整えられた庭が、余計に不自然に見える。
悠真はレッドワイバーンの背から教会を見下ろし、小さく息を吐いた。
「やっと到着したか……」
すると、ポイズンフロッグの口の中から佐々木が声を上げる。
「もう、道案内は終わったから良いだろ?」
そして、懇願するように続けた。
「早く解放するんだなぁ……!」
悠真は即答した。
「駄目に決まってんだろ!」
「えっ」
「お前は、ここでポイズンフロッグと一緒に待ってもらうぞ!」
佐々木の顔が絶望に染まる。
「えーーー!!」
佐々木は口の中でもがく。
「ずっとこの中なんて……」
そして、急に弱々しい声を出した。
「何か、体調が悪くなってきた気がするんだなぁ……」
未来はさらりと言う。
「まぁポイズンフロッグは毒液を吐き出すから口の中とはいえ、身体には良くないかもね……」
佐々木は目を見開いた。
「オイオイオイ!!」
全力で抗議する。
「余計に駄目じゃん!!」
悠真は一瞬だけ佐々木を見た。
そして、何事もなかったように視線を未来へ向ける。
「未来、先ずはいつもの偵察頼むぞ!」
「無視するなよっ!!」
佐々木の叫びは、当然のように無視された。
◇
未来は小さく頷く。
「任せて!」
そして、《動植物愛護》の力を使い、偵察を始めた。
地上からはヤモリ。
壁の隙間や建物の影を這いながら、教会の周囲を探っていく。
上空からはカラス。
屋根の上や庭、教会へ出入りする人々の様子を確認する。
未来は共有された視界を通して、教会の内部と周辺を探っていった。
だが、しばらくすると未来の表情が曇る。
眉がわずかに寄り、苦しそうな顔になる。
悠真はすぐにそれに気づいた。
「どうした……?」
未来は少し言葉を探すように間を置いた後、ゆっくりと答える。
「教会でお祈りを捧げている人達が沢山見えるんだけど、みんな破れてるような服を着てるの……」
未来の声は沈んでいた。
「しかも、みんなお祈りを捧げた後、お金や物や食べ物を大量に寄付しているの……」
悠真の表情が険しくなる。
未来は唇を噛む。
「その様子が、私が悠真達に出会う前に育ててもらった施設にお金を寄付していた事を思い出して……」
未来はかつて、自分を育ててくれた施設にお金を寄付していた。
感謝していたから。
恩返しをしたかったから。
世界が崩壊した後も、その施設を助けたいと思っていた。
しかし、実際にそこへ向かった時、未来は知ってしまった。
信頼していた園長が、本当は金のために自分達へ優しくしていただけだったことを。
その事実は、未来の心に深い傷を残していた。
今、教会でボロボロの服を着た人々が祈り、なけなしのお金や物資を差し出している。
その光景は、未来の過去を強く刺激した。
悠真は静かに口を開く。
「そうか……」
そして、未来のそばへ寄る。
「それは、辛い思いをしたな……」
悠真はそっと未来を抱き寄せた。
未来は一瞬だけ体を強張らせたが、すぐに力を抜く。
「ごめんなさい……」
悠真は首を横に振った。
「大丈夫だ……」
そして、優しく言う。
「今は俺達が居るから……!」
未来は小さく息を吐き、頷いた。
「えぇ……分かってる……」
その声には、まだ痛みが残っている。
だが、未来はもう1人ではない。
悠真がいて、陸斗がいて、仲間達がいる。
過去の傷が消えるわけではない。
それでも、今は支えてくれる人達がいる。
未来はそのことを、確かに分かっていた。
◇
未来の偵察によって、関西の現状も少しずつ見えてきた。
復興は進んでいない。
覚醒者達や街を守ろうとする者達は、《Monster》に取り込まれている。
力ある者は教会側へ行き、銀武の支配の中で毒されていく。
残された住民達は、不安の中で暮らすしかない。
そして、神に祈るしかなくなる。
しかし、その祈りにも寄付が必要だと説かれる。
金。
物。
食べ物。
ただでさえ少ないものを差し出させられる。
そうして住民達は、さらに貧しくなっていく。
祈れば救われると言われながら、祈るほど奪われていく。
それが、この関西で起きている悪循環だった。
悠真は教会を睨む。
「本当に最悪だ……」
その声には、静かな怒りがこもっていた。
最初は、東京を襲撃されたことへの反撃だった。
自分達の街を狙い、住民を人質に取ろうとした《Monster》を止めるためだった。
だが、今はそれだけではない。
関西で苦しむ人々がいる。
奪われ続けている人々がいる。
その事実を知ってしまった以上、もう見過ごすことはできなかった。
「Monsterを壊滅させる事は寧ろ、俺達の想いだけではなくなったという事だな……」
悠真の言葉に、陸斗が強く頷く。
近藤も拳を握りしめていた。
しばらくして、未来が顔を上げる。
「索敵は終わったわ……」
表情はまだ少し曇っていたが、その目には力が戻っていた。
「問題なく突撃出来ると思う」
教会の中には、まだ祈りに来ている一般市民がいる。
今すぐ攻め込めば、巻き込んでしまう可能性がある。
悠真は少し考えた後、はっきりと方針を告げた。
「よし、夜、教会に一般市民が居なくなったと同時に派手に正面突破するぞ!」
隠れて入るのではない。
こそこそと忍び込むのでもない。
真正面から。
《Monster》が支配する教会へ、堂々と乗り込む。
悠真は、巨大な教会を見据える。
その目には、怒りが宿っていた。
「俺はかなり怒ってるからな!」
その言葉に、仲間達は静かに頷いた。
夜を待ち、正面から叩き潰す。
東京を襲撃し、関西の人々を搾取してきた《Monster》に、報いを受けさせるために。




