分断された戦場
第184話です。宜しくお願い致します。
凛堂明日香が佐々木金次郎の本体を探すため、その場から走り去った。
それを追って、富山光と藤島も移動する。
戦場の空気が、わずかに変わった。
残されたのは、佐々木金次郎の霊体。
そして、彼に従う者達。
対する東京自衛隊側には、影山駿、影山潤、門脇誠司、犬飼守、柿原紅蓮がいた。
影山潤は、遠ざかっていく凛堂達の気配を追うように視線を向ける。
「兄さん、俺達も追うか?」
影山駿は、静かに首を横に振った。
「いや……もう間に合わないだろう……」
富山の速度はかなりのものだった。
加えて、藤島は空を飛んでいる。
今から追っても、すぐに追いつけるとは思えない。
何より、目の前にも敵がいる。
ここを放置して凛堂を追えば、残った敵に東京を荒らされるだけだった。
影山駿は、佐々木達へ視線を戻す。
「俺達はこいつらを先に倒すぞ……」
◇
その言葉に、飯島茶々が小さく首を傾けた。
髪につけたリボンが、わずかに揺れる。
「倒すとか言ってるよ、姉様」
隣に立つ飯島寧々は、茶々と瓜二つの顔で影山兄弟を見た。
その目に、感情はほとんど浮かんでいない。
ただ、相手を値踏みするような冷たさがあった。
「弱い人程すぐに戯言を吐くものよ、妹」
淡々とした声。
だが、その言葉には明確な挑発が含まれていた。
影山潤の眉がぴくりと動く。
だが、影山駿は冷静だった。
佐々木金次郎が不気味に笑う。
「ククククッ……事前通りお前等2人があいつらを相手にするんだなぁ……」
飯島寧々と飯島茶々は、ほとんど同時に頷いた。
その動きまで、まるで鏡合わせのようだった。
影山駿は、佐々木の言葉を聞き逃さなかった。
「事前通り……か」
影山駿の目が細くなる。
佐々木は元SPМ特殊隊副隊長。
凛堂、門脇、犬飼、影山兄弟。
この場にいる者達の能力や戦い方を、ある程度知っている可能性が高い。
そして佐々木は、決して正面から正々堂々とぶつかってくるタイプではない。
相手の弱点を探り、嫌な場所を突いてくる。
影山駿は、それを理解していた。
「佐々木は狡猾な人間だ」
影山駿は、隣の弟へ低く告げる。
「俺達に勝てる策があるのだろう……」
そして、飯島姉妹を見据えた。
「気をつけろよ、潤……」
影山潤も真剣な表情で頷く。
「分かったよ、兄さん……」
佐々木は、その様子を見て楽しそうに喉を鳴らした。
まるで、駒が予定通りの位置へ進んでいくのを眺めているかのようだった。
◇
続いて佐々木は、別の男へ視線を向ける。
「ククククッ……合田は門脇を相手にするんだな」
合田と呼ばれた男が、一歩前へ出た。
黒髪短髪。
白のタンクトップ。
身長は2メートル近くあり、肩幅も異様に広い。
腕は丸太のように太く、胸板は分厚い。
見るからにガタイがよく、まるでボディビルダーのような体形をしていた。
合田は短く答える。
「あぁ、了解だ」
その声には余計な感情がなかった。
ただ命令を受け、実行する。
それだけの声だった。
合田は、門脇を見据える。
そして、低くスキルを唱えた。
「スキル、《タイプBランク》で《アイアンゴーレム》!」
次の瞬間、合田の身体がさらに膨れ上がった。
筋肉が盛り上がり、体格が一回り大きくなる。
同時に、皮膚の質感が変わっていった。
人間の肌ではない。
鋼を纏ったような、硬質で鈍い光を放つ質感。
全身がまるで鉄の塊になったかのようだった。
合田は、その巨大な拳を握る。
そして、迷いなく地面へ振り下ろした。
狙いは、門脇が立っている足元。
拳が地面に突き立てられた瞬間、轟音が響いた。
地面に亀裂が走る。
それは一瞬で広がり、門脇の足元を飲み込んだ。
「何だ……?!」
門脇が反応した時には、すでに遅かった。
地面が崩れる。
門脇の身体が下へ落ちていく。
合田もまた、自ら開けた穴へ向かって飛び込むように落下していった。
◇
犬飼守が叫ぶ。
「門脇さん!」
犬飼は即座に動いた。
SPМ時代から門脇と組んできた犬飼には分かっている。
門脇を1人にしてはいけない。
特に、相手が門脇の能力を知っているのならなおさらだ。
犬飼はスキルを唱える。
「スキル、《人体実験》!」
犬飼の両足が変化する。
細くしなやかなカンガルーの脚。
爆発的な跳躍力を生むための足。
さらに、両腕が太く膨れ上がった。
ゴリラのような筋肉質な腕。
その腕力で門脇を掴み、引き上げるつもりだった。
犬飼は穴へ向かって跳ぼうとする。
だが、その前に城島が動いた。
「犬飼はんの相手は俺達城島と蛇島はんだよ!」
城島は笑顔のまま、手を広げる。
「スキル、《タイプBランク》で《ボンバークラウン》!」
その瞬間、犬飼の周囲に複数の風船が現れた。
赤、青、黄色。
まるで子供の誕生日会にでも出てきそうな、ふざけた色合いの風船。
しかし、それらが可愛らしく浮かんでいたのは一瞬だけだった。
次の瞬間。
風船が爆ぜた。
「バンっ、バンっ!」
城島が楽しげに声を合わせる。
爆発。
さらに爆発。
犬飼の周囲で、次々と風船が破裂し、爆風が広がる。
犬飼の身体は、その爆風に吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
犬飼は歯を食いしばる。
カンガルーの脚で踏みとどまろうとしたが、連続する爆風に体勢を崩され、地面を転がった。
その間に、門脇と合田の姿は穴の奥へ消えていく。
犬飼はすぐに身体を起こそうとした。
だが、城島の隣に立つ女性が、気だるげに口を開く。
「ちょっと……私の名前に『はん』とか付けないでくれる……?」
蛇島と呼ばれたその女性は、全身を黒を基調とした服装でまとめていた。
背中まで伸びる長い髪。
冷たさと気だるさが混ざったような雰囲気。
蛇島は、城島を横目で睨む。
「いつも言ってるでしょう?」
城島は悪びれもせず、にこにこと笑った。
「だって蛇島はんは蛇島はんじゃない!」
蛇島は深いため息を吐く。
「はぁ……だからこいつとは組みたくないのよぉ……」
そのやり取りは、どこか緊張感に欠けていた。
だが、城島の風船爆発は間違いなく危険だった。
◇
犬飼は爆風で吹き飛ばされながらも、すぐに体勢を立て直す。
そして、門脇が落ちた場所へ視線を向けた。
「そんな……」
助けられなかった。
門脇が、合田と共に地下へ落とされた。
犬飼の表情に焦りが浮かぶ。
佐々木は、その様子を見て満足げに笑った。
「ククククッ……門脇はある意味このメンツの中では1番やっかいなスキルを持っているんだなぁ……」
佐々木の視線が、穴の方へ向く。
「だけど、一対一の戦闘には向かないんだなぁ……!」
その言葉に、犬飼の拳が強く握られる。
佐々木の言うことは、間違ってはいなかった。
門脇誠司のスキル《ガチャカプセル》。
それは、当たりさえすれば相手をカプセルの中へ閉じ込めることができる。
格上であろうと、大型であろうと、条件を満たせば捕獲できる。
一見すれば、極めて強力なスキル。
だが、弱点も明確だった。
カプセルが当たらなければ意味がない。
初見殺しとしての性能は高い。
しかし、スキルの内容を知っている相手なら、避けるだけで対策になる。
特に、1対1で正面から戦う場合。
門脇が投げるカプセルに警戒し続ければいい。
それだけで、門脇の強みは大きく削がれる。
SPМ時代、門脇は戦術隊隊長だった。
そして犬飼は、その副隊長。
2人はよくコンビを組んでいた。
犬飼が前衛に出る。
相手にダメージを与える。
あるいは注意を引きつける。
その隙に、門脇が《ガチャカプセル》を投げる。
相手が犬飼に気を取られた瞬間を狙い、閉じ込める。
それが、2人の必勝パターンだった。
門脇のスキルは、誰かと組んでこそ真価を発揮する。
逆に言えば、孤立させられると厳しい。
犬飼には、それが痛いほど分かっていた。
「1人で戦うのは門脇さんのスキルとの相性が最悪だ……」
犬飼は、城島と蛇島を睨みつける。
それから、隣にいる柿原へ声をかけた。
「おい、柿原……早めに終わらせて早く門脇さんの加勢に行くぞ……」
柿原紅蓮は、静かに前へ出た。
その瞳には炎のような気迫が宿っている。
「言われなくてもやってやるさ!」
犬飼と柿原は、城島と蛇島へ向き直った。
急がなければならない。
門脇がどこまで持つか分からない。
佐々木の策に乗せられた形だとしても、今は目の前の敵を倒すしかなかった。
◇
場面は、地下へ移る。
東京の地下には、世界崩壊前から存在する巨大な防災施設があった。
川の水位が上がった際、一時的に水をためるための施設。
悠真達が作ったものではない。
崩壊前の東京が、災害に備えて作っていた巨大な空間だった。
門脇達が立っていた場所は、たまたまその防災施設の上だった。
合田が地面を割ったことで、門脇と合田はその巨大な地下空間へ落下した。
普通の人間なら、運が良くても全身骨折。
悪ければ、命を落としていてもおかしくない高さだった。
だが、合田は《アイアンゴーレム》によって全身に鋼のような防御を纏っている。
落下の衝撃を受けても、ほとんど傷はない。
巨大な身体が床に着地し、鈍い金属音のような音が響いた。
一方、門脇もどうにか無事だった。
世良の《美魔女》によるバフがかかっていたおかげで、身体能力も耐久力も引き上げられていた。
それがなければ、無事では済まなかっただろう。
門脇は、痛みに顔をしかめながら身体を起こした。
「いてててててっ……」
肩を回し、背中を押さえる。
「世良のバフがなかったら死んでたな……」
地下防災施設の内部は広かった。
巨大な柱。
暗く長い空間。
地上の喧騒が遠く感じられるほど、隔絶された場所だった。
合田は、ゆっくりと立ち上がる。
鋼のような皮膚が、薄暗い光を受けて鈍く輝いた。
「世良にバフをかけられていたのか……」
合田は、門脇を見下ろす。
「まぁ、お前は一対一の戦闘に弱いんだろ?」
門脇は苦笑した。
「あぁ……」
否定はしなかった。
それが事実だからだ。
門脇は、自分のスキルの強みも弱みも理解している。
《ガチャカプセル》は強い。
だが、当たらなければ意味がない。
そして今、目の前にいる合田は門脇の情報を知っている。
不用意に近づいてくるような相手ではないだろう。
門脇は小さく息を吐いた。
「情報を全部知ってる元隊員の裏切りって最悪だな……」
佐々木は、門脇のことを知っている。
犬飼との連携も知っている。
戦い方も、弱点も、対処法も。
その上で、合田をぶつけてきた。
高防御。
怪力。
正面戦闘に強い相手。
しかも、地下という逃げ場の限られた場所。
門脇は周囲を見渡す。
広いが、地上ほど遮蔽物は多くない。
隠れてカプセルを投げるには、条件があまり良くない。
「さて、どうしたものか……」
門脇は、静かに呟いた。
◇
その頃、地上でも戦いの構図は固まりつつあった。
凛堂は、佐々木の本体を探すために走り、富山と藤島がそれを追った。
門脇は、合田によって地下防災施設へ落とされ、1対1の戦いへ持ち込まれた。
影山駿と影山潤の前には、飯島寧々と飯島茶々が立ちはだかる。
犬飼守と柿原紅蓮の前には、城島と蛇島。
戦場は、佐々木の策略によって綺麗に分断された。
凛堂VS富山、藤島。
門脇VS合田。
影山兄弟VS飯島姉妹。
犬飼、柿原VS城島、蛇島。
それぞれが、佐々木によって選ばれた組み合わせ。
元SPМの情報を知る裏切り者が作り上げた、嫌なほど的確な戦場だった。
やっぱり戦闘シーンは書いていて楽しいです。
ただ、皆さんが戦闘シーンが好きなのかは分かりませんが……。




