都知事オタク
第185話です。宜しくお願い致します。
場面は、再び変わる。
佐々木金次郎が率いてきた超人族は、およそ100名。
その中でも佐々木の近くにいる幹部格の者達は、特に強い力を持つ者達だった。
富山光。
藤島。
合田。
城島。
蛇島。
飯島寧々。
飯島茶々。
そして、それ以外の超人族達は、東京の至る所に散らばっていた。
彼らは建物を壊し、道路を砕き、火を放ち、煙を上げていた。
目的は、東京の混乱。
そして、住民の炙り出し。
だが、その思惑は完全に外れていた。
どれだけ建物を壊しても、悲鳴が聞こえない。
どれだけ大きな音を立てても、人が逃げ惑う姿がない。
住民がいない。
それは、彼らにとって想定外だった。
「何で誰も居ないんだよ……」
1人の超人族が、苛立ったように瓦礫を蹴る。
「誰も居ない中、攻撃するなんてつまらねぇよ……」
別の超人族も、半壊した建物の壁を殴りながら不満を漏らした。
「あ~ストレス溜まるなぁ……」
彼らは、住民を怯えさせるつもりだった。
逃げる人々を追い詰めるつもりだった。
人質を取って、東京を支配するための材料にするつもりだった。
だが、東京の住民達はすでに避難している。
前日に、自衛隊と警察が協力して、全員を避難シェルターへ誘導していた。
その判断が、佐々木達の作戦を大きく狂わせていた。
◇
一方、その避難シェルターの中では、住民達が不安げに身を寄せ合っていた。
外で何かが起きている。
それは、誰の耳にも明らかだった。
爆発音。
地面を揺らすような振動。
遠くから響く轟音。
シェルターの壁が、時折小さく震える。
子供達は親にしがみつき、老人達は眉を寄せて天井を見上げていた。
昨日、自衛隊や警察からは、一部の建物崩壊に備えた避難だと説明されていた。
だが、今聞こえている音は、それだけではない。
住民の1人が、不安げに呟く。
「外で、一体何が起きてるんだ……」
別の住民が、扉の方を見る。
「自衛隊や警察はあくまで一部の建物崩壊の避難って言って、避難したけど……」
さらに別の住民が、青ざめた顔で首を振った。
「明らかに、建物が崩壊しただけの音じゃない……」
「何かのモンスターが襲ってきてるのか……?」
シェルターの中に、不安が広がっていく。
誰も外の様子が分からない。
だが、危険なことが起きているのは分かる。
その時だった。
1人の男が、勢いよく立ち上がった。
「俺が確かめてくるよっ!」
声を上げたのは、見た目は高校生くらいの男だった。
眼鏡をかけており、まだどこかあどけなさが残っている。
周囲の住民達が驚いたように彼を見る。
「あんちゃん、大丈夫か……?」
年配の住民が心配そうに声をかける。
「見たところ、まだ子供だろ……?」
だが、男は胸を張った。
「大丈夫っ!」
その声には、妙な自信があった。
そして、急に目を輝かせる。
「陸斗さんだって、まだ15歳何だぜっ!」
周囲の住民達が、きょとんとする。
男はその反応に気づかず、さらに熱を込めて話し始めた。
「あの年であんなに活躍して、悠真さんの右腕をしてるんだぜっ!」
男の声は止まらない。
「妹の美咲さんと並んで、最初の悠真さんの仲間……」
両手を握りしめ、まるで英雄譚でも語るかのように続ける。
「それに、Aランクモンスターとの戦いやSPМとの戦いの時や東北に行った時も大活躍してたんですよ!!」
男の目は、完全に輝いていた。
外の異変を確かめると言っていたはずなのに、いつの間にか陸斗達の活躍を語る場になっている。
住民達は、ぽかんとした顔でその話を聞いていた。
熱量が凄すぎて、誰も止められない。
男はしばらく話したあと、ようやく自分が脱線していたことに気づいた。
小さく咳払いをする。
「と……とにかく、年は関係ない!」
そして、改めて真剣な顔になる。
「それに、俺は超人族にこの間覚醒したから問題ない!」
そう言うと、男は迷いなくシェルターの扉へ向かった。
周囲の住民達が慌てる。
「あんちゃん……」
だが、男は止まらなかった。
勢いよく扉を開け、そのまま外へ飛び出していく。
扉が閉まる。
しばらくの間、シェルター内には沈黙が落ちた。
やがて、誰かがぽつりと呟く。
「出ていっちまった……」
別の住民が、首を傾げる。
「何かやけに都知事たちの事詳しかったな……」
すると、近くにいた女性が呆れたように息を吐いた。
「あんた、知らないの?」
住民達がその女性を見る。
「あの子はここら辺では有名な都知事オタクなのよ……」
別の住民が、困惑したように聞き返す。
「都知事オタク……?」
シェルターの中に、何とも言えない空気が流れた。
◇
一方、男は外へ出ていた。
シェルターの扉を閉め、周囲を確認する。
その瞬間、男は言葉を失った。
そこに広がっていたのは、避難前に見た東京とはまるで違う景色だった。
昨日の時点でも、一部の建物は崩れていた。
だが、それでも街並みの多くは保たれていた。
悠真が整え、住民達が少しずつ復興させてきた東京。
人々が生活を取り戻し始めていた街。
しかし今、その景色は大きく変わっていた。
多くの建物が崩れている。
煙が上がっている。
火が出ている場所もある。
道路には瓦礫が散らばり、焦げた匂いが風に乗って流れていた。
男は、呆然と立ち尽くす。
「何で、こんな事に……」
視線を巡らせる。
すると、いるはずのない人影が見えた。
全員が避難しているはずの東京に、複数の人影がある。
その者達は、建物を破壊していた。
道路を壊していた。
笑いながら、東京を攻撃していた。
男の拳が、ゆっくりと握られる。
爪が掌に食い込む。
唇を噛みしめる。
やがて、口の端からわずかに血が滲んだ。
「悠真さん達が避難民を受け入れ、時間をかけて復興させた東京をよくも……」
その声は低かった。
先ほど、陸斗達の話をしていた時の熱っぽい声とは違う。
怒りが、静かに煮えたぎっている声だった。
「万死に値する」
男は、ゆっくりと息を吸った。
そして、スキルを唱える。
「スキル、《天気予報》!」
眼鏡の奥の瞳が、鋭く細まる。
男は、遠くにいる超人族達を見据えた。
距離は500メートル以上離れている。
それでも、男の視線は正確にその場所を捉えていた。
「雷にご注意を……」
その言葉と同時に、破壊行為をしていた超人族達の真上に黒い雲が現れた。
それは、周囲の青空とは明らかに異質な雲だった。
小さな範囲だけを覆うように、真っ黒な雲が渦を巻く。
超人族達が空を見上げる。
「あれ、雨でも降るのか……?」
誰かが呟いた。
だが、雨は降らなかった。
次の瞬間。
黒い雲が強烈に発光した。
轟音。
白い閃光。
空から落ちた雷が、破壊行為をしていた超人族達を一瞬で飲み込んだ。
悲鳴を上げる間もなかった。
落雷を受けた超人族達は黒焦げになり、その場に倒れる。
煙が細く上がる。
男はその光景を見て、ゆっくりと息を吐いた。
「はぁ……」
昂った気持ちを落ち着かせるように。
怒りで乱れた呼吸を整えるように。
まだ若い男にとって、人に向けてスキルを使うことは決して軽いものではなかった。
だが、迷いはなかった。
東京を壊す者達を、放っておくことなどできない。
◇
その時だった。
男が外へ飛び出したところを見ていた1人の超人族がいた。
その超人族は、男が出てきたシェルターの扉へ近づいていた。
にやりと笑う。
「ここに住民が居たのか……」
男が出てきたことで、そこが避難シェルターだと気づいたのだ。
超人族は扉に手を伸ばす。
「これで、俺も佐々木さんに褒めて貰えるかなぁ……」
口元が歪む。
「フフフッ」
この扉の向こうには、多くの住民がいる。
人質にできる。
佐々木の役に立てる。
そう思いながら、超人族は扉を開けようとした。
その時。
肩を、軽く叩かれた。
トントン。
「何だよ……」
超人族は不機嫌そうに振り向く。
そこには、先ほど外へ出た眼鏡の男が立っていた。
男は、不気味な笑みを浮かべている。
「何をしているのかな……?」
超人族の表情が固まる。
「……え?」
次の瞬間、シェルターの外で轟音が響いた。
眩い光が走る。
超人族の身体が、雷に打たれたように硬直した。
そして、黒焦げになった身体が力なく崩れ落ちる。
シェルターの扉が開いた。
中にいた住民達が、一斉にそちらを見る。
男は、黒焦げになった超人族を扉の中へ落とした。
ドサリ。
住民達の目の前に、黒焦げの身体が転がる。
「ヒィー!!」
悲鳴が上がった。
子供達が泣き出し、大人達も顔を引きつらせる。
しかし男は、にこやかな笑顔を浮かべていた。
「外は羽アリが沢山居るので、皆さんは絶対出ないでくださいね!」
その笑顔は、あまりにも爽やかだった。
だが、言っていることと、足元に転がる黒焦げの敵のせいで、逆に不気味さが増していた。
住民達は、誰も言葉を返せない。
男はさらに笑顔のまま続けた。
「俺が、外の羽アリを駆除してきます」
そして、シェルターの扉を閉めた。
扉が閉まる。
住民達のざわめきが、背後で遠ざかる。
その瞬間、男の顔から笑顔が消えた。
代わりに浮かんだのは、怒りだった。
悠真達が守ってきた東京。
陸斗達が命を懸けて守ってきた人々。
住民達がようやく取り戻し始めた日常。
それを壊そうとする者達を、男は許せなかった。
男は拳を握りしめる。
そして、煙の上がる街へ向かって走り出した。
外にいる羽アリを駆除するために。




