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【Monster編開始】世界崩壊後、日常生活スキルで俺が最強拠点を作ってしまった件  作者: ナマケモノ


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175/202

淡い希望の行方

第175話です。宜しくお願い致します。



翌朝。

 悠真達は、幸子側の拠点へ再び潜入する準備を進めていた。

 目的は、白井が作った薬を手に入れること。

 悠真の《日常生活》を奪った可能性が高い薬。

 そして、幸子の《承認欲求》を封じるために必要になるかもしれない薬。

 その薬を手に入れなければ、戦況をひっくり返すことはできない。

 ただし、正面から攻め込むことはできなかった。

 悠真はまだ《日常生活》を使えない。

 警備隊も、アル達も呼び出せない。

 幸子側には白い煙と薬付きの矢がある。

 同じ手をもう一度食らえば、今度こそ取り返しがつかなくなる。

 そこで鍵になるのが、今井恭太の《透明人間》だった。

 今井恭太が透明化できる人数は、最大で5人。

 その5人の選出は慎重に行われた。

 まず、今井恭太本人。

 透明化の使用者であり、万が一途中で解除する必要が出た時、再び透明化をかけるためには必ず同行しなければならない。

 次に、コン太。

 コン太の《化けぎつね》で幸子に変身し、研究室へ入るためである。

 ただし、《化けぎつね》は一度見た相手を登録しなければ変身できない。

 つまり、コン太はまず幸子本人を自分の目で見る必要があった。

 護衛として未来と陸斗。

 未来は《動植物愛護》の《動植物図鑑》で索敵もできる。

 陸斗は《手遊び》の《バリア》で、万が一の時に守ることができる。

 そして最後に阿川。

 有事にすぐ帰れるよう、《配管工》で撤退経路を確保するためだった。

 5人は互いに顔を見合わせる。

 悠真はその輪の外から、まだ少し重そうな身体で彼らを見ていた。

 本当なら、自分も行くべきだ。

 だが、今の悠真には《日常生活》がない。

 戦闘面でも、支援面でも、以前のようには動けない。

 だからこそ、仲間に託すしかなかった。

 今井恭太は息を吸い、手を前に出した。

「スキル、《透明人間》」

 次の瞬間、今井恭太、コン太、未来、陸斗、阿川の姿が空気に溶けるように消えた。

 周囲から見れば、そこには誰もいない。

 だが、透明化した5人同士には互いの姿が見えていた。

 声も聞こえる。

 足音も、周囲には届かない。

 5人はそのまま、幸子の拠点へ向かって歩き出した。


 ◇


 研究室の場所と、研究の責任者が白井という人物であることは、事前に聞き出してある。

 浮田の《手術室》で支配を解除された幸子親衛隊達が、知っている限りの情報を教えてくれていた。

 白井。

 幸子の命令で、超人族やスキルに干渉する薬を作った男。

 今回の潜入では、その白井から薬を手に入れる必要がある。

 5人は北門へ向かった。

 北門は以前、ガドラーの《マーカー》によって落とし穴に落とされ、防衛設備が崩されていた。

 完全に整備し直されているわけではない。

 透明化している5人にとって、そこから侵入するのは難しくなかった。

 瓦礫や崩れた地面を避けながら、5人は門の内側へ入っていく。

 コン太が小さく感嘆の声を漏らした。

「本当にこのスキルは凄いコン!」

 透明化した者同士にだけ聞こえる声だった。

「足音やこうやって喋っているのも聞こえないコン……!!」

 阿川も頷く。

「使い方によったら化けるよな!」

 今井恭太は少し苦笑した。

「まぁ、強いですけど弱点はありますよ」

 未来が首を傾げる。

「目に見えない、音も聞こえないで弱点なんてあるかしら……?」

 今井恭太は、少し気まずそうに頬を掻いた。

「最初浮田さんをさらった際に、コン太の鋭い嗅覚で見つかったからな……!」

 コン太も思い出したように苦笑する。

「そうだったコン……」

 姿も音も消える。

 だが、匂いまでは完全に消せない。

 それを知っているからこそ、油断はできなかった。

 5人は会話を抑えながら、拠点内部へ進んでいった。


 ◇


 巨大な敷地の中には、幸子親衛隊達が行き交っている。

 誰も5人には気づかない。

 すぐ横を親衛隊が通っても、視線はまったくこちらへ向かない。

 透明化の効果は確かだった。

 だが、今回の目的は研究室へ入ることだけではない。

 コン太が幸子に変身するためには、まず幸子本人を見つける必要がある。

 そこで未来が足を止めた。

「スキル、《動植物愛護》で《動植物図鑑》!」

 未来は静かに唱える。

「ヤモリを召喚!」

 小さなヤモリ達が、未来の足元から数匹現れた。

 ヤモリ達は壁を這い、柱を伝い、建物の隙間へ入り込んでいく。

 人間が歩けば目立つ場所でも、ヤモリなら怪しまれにくい。

 未来は意識を集中させ、ヤモリ達の視界を追った。

 廊下。

 階段。

 広い部屋。

 親衛隊達の詰め所。

 いくつもの視界が未来の中に流れ込む。

 数分後、未来が小さく息を呑んだ。

「居たわ……!!」

 4人が未来を見る。

「親衛隊が挨拶してる女性が居るからあの人だと思う!」

 未来は目を閉じたまま続ける。

「北側の廊下を歩いてるみたい……!」

 陸斗が目を輝かせた。

「流石、未来さん!」

 未来は少しだけ頷き、すぐに歩き出した。

 5人はヤモリの視界を頼りに、幸子がいる北側の廊下へ向かう。


 ◇


 廊下の角まで近づいた時、5人は足を止めた。

 そこを歩いていたのは、黒い長い髪の女性だった。

 すらりとした体つき。

 整った顔立ち。

 雪子とは反対側の口元の下にあるほくろ。

 神崎幸子。

 幸子親衛隊達は、彼女が通るたびに深く頭を下げている。

 幸子は当然のようにそれを受け止め、自分の部屋へ戻ろうとしているようだった。

 阿川が思わず呟く。

「雪子さんも綺麗だったけど、幸子さんは幸子さんで綺麗だな……」

 未来がすぐに低い声で返す。

「でも、彼女は知らないとはいえ、人を殺し、悠真のスキルを奪って東京を危険に晒している人物よ……」

 阿川は一瞬だけ黙った。

 そして、表情を引き締める。

「……そうだな」

 幸子の過去を知っている。

 彼女がただの悪人ではないことも分かっている。

 だが、それでも今、多くの人を苦しめているのは事実だった。

 コン太は幸子をじっと見つめる。

 《化けぎつね》の登録。

 幸子の姿、雰囲気、声、立ち振る舞い。

 すべてを焼き付けるように見た。

 そして、小さく頷く。

「……登録は終わったコン!」

 今井恭太が頷く。

「よし、じゃあ次は研究室で薬探しだな……!」


 ◇


 5人は幸子から距離を取り、事前に聞いていた研究室へ向かった。

 しばらく歩くと、目的の部屋が見えてくる。

 扉の前には、幸子親衛隊が複数人立っていた。

 見張りだ。

 透明化している5人なら、隙を見て入ることも不可能ではない。

 だが、中で薬を探すとなれば、白井や研究者から情報を引き出す必要がある。

 そこで必要になるのが、コン太の変身だった。

 陸斗が小声で言う。

「ではコン太さん、お願いします!」

 コン太は力強く頷いた。

「任せるコン!」

 コン太は一歩前へ出る。

「スキル、《化けぎつね》だコン!」

 コン太は《植物召喚》で、頭の上に木の葉を1枚召喚した。

 木の葉がふわりと光る。

 次の瞬間、煙がぽんっと広がった。

 煙が晴れた時、そこに立っていたのは、どこからどう見ても神崎幸子だった。

 黒い長髪。

 整った顔。

 口元のほくろ。

 冷たさと気品を同時に感じさせる雰囲気。

 完全な変身だった。

 阿川が小さく呟く。

「やっぱり綺麗だな……」

 未来が鋭く睨む。

「ちょっと、集中してよ!」

 阿川は慌てて姿勢を正した。

「……すまない」

 コン太は幸子の姿のまま、曲がり角まで移動する。

 周囲に誰もいないことを確認すると、今井恭太がコン太の透明化だけを解除した。

 他の4人は透明化したままだ。

 コン太は一度息を整える。

 普段の語尾を出さないようにしなければならない。

 幸子らしく。

 落ち着いて。

 堂々と。

 コン太は曲がり角を曲がり、そのまま研究室の扉へ歩いていった。

 扉の見張り達は、幸子の姿を見た瞬間、姿勢を正す。

「幸子様、おはようございます!」

 コン太は内心かなり緊張していた。

 だが、顔には出さない。

 幸子の表情を思い出しながら、静かに答える。

「おはよう……」

 見張り達は感激したようにさらに背筋を伸ばす。

 コン太はそのまま自然に尋ねた。

「ちょっと聞きたいんだけど、白井は研究室にいるかしら?」

 扉の見張りの1人がすぐに答える。

「白井さんなら少し前に研究室に入られたので、居るかと思います」

 コン太は頷く。

「そぅ……ありがとう」

 扉の見張りは慌てて頭を下げた。

「めっそうもございません!!」

 見張りの顔は、これ以上ないほど嬉しそうだった。

 その心の中は、完全に浮かれている。

 うわぁ〜、幸子様と今日話した……。

 ラッキーぃ♪

 もちろん、目の前にいる幸子がコン太だとはまったく気づいていない。

 コン太は扉に手をかけ、中へ入る。

 その瞬間、透明化している未来、陸斗、阿川、今井恭太も一緒に研究室へ滑り込んだ。


 ◇


 研究室の中は、外とはまるで違う空気だった。

 長い実験台。

 薬品棚。

 試験管。

 見慣れない金属製の器具。

 白い煙を扱うための装置らしきもの。

 壁際には資料が積み上げられ、棚には無数の薬品が並んでいる。

 どれが目的の薬なのか、見ただけではまったく分からなかった。

 コン太は思わず小さく呟きそうになる。

「どれが欲しい薬か分からないコン……」

 しかし、その直後だった。

 研究室のあちこちから、一斉に声が上がる。

「幸子様、おはようございます!!」

 大量の研究者達が、揃って頭を下げていた。

 あまりにも統率された声と動き。

 コン太は一瞬圧倒された。

 だが、ここで驚いた顔を見せるわけにはいかない。

 幸子なら、これくらい当然のように受け止めるはずだ。

 コン太は何とか平然を装い、ゆっくりと周囲を見渡した。

「白井は居るかしら?」

 すぐに元気な声が返ってきた。

「はい!!」

 その声の方を見る。

「ここに居ます!!」

 嬉しそうな顔で、そそくさと近づいてくる男がいた。

 髪は乱れ、顔色もあまり良くない。

 全体的に地味で、ぱっとしない印象の男。

 だが、周囲の研究者達はその男に道を空けている。

 彼こそが、研究責任者の白井だった。

 コン太は心の中で思う。

 このパッとしない男が、沢山の研究者の代表者だコン?

 しかし、表情には出さない。

 幸子の姿のまま、落ち着いて声をかける。

「白井、おはよう」

 白井は満面の笑みを浮かべる。

「はい、おはようございます!」

 その声は、やけに弾んでいた。

 だが、次の瞬間、白井は少しだけ不思議そうにコン太を見た。

「研究室に自ら来られるなんて珍しいですね……?」

 コン太の心臓が跳ねた。

 ヤバいコン……。

 バレてしまったコンか?

 透明化している未来達も、息を呑んで見守る。

 ここで疑われれば終わりだ。

 研究室の中には大量の研究者がいる。

 外には親衛隊の見張りもいる。

 もし騒ぎになれば、薬を手に入れるどころではない。

 白井は少し間を空けた。

 その沈黙が、異様に長く感じられる。

 そして、白井は突然、感極まったように両手を握った。

「もう、嬉しくて、嬉しくて……!!」

 コン太は思わず目を瞬かせそうになる。

「相変わらずの美貌でございます!!」

「え……?」

 幸子の姿のコン太から、間の抜けた声が漏れそうになった。

 白井はさらに目を輝かせる。

「踊っても良いですか?」

 コン太は心の中で大きく息を吐いた。

 何だぁ……バレてなかったコン……。

 ただ喜んでいただけだった。

 コン太はすぐに気を取り直す。

 この男の幸子への忠誠心は、想像以上に深い。

 利用できるなら、利用するしかない。

「踊りは良いからっ!」

 コン太は慌てて話を本題に戻す。

「それより、例の薬はあるか?」

 白井はすぐに頷いた。

「あぁ、今日の午後に時間ですもんね……!」

 コン太は内心首を傾げる。

「時間……?」

 午後に時間。

 それが何を意味するのか、今は分からない。

 だが、深入りしすぎれば怪しまれる。

 白井は特に疑うこともなく、奥の薬品庫へ向かった。

「少々お待ち下さい!」

 白井は薬品庫の中で何かを探し、すぐに戻ってきた。

 手には注射器が2つ握られている。

 透明化している4人も、その注射器に視線を集中させた。

 白井は嬉しそうに、それをコン太へ差し出す。

「こちらが注射器用の超人族を人間に戻す薬でございます!!」

 コン太はその注射器を見つめた。

 これが、悠真の《日常生活》を奪った薬。

 爺やの《土いじり》を失わせ、地下拠点を崩したかもしれない薬。

 そして、幸子の《承認欲求》を封じるための鍵になるかもしれない薬。

 コン太は幸子の姿のまま、静かに手を伸ばした。

 白井から注射器を2つ受け取る。

「ありがとう……!」

 白井は大げさに頭を下げた。

「いえいえっ!!」

 そして、心底嬉しそうに笑う。

「幸子様のお役に立てる事がわたくしの幸せでございますので……!!」

 薬は手に入った。

 少なくとも、幸子を無力化する可能性は残った。

 だが、まだ本当に欲しいものは見つかっていない。

 悠真を戻す薬。

 超人族を人間に戻す薬があるなら、その逆もあるかもしれない。

 それだけが、悠真の《日常生活》を取り戻す唯一の希望だった。

 コン太は少しだけ迷った。

 この質問は危険だ。

 幸子なら知っていて当然のことを聞く形になるかもしれない。

 存在しない薬を尋ねれば、怪しまれる可能性もある。

 だが、聞かないわけにはいかなかった。

 コン太は幸子らしく振る舞いながら、できるだけ自然に問いかける。

「そう言えば、逆に超人族に戻す薬は何処だ……?」

 研究室の空気が一瞬止まったように感じられた。

 透明化している未来、陸斗、阿川、今井恭太も息を詰める。

 白井は少しだけ間を空けた。

 そのわずかな沈黙に、全員の希望が乗った。

 もしかしたらあるかもしれない。

 薬品庫の奥に。

 白井だけが知っている場所に。

 まだ完成していなくても、試作品だけでも。

 そんな淡い期待が、一瞬だけ膨らむ。

 だが、白井は次の瞬間、きょとんとした顔で言った。

「何言ってるんですかぁ〜!」

 そして、何でもないことのように笑う。

「そんな薬ありませんよぉ〜!」

 コン太の表情が固まった。

「えっ……!」

 白井の軽い一言で、淡い希望は崩れ去った。



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