手術室の本領
第171話です。宜しくお願い致します。
阿川が、配管の中から飛び出すようにして浮田の《手術室》へ戻ってきた。
その腕には、2つの身体が抱えられている。
1人は、ぐったりと意識を失っているコン太。
そしてもう1人は、片腕を失い、背中に矢が刺さったまま、血を滴らせている悠真だった。
少し遅れて、陸斗も配管の中から姿を現す。
陸斗は息を切らしながらも、まだ両手を前へ出したままだった。
いつ追撃が来ても防げるように。
ただ、その顔は真っ青だった。
手術空間にいた者達は、阿川に抱えられた2人の姿を見て、一瞬、言葉を失った。
悠真の服は血で赤く染まっている。
背中には複数の矢。
そして、あるはずの腕がなかった。
コン太も小さな身体をぐったりとさせ、反応がない。
その光景を見た芹沢が、悲鳴に近い声を上げた。
「キャーー!!」
普段なら、どんな場面でも少しふざけたような甘い口調を崩さない芹沢だった。
だが、今は違った。
顔から血の気が引き、目を大きく見開いている。
「悠ちん……!!」
そして、阿川の腕の中で動かないコン太を見た。
「コン太ちゃん……!!」
その声には、いつもの余裕がまったくなかった。
陸斗も震えていた。
阿川も、悠真とコン太を抱えたまま歯を食いしばっている。
手術空間の中に、重たい沈黙が落ちた。
◇
その中で、浮田もまた大きく動揺していた。
悠真の状態は、明らかに危険だった。
大量出血。
欠損。
背中に刺さった矢。
そして、意識の薄さ。
コン太も意識を失っている。
ただ、浮田はそこで止まらなかった。
浮田は元々、外科医だった。
緊急状態の患者を何度も診てきた。
血を見ることも、命が消えかける瞬間に立ち会うことも、初めてではない。
ここで自分が取り乱せば、悠真は死ぬ。
そう分かっていた。
浮田は大きく息を吸う。
そして、自分の心を無理やり落ち着かせた。
次に顔を上げた時、そこにいたのは仲間の危機に動揺する男ではなく、患者を救う医者だった。
「スキル、《手術室》で《手術道具》!」
浮田が唱えた瞬間、白い手術空間の中に、手術台や医療機器が次々と現れた。
無影灯。
手術器具。
輸血に必要な設備。
検査機器。
今この場で必要なものが、まるで最初からそこに用意されていたかのように整っていく。
《手術道具》。
それは、手術に必要な道具や医療機器を召喚するスキルだった。
通常の医療器具よりも性能は大幅に高い。
以前は、その性能を利用して攻撃に転用したこともある。
だが、今回は違う。
今回は、本来の使い方だった。
人を救うための道具として、浮田はそれを呼び出した。
「阿川、悠真をこっちへ!」
「分かった!」
阿川はすぐに悠真を手術台へ乗せた。
続いて、コン太を別の台へ寝かせる。
浮田は悠真の状態を素早く確認した。
呼吸。
脈。
出血量。
背中の矢の位置。
欠損した腕。
どれも猶予がない。
浮田は即座に判断する。
「先ずは、出血が大量で危険な悠真からだ……」
浮田は麻酔を行い、必要な処置を進める。
悠真は意識が朦朧としているのか、ほとんど反応しなかった。
浮田は歯を食いしばりながら、悠真の欠損した腕へ視線を向ける。
そして、唱えた。
「スキル、《手術室》で《オペ》!!」
浮田の手が、白く光り始めた。
その手を、悠真の失われた腕の根元へかざす。
次の瞬間、信じられないことが起こった。
失われていた腕の根元から、ゆっくりと組織が再生し始めたのだ。
最初に、血管が伸びる。
それに沿うように、筋肉が形を作っていく。
骨が伸び、神経が通り、皮膚が覆っていく。
赤く痛々しかった断面が、少しずつ人の腕の形へ戻っていく。
その場にいた全員が息を呑んだ。
阿川が、信じられないものを見るように呟く。
「……無くなった腕が生えてきた……!」
陸斗も目を見開いていた。
芹沢は両手で口元を押さえ、涙を浮かべたまま声を出せずにいる。
浮田の額には汗が滲んでいた。
だが、手は止めない。
視線も逸らさない。
「絶対、助けてやるからな……悠真!」
浮田は、まるで悠真へ言い聞かせるように声を絞り出した。
「死ぬんじゃねぇぞ……!」
白い光はさらに強くなる。
腕は根元から順に再生し、肘、前腕、手首、指先へと形を取り戻していく。
失われていたはずの腕が、2分ほどで完全に再生された。
切断面から流れていた血も止まっている。
皮膚も塞がり、血管も繋がり、指先まで形が戻っていた。
◇
浮田の《オペ》は、困難な手術を自分の実力以上に発揮できるスキルだった。
だが、それだけではない。
欠損部位の再生。
身体の修復。
通常の医療では不可能な領域にまで踏み込むことができる。
もちろん、それはただ唱えれば勝手に何でも治るというものではない。
どこをどう修復するのか。
何を優先するのか。
命を繋ぐために、どの処置を先に行うべきか。
それを判断する知識と経験がなければ、宝の持ち腐れになってしまう。
浮田は医者だった。
だからこそ、そのスキルを医療として使うことができた。
浮田は続けて、悠真の背中に刺さっていた矢を慎重に取り除いた。
刺さった周囲の傷も修復し、出血を止める。
さらに輸血を行い、悠真の状態を少しずつ安定させていく。
悠真は気を失ったまま、手術台の上で眠っていた。
だが、呼吸はある。
脈も戻ってきている。
浮田は一度、大きく息を吐いた。
「……はぁ」
その吐息には、緊張が少しだけ混ざっていた。
「とりあえず、止血はしたし無理はできないが大丈夫だろう……」
その言葉を聞いた瞬間、手術空間にいた者達の張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。
しかし、芹沢はすぐにコン太を見る。
「コン太ちゃんは……?」
浮田は頷き、すぐにコン太の側へ移動した。
「コン太は恐らく脳震盪だろう」
コン太の頭部を確認しながら、浮田は表情を引き締める。
「先ず、脳の検査からだ……!」
浮田は再び《手術道具》を使い、MRI検査台を召喚する。
コン太は人間ではない。
フォック族の身体構造が人間とどこまで同じなのか、浮田にも完全には分からない。
特に脳の検査となると、不安は大きかった。
それでも、今できることをするしかない。
浮田は慎重にコン太を検査台へ乗せ、検査を始めた。
手術空間の中に、機械音だけがしばらく響く。
陸斗は祈るように両手を握っていた。
芹沢も唇を噛みしめ、コン太を見つめている。
阿川も黙って結果を待っていた。
やがて、検査が終わる。
浮田は結果を確認し、深く息を吐いた。
「脳に問題はなさそうだ……」
その言葉に、陸斗が小さく息を漏らす。
「……良かった」
浮田はコン太を寝かせ直しながら言う。
「しばらく、寝かせておこう……」
コン太はまだ目を覚まさない。
だが、命に関わる異常は見つからなかった。
それだけでも、今は十分だった。
◇
阿川は再生された悠真の腕を見ながら、ぽつりと呟いた。
「それにしても腕を生やすことが出来るなんて……」
浮田は苦笑する。
「俺も使った事がなかったから、半信半疑だったが……」
そして、再生した悠真の腕を見る。
「スキルがなかったら、腕を元通りに生やす事なんて勿論、今の医療技術では不可能だ……」
浮田の表情には、複雑なものがあった。
「医者の俺が自分の医療技術じゃなくてスキルに頼るなんて、本来ならしたくはないんだがな……」
それは、浮田の本音だった。
医者として積み重ねてきた知識。
経験。
技術。
それらに誇りがある。
だからこそ、スキルで不可能を可能にすることには、どこか抵抗があった。
そんな浮田へ、芹沢が静かに言う。
「適切な方法と確かな医療知識がないと宝の持ち腐れになってしまうスキルだわ♡」
いつもの甘い口調だった。
だが、そこには真剣さがあった。
「それも貴方にしか出来ない唯一無二の新しい医療なのかもよ?♡」
芹沢は、少しだけ微笑む。
「みんなあなたに感謝してるわ♡」
浮田は少し目を伏せた。
そして、小さく息を吐く。
「あぁ……少なくともこのスキルがないと、今の環境では満足な治療ができるとは思えないからな……」
この世界では、病院も十分には機能していない。
医療機器も、薬も、人手も足りない。
そんな中で命を救うには、浮田のスキルは必要不可欠だった。
それが本来の医療とは違う形であっても。
今、悠真を救えたのは事実だった。
◇
阿川は周囲を見渡し、口を開く。
「他の門の皆にも一旦伝えた方が良いんじゃないか?」
浮田は頷く。
「そうだな……」
浮田は無線を手に取り、各門へ連絡を入れた。
作戦を一旦中断し、《手術室》へ戻るように。
悠真に重大な異変があったこと。
現状確認が必要なこと。
各門のメンバー達は、その連絡を受け、順に《手術室》へ戻ってきた。
南門からは未来達。
西門からは色谷、ルドルフ、今井翔太、今井恭太、今野達。
北門から残っていたメンバー達も合流する。
戻ってきた者達は、手術台で眠る悠真と、同じく寝かされているコン太を見て驚いた。
そして、浮田達から事情を聞く。
悠真が片腕を失うほどの重傷を負ったこと。
コン太が意識を失っていること。
悠真の《日常生活》によって存在していた者達が消えたこと。
アル、ソックス、セイコ。
警備隊。
ガドラー。
チャン爺達。
二葉、三葉。
さらに別の場所にいた一葉も、同じように消えている可能性が高いこと。
全員が言葉を失った。
だが、浮田が治療に成功し、悠真の命は繋がったと聞いて、ようやく少しだけ安堵の空気が流れた。
未来は手術台のそばで、悠真の顔をじっと見つめていた。
今にも泣きそうな顔だった。
◇
浮田は全員を見渡し、状況を整理する。
「一旦、作戦の立て直しに戻ろうと思うが、雪子さんや爺やさんはどこにいるんだ?」
その言葉に、今井恭太が顔を強張らせた。
「その事なんだが……」
恭太は、言いづらそうに口を開く。
自分の《透明人間》で雪子と爺やを透明化させ、先に幸子の元へ行かせたこと。
その後、まだ戻ってきていないこと。
そして、連絡も取れていないこと。
恭太は唇を噛む。
「すいませんでした、勝手な行動をして……」
声には、はっきりと自責が滲んでいた。
「まだ、帰ってきてないんです……」
恭太は拳を握りしめる。
「もしかしたら何かあったのかも……」
手術空間の空気が、再び重くなる。
読者だけが知っている。
雪子と爺やは、すでに幸子の支配下にある。
だが、この場にいる者達はまだ知らない。
浮田は恭太を責めなかった。
「そうか……」
そして、静かに言う。
「あまり、自分を責めるな……」
恭太は顔を上げられなかった。
浮田は状況を考える。
雪子と爺やを助けに行きたい。
だが、今すぐ動けばどうなるか。
悠真は重傷。
《日常生活》は消えている可能性がある。
悠真のスキルによって支えられていた戦力も失われた。
白い煙や矢の正体も分からない。
あまりにも不確定要素が多い。
「直ぐに雪子さん達の援護に行きたい所だが、戦力的にも悠真が居ないとかなり厳しいな」
浮田は険しい顔で続ける。
「それに、何故悠真のスキルで作られていた警備隊達やチャン爺達が消えたのかも理由が分からないからな……」
◇
その時だった。
手術台の上で、悠真の指がわずかに動いた。
未来が真っ先に気づく。
「悠真……?」
悠真のまぶたが、ゆっくりと開いた。
焦点の合わない目で天井を見つめ、か細い声を漏らす。
「……俺は生きてるのか?」
その声を聞いた瞬間、未来が駆け寄った。
「悠真……!!」
未来の声が震える。
「良かった……!」
そして、泣きそうな表情で悠真を見る。
「もう、心配させないでよ」
悠真はまだ力が入らない様子だった。
それでも、未来を見て弱々しく答える。
「……心配かけて悪かった」
そして、視線を浮田へ向ける。
「浮田が助けてくれたのか……?」
浮田は少し笑った。
「あぁ……俺以外居ねえだろう……?」
その言葉に、悠真もわずかに口元を緩める。
「あぁ……そうだな……」
浮田はすぐに続けた。
「だが、危険を省みず連れて来たのは陸斗と阿川だ」
悠真はゆっくりと視線を動かし、陸斗と阿川を見る。
「2人ともありがとう……」
陸斗は目に涙を浮かべながら、必死に笑おうとした。
「もう、ホントに血だらけでどうなるかと思いました……」
阿川も、深く息を吐く。
「流石に焦ったぞ……」
悠真は小さく頷いた。
だが、すぐに表情を変える。
「そう言えば、コン太は?!」
声に焦りが戻る。
「コン太は無事なのか?!」
浮田はすぐに答えた。
「あぁ、脳震盪を起こして意識は失ってるが脳に異常はなかった……」
そして、少しだけ苦笑する。
「人間じゃない脳の検査は初めてだったから不安だったがな……!」
悠真は大きく息を吐いた。
「それなら良かった……」
不安で握っていた拳を、悠真はゆっくりと緩める。
◇
その時だった。
悠真は、自分の手を見た。
拳を握っている。
それも、片方だけではない。
両方の拳を握っていた。
悠真の目が大きく開かれる。
あの時、腕はなくなったはずだった。
地面に落ちた自分の腕を、確かに見た。
それなのに。
「腕がある……!?」
陸斗が少しだけ笑顔を見せる。
「浮田さんのスキルで腕を生やしてたんですよ!」
陸斗はその時の光景を思い出したのか、驚いたように言う。
「もう、びっくりしました!」
悠真は自分の腕を見つめる。
指が動く。
感覚もある。
痛みはあるが、そこに腕は存在している。
「そう言えば、ステータスにそんな事かいてたんだっけ……」
悠真は、力なく笑った。
「相変わらず凄いな……」
浮田は苦笑いする。
「もう、俺にこんなスキル使わせるなよ!」
ほんの少しだけ、空気が緩んだ。
だが、それは長くは続かない。
浮田はすぐに表情を引き締める。
悠真が目を覚ました今、確認しなければならないことがある。
「悠真、何があったか話してくれないか……?」
悠真はゆっくりと瞬きをした。
まだ身体は重い。
声も出しづらい。
だが、話さなければならない。
北門で何が起きたのか。
白い煙。
背中に刺さった矢。
その直後に抜けた力。
アル達が消えたこと。
そして、自分の中から《日常生活》が消えたような感覚。
悠真は小さく息を吸った。
「あぁ……」
そして、仲間達を見渡す。
「何があったかと俺の推測を話すよ……」




