影山潤
第188話です。宜しくお願い致します。
影山潤は、戦いの最中に過去を思い出していた。
潤は、影山駿の弟だった。
影山家は、ごく普通の家庭だった。
父がいて、母がいて、特別裕福というわけでも、特別貧しいというわけでもない。
それでも、潤と駿は両親から愛情を受けて育てられた。
潤と駿は、いわゆる一卵性の双子だった。
先に取り上げられたのが、兄の駿。
その後に取り上げられたのが、弟の潤。
ただ、それだけの違いだった。
同じ日に生まれ、同じ顔で、同じ家で育った。
幼い頃は、2人でよく遊んだ。
同じ玩具を取り合い、同じ場所で転び、同じように母に怒られた。
その頃の潤には、兄と弟という区別が少し不思議だった。
ただ少しだけ早く生まれた。
たったそれだけで、駿は兄になり、潤は弟になった。
だが、成長するにつれて、その疑問は少しずつ薄れていった。
代わりに、はっきりと見えてきたものがあった。
差だった。
◇
小学生になる頃、潤は遊んでばかりいた。
宿題を忘れ、授業中に余計なことを言い、先生にも親にもよく怒られた。
一方で、駿は真面目だった。
勉強もできた。
運動もできた。
何をやらせても器用にこなし、気づけばクラスの中心にいた。
先生から頼られ、友達からも好かれ、親からも褒められる。
駿は、潤にできないことを何でもできた。
同じ顔をしているはずなのに。
同じ日に生まれたはずなのに。
周囲はいつも、駿を見ていた。
そして潤は、いつの間にか潤ではなく、駿の弟として見られるようになっていた。
けれど、潤はそれを嫌だとは思わなかった。
不思議と、悔しさよりも誇らしさの方が大きかった。
兄ちゃんはすごい。
兄ちゃんは何でもできる。
兄ちゃんは、自分にはできないことを簡単にやってのける。
幼い頃、一緒に遊んでいた時期には何とも思っていなかった。
だが、成長するにつれて、潤の中で駿は憧れになっていった。
同い年なのに。
取り上げられた順番が少し違うだけなのに。
それでも、こんなにも優秀な兄がいることが、潤には誇らしかった。
駿の背中を追うこと。
それは、潤にとって当たり前のことになっていた。
◇
そして、潤と駿が31歳になったある日。
世界は崩壊した。
空にゲートが現れ、モンスターが溢れ、日常は壊れた。
それが運だったのか。
それとも運命だったのか。
潤には分からない。
だが、潤と駿は揃って超人族に覚醒した。
兄である駿のスキルは《影法師》。
影を操り、攻撃にも、探索にも、防御にも、サポートにも使える。
何でも器用にこなせる駿に相応しい、万能で優秀なスキルだった。
潤は、そこにも兄らしさを感じた。
やっぱり兄ちゃんはすごい。
そう思った。
一方で、潤のスキルは《雨宿り》だった。
屋根を出し、その周囲に酸性雨を降らせる。
相手を屋根の下に閉じ込め、実質的に拘束することはできる。
だが、それだけだった。
駿の《影法師》のように万能ではない。
派手でもない。
使い勝手も悪い。
さらに、今回の飯島茶々のように、その場から遠距離攻撃をしてくる相手には弱かった。
屋根の下から攻撃されてしまえば、拘束している意味が薄くなる。
穴だらけのスキル。
潤は、自分のスキルをそう思っていた。
まるで自分みたいだと、どこかで感じていた。
けれど今。
いつも優秀な兄のスキルが、完全に封じられている。
飯島寧々の《ジェルフィッシュ》。
その強烈な光によって、影が消されている。
駿の《影法師》は使い物にならない。
いつもなら、駿が勝ち筋を作る。
潤はその補助をする。
だが、今は違う。
兄が動けない。
なら、自分が動かなければならない。
いつまでも、兄ちゃんの背中を追うだけでは駄目だ。
この優秀な兄ちゃんの元に相応しい弟にならなければ。
潤は、強くそう思った。
◇
現在。
飯島茶々は、背中から生えた針を影山兄弟へ向けて発射し続けていた。
針は鋭く、硬く、空気を裂いて飛んでくる。
潤は正面に召喚した屋根を盾代わりにして、それを防ぎ続けていた。
ガン。
ガン。
ガン。
屋根に針が突き刺さる。
だが、茶々の背中の針は撃ち尽くされるたびに一瞬で生え変わっていた。
弾切れがない。
休むこともない。
ひたすら針が飛んでくる。
盾代わりの屋根は、すでに針で埋まりつつあった。
表面にはヒビが入り、少しずつ限界が近づいている。
飯島茶々は、淡々と言った。
「いつまでもつのかしらね、姉様」
飯島寧々も、同じように冷静な声で答える。
「きっと時間の問題よ、妹」
影山駿は、眩い光を放つ寧々を警戒しながら、潤へ低く呟いた。
「すまない……」
その声には、悔しさがあった。
「あの光の前では俺が、使い物にならない……」
普段なら、駿がそう言うことはほとんどない。
いつだって冷静で、何かしらの手を考える。
だが今は、影そのものを封じられている。
駿の強みが、完全に潰されていた。
潤はすぐに首を横に振る。
「そんな事ないよ!」
そして、ヒビの入った屋根を見た。
針で埋まり、今にも壊れそうな屋根。
だが、潤の目にはまだ諦めはなかった。
「俺にいい案があるんだ……!」
茶々の針がさらに飛ぶ。
屋根に突き刺さる。
ヒビが広がる。
飯島茶々が小さく首を傾げた。
「そろそろ限界が近いみたいね」
潤は、その言葉に笑った。
「そうだな」
そして、盾代わりにしていた屋根を両手で掴む。
「だからこの屋根はお前達に返すよ」
次の瞬間、潤は屋根を持ったまま前へ飛び出した。
「うぉー!!!」
泥臭い突撃だった。
格好よさはない。
洗練されてもいない。
ただ、屋根を盾にして、酸性雨と針を防ぎながら前へ進む。
茶々は針の発射を止めた。
そして、寧々の前に出る。
背中の針を外側へ向け、ハリネズミのように丸まった。
防御態勢。
自分の防御力で、寧々を守るつもりだった。
だが、潤の狙いは単純な体当たりではなかった。
潤は走りながら、再びスキルを唱える。
「スキル、《雨宿り》で屋根召喚!」
今度は、頭上ではない。
正面でもない。
飯島姉妹の左側。
右側。
そして後ろ。
そこに、次々と屋根が出現した。
前方からは潤が、盾にした屋根を押し込んでくる。
左右と後方には、新たな屋根。
飯島姉妹は、一瞬で屋根に囲まれる形になった。
寧々の眉がわずかに動く。
だが、潤の作戦の本命はそこではなかった。
屋根が作るもの。
それは、雨を防ぐ空間だけではない。
光を遮る場所。
つまり、影だった。
左の屋根の裏。
右の屋根の裏。
後ろの屋根の裏。
そして、潤が押し込んでいる前方の屋根の影。
寧々の《フラッシュ》によって地面の影は消されていた。
だが、新たに屋根を作れば、その裏側には光が届きにくい影が生まれる。
影山駿は、その意図に気づいた。
「……なるほどな、潤」
駿の足元から、再び影が揺れる。
屋根の裏にできた影が、影山駿のスキルを呼び戻す。
「スキル、《影法師》」
影の分身体が生まれた。
それも、ひとつではない。
屋根の影から、いくつもの黒い影が立ち上がる。
顔のない、真っ黒な分身体達。
それらは音もなく動き、左、右、後ろの屋根を外側から押し込んだ。
潤は前方から屋根を押す。
飯島姉妹は、四方から屋根で閉じ込められた。
寧々は冷静さを保とうとしたまま、屋根へ手を当てる。
「こんなもの……押してしまえば」
力を込める。
だが、屋根は動かない。
「何で……」
寧々の声に、初めて戸惑いが混じった。
外側から、影の分身体達が大量に押している。
寧々の光は影を消せる。
だが、屋根に囲まれたこの状態では、すべての影へ光を届かせることができない。
潤は、自分の《雨宿り》で影を作った。
そして、兄の《影法師》を再び使える状況にした。
駿の影分身体達が、それぞれ影で作った剣を握る。
そして、屋根の隙間へ剣を差し込んだ。
まるで、黒ひげ危機一髪のように。
外側から、次々と。
「キャーー!!」
寧々の悲鳴が響いた。
宝石のような鱗に覆われた皮膚。
その防御力は高い。
だが、隙間はある。
影の剣は、その隙間を狙って突き刺さっていった。
急所は外している。
だが、無傷では済まない。
寧々の身体から血が飛び散る。
一方で、茶々は丸まって防御態勢を取っていたため、針と硬い身体で剣を防いでいた。
潤は状況を見極める。
そして、屋根を消した。
四方を囲んでいた屋根が消える。
そこに現れたのは、血だらけになって膝をつく飯島寧々だった。
宝石のような皮膚に覆われているとはいえ、影の剣はその隙間をいくつも貫いていた。
寧々は荒く息を吐き、もう立ち上がれない。
茶々だけは、ほとんど無事だった。
丸まっていた防御のおかげで、剣が刺さらなかったのだ。
だが、茶々の表情から余裕は消えていた。
「そんな……姉様っ!」
寧々を見た茶々の声が震える。
先ほどまで淡々としていた姉妹の空気が、初めて崩れた。
しかし、潤は止まらなかった。
「まだ、戦いは終わって居ないんだぜ、妹さん!」
潤は一気に茶々へ踏み込む。
茶々は慌てて体勢を戻そうとした。
だが、遅い。
潤は茶々の身体を押し倒した。
その先にあるのは、先ほどから降り続いていた酸性雨。
飯島姉妹を屋根の下に閉じ込めるために降らせていた、強い酸の雨だった。
茶々の身体が、酸性雨の中へ倒れ込む。
「ギャーー!!!」
悲鳴が上がる。
「溶ける……!!」
茶々の皮膚から煙が上がる。
「熱い熱い熱いっ!!」
茶々はもがく。
背中の針と防御力で影の剣は防げても、酸性雨までは防ぎきれない。
皮膚が焼け、溶けていく。
潤は茶々が意識を失うまで、目を逸らさなかった。
そして、茶々が動かなくなったのを確認すると、すぐに酸性雨を止めた。
雨が止む。
煙だけが、薄く立ち上っていた。
飯島寧々は血だらけで倒れ、飯島茶々は酸性雨で皮膚を焼かれ、気を失っている。
影山兄弟の勝利だった。
◇
影山駿は、潤の隣へ歩み寄る。
そして、静かに笑った。
「流石、俺の弟だな…!」
その言葉に、潤は少しだけ照れたように笑う。
だが、すぐにまっすぐ兄を見た。
「俺は兄ちゃんみたいに優秀じゃないし、強くもない……」
それは、ずっと思っていたことだった。
駿のようにはなれない。
駿のように何でも器用にはできない。
だが、それでも。
「だけど、兄ちゃんがダメな時は俺だって戦える!」
潤は拳を握る。
「俺らしく泥臭く戦うさ!!」
その顔は、晴れやかだった。
駿は静かに頷いた。
「あぁ……」
それから、倒れた飯島姉妹を見て、少しだけ苦笑する。
「それにしてもお前、串刺しにするわ皮膚を溶かすわ、本当にエグい事するよな……!」
潤も倒れた姉妹を見て、苦笑した。
「俺も自分でやっといて何だけどこのやられ方は嫌だなぁ……」
兄弟は、わずかに息を整える。
こうして、兄弟姉妹対決は影山兄弟に軍配が上がった。




