見に行くのが怖いだけ
第172話です。宜しくお願い致します。
崩れた地下拠点の前で、悠真達は言葉を失っていた。
そこは、ほんの少し前まで人々が暮らしていた場所だった。
土で作られた通路。
整えられた壁。
簡素だが、人が安心して眠れる住居。
爺やの《土いじり》によって作られた、地下の集落。
そのすべてが、今は見る影もなく崩れていた。
土埃がまだ薄く舞っている。
崩れた壁の隙間からは、泣き声が聞こえた。
◇
その時、地下拠点の奥から人々が駆け寄ってきた。
今回の作戦には参加せず、拠点に残っていた住民達だった。
土まみれの者。
肩を借りて歩く者。
泣きながら口元を押さえている者。
座り込んだまま、虚ろな目をしている者。
誰もが憔悴しきっていた。
その中の1人が、今野の姿を見つけると、縋るように声を上げた。
「今野さん……」
今野はすぐに駆け寄った。
「みんなは大丈夫か?!」
住民は震える声で答える。
「拠点が急に崩れてしまって……」
言葉の途中で、喉が詰まったように止まる。
それでも、必死に続けた。
「ほとんどの住民は助かりました……」
今野は少しだけ息を吐きかけた。
だが、住民の顔は晴れない。
「助ける事が出来た人も居るんですが、何人かは土に埋もれて亡くなりました……」
今野の表情が凍りついた。
「そんな……」
目の前の崩れた土壁を見る。
そこには、たしかに人が暮らしていた。
笑い声があった。
不安の中でも、互いに支え合っていた。
それが、一瞬で奪われた。
「こんな事になるなんて……」
今野の声は、かすれていた。
悠真も、拳を握りしめる。
救うために動いたはずだった。
幸子親衛隊も、幸子も、雪子も、爺やも。
できるだけ誰も死なせないために作戦を組んだ。
それなのに、作戦に参加していなかった住民に死者が出た。
重たい沈黙が、一同を包む。
◇
その中で、色谷が崩れた地下拠点を見ながら口を開いた。
「……この地下拠点は爺やさんが作ったんだよな?」
今野は力なく頷く。
「あぁ、爺やさんのスキルで作ってた……」
悠真は崩落した土の壁を見つめた。
爺やのスキルで作られた拠点。
それが崩れた。
ならば、考えられることは1つだった。
「という事は、俺みたいにスキルを失った可能性が高いな……」
その言葉に、全員が息を呑んだ。
爺やがスキルを失った。
つまり、幸子の元へ向かった雪子と爺やに、何かが起きた可能性が高い。
今井恭太は、1人だけ苦い表情を浮かべていた。
自分が、雪子と爺やを透明化させた。
幸子の元へ先に行かせた。
あの時は、それが一番良いと思った。
雪子は幸子と直接向き合いたがっていた。
爺やも幸子に会うべき存在だった。
恭太の《透明人間》なら、誰にも見つからずに近づけるはずだった。
だが、その結果、爺やはスキルを失った可能性がある。
雪子も、どうなったか分からない。
さらに、関係のない住民まで亡くなった。
恭太は何かを言おうとして、言葉を飲み込んだ。
拳だけが、強く握られている。
◇
そんな重たい空気の中、悠真が静かに口を開いた。
「考えたんだが……一旦行動は明日にしないか?」
陸斗が驚いたように顔を上げる。
「何故ですか?!」
声には焦りが滲んでいた。
「今すぐにでも雪子さんと爺やさんを助けに行って、幸子さんに薬を使わないと……!」
陸斗の言葉は当然だった。
雪子と爺やは戻っていない。
爺やのスキルは失われた可能性がある。
このままにしておくのは危険に思えた。
だが、悠真は首を横に振る。
「先ず、雪子さんと爺やさんだが……」
悠真は慎重に言葉を選んだ。
「この感じだと、2人とも薬を使われてスキルを失っている可能性がある」
陸斗は唇を噛む。
悠真は続けた。
「そして、雪子さんから聞いた幸子さんの過去の話から推測するに……」
一度言葉を切る。
幸子の過去。
家族に認められなかった少女。
唯一見てくれた爺や。
複雑な感情を抱く雪子。
悠真はそれらを思い返しながら言った。
「雪子さんと爺やさんを傷つける可能性は極めて低いと思う」
それは希望的観測でもあった。
だが、根拠がないわけではない。
幸子にとって、雪子はただの敵ではない。
爺やもまた、唯一自分を認めてくれた存在だった。
「このスキルをなくす、または超人族を人間に戻すというのが研究の事で、その目的のほとんどは唯一スキルの対象外だった雪子さんをスキルの対象内に戻す事だと思うんだ……」
悠真は苦しそうに息を吐く。
「勿論、俺の推測ではあるが……」
浮田が腕を組み、静かに頷いた。
「成る程な……」
そして、悠真の意図を補足する。
「そして、明日にする事で完全に撤退させたと思わせて油断させる事と、コン太を少し回復させるという狙いだな……」
悠真は頷く。
「あぁ……その通りだ」
今、すぐに動けば、また敵の罠にかかるかもしれない。
白い煙。
薬の塗られた矢。
幸子側には、まだ分かっていない手札がある。
コン太も脳震盪から目覚めたばかりだ。
悠真自身も、本調子ではない。
無理に動けば、次は本当に取り返しがつかないことになるかもしれない。
◇
その時、未来が小さく手を上げた。
「後、ちょっと気になってる事言っていい?」
悠真は未来を見る。
「あぁ……どうした?」
未来は少し言いづらそうにしながらも、真っ直ぐに悠真を見た。
「悠真のスキルが無くなったって事は東京は今どうなってるの?」
その言葉に、一同がハッとした。
爺やの《土いじり》で作られた地下拠点は、爺やのスキル喪失によって崩れた可能性が高い。
ならば、悠真の《日常生活》で維持されていた東京はどうなっているのか。
環境維持。
テリトリー修復。
警備。
派遣。
内装変更や外装変更。
商品生成。
東京の暮らしを支えていた数々の機能。
それらがもし消えていたら。
考えただけで、場の空気が重くなった。
悠真は目を伏せる。
「それに関しては俺も勿論、物凄く心配してる……」
未来は一歩前に出た。
「なら、先に今すぐ行った方が良いんじゃ……?」
悠真は静かに答える。
「俺達は先にこちらの解決を優先する……」
その瞬間、未来の表情が揺れた。
「どうしてッ?!」
思わず叫ぶような声だった。
東京には、多くの人がいる。
守ってきた人達がいる。
仲間達もいる。
悠真のスキルに支えられていた場所がどうなっているのか、心配しないわけがなかった。
悠真も、痛いほど分かっていた。
「勿論、俺だって今すぐにでも行ってどうなっているかを確認したい……」
未来が口を開く。
「……なら!!」
だが、悠真はその言葉に被せるように続けた。
「でも、俺達だって全知全能じゃない……」
声は弱い。
それでも、はっきりしていた。
「雪子さんの所、東京と両方を一気に解決する事は不可能だ……」
未来は黙る。
悠真は続けた。
「それに、東京も今や建築業も盛んになっていて、一部以外は自分達で建設している」
悠真は東京の光景を思い浮かべる。
住民達が汗を流しながら建物を直す姿。
工務店で働く人達。
警察官や自衛隊員達が街を守る姿。
「東京の9割は俺の内装変更や外装変更から、住民の建設業者が建物を建設して変えていったんだ……!」
東京は、もう悠真1人で作っている街ではない。
多くの人が動き、自分達の手で作り上げてきた街だった。
「それに、俺は約束した」
悠真は拳を握る。
「自衛隊や警察官達に俺達が居ない時の不測事態の対処は任せてある……」
そして、言い聞かせるように言った。
「俺はあいつらを信じる……」
未来は唇を噛んだ。
それでも、納得はできなかった。
「なら、一度見に行ってみるだけでも……!!」
「駄目だ……」
悠真はすぐに首を横に振った。
「見に行っても俺はスキルを使えないから建物を修復出来ないし、一度行ってしまってもし、大変な事になっていた場合、助けたくなってしまう……」
悠真は、自分の弱さを分かっていた。
東京が傷ついていたら、必ずそちらを助けたくなる。
東京の人達が困っていたら、放っておけなくなる。
それが分かっているからこそ、今は行けない。
「そうなると、中途半端になってしまって結局どっちにも集中できなくなってしまうと思うんだ……」
未来は、少しだけツンとした表情になる。
そして、悠真の胸を突き刺すように言った。
「そんなの、悠真が東京がどうなったか見るのが怖いだけじゃないの?」
悠真は何も言えなかった。
未来はそのまま背を向け、その場を去っていく。
誰も、すぐには声をかけられなかった。
悠真は、崩れた地下拠点を見つめたまま立ち尽くす。
未来の言葉は、図星でもあった。
怖かった。
スキルがなくなった自分が不安でたまらなかった。
東京がどうなっているのか見るのが怖かった。
もし、自分の《日常生活》が失われたことで東京に大きな被害が出ていたら。
もし、東京都知事として守るべき人達を守れていなかったら。
もし、自分がいなければ崩れてしまう街だったのだと知ってしまったら。
それを見るのが怖かった。
悠真は、恐怖と不安にかられていた。
それでも、今は選ばなければならない。
雪子達を放っておくこともできない。
幸子の薬を放置することもできない。
悠真達は、そのまま明日まで休息を取ることにした。
◇
場面は変わり、幸子がいる部屋。
幸子は玉座のような椅子に座っていた。
その周囲には、神崎家の者達が控えている。
そこへ、幸子親衛隊の1人が慌ただしく走ってきた。
親衛隊は幸子の前で跪く。
「報告します!」
幸子は静かに視線を向ける。
「敵は退避した模様です!!」
幸子は表情を大きく変えずに答えた。
「よくやったわね……」
親衛隊の男の顔が少し明るくなる。
だが、幸子はすぐに目を細めた。
「殺してないでしょうね……?」
親衛隊の男は、少し慌てたように答える。
「はい……殺す事は出来ませんでした……!」
幸子の空気が変わった。
「殺す事は出来ませんでした……?」
その声には、冷たい怒りが滲んでいた。
幸子は身を乗り出す。
「殺そうとしてたって事じゃないそれ!!」
親衛隊の男は慌てて頭を下げる。
「しかし、幸子様の神聖な場所を侵すなど万死に値します!!」
幸子は鋭い声で言った。
「私は人殺しはしないわ……!!」
玉座の間に、その声が響く。
「いつも言ってるでしょ……!」
親衛隊の男は深く頭を下げた。
「すいません……」
幸子はしばらく男を見下ろしていた。
人を支配する。
従わせる。
自分の国を作る。
それでも、幸子の中には殺人を避けるという一線があった。
歪んでいる。
間違っている。
それでも、幸子は自分なりの統治をしているつもりだった。
幸子は小さく息を吐く。
「まぁ、結果的に死ななかったのなら良いわ……」
そして、少しだけ表情を緩めた。
「よくやったわね……」
親衛隊の男の肩から、力が抜ける。
幸子は続けた。
「恐らく殺されそうってとこまでいったなら、暫くは攻めてはこないでしょう……」
敵は退避した。
悠真達がどれほどの被害を受けたのか、幸子には正確には分からない。
だが、少なくとも一度は押し返した。
しばらくは攻め込んでこない。
そう判断した。
「しっかり休んで頂戴……!」
親衛隊の男は顔を輝かせる。
「ハッ!!」
そして、深々と頭を下げた。
「ありがたき幸せ!!」
親衛隊の男が去っていく。
幸子は玉座に座ったまま、静かに前を見た。
もう、単なる拠点の支配者では終わらない。
神崎家の者として。
政治家として。
この壊れた国を、自分の手で作り直す。
幸子は小さく呟いた。
「ここから、私は神崎家として政治家として統治を始めていくわよ……」




