柿原の策
第187話です。宜しくお願い致します。
犬飼守が蛇島と戦っている一方で、柿原紅蓮もまた城島と対峙していた。
柿原の右手には火縄銃。
左手には火炎瓶。
どちらも、彼のスキル《聖火》によって生み出されたものだった。
柿原は城島を睨みつける。
そして、まずは右手の火縄銃を構えた。
狙うのは、城島。
距離はある。
だが、柿原にとって届かない距離ではない。
城島の軽薄な笑みを撃ち抜くように、柿原は銃口を向ける。
しかし、それを読んでいたかのように、城島が先に動いた。
「スキル、《タイプBランク》で《ボンバークラウン》!」
城島が声を上げた瞬間、柿原の目の前に無数の風船が現れた。
ポン。
ポン。
ポン。
色とりどりの風船が、柿原と城島の間に次々と浮かび上がる。
ふざけた見た目だった。
だが、その配置は的確だった。
火縄銃の射線を、完全に塞いでいる。
柿原は舌打ちした。
「クソッ、風船が邪魔で射線が通らねぇ……!」
銃口の先に城島の姿は見えない。
見えるのは、こちらを嘲笑うように揺れる風船ばかり。
柿原は目を細める。
ただの障害物ではない。
さっき、この風船は犬飼を爆発で吹き飛ばした。
つまり、撃って破壊すれば爆発する可能性が高い。
邪魔だから撃ち抜く。
そんな単純な選択は危険だった。
さらに、自分が動いて射線を作ろうとすれば、その分だけ風船に接触する危険が増える。
火縄銃は、動きながら撃てば精度が落ちる。
確実に当てるなら、足を止めて狙う必要がある。
だが城島は、その足を止めた柿原の射線を完全に塞いできた。
柿原は黙ったまま、風船の揺れを見ていた。
◇
その様子を見て、城島は楽しそうに笑う。
「どうしたん? 柿原はん……!」
声は軽い。
だが、やっていることは嫌らしい。
「そんな難しい顔してぇ!」
城島は、風船の向こうで肩を揺らして笑った。
「最初はあんなに息巻いていたのに」
そして、わざとらしく言う。
「ほら、風船に当てて障害物でもなくしたらええんちゃうの?」
柿原は答えない。
城島が挑発しているのは分かっていた。
撃てば爆発する。
撃たなければ射線が通らない。
動けば風船に触れる危険がある。
その状況を作った上で、あえて撃てと促している。
柿原は眉間に皺を寄せ、城島を睨み続けた。
その沈黙を見て、城島はますます楽しそうに目を細める。
「まぁ、こっちで爆発させれば良いねんけどなぁ」
城島が指を上げる。
そして、軽く鳴らした。
パチン。
次の瞬間、柿原の目の前に浮かんでいた風船が一斉に爆ぜた。
「バンっ、バンっ!」
城島は爆発音に合わせるように、楽しげに声を出す。
爆発。
また爆発。
次々と風船が破裂し、柿原の周囲を爆風が包み込んだ。
煙が広がる。
炎と爆風が重なり、柿原の姿は完全に見えなくなった。
城島は口元を歪めた。
「柿原はん、残念やわ……」
勝った。
少なくとも城島には、そう見えていた。
「こんなにあっさり終わるなんてな……」
その爆発は、犬飼の視界にも入っていた。
蛇島との戦闘中、犬飼は横目で煙を見て叫ぶ。
「柿原っ!!」
焦りが滲んだ声だった。
◇
しかし、その直後。
城島の頭上へ、煙に紛れて複数の火炎瓶が投げ込まれていた。
瓶が空中で回転しながら、城島へ落ちてくる。
城島はギリギリでそれに気づいた。
「……!」
目を見開き、咄嗟にスキルを操作する。
爆発しない、ただの風船を展開した。
ふわりと浮かんだ風船が、頭上から落ちてくる火炎瓶へぶつかる。
火炎瓶の軌道がずれ、城島の頭上から逸れた。
瓶が地面へ落ち、炎が散る。
城島は大きく息を吐いた。
「ふぅ……」
額に冷や汗が滲んでいた。
「危ない……、危ない」
やがて、爆発の煙が晴れていく。
その中から現れたのは、ほとんど無傷の柿原だった。
服に焦げ跡はある。
身体に多少の汚れもある。
だが、倒れてはいない。
むしろ、しっかりと両足で立っていた。
犬飼が安堵したように息を吐く。
「はぁ……無事だったか」
柿原は、犬飼の方へ一瞬だけ視線を向ける。
「バカっ! こんなんじゃ俺は死なねぇよ!」
いつもの調子だった。
だが、城島は先ほどまでのように笑っていなかった。
目を細め、柿原を観察している。
「柿原はん……やりますねぇ」
城島はゆっくりと口を開いた。
「あの爆発をどうやって防いだんかな?」
城島は知っている。
柿原のスキル《聖火》は、火縄銃や火炎瓶といった炎に関する武器を生み出す能力。
少なくとも、爆発そのものを防ぐ盾のような能力ではない。
「柿原はんの持ち合わせのスキルでは防がれへんと思うけど……」
柿原は不敵に笑った。
「そんなん簡単な話やぞ」
火縄銃を軽く肩に担ぐ。
「ただ、後ろに飛んだだけ……」
城島は眉をひそめる。
「後ろに飛ぶ……?」
柿原は頷いた。
「俺は、誘ってたんだぜっ!」
城島の表情がわずかに変わる。
「目の前の風船をお前、自ら爆発させる為に……」
「……?」
城島は一瞬、意味を掴めなかった。
だが、少し考える。
そして、目を細めた。
「まさか……」
柿原は口元を吊り上げる。
城島は、ゆっくりと答えに辿り着いた。
「俺にわざと射線が通らないアピールをして万策尽きたように見せかけ、カウンターが狙えないならこっちから爆発させてやればいいと思わせたって事か……」
柿原は笑う。
「その通り……」
柿原は、最初から風船を撃ち抜くつもりなどなかった。
射線が通らない。
撃てない。
動けない。
そう見せかけて、城島に爆発させる選択を取らせた。
爆発させるタイミングを、城島自身に決めさせたようでいて、実際には柿原が誘導していたのだ。
◇
柿原は続ける。
「タイミングが分からない爆発は流石に防げないかもしれない……」
それは本音だった。
いつ、どこで爆発するか分からなければ、反応は難しい。
「だが、爆発させるタイミング、どこから爆発する事が分かっていれば話は別だ」
柿原は自分の足元を見る。
「あの瞬間、俺は後ろに勢いよく飛んだ」
爆発に抗うのではない。
爆風の力に逆らわず、後ろへ逃げる。
「そして、爆発の爆風で後ろに吹き飛び、致命傷を避けることが出来た」
普通なら、それでも無傷では済まない。
だが今の柿原には、世良の《美魔女》による強化がある。
身体能力も耐久力も、普段より引き上げられていた。
「勿論、世良のバフがあってこその芸当だがな……」
柿原は、落ちた火炎瓶の炎を横目で見た。
「そして、自らの不意をついたと思っていた爆発で死んだとお前は思っていただろう……?」
城島は答えない。
その沈黙が、肯定だった。
「その油断を俺は狙っていた」
柿原は左手に新たな火炎瓶を生み出す。
「この見えない煙に乗じて、上から火炎瓶を投げたんだ……」
城島の額に、冷や汗が浮かぶ。
あれは本当に危なかった。
少し気づくのが遅れていれば、直撃していた。
柿原は肩をすくめる。
「だが、決死のこの作戦も結局はギリギリで防がれちまったのは悔しいがな……」
城島は、小さく息を吐く。
「成る程なぁ……」
そして、再び笑みを浮かべた。
「流石に一筋縄ではいかんかったか……」
だが、その笑みには警戒が混じっている。
「やけど、もう不意打ちは効かれへんよぉ?」
城島は風船をゆらゆらと浮かべる。
「どうするんかなぁ……?」
柿原は少しだけ悔しそうに笑った。
「悔しいけど、そうやなぁ……」
そして、すぐに声を張る。
「犬飼っ!!」
◇
犬飼は蛇島と近接戦闘を続けていた。
蛇島の柔らかい身体は、犬飼の爪をことごとく避けている。
さらに、溶解液もある。
犬飼は一瞬だけ柿原を見る。
「……何だ、俺は今忙しいんだよ」
柿原は言葉を続けなかった。
ただ、犬飼へ目で合図を送る。
その一瞬で十分だった。
犬飼は、柿原の意図を理解する。
長い付き合いというほどではない。
だが、戦場で共に動いてきた者同士。
何を狙っているかくらいは分かる。
犬飼は小さく息を吐いた。
「……しゃあねぇな」
蛇島が不快そうに目を細める。
「戦闘中によそ見とは随分余裕なのねっ!」
蛇島は口を開き、紫色の溶解液を吐いた。
犬飼は後ろへ跳んで避ける。
液体が地面に落ち、じゅう、と音を立てて溶かした。
犬飼は着地と同時に、チーターの脚で地面を蹴る。
凄まじい速度で蛇島へ一直線に向かった。
蛇島は構える。
先ほどまでのように、しなやかに身体を捻ってかわす準備をする。
何か仕掛けてくる。
そう思った。
だが、犬飼は蛇島へ爪を振るう直前で、急に左へ曲がった。
「……?」
蛇島の動きが一瞬止まる。
なぜ、自分を攻撃しないのか。
その左方向にいるのは。
城島。
蛇島はすぐに気づき、叫んだ。
「城島っ!!」
城島が左を見る。
そこには、すでに犬飼の姿があった。
「なっ……!」
城島は慌てて風船を展開しようとする。
だが遅い。
犬飼はすでに、城島の間合いに入っていた。
ライオンの腕が振るわれる。
まるで肉食動物が獲物を狩るように。
鋭い爪が、城島の皮膚を抉った。
「いってぇ……!」
城島の悲鳴が上がる。
犬飼は止まらない。
さらに踏み込み、連続で爪を振るう。
城島が風船を出そうとするたびに、その動作を潰す。
近距離。
それも、息をつく暇もない距離。
城島の《ボンバークラウン》は、射線を塞ぐことや遠距離攻撃を妨害することには向いている。
だが、ここまで接近されれば話は別だった。
風船を展開する前に、犬飼の爪が届く。
城島は防戦一方になる。
「くっ……!」
蛇島が叫ぶ。
「城島っ!!」
その瞬間、蛇島の意識は柿原から外れた。
柿原は、その隙を見逃さない。
「おいおい、戦闘中によそ見は厳禁じゃなかったのか……?」
蛇島がはっとして、柿原を見る。
その時にはもう遅かった。
蛇島の頭上には、大量の火炎瓶が投げられていた。
空中で瓶が回転している。
ひとつではない。
いくつも。
広い範囲を覆うように、炎の雨が降ろうとしていた。
「そんな……」
蛇島の表情から余裕が消える。
蛇のような柔らかい身体。
常人離れした回避能力。
それは、近接攻撃をかわすには非常に優秀だった。
だが、頭上から広範囲に降り注ぐ火炎瓶を避けきるには向いていない。
火炎瓶が割れた。
炎が広がる。
蛇島の身体を包み込む。
「ギャー!!」
悲鳴が響いた。
◇
柿原の《聖火》による炎は、放っておけば燃え続ける。
だが、柿原は殺すつもりはなかった。
蛇島が戦闘不能になったことを確認すると、柿原は手をかざす。
炎がゆっくりと消えていく。
黒焦げになった蛇島が、その場に倒れた。
一方、城島もまた限界だった。
犬飼の連撃を受け続け、皮膚は抉れ、身体は大きく傷ついている。
スキルを発動する暇を与えられないまま、最後の一撃を受けた。
城島の身体が地面へ崩れる。
意識を失っていた。
犬飼は息を吐き、城島から距離を取る。
柿原は倒れた2人を見下ろす。
城島は皮膚を抉られて意識を失っている。
蛇島は黒焦げになり、倒れている。
だが、どちらも命までは奪っていない。
柿原は火縄銃を下ろし、口元を吊り上げた。
「城島は俺みたいな遠距離攻撃に対しては得意だが、逆に近接戦闘が得意な犬飼に対しては弱い……」
犬飼はまだ息を整えている。
柿原は続ける。
「逆に蛇島は近接戦闘には強いが、遠距離の広範囲攻撃には弱い……」
佐々木は相性を考えて配置した。
だが、その相手と律儀に戦い続ける必要はない。
「相性の悪い相手に充てられて居るんだったら、入れ替えて戦えばいいって話だな……!」
柿原は得意げに笑った。
犬飼は呆れたように肩を落とす。
「はぁ……、お前がそんなキャラで毎回頭良い戦い方するのは腹立つがな……」
柿原が眉を寄せる。
「何だよ……俺のお陰で勝ったんだから良いだろ?」
犬飼は小さく息を吐く。
「まぁいい……」
そして、すぐに表情を引き締めた。
まだ終わっていない。
門脇が地下で合田と戦っている。
急がなければならない。
「早く、門脇さんの所に行こう……」
柿原も頷く。
「あぁ……!」




