私は悠真を信じる
第174話です。宜しくお願い致します。
その日の夜。
崩れた地下拠点の周囲には、重たい空気が漂っていた。
土埃は少しずつ落ち着いてきていたが、そこに残ったものは、安心とは程遠かった。
亡くなった者を偲び、静かに涙を流す住民。
助かった家族の手を握ったまま、離そうとしない者。
崩れた土壁を見つめたまま、呆然としている者。
誰もが、突然奪われた日常の前で立ち尽くしていた。
未来は、その少し離れた場所に座っていた。
膝を抱え、じっと地面を見つめている。
東京のことが頭から離れなかった。
悠真の《日常生活》が使えなくなった。
爺やの《土いじり》で作られた地下拠点は崩れた。
ならば、悠真のスキルで支えられていた東京はどうなっているのか。
すぐにでも確認しに行きたい。
もし東京で何かが起きていたら。
もし、誰かが助けを待っていたら。
そう思うと、胸の奥が落ち着かなかった。
だが、同時に頭では分かっていた。
悠真の判断が間違っているわけではない。
雪子と爺やはまだ戻っていない。
幸子側には、超人族やスキルに干渉する薬がある。
このまま放置すれば、東京だけでは済まなくなる。
山梨の問題を先に解決するという悠真の判断にも、理屈はあった。
それが分かるからこそ、未来は苦しかった。
自分の気持ちと、理解できてしまう現実が、胸の中でぶつかっている。
◇
その時、未来の隣に誰かが腰を下ろした。
視線を向けなくても、誰かはすぐに分かった。
芹沢理香子だった。
普段なら、未来とどこか張り合うように悠真へ絡み、互いに意識し合う相手。
今も、芹沢はいつものように柔らかい笑みを浮かべている。
しかし、その目はいつもより静かだった。
「貴方らしくない顔しちゃって……♡」
未来は顔を背ける。
「うるさい……」
声には苛立ちが混ざっていた。
「今はあんたに構ってる程、余裕ないのよ……」
芹沢は少しだけ目を細める。
「何?」
甘い口調のまま、しかし言葉ははっきりしていた。
「あんただけが余裕ないとでも思ってる訳?」
未来は眉を寄せる。
芹沢は、崩れた拠点の方へ視線を向けた。
「周りをみてみなさい♡」
未来は言われるままに、ゆっくりと顔を上げた。
そこには、地下拠点の住民達がいた。
家族を失い、肩を震わせて泣いている者。
怪我をした仲間に寄り添う者。
何も言えず、崩れた土の集落を見つめる者。
子供を抱きしめたまま、ただ不安そうに周囲を見る者。
そこにいる誰もが、余裕などなかった。
未来は何も言えなくなる。
芹沢は静かに続けた。
「貴方の意見も私は正しいと思うわよ♡」
未来は少しだけ芹沢を見る。
「私達はあくまで東京が最優先であるべきだしね♡」
それは、未来の気持ちを否定しない言葉だった。
東京を心配すること。
東京を優先したいと思うこと。
それは間違っていない。
芹沢は未来のそうした思いを認めた上で、続ける。
「でも、リーダーは目の前の人達を選択したの♡」
未来の視線が、崩れた拠点の住民達へ戻る。
「そして、東京にいる仲間達を信じたの♡」
東京を見捨てたわけではない。
忘れたわけでもない。
悠真は、自分がいなくても東京を守る者達がいると信じた。
そのうえで、今目の前にいる人達を助けることを選んだ。
芹沢は、優しく言う。
「もしも、東京が心配になったら先ずは目の前のこの人達の事を見てみて……♡」
未来は黙っていた。
崩れた拠点。
泣いている住民。
不安そうな子供。
その全てが、未来の目に入ってくる。
東京が心配なのは変わらない。
それでも、目の前にも助けを必要としている人達がいる。
しばらく沈黙が続いた。
やがて、未来は小さく口を開いた。
「私、悠真に初めて怒ったの……」
芹沢は何も言わず、未来の言葉を待つ。
「私と悠真の意見が同じ事が当然だと思った……」
未来は膝を抱える手に力を込める。
悠真なら分かってくれる。
悠真なら同じように考える。
どこかで、そう思っていた。
だから、悠真が自分とは違う判断をした時、未来は強く動揺した。
東京を心配しているのは自分だけなのかと思った。
でも、違う。
悠真も怖い。
悠真も心配している。
それでも選んだのだ。
未来は住民達を見つめたまま、もう一度口を開く。
「私は悠真を信じる……」
声は少し震えていた。
未来の目から、小さな涙がこぼれる。
芹沢はその横顔を見て、少しだけ笑った。
「今日だけは私の膝で寝ていいわよ♡」
未来は即座に睨む。
「うるさい……」
だが、その声にはもう先ほどの刺々しさはなかった。
未来は少しだけ視線を落とす。
「でも、ありがとう……」
芹沢はそれ以上、何も言わなかった。
ただ、未来の隣に座り続けた。
◇
その同じ夜。
眠れずにいた者が、もう1人いた。
今井恭太だった。
恭太は、崩れた地下拠点の近くで1人座り込んでいた。
顔を伏せ、拳を握りしめている。
雪子と爺やを先に行かせたのは、自分だった。
自分の《透明人間》で2人を透明化させ、幸子の元へ向かわせた。
あの時は、それが最善だと思った。
雪子は幸子に会いたがっていた。
爺やも、幸子と会うべき人物だった。
透明化すれば誰にも気づかれずに行ける。
そう考えた。
だが結果として、爺やは少なくともスキルを失った可能性が高い。
雪子もどうなっているか分からない。
そして、爺やのスキルで作られていた地下拠点が崩れ、住民の何人かが亡くなった。
恭太は、何度も自分の判断を思い返していた。
自分が止めていれば。
自分が透明化させなければ。
別の方法を選んでいれば。
そんな考えが、頭から離れない。
その時、隣に人の気配がした。
「もう遅いぞ……寝ないのか?」
浮田だった。
浮田は恭太の隣に腰を下ろす。
恭太はゆっくり顔を上げた。
「浮田さん……」
そして、堪えていたものが溢れるように言葉を吐き出した。
「俺の……俺のせいで、こんな事になってしまって……」
恭太の声は震えていた。
「俺は浮田さんに憧れて、看護師になる勉強をしてます……」
浮田は黙って聞いている。
「人を助ける仕事である、看護師が絶対にしない事を俺はしてしまった……」
恭太は唇を噛みしめた。
誰かを助けたいと思っていた。
誰かの命を救う仕事に就きたいと思っていた。
それなのに、自分の判断が人を死なせる原因になったかもしれない。
その事実が、恭太の胸を押し潰していた。
浮田はすぐに否定しなかった。
恭太の言葉を、最後まで静かに聞いた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「俺はお前に感謝してるぞ」
恭太は驚いたように顔を上げる。
「え……?」
浮田は、恭太の目を見る。
「SPМとの戦いの時、桜井のスキルを暴く為の鍵になったのはお前だろ?」
恭太は息を呑む。
浮田は続けた。
「あれがなかったら悠真達、勿論俺も含めて桜井に操られていたままだったかも知れないだろ……?」
恭太の《透明人間》があったからこそ、あの時の作戦は成立した。
恭太がいなければ、悠真達は桜井の支配から抜け出せなかったかもしれない。
それは確かに、恭太が救った命だった。
「それに、雪子さんや爺やさんだってあくまで自分で判断した事だ」
浮田の声は静かだった。
だが、強かった。
「決してお前のせいだけじゃない!!」
恭太は何も言えなかった。
浮田は、恭太の責任をすべて消そうとしているわけではない。
だが、恭太1人だけが背負うものではないと伝えていた。
戦場では、誰もが判断する。
雪子も、爺やも、自分の意思で進んだ。
悠真達も、その判断を止めきれなかった。
結果のすべてを、恭太1人が抱え込む必要はない。
恭太は深く息を吸った。
「浮田さんにそんな事言って頂けるなんて……」
少しだけ、表情が緩む。
「ありがとうございます!」
浮田は小さく笑った。
「明日はお前のスキルが鍵だ、頼むぞ!」
その言葉に、恭太の目が変わった。
自分のスキルで失敗した。
そう思っていた。
だが、今度はそのスキルで取り返す。
誰かを助ける。
そのために使う。
恭太は真っ直ぐに頷いた。
「はい、頑張ります!」
その顔には、昨日までの自責だけではない。
前へ進む覚悟が宿っていた。
◇
翌朝。
崩れた地下拠点の周囲に、薄い朝日が差し込んでいた。
十分な休息とは言えない。
それでも、悠真達は次の作戦へ向けて動き始めていた。
未来は悠真の前に立つ。
少し気まずそうに、しかし真剣な顔で口を開いた。
「悠真、昨日はあんな風に言ってごめんね……!」
悠真は首を横に振る。
「いや、俺の方こそ勝手に決めて悪かった……」
そして、未来をまっすぐ見る。
「東京の事が心配で、当然なのに……」
未来は小さく頷いた。
2人の間に残っていたわだかまりが、少しずつ溶けていく。
未来はもう一度、悠真を見る。
東京への不安が消えたわけではない。
それでも、今は悠真を信じると決めた。
恭太も、昨日とは違う表情をしていた。
不安も後悔も完全に消えたわけではない。
だが、目は前を向いている。
自分の《透明人間》が、次の作戦の鍵になる。
その覚悟が、顔に表れていた。
少し離れた場所で、浮田と芹沢がその様子を見ていた。
浮田が小さく呟く。
「何だかんだ、未来の事気にしてるよな……」
芹沢は横目で浮田を見る。
「……貴方も恭太君に昨日何か言ってあげたんじゃない?」
浮田は肩をすくめる。
「まぁな……」
そして、悠真達若いメンバーを見る。
「しっかりしてるからついつい忘れがちだが、あいつらはまだ若いからな……」
浮田は静かに続けた。
「俺達、年上組が支えてやらなきゃな……」
その言葉に、芹沢がすぐに反応する。
「私は年齢非公開なのよぉ〜♡」
わざとらしく頬に手を当てる。
「貴方と一緒にしないでくれるぅ〜♡」
浮田は呆れたように息を吐いた。
「……はいはい」
そのやり取りに、少しだけ空気が緩む。
重苦しい一夜を越えた。
失ったものは大きい。
不安も消えていない。
だが、それでも前へ進むしかない。
悠真は仲間達を見渡した。
《日常生活》はまだ使えない。
東京の状況も分からない。
雪子と爺やも戻っていない。
幸子側には、スキルを奪う薬がある。
それでも、ここで止まるわけにはいかなかった。
悠真は息を吸い、声を張る。
「さぁ、作戦を実行するぞ!!」




