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【Monster編開始】世界崩壊後、日常生活スキルで俺が最強拠点を作ってしまった件  作者: ナマケモノ


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178/202

第178話です。宜しくお願い致します。


果物ナイフが胸に突き刺さった。

 しかし、刺されたのは幸子ではなかった。

 幸子の前に飛び出し、咄嗟にその刃を受け止めたのは白井だった。

 白井の身体が大きく揺れる。

 そして、そのまま力なく床へ崩れ落ちた。

 部屋の中に、重たい沈黙が落ちる。

 幸子は目を見開いた。

 何が起きたのか、すぐには理解できなかった。

 自分に向けられたはずの刃。

 それを受けた白井。

 胸に刺さった果物ナイフ。

 床に広がっていく赤。

 ようやく状況が頭に届いた瞬間、幸子は悲鳴のように叫んだ。

「いや……白井!」

 幸子は倒れた白井へ駆け寄る。

 その間にも、神崎涼子はナイフを握ったまま、荒い息を吐いていた。

 幸子に化けたコン太は、すぐに動いた。

「スキル、《化けぎつね》で《植物召喚》!」

 幸子と同じ姿のまま、コン太がスキルを唱える。

 床から伸びたツルが、一瞬で涼子の身体へ絡みついた。

 腕を縛り、足を絡め取り、身動きを封じる。

 涼子は驚き、もがいた。

「何よ、これぇ!!」

 ツルはさらに強く締まる。

「離してよぉー!!」

 涼子は怒鳴りながら身体をよじる。

 しかし、ツルはびくともしなかった。

 それでも涼子は、倒れた白井を見て吐き捨てるように言う。

「白井もこんな奴の為に何、庇ってんのよ……!」

 その言葉に、幸子の肩が震えた。

 誠司も、さすがに顔を引きつらせていた。

 つい先ほどまで幸子を罵倒していた誠司だったが、涼子の行動には明らかに戸惑っている。

「今、お前幸子を刺そうとしたのか……?」

 涼子は悪びれもせずに答えた。

「そうよ……こんな奴のせいで雪子が私達に歯向かう考えを持つようになったんじゃない……!」

 誠司は息を呑む。

「実の娘何だぞ……」

 その言葉には、今さらすぎる響きがあった。

 誠司もまた、幸子を傷つけ続けてきた父親だった。

 だが、殺すという考えまでは至っていなかった。

 涼子の目に宿る殺意は、それほど異常だった。


 ◇


 幸子はそんな両親のやり取りを聞く余裕もなく、白井のそばに膝をついた。

「白井、どうして私なんか庇って……」

 声が震える。

 幸子は白井の胸元を見る。

 果物ナイフは深く突き刺さっている。

 白井の顔色は、みるみる悪くなっていた。

 それでも白井は、幸子を見ると、わずかに笑おうとした。

 幸子は涙を浮かべて問いかける。

「貴方ももう、洗脳は解けている筈でしょ……?」

 幸子の《承認欲求》は消えた。

 雪子も、爺やも、誠司も、涼子も正気に戻った。

 ならば、白井も同じはずだった。

 もう、自分を崇拝する必要などない。

 自分を命がけで守る理由などない。

 白井は、掠れた声で答えた。

「はい、スキルは解除されています……」

 幸子の顔が歪む。

「……ならどうしてっ!!」

 支配されていないのなら。

 命令されていないのなら。

 なぜ、自分を庇ったのか。

 幸子には、本当に分からなかった。

 白井は苦しそうに息を吸う。

 それでも、目だけは幸子を見ていた。

「どうやら、私は貴方に恋をしていたようです……」

 幸子の時間が止まった。

「え……?」

 理解できない。

 いや、理解したくなかった。

 恋。

 その言葉は、幸子にとってあまりにも遠いものだった。

 白井は、途切れそうな声で続ける。

「スキルで操られている時は勿論、気付きませんでした」

 白井の表情は、どこか穏やかだった。

「ただ、今思うとスキルで操られている時も崇拝とは別の気持ちもあったかも知れません……」

 幸子は何も言えない。

 白井は、自分の心を確かめるように言葉を紡ぐ。

「純粋に喜ぶ貴方が見たい……」

 幸子の瞳が揺れる。

「そんな気持ちが心のどこかであったのです」

 白井は、幸子に褒められたくて研究していた。

 幸子の役に立ちたくて、薬を作った。

 それは支配による崇拝だったのかもしれない。

 だが、その奥に、別の感情が混ざっていた。

「そして貴方のスキルがなくなって、ようやく気づいたんです……」

 白井は小さく笑う。

「あぁ……この気持ちは恋だったんだって……」

 幸子の目から、涙がこぼれた。

「そんな……」

 幸子は首を横に振る。

「スキルがなければ誰からも愛してくれないこんな私に恋するなんて……」

 ずっと、そう思っていた。

 誰も自分を見てくれない。

 誰も自分を認めてくれない。

 誰も自分を愛してくれない。

 だから、幸子は《承認欲求》にすがった。

 神様のように崇められることで、ようやく自分が存在していいのだと思えた。

 スキルがなければ、自分には何もない。

 そう信じていた。

 だが、白井は声を強めた。

「そんな事ありません!!」

 その勢いで傷が響いたのか、白井は激しく咳き込む。

「ゲホッゲホッ……」

 幸子は慌てて白井の肩へ手を添えた。

「もう、喋らないでッ!」

 涙声だった。

「傷に悪いわ……」

 白井は弱々しく首を横に振る。

「いいえ、喋らせて下さい……」

 幸子は唇を噛む。

 止めたい。

 でも、白井が何かを伝えようとしていることも分かった。


 ◇


 白井は、残された力を振り絞るように言う。

「良いですか……」

 幸子は涙を浮かべたまま、白井を見る。

「雪子さんや爺やさんは貴方の事を心配してくれています……」

 幸子の視線が、雪子と爺やへ向く。

 雪子は涙を流していた。

 爺やも、深く悲しそうな顔で幸子を見守っていた。

 白井は続ける。

「そして、私は貴方の事を愛しています……」

 その言葉に、幸子の涙が止まらなくなった。

 スキルがなくても。

 神様でなくても。

 支配していなくても。

 自分を見てくれる人がいた。

 心配してくれる人がいた。

 愛してくれる人がいた。

 それを知るには、あまりにも遅すぎた。

 白井は、さらに言葉を続ける。

「貴方のやってしまった事は取り返しのつかない事です……」

 幸子は、涙を流しながら頷けずにいた。

 白井の声は優しい。

 だが、甘くはなかった。

「しっかりと罪とそして家族と向き合って下さい……」

 それは、白井の最後の願いだった。

 庇ったから許すのではない。

 愛しているから罪を見逃すのでもない。

 愛しているからこそ、逃げるなと言っている。

 幸子は泣きながら、ようやく小さく頷いた。

「……うん」

 声が震える。

「分かったわ……」

 白井は、少しだけ安心したように息を吐いた。

 そして、弱々しく口を開く。

「最後にお願いがあります……」

 幸子は白井の顔を覗き込む。

「……何?」

 白井は、少し照れたように笑った。

「私の手を握ってくれますか……?」

 幸子は涙を流しながら、すぐに頷いた。

「……ええ勿論」

 幸子は白井の手を取る。

 冷たくなり始めた手を、両手で包み込むように握った。

 白井の表情が、子供のように明るくなる。

「やったぁ……」

 その声は、とても小さかった。

「初めて手を握れました……」

 白井は、天井を見上げる。

 そして、最後にいつものような調子で呟いた。

「踊りたい気分です……」

 その言葉を最後に、白井の瞳から光が消えていった。

 幸子の手の中で、白井の手から力が抜ける。

 幸子は、その手を握ったまま固まった。

「白井……」

 返事はなかった。


 ◇


 部屋の中は、重い空気に包まれた。

 誰もすぐには言葉を発せなかった。

 幸子はしばらく白井の手を握り続けていた。

 やがて、震える手で白井の手をそっと床へ戻す。

 そして、涙を拭いながら、ゆっくりと立ち上がった。

 幸子は部屋にいる全員を見た。

 雪子。

 爺や。

 誠司。

 涼子。

 コン太。

 そして、まだ透明化している者達がそこにいることも、何となく分かっていた。

 幸子は深く頭を下げた。

「本当にごめんなさい……」

 その声は、か細かった。

 だが、逃げる声ではなかった。

「何を言っても許しては貰えないのも分かっています」

 幸子の肩が震える。

「私は大きな罪を犯しました」

 その時、透明化していた4人が姿を現した。

 未来。

 陸斗。

 今井恭太。

 阿川。

 コン太はすでに幸子の姿で立っている。

 幸子は、姿を現した彼らを見ても驚かなかった。

 未来が、幸子をまっすぐ見つめる。

 その目には怒りがあった。

 悲しみもあった。

「貴方は本当に本当に大きな罪を犯したのよ!」

 未来の声が部屋に響く。

「あなたが爺やさんのスキルを無くした事で、爺やさんがスキルで作っていた拠点が無くなったわ」

 幸子の顔が強張る。

 未来は続けた。

「そのせいで何人かの人が亡くなったのよ……」

 幸子は息を呑んだ。

「そんな……」

 地下拠点。

 爺やのスキルで作られていた場所。

 そこにいた人々。

 その人達が、自分の行いによって死んだ。

 幸子は震える声で言った。

「私は人を知らない内に殺していたという事……?」

 その言葉は、自分自身に問いかけるようでもあった。

 だが、幸子はすぐに首を横に振る。

「いや……本当はいつかはこうなるとどこかで分かっていたんだと思う」

 幸子の目から、また涙がこぼれる。

「見て見ぬふりをし続けていました……」

 幸子は知っていた。

 自分の力が危ういこと。

 自分が大勢の自由を奪っていること。

 超人族を人間に戻す薬が、どれほど危険なものかということ。

 それでも、雪子を取り戻したかった。

 自分を認めさせたかった。

 神崎家を完成させたかった。

 だから、見ないふりをした。

 未来が怒りを抑えきれず、一歩前に出る。

「あんたね……分かってて」

 だが、その言葉よりも早く、雪子が動いた。

 乾いた音が、部屋に響く。

 雪子の手が、幸子の頬を叩いていた。

 幸子は驚いた表情で雪子を見る。

 叩かれた頬が、赤く腫れていく。

 雪子の手も震えていた。

 叩き慣れていない手だった。

 それでも、雪子は泣きながら幸子を睨んだ。

「今すぐに謝りに行きなさいっ!」

 幸子は何も言えない。

 雪子は声を震わせながら、それでも強く言う。

「謝って許される事はなくても謝り続けなさい……!」

 それは、優しさだけではなかった。

 怒りだった。

 悲しみだった。

 そして、幸子を本当に家族として見ているからこその言葉だった。

「私と爺やはずっと待ってるから!」

 爺やも静かに頷いた。

「はい、いつまでも待ってます……」

 幸子は、2人を見る。

 雪子。

 爺や。

 自分が傷つけた2人。

 それでも、待っていると言ってくれる2人。

 許すとは言わない。

 罪が消えるとも言わない。

 ただ、逃げずに向き合えと。

 謝り続けろと。

 そして、その先で待っていると。

 幸子は、涙を流しながら深く頷いた。

「はい……!!」


 ◇


 阿川が一歩前に出た。

 そして、静かにスキルを唱える。

「スキル、《配管工》……!」

 床に配管が現れる。

 それは、爺やが作っていた元地下拠点の場所へ繋がる道だった。

 阿川は幸子を見る。

「この配管は爺やさんが作ってた元拠点があります……」

 幸子は、阿川へ深く頭を下げた。

「分かりました……」

 声は震えていた。

 それでも、幸子の足はもう逃げようとしていなかった。

「ありがとうございます……」

 幸子はもう一度、白井の方を見た。

 そして、雪子と爺やを見た。

 最後に、深く息を吸う。

 自分が何をしたのか。

 どれだけの人を傷つけたのか。

 それを知るために。

 謝るために。

 許されなくても、向き合うために。

 幸子は、配管の中へ入っていった。



書いてて少し切なくなりました……。

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