ポンッ 2
第169話です。宜しくお願い致します。
北門の周囲に、白い煙が広がり始めていた。
それは、崩れた門の隙間から。
壁際の小さな穴から。
地面に空いた裂け目のような場所から。
ゆっくりと、しかし確実に噴き出していた。
幸子親衛隊達を阿川の《配管工》へ送り込み、救出作業は順調に進んでいた。
アルが武器だけを撃ち抜き、ソックスが水で流し、コン太がツルで回収する。
セイコも突風で敵の動きを崩し、ガドラーと警備隊達も北門の周囲を押さえていた。
だが、その足元から現れた白い煙に、悠真は強い違和感を覚えた。
「何だ、この煙は……?」
悠真は咄嗟に鼻と口を手で押さえた。
正体は分からない。
だが、敵がこのタイミングで出してきたものだ。
安全なはずがない。
悠真はすぐに声を張った。
「セイコ頼む!」
その指示に、セイコは優雅に一礼する。
「お任せ下さいですわ!」
セイコはその場で再び回転を始めた。
最初は舞うように。
次第に速度を増し、周囲の空気を巻き込んでいく。
風が生まれた。
強い突風が、白い煙を押し返していく。
「サウザンドトウループですわ!」
セイコの声と共に、白い煙は渦を巻きながら吹き飛ばされていった。
北門周辺に漂っていた不気味な白煙が、風に流されて遠ざかっていく。
悠真はそれを見て、一瞬だけ安堵した。
「助か……」
◇
助かった。
そう言いかけた、その時だった。
悠真の背中に、チクッとした違和感が走った。
最初は小さな痛みだった。
針で刺されたような、ほんの一瞬の痛み。
だが、次の瞬間、その痛みは背中全体へじわりと広がっていった。
悠真は反射的に後ろへ手を伸ばす。
指先に、硬く尖ったものが触れた。
1本ではない。
いくつか、背中に刺さっている。
コン太がその光景を見て、顔を青ざめさせた。
「背中に矢が刺さってるコン……」
「……矢」
悠真は呆然と呟いた。
次の瞬間、膝から力が抜ける。
身体を支えきれず、悠真はその場に膝をついた。
「痛い……」
呼吸が乱れる。
背中から熱い痛みが広がっていく。
それと同時に、身体の奥から何かが抜け落ちていくような感覚があった。
「力が抜ける……」
悠真の異変に、ガドラーが即座に反応した。
「我が君!!」
ガドラーは駆け出そうとした。
だが、次の瞬間。
悠真の目の前で、ガドラーの姿が消えた。
ポンッ。
場違いなほど軽い音だった。
まるで最初からそこにいなかったかのように、ガドラーの姿が消える。
続けて、周囲にいた警備隊達も次々と消えていった。
1人。
また1人。
北門を守っていた15名の警備隊が、次々と音を立てて消えていく。
「ご主人様!!」
アルが叫ぶ。
だが、その声も途中で途切れた。
アルの身体が薄れ、そのままポンッという音共に消えた。
「一体何が……」
ソックスも、状況を理解する前に消えた。
悠真は目を見開いた。
「な……んで?」
声が震える。
何が起きているのか分からない。
背中に刺さった矢。
抜けていく力。
ガドラー達が消え、警備隊が消え、アルとソックスが消える。
悠真の中で、現実がぐちゃぐちゃに崩れていった。
その中で、セイコだけが動いた。
消えていく仲間達を見て、セイコは何かを悟ったように表情を引き締める。
そして、ものすごい速度で悠真の元へ駆け寄った。
「失礼いたしますわ!」
セイコは悠真を抱え上げる。
悠真が何かを言うより早く、セイコはそのまま阿川の《配管工》の入口へ向けて、悠真の身体を投げた。
悠真は凄まじい勢いで飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
背中の矢に痛みが走った。
だが、その痛みよりも、何が起きているのか分からない恐怖の方が大きかった。
セイコは悠真を見て、申し訳なさそうに声を上げる。
「荒っぽくして申し訳ありませんわ!」
それでも、その声には焦りが滲んでいた。
「配管を伝って一旦逃げるので……」
最後まで言い切る前に、セイコの身体も薄れていく。
「セイコ……!」
悠真が呼ぼうとした時には、もう遅かった。
セイコもまた、ポンッという音と共に消えた。
◇
白い煙の正体は、超人族を人間に戻す薬だった。
セイコが風で吹き飛ばしたことで、悠真達は一度は煙を吸わずに済んだ。
しかし、それも幸子親衛隊側の作戦の内だった。
白い煙に注意を向けさせる。
その隙に、薬を塗った矢を撃ち込む。
悠真の背中に刺さった矢には、同じ薬が塗られていた。
その薬によって、悠真は超人族ではなくなった。
悠真のスキル《日常生活》は消えた。
それにより、《派遣》で呼び出されていたアル、ソックス、セイコ。
《警備》で呼び出されていたガドラーと警備隊達。
そのすべてが、維持できなくなり消えてしまった。
だが、悠真はまだそこまで理解できていなかった。
ただ、痛みと混乱の中にいた。
背中が痛い。
力が入らない。
仲間達が消えた。
自分の中にあったはずの何かが、根こそぎ奪われたような感覚だけが残っていた。
それでも、セイコの最後の言葉だけは耳に残っている。
配管を伝って一旦逃げる。
今は、それしかなかった。
悠真は震える声でコン太へ言った。
「コン太、一旦この場から逃げるぞ!」
コン太もまだ動揺していた。
だが、悠真の言葉に必死に頷く。
「……分かったコン!」
コン太は悠真の方を向いて返事をした。
その背後で、幸子親衛隊の1人が斧を振り上げていることに気づかないまま。
悠真の目が、それを捉えた。
考えるより先に、身体が動いていた。
「コン太、危ない!!」
悠真は残った力を振り絞り、コン太を押しのけた。
コン太の身体が地面へ転がる。
その直後。
振り下ろされた斧が、悠真の腕を捉えた。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
遅れて、焼けるような痛みが襲ってくる。
悠真の腕が、地面に落ちていた。
切り口から大量の血が溢れ出す。
悠真の顔から血の気が引いていく。
地面に倒れたコン太が、振り返る。
そして、その光景を見た。
「悠真ァァァ!!!」
コン太の叫びが、北門に響いた。
その声は悲鳴だった。
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、コン太はすぐにスキルを発動する。
「スキル、《化けぎつね》で《植物召喚》!」
コン太の周囲に、大量の丸太が現れた。
丸太は幸子親衛隊達へ向かって転がっていく。
斧を振るった隊員も、周囲にいた親衛隊達も、その丸太に押し倒された。
コン太はそのわずかな時間を使い、悠真の元へ駆け寄る。
地面には、悠真の血が広がっていた。
コン太の目から、大粒の涙が零れ落ちる。
「腕が……」
声が震える。
だが、悠真は苦しそうにしながらも、最初にコン太を見た。
「……怪我はないか?」
コン太は唇を震わせる。
「悠真のお陰で元気だコン……」
悠真は痛みに顔を歪めながらも、わずかに笑おうとした。
「お前を翡翠球に帰す前に、地球で死なせる訳には行かないからな……」
その言葉に、コン太はさらに涙を流した。
「オイラは翡翠球なんてもういいコン!!」
コン太は叫ぶように言った。
「悠真達と地球で過ごしたいコン……」
それは、コン太の本音だった。
翡翠球へ一時でも帰り、家族や友達の安否を確認すること。
それはずっと大切な目的だった。
だが、今のコン太にとって、悠真達と過ごした時間もまた、かけがえのないものになっていた。
悠真は弱々しく頷く。
「ありがとな……」
そして、息を震わせながら続けた。
「さぁ、早くコン太だけでも逃げるんだ……」
コン太は首を横に振った。
「2人で逃げるコン!!」
コン太はツルを伸ばし、悠真の身体を運ぼうとする。
悠真を置いて逃げるつもりなど、最初からなかった。
◇
だが、その瞬間だった。
背後から、バットを持った幸子親衛隊が近づいていた。
コン太は悠真を助けることに必死で、反応が遅れた。
鈍い音が響く。
バットがコン太の身体を殴り飛ばした。
「コン……!」
コン太は地面を転がり、そのまま動かなくなった。
意識を失ったのだ。
悠真は手を伸ばそうとした。
だが、身体が動かない。
血が流れ続けている。
力が入らない。
「……コン……太」
かすれた声が漏れる。
幸子親衛隊達が、悠真を見下ろしていた。
その中の1人が、斧を持って前へ出る。
口元には、歪んだ笑みが浮かんでいた。
「とどめだ……!」
悠真は動けなかった。
スキルは使えない。
アル達はいない。
ガドラーも警備隊もいない。
セイコも消えた。
コン太も倒れている。
斧を持った幸子親衛隊が、悠真へ向けて腕を振り上げる。
そして、その斧が、悠真へ向かって振り下ろされた。




