遅かったじゃねぇかっ!!
第180話です。宜しくお願い致します。
悠真の目の前に、消えたはずの仲間達が立っていた。
アル。
ソックス。
セイコ。
チャン爺。
一葉、二葉、三葉。
前に《派遣》を試した時、何も起きなかった。
あの静けさを、悠真はまだはっきり覚えている。
本来なら騒がしい声が返ってくるはずだった。
アルが元気よく飛び出してくるはずだった。
ソックスが冷静にツッコミを入れるはずだった。
セイコが意味の分からない優雅さで登場するはずだった。
だが、何も起きなかった。
だから悠真は、自分の《日常生活》が完全に失われたのだと思っていた。
もう二度と、彼らに会えないかもしれない。
そう思っていた。
それなのに、今。
彼らは目の前にいる。
いつもの声で。
いつもの姿で。
いつもの空気を纏って。
悠真は、目元をわずかに潤ませながら呟いた。
「みんな……どうして?」
その声は震えていた。
安堵と混乱が混ざった声だった。
アル達も、悠真の無事を確認するようにこちらを見ている。
そんな中、幸子が申し訳なさそうに一歩前へ出た。
「あのぉ……すみません」
全員の視線が、幸子へ向く。
幸子は額に残る血を拭いながら、言いかけていた言葉を続けた。
「薬何ですけど、実はあれは一時的に超人族から人間に戻す薬だったんです……」
悠真は目を見開いた。
「一時的だって……?」
完全に失ったと思っていた。
スキルも。
アル達も。
東京を支える力も。
だが、幸子の言葉は、それが永続ではなかったことを示していた。
コン太がハッとしたように顔を上げる。
「そう言えば、白井が午後に時間だからと言って、注射器を渡してくれたコン……!」
白井は研究室でそう言っていた。
あの時、コン太達には意味が分からなかった。
だが、今なら繋がる。
午後に時間。
それは、雪子と爺やへ再び薬を打つ時間だったのだ。
幸子は小さく頷いた。
「はい、あれはまだ正確には1日だけ超人族から人間に戻す薬だったんです……」
悠真は思わず聞き返す。
「1日……だって?」
◇
幸子は顔を伏せる。
「私は当時、とにかく雪子を私の元に引き入れたかったんです……」
雪子が、わずかに目を伏せる。
幸子は続けた。
「だから、白井率いる数百人の研究チームを結成させ、超人族を人間に戻す薬の開発の指示を行いました」
幸子の《承認欲求》は、超人族には効かない。
だから雪子は支配できなかった。
どれだけ人々を従わせても、どれだけ自分を神様のように崇めさせても、雪子だけは自分のものにならない。
それが、幸子にとって耐え難かった。
「研究が始まりますが、今まで世界に存在しなかった超人族の事を研究するのは容易ではありませんでした」
幸子の声は静かだった。
淡々と話しているようで、その奥には後悔が滲んでいる。
「その為、少しの間研究が行き詰まってしまいました」
悠真は眉を寄せる。
超人族。
スキル。
ゲート出現後に突然現れた仕組み。
それを科学的に解き明かすなど、容易なはずがない。
幸子はさらに続けた。
「そんな時、白井が思いついたかのように私の血液が欲しいと申し入れがありました……!」
悠真が反応する。
「……血液?」
「はい……」
幸子は頷く。
「何でも、実際に超人族である私の血液にもしかしたら秘密があるのかもしれないと思ったそうです……」
幸子自身も超人族。
その血液の中に、超人族としての何か。
スキルに関わる何かがあるかもしれない。
白井はそう考えた。
「そして、私は定期的に研究チームに自分の血液を渡していました」
幸子は自分の腕を見る。
かつて注射針が何度も刺された場所。
「すると、行き詰まっていた研究が一気に進みました」
それは、白井達の研究にとって大きな転換点だった。
幸子の血液を使うことで、超人族を人間に戻す薬の開発は一気に進んだ。
そして。
「白井はある日、私にとうとう薬が完成したと言いました」
幸子は唇を噛む。
「しかし、そこには注意点がありました」
悠真達は黙って聞いていた。
幸子は小さく息を吐く。
「1日しか効果を維持できない事です」
その言葉に、場の空気が変わった。
永続ではない。
完全に失わせる薬ではない。
1日だけ、超人族を人間へ戻す薬。
つまり、悠真の《日常生活》も、薬の効果時間が切れたことで戻ったのだ。
「従って、効果を維持するには対象に毎日注射を打ち続けねばなりませんでした……」
コン太は、研究室で受け取った注射器を思い出す。
「あの時、そう言えば2本の注射器を渡されたコン……」
コン太は雪子と爺やを見る。
「あれは、雪子さんと爺やさんのその日の注射器だったコンね……」
幸子は静かに頷いた。
「はい、その通りです……」
雪子と爺やを支配し続けるためには、毎日薬を打つ必要があった。
白井が言った「午後の時間」とは、その注射の時間。
2本の注射器は、雪子と爺やのためのものだった。
幸子はさらに続ける。
「そして、毎日注射を打ち続けるというのは雪子の身体を注射痕だらけにする事になるので、少し抵抗がありました」
雪子が幸子を見る。
幸子は目を伏せた。
自分は雪子を支配しようとした。
それは絶対に許されない。
けれど、その雪子の身体を毎日傷つけ続けることには、わずかな抵抗があった。
その矛盾すら、今となっては醜い言い訳にしか聞こえない。
「従って、効果をもっと長く出来るように白井達には研究を続けていってもらうつもりでした……」
悠真は、ゆっくりと息を吐いた。
「成る程……」
薬は未完成だった。
いや、正確には完成していたが、幸子が求めたほどのものではなかった。
1日だけの効果。
だから、悠真の《日常生活》は戻った。
アル達も。
チャン爺も。
一葉達も。
戻ってきた。
そう理解した瞬間、悠真の身体から力が抜けた。
その場に、思わず座り込む。
「はぁ……」
大きな息が漏れた。
「本当にもう2度と戻って来ないと思った……」
その言葉には、深い安堵が滲んでいた。
失ったと思った。
自分の力を。
仲間達を。
東京を守る術を。
もう元には戻れないと思った。
だが、戻ってきた。
アルがすぐさま前へ出る。
眉をキリッと上げ、悠真に向かって勢いよく敬礼した。
「我々は永遠にご主人に仕えさせていただきますっ!!」
その真っ直ぐすぎる言葉に、悠真は少しだけ笑った。
「あぁ……」
胸の奥が熱くなる。
「ありがとう……!」
アルは誇らしげに胸を張る。
ソックスは隣で静かに息を吐き、セイコは優雅に微笑んでいた。
チャン爺も、目元を和らげながら深く頭を下げている。
一葉、二葉、三葉も、悠真の無事を確認するように見つめていた。
少しだけ、いつもの空気が戻った。
◇
だが、安心している時間は長くない。
悠真はすぐに表情を引き締める。
「スキルが戻ったからには、早く東京に戻らないとな……」
《日常生活》は戻った。
だが、問題は東京だった。
薬の効果が切れるまでの間、東京に何が起きていたのかは分からない。
爺やの地下拠点のように、何かが崩れている可能性もある。
悠真達は、すぐに動かなければならなかった。
出発前、悠真達は雪子達へ別れを告げることになった。
雪子は悠真の前に立ち、深く頭を下げる。
「黒瀬さん達にはこんなにも迷惑をかけた上に私達を助けて頂いて……何てお礼を言ったらいいか……」
悠真は少しだけ複雑な表情を浮かべた。
雪子達を助けた。
幸子の支配も止めた。
それは確かに良かったことなのかもしれない。
だが、その過程で失われたものが多すぎる。
悠真自身もスキルを失いかけた。
東京もどうなっているか分からない。
素直に「よかった」とは言えなかった。
「お礼なんて必要ありませんし、俺もかなり複雑な心境です」
雪子は顔を上げる。
悠真は正直に続けた。
「まだ、心の整理がついてないですし、東京がどうなっているかが1番の問題です……」
そして、雪子を見る。
「雪子さん達はこの後、どうするんですか……?」
雪子は少しだけ沈黙した。
その隣には爺やがいる。
少し離れた場所には、拘束された涼子や、顔を険しくした誠司の姿もあった。
神崎家。
その名が、雪子の人生を縛ってきた。
認められるために努力した。
捨てられないために両親の顔色を伺った。
だが、もうそこへ戻るつもりはなかった。
雪子は真っ直ぐに悠真を見る。
「私がもし許されるのであれば、これから改めて山梨や中部地方の復興に注力していきたいです……」
その声には、迷いがなかった。
幸子の妹として。
神崎家の養子として。
そして、この地で多くの人を見てきた者として。
雪子は、逃げずに復興へ向き合うつもりだった。
「神崎家の名前は捨てて、両親とも絶縁します……」
その言葉に、爺やが静かに目を伏せた。
誠司と涼子が何かを言いたげにするが、雪子はもう振り返らない。
神崎家のためではない。
両親の期待のためでもない。
自分の意思で、人々のために生きる。
雪子は、そう決めていた。
悠真は小さく頷く。
「そうですか……」
そして、少しだけ表情を和らげた。
「雪子さん達も頑張って下さいね……!」
雪子は深く頭を下げる。
「はい……ありがとうございます!」
そして、顔を上げて力強く言った。
「悠真さん達も何かあったら必ず……必ず協力させて頂きますので、何かあったら言ってください!」
悠真は頷いた。
「分かりました」
山梨の問題は、完全に終わったわけではない。
幸子の処遇。
元幸子親衛隊達の今後。
亡くなった者達への償い。
復興。
決めなければならないことは山ほどある。
だが、それは雪子達がこれから向き合っていく問題だった。
悠真達は、東京に戻らなければならない。
◇
阿川が東京へ繋がる配管を開く。
悠真達は、その中へ入っていった。
配管の中を進みながら、悠真は胸の奥にある不安を押し殺していた。
《日常生活》は戻った。
アル達も戻った。
それでも、安心はできない。
もし東京に被害が出ていたら。
もし、自分がいない間に何かが起きていたら。
悠真は、その現実を見る覚悟を決めるしかなかった。
そして、配管を抜けた先。
悠真達は、言葉を失った。
東京は、変わり果てていた。
まるで、そこで戦争でも行われたかのようだった。
半壊した建物。
煙を上げる場所。
炎がまだくすぶっている場所。
瓦礫が散らばった道路。
崩れた外壁。
焦げた匂い。
住民達が慌ただしく動き回り、負傷者を運んでいる姿も見える。
悠真は呆然と立ち尽くした。
「そんな……」
未来も息を呑む。
陸斗は美咲のことを思い浮かべたのか、顔を青ざめさせている。
阿川も言葉を失っていた。
悠真は、目の前の惨状を必死に理解しようとした。
《日常生活》が一時的に使えなくなった。
その影響は、当然あったはずだ。
だが、それだけでここまでの姿になるとは考えにくい。
爺やの地下拠点は、爺やのスキルで作られていた土の構造物だった。
だから、スキルが失われれば維持できずに崩れた。
しかし東京は違う。
多くの建物は、住民達の手によって建てられている。
悠真の内装変更や外装変更をきっかけにしながらも、人の手で形にしてきたものが多い。
それが、ただスキルが消えただけで、燃えたり半壊したりするはずがない。
他の理由が必ずある。
◇
悠真がそう考えた時だった。
背後から、聞き慣れた声が響いた。
「よぉ、大将!」
悠真達が一斉に振り返る。
そこにいたのは、凛堂明日香だった。
相変わらず荒っぽい口調。
だが、その姿は戦闘後のように少し汚れ、服にも傷が見える。
凛堂は肩を回しながら、にやりと笑った。
「遅かったじゃねぇかっ!」
悠真は驚きながら声を上げる。
「凛堂……!」
しかし、すぐに凛堂の手元へ視線が向いた。
凛堂は、鎖を握っていた。
その鎖の先には、1人の男が繋がれている。
男は引きずられるようにして、地面に膝をついていた。
悠真は眉をひそめる。
「ってその引きずってる奴は……?」
未来が、その男を見た瞬間、目を見開いた。
「え……」
声が震える。
「どうして……?」
未来は信じられないものを見るように、その男を見つめていた。
「佐々木……?」
悠真は、その名前に反応する。
「佐々木って行方不明だった元SPМの佐々木金次郎……?」
鎖に繋がれていた男。
それは、かつてSPМの隊長格の1人であり、行方不明になっていた佐々木金次郎だった。
神崎家編終わりました!!
何だかんだ30話くらい費やしましたね……。
第2の厄災編以来の長い編になりました……。
皆様楽しんで頂けましたでしょうか……?




