とんで火に入る夏の虫
第198話です。宜しくお願い致します。
場面は変わる。
大坂。
そこには、荒廃した世界には似つかわしくないほど大きな教会が建っていた。
周囲の街並みは、世界崩壊の爪痕を色濃く残している。
壊れた建物に荒れた道路。
物資を求める人々や不安と恐怖を抱えながら暮らす者達。
そんな世界の中で、その教会だけは異様だった。
白く巨大な外壁かに手入れの行き届いた庭。
警備のように立つ者達。
その奥にある一室は、さらに異様な空間だった。
広い部屋の床に敷かれた高級な絨毯。
壁には有名な絵画が飾られている。
鹿の頭の剥製もあり、部屋の主の悪趣味な権力を示していた。
さらに、大きな花瓶には毎週新しく取り替えられるという色鮮やかな花が飾られている。
この世界で、一輪の花を飾る余裕すらない者が大半であるにもかかわらず、その部屋だけは別世界のように贅を尽くしていた。
その部屋の椅子に座り、正しく昼食を取っている男がいた。
昼から赤ワインと分厚いステーキ。
男はそれを、くちゃくちゃと音を立てながら食べている。
身体は豚のように肥えていた。
頭と首の境目が分からないほど肉がつき、椅子に沈み込むように座っている。
歯は全て金歯で笑うたびに、ぎらぎらと下品に光る。
頭は、キリスト教徒の一部がするような形に、真ん中だけが禿げていた。
指には、いくつもの宝石がついた指輪。
服装は牧師のような格好をしている。
しかし、その顔に慈悲深さなど欠片もない。
目の下には濃いクマがあり、いかにも悪人らしい人相をしていた。
この男こそが、《Monster》のボス。
銀武尊だった。
◇
銀武はステーキを切り分けることも面倒そうに、乱暴に口へ運ぶ。
赤ワインを飲み、金歯を見せながら笑う。
すると、その脳内に声が響いた。
「銀武様ー」
軽い声だった。
「報告遅くなりましたぁ、宝塚っす!」
銀武はフォークを持ったまま、わずかに目を細める。
「おー、宝塚かぁ……」
そして、ワインを口に含む。
「連絡がないからどうしたのかと思ったゾ!」
銀武の声には、まだ余裕があった。
東京襲撃は成功している。
佐々木達が東京を支配し、若い都知事とやらを絶望させている。
銀武は、そう思っていた。
「それで東京は支配出来たか?」
銀武は金歯を剥き出しにして笑う。
「東京を治めてるとかいう若い調子に乗った男の泣き顔が楽しみだわい!」
そして、腹を揺らして高笑いした。
「ハッハッハ!」
しかし、宝塚の声は明らかに歯切れが悪かった。
「その……それが大変、大変申し訳ないんですけど、佐々木さん達率いるBランク部隊は全員捕まったみたいっす……」
銀武の笑い声が止まった。
次の瞬間、先ほどまで浮かべていた笑みが、一瞬で鬼のような形相へ変わる。
手に持っていたフォークを、目の前のステーキへ思い切り突き刺した。
皿が嫌な音を立てる。
「はぁ??」
銀武の声は低かった。
「言っている意味が分からない」
銀武はフォークを引き抜く。
そして、またステーキへ突き刺す。
何度も。
何度も。
肉をえぐるように、怒りをぶつける。
「宝塚、お・ま・えが主要メンバーが居ないと言ったんだったよな?」
宝塚は脳内通信の向こうで、明らかに怯んでいた。
「はい……俺が言った通り確かに黒瀬達主要メンバーは全員居なかったす……」
「じゃあ、何で佐々木達が捕まってるんだよ!」
銀武の怒鳴り声が、部屋の空気を震わせる。
宝塚は慌てて説明する。
「人質に取る筈だった住民達が事前に何故か避難をしていて、作戦通りに行かなかったっぽいす……」
「何でだよ!!」
銀武は椅子から身を乗り出すように叫んだ。
東京を支配するためには、住民を人質に取る必要があった。
若い都知事がどれほど強かろうと、守るべき住民を押さえてしまえば動けなくなる。
そう考えていた。
だが、その住民がいなかった。
それだけで、作戦の土台が崩れていた。
「お前、まさか作戦がバレるようなヘマ起こしたんじゃねぇだろうなぁ?」
銀武の声が、さらに低くなる。
宝塚は必死に否定した。
「いや……そんな筈はないっす……」
実際、宝塚は東京に人がいることを確認していた。
黒瀬悠真達の主力が不在であることも、確かだった。
だが、その後の避難誘導までは把握していなかった。
結果として、宝塚は佐々木に責任を押し付けられ、今度は銀武から責められている。
宝塚にとっては、たまったものではなかった。
それでも、報告しなければならないことがまだある。
「それと、佐々木さんからの報告で黒瀬達が逆にこちらに攻めてくるみたいです……」
銀武の手が止まった。
宝塚は、佐々木との脳内通信の中で聞いた内容を伝える。
「何でも、Aランク適合者も佐々木さんも部隊も丸々居ない今がチャンスだと思っただとか……」
銀武は、しばらく無言だった。
怒っているのか。
考えているのか。
宝塚には分からない。
やがて、銀武が口を開いた。
「確かに、そう言ったんだな?」
宝塚は緊張した声で答える。
「はいっす……」
その瞬間。
あれほど怒りに満ちていた銀武が、急に笑い出した。
「ハッハッハ!」
宝塚は思わず困惑する。
銀武は、腹を揺らしながら笑い続けた。
「とんで火に入る夏の虫とはこの事を言うんだな!」
銀武の金歯が、ぎらぎらと光る。
「東京の奴らはAランク適合者やBランク適合者だけが戦力だと思ってやがる……」
銀武はステーキに突き刺したフォークをゆっくり抜いた。
「バカな奴らめっ!」
そして、口元を歪める。
「こちらに来るのが分かっていればあいつらを使って対処するのみ……」
その声には、先ほどまでの怒りとは別のものが宿っていた。
余裕。
そして、歪んだ自信。
佐々木達が敗れたことは痛手だった。
Aランク適合者の三銃士を失ったことも、大きな損失だった。
だが、それでも銀武は笑っていた。
《Monster》には、まだ切り札がある。
宝塚は、その笑い声を聞いて内心で胸を撫で下ろした。
ふぅ〜、何とか俺の責任は逃れられて良かったっす……
銀武の怒りが、東京側へ向いた。
そう思った。
しかし。
「宝塚」
銀武の声が、再び低くなる。
「お前帰ってきたら憶えておけよ……」
「え……」
宝塚の意識が固まる。
責任を逃れられたと思った直後に、逃げ道を塞がれた。
銀武は、東京側への怒りも、宝塚への怒りも、何一つ忘れてはいなかった。
宝塚は、脳内通信の向こうで力なく思った。
こんな理不尽な悪の集団なんて、もうやめて故郷にでも帰ろうかなぁ……
◇
場面は再び変わる。
深澤総理への報告を終えた次の日。
悠真達は、《Monster》へ向かう準備を整えていた。
東京から向かうのは、悠真、陸斗、未来、浮田、ルドルフ、阿川、今井翔太、今井恭太、そして夏山。
東北からは、近藤剛と何人かの世紀末漢隊のメンバーが加わる。
さらに、道案内役として佐々木金次郎も連れていくことになっていた。
もちろん、ただ連れていくわけではない。
佐々木の本体は鎖で厳重に縛られている。
前回、東京を襲撃されたばかりということもあり、今回は東京にも多くの主力を残すことにした。
チャン爺。
一葉。
二葉。
三葉。
色谷。
芹沢。
コン太。
そして、自衛隊と警察。
同じ隙を、二度と突かせるわけにはいかなかった。
近藤は、鎖で縛られた佐々木を指さす。
「それにしてもこいつ連れて行って平気か……?」
佐々木は不満そうに顔を歪める。
「クソぉ!! 鎖が痛いんだなぁ……」
そして、悠真達を睨む。
「お前等の道案内なんて誰がするか!!」
近藤は肩をすくめた。
「ほら、本人もこう言ってるぜ……」
だが、悠真は落ち着いていた。
「それなら問題ない!」
佐々木が眉をひそめる。
悠真は続けた。
「本体が居ればいつでも対処可能だし、もし道案内を怠ったり変なマネを1つでもすれば……」
そこで、悠真は未来へ視線を向ける。
「未来、頼む!」
未来はにこりと笑った。
「オッケー!」
そして、片手を前に出す。
「スキル、《動植物愛護》で《動植物図鑑》!」
未来の声が響く。
「出てきて、ポイズンフロッグ!」
次の瞬間、ぬめりを帯びた皮膚を持つモンスターが姿を現した。
大きく垂れた舌。
毒々しい紫色の身体。
派手な模様。
見るからに危険な色をした、Cランクモンスター。
ポイズンフロッグだった。
佐々木の顔が引きつる。
ポイズンフロッグは、ぬめった音を立てながら大きな口を開けた。
そして、佐々木をその口の中へ入れる。
完全に飲み込むわけではない。
だが、口を開けたまま、佐々木を中に収めている状態だった。
「ちょいちょいちょいっ!!!」
佐々木は慌てふためく。
「何、するんだよっ!!」
未来は笑顔のまま佐々木を見る。
「もし、道案内をしなかったり変なマネしたりしたら、そのまま貴方はこの子の胃の中におさらばよっ!」
声は明るい。
だが、内容はまったく明るくなかった。
佐々木の顔が真っ青になる。
ポイズンフロッグの口の中は、ぬめりと生温かさで満ちている。
少しでも未来の機嫌を損ねれば、本当に飲み込まれるかもしれない。
そう思わせるには十分だった。
「道案内くらいなら……してやるんだなぁ……」
佐々木は震える声で答えた。
だが、内心では怒りを燃やしている。
俺にこんなマネしやがって……
憶えておくんだなぁっ!!
もちろん、その内心を口に出す勇気はなかった。
近藤は、その光景を見て豪快に笑う。
「ガッハッハ!」
そして、腹を抱えるようにして言った。
「こりゃあいい!!」
続いて、近藤は世紀末漢隊のメンバー達へ向き直る。
「オメェ等! 俺達の故郷を救ってくれた借りを必ず返すぞ!」
近藤の声に、世紀末漢隊の男達が背筋を伸ばす。
「分かってるよなぁ?」
世紀末漢隊のメンバー達が、一斉に声を上げた。
「アイアイサー!!」
その返事は力強かった。
東北を救ってくれた恩。
友好都市としての繋がり。
そして、近藤の友である悠真の街を襲った敵への怒り。
それらを胸に、世紀末漢隊も関西へ向かう。
◇
悠真達は、未来が召喚したレッドワイバーン達に乗り込んでいく。
その一方で、佐々木はポイズンフロッグの口の中に入ったままだった。
そして、そのポイズンフロッグもレッドワイバーンへ乗り込む。
佐々木は信じられないという顔で叫んだ。
「えーー! 俺だけこのまま行くのぉーー!!!」
誰も助けようとはしなかった。
一方、近藤や世紀末漢隊のメンバー達は、いつものオトコプターに乗り込んでいく。
レッドワイバーン。
オトコプター。
東京と東北の混成部隊が、空へ向かう準備を整える。
悠真は東京の街を振り返った。
今度は、東京の守りを万全にしてきた。
もう同じ失敗は繰り返さない。
そして、視線を前へ向ける。
向かう先は、大坂の 《Monster》の本拠地。
銀武尊のいる場所。
悠真は静かに息を吸い、そして宣言した。
「さぁ、東京を襲撃してきた事を後悔させてやるっ!!」
その言葉と共に、レッドワイバーン達が大きく翼を広げた。




