11人のチャン爺
第166話です。宜しくお願い致します。
北門、西門、南門で救出作戦が動き始めていた頃。
残る東門でも、同じように作戦が始まろうとしていた。
東門に配置されているのは、陸斗、阿川、浮田、チャン爺、二葉、三葉、芹沢。
そこに、悠真の警備隊10名と、雪子の地下拠点から来た超人族10名が加わっている。
他の門と比べても、東門チームはかなり安定した構成だった。
陸斗の防御。
阿川の《配管工》。
浮田の《手術室》。
チャン爺の護衛能力。
二葉と三葉の破壊力。
芹沢の支援。
そして、警備隊と現地の超人族達。
攻める力も、守る力も、救出するための仕組みも揃っている。
その中心にあるのが、浮田の展開した《手術室》だった。
すでに阿川の《配管工》は、各門の近くに設置されている。
配管の中はベルトコンベアのようになっており、幸子親衛隊を入れれば、自動的にこの手術空間へ運ばれてくる。
そして今、その最初の1人が北門から届いていた。
白い壁。
清潔な床。
浮田のスキルによって作られた手術空間の中で、その男はゆっくりと目を瞬かせた。
つい先ほどまで、彼は幸子親衛隊として北門を守っていた。
だが、今はその目から狂信的な光が消えている。
男はぼんやりと周囲を見回し、戸惑ったように呟いた。
「俺は何だか長い夢を見ていた気がする……」
浮田は男の様子を確認し、軽く息を吐いた。
解除は成功している。
北門から送られてきた最初の1人は、確かに幸子の支配から外れていた。
「落ち着け。あんたは神崎幸子のスキルで支配されていたんだ」
浮田はできるだけ簡潔に事情を説明した。
幸子の《承認欲求》によって意思を奪われていたこと。
悠真達は、幸子親衛隊を殺すためではなく、救出するために動いていること。
そして、この手術空間に入ることで支配が解除されること。
男は最初、信じられないという顔をしていた。
しかし、自分の頭の中にかかっていた霧が晴れていく感覚があるのだろう。
やがて震えるように息を吐き、浮田へ深く頭を下げた。
「助けて頂きありがとうございます」
「礼は後でいい。それより、これから同じようにどんどん人が送られてくる。混乱する奴もいるだろうから、できる範囲で説明を手伝ってくれ」
「分かりました」
支配されていた者が、支配されていた者を落ち着かせる。
それは、これから大量に送られてくる幸子親衛隊を受け入れる上で、必要なことだった。
浮田は手術空間の外へ視線を向ける。
配管の方からは、すでに次々と人が運ばれてくる気配があった。
「他の所からはもうどんどん来てるぞぉ〜」
浮田は東門側の仲間達へ声をかけた。
「こっちもそろそろ始めるか?」
◇
その言葉に、チャン爺が静かに前へ出る。
いつものように背筋は伸び、表情は穏やかだった。
だが、その目には隙がない。
「では、わたくし達も始めましょうか」
チャン爺は東門の方を見据え、静かに唱えた。
「スキル、《一卵性兄弟》を10回」
その瞬間、チャン爺の横に、もう1人のチャン爺が現れた。
いつもの光景であれば、そこで終わりだった。
だが、今回は違う。
もう1人。
さらに、もう1人。
次々と、チャン爺とまったく同じ姿の分身体が現れていく。
顔も、服装も、姿勢も、気配も同じ。
穏やかな執事が、1人、2人、3人と増えていき、やがて10人の分身体が並んだ。
本人を含めれば、そこには11人のチャン爺がいる。
陸斗が思わず声を上げた。
「チャン爺さんが10人?!」
雪子の地下拠点から来た超人族達も、目を丸くしている。
味方であるはずなのに、同じ人物が11人並んでいる光景は、かなり異様だった。
しかも、その全員が同じように穏やかに微笑んでいる。
チャン爺達は一斉に、にこりと周囲へ笑みを向けた。
その笑顔は優しい。
優しいはずなのに、なぜか背筋が少し冷える。
次の瞬間。
11人のチャン爺達は、同時に仕込み刀を抜いた。
動きは速かった。
あまりにも速すぎて、東門の幸子親衛隊達は反応すらできなかった。
気づいた時には、すでにそれぞれの喉元へ刀の切っ先が突きつけられていた。
「何だ?!」
「て……」
叫ぼうとした隊員の言葉は、最後まで続かなかった。
チャン爺達が、静かに口を開く。
「喋ったら刺しますよ?」
声は穏やかだった。
だが、冗談ではないと全員が理解できる声だった。
幸子親衛隊達は動きを止める。
喉元には、冷たい刃。
少しでも動けば、突き刺さる。
それでも、幸子の支配下にある彼らは、完全には怯まなかった。
幸子様のために。
幸子様の門を守るために。
その思いが、彼らを動かそうとする。
しかし、チャン爺達はそこまで読んでいた。
「それでも貴方達は幸子さんの為に喋ろうとするでしょう」
「抵抗しようとするでしょう」
「でも、もしそうしたら容赦なく貴方達を刺します」
「すると、貴方達は死んでしまうでしょう」
ひとりのチャン爺ではなく、複数のチャン爺が少しずつ言葉を繋ぐ。
まるで、同じ意思を持つ者達が、同じ結論へ導いているかのようだった。
「死んでしまったらどうなるか、分かりますよね?」
「貴方達が敬愛してならない幸子さんの役に2度と立てないのです」
「それでもよろしいのですか?」
その言葉に、幸子親衛隊達の表情が揺れた。
彼らは幸子に支配されている。
幸子を神のように崇め、幸子の役に立つことを何よりも優先している。
だからこそ、死ねば幸子の役に立てなくなるという理屈は、彼らにとって無視できないものだった。
刀を突きつけられたまま、幸子親衛隊達はしばらくチャン爺達を睨みつける。
だが、やがて1人の隊員が、手に持っていた銃を地面へ落とした。
乾いた音が響く。
それをきっかけに、別の隊員も銃を捨てる。
また1人。
また1人。
次々と武器が地面へ落ちていった。
チャン爺達は刀を突きつけたまま、静かに指示する。
「では、そのまま歩いて下さい」
「抵抗しなければ、傷つけません」
「貴方達を本来の状態へ戻します」
幸子親衛隊達は悔しげな表情を浮かべながらも、自ら歩き出した。
刀を突きつけられたまま、浮田の《手術室》へ向かっていく。
戦闘らしい戦闘は、ほとんど起こらなかった。
東門の幸子親衛隊達は、チャン爺達によって制圧された。
◇
陸斗は目を輝かせていた。
「チャン爺さん、凄い!!」
浮田は頬を引きつらせる。
「いや、流石だけどやっぱり怖いな……」
そして、チャン爺達を見回した。
「チャン爺が本人合わせて11人居るのもそうだし、1人でこの場を制圧してしまった所とか……」
チャン爺は穏やかに微笑む。
「いえいえ、1人ではなく11人でですよ?」
その笑顔は、いつも通り優しかった。
だからこそ、余計に怖い。
浮田は小さく肩を震わせた。
「その笑顔がまた怖いな……」
陸斗はまだ驚いた顔をしている。
「それにしてもまさか、10人増えるとは……」
チャン爺は陸斗へ向き直り、丁寧に説明した。
「坊っちゃまのスキル強化により、わたくしの《一卵性兄弟》のスキルも強化されたのです」
これまでの《一卵性兄弟》は、一度に1体の分身体を作るスキルだった。
しかし、強化された今は違う。
最大10回まで使用することができる。
つまり、分身体を10人まで作ることができるのだ。
本人を含めれば、11人。
同じ戦闘技術。
同じ判断力。
同じ忠誠心。
それが11人並ぶ。
味方であれば頼もしいが、敵に回せば悪夢でしかない。
説明を終えたチャン爺は、すっと視線を移した。
その先にいたのは、二葉と三葉だった。
チャン爺の目が、普段の柔らかなものから、少しだけ厳しいものへ変わる。
「次は貴方達の番ですよ?」
二葉と三葉は、ほぼ同時に背筋を伸ばした。
「はい……」
「はい……」
その反応を見て、阿川がぽつりと呟く。
「あの、狂気的な2人が少し怯えてる?」
無理もない反応だった。
二葉も三葉も、戦闘となればかなり物騒な部類に入る。
二葉は巨大な鉄球を振り回し、三葉はワープした手足で相手を容赦なく叩き潰す。
普段の彼女達を知っていれば、怯える側ではなく、怯えさせる側だと思うだろう。
だが、チャン爺は執事長である。
一葉、二葉、三葉にとっては、上司であり、指導者でもあった。
普段、皆の前ではあまり見せていない。
しかし裏では、かなりみっちりと指導されている。
礼儀作法。
掃除。
立ち振る舞い。
戦闘時の判断。
そして、やりすぎた時の説教。
チャン爺の指導は、優しい口調でありながら、逃げ道がない。
だからこそ、二葉と三葉はチャン爺の前では少しだけ大人しくなるのだった。
三葉が小さく口を尖らせる。
「一葉姉様だけズルイよね……」
そして、西門の方角をちらりと見る。
「どうせ、チャン爺の居ない所でノビノビ爆破してるんだろうなぁ……」
二葉も小声で頷いた。
「本当よね……」
普段は何かと張り合う2人だが、この時ばかりは意見が一致していた。
「これだけはあなたと同意見だわ……」
西門にいる一葉は、今頃きっと楽しげに爆薬を召喚している。
そう考えると、二葉と三葉は少しだけ羨ましかった。
しかし、その小声をチャン爺は聞き逃さない。
「……何か申しましたか?」
穏やかな声。
だが、二葉と三葉の肩がぴくりと跳ねた。
二葉は即座に首を振る。
「いえ、何も……」
三葉も慌てて前へ出た。
「門、壊しますぅ……!!」
◇
そう言って、2人は東門へ向き直る。
まず二葉が手を掲げた。
「スキル、《鉄球召喚》!」
空中に巨大な鎖付き鉄球が現れる。
重厚な鉄の塊が、ずしりと空気を震わせた。
二葉はそれを掴むと、大きく振りかぶる。
そして、東門へ向けて叩きつけた。
轟音が響く。
門の表面が大きくへこみ、亀裂が走った。
続いて、三葉が笑みを浮かべる。
「スキル、《四肢ワープ》!」
三葉の腕や脚が、東門の周囲へ次々と現れる。
右腕が門の蝶番を殴り、左脚が補強部分を蹴り飛ばす。
さらに別の位置から拳が現れ、門の亀裂を広げていく。
二葉の重い鉄球。
三葉の多方向からの連撃。
東門は軋み、歪み、やがて大きな音を立てて崩れ始める。
チャン爺の視線があるため、二葉と三葉はいつもより少しだけ真面目だった。
だが、その分、無駄がない。
確実に門の要所を破壊していく。
やがて、東門にも大きな突破口が開いた。
これで、北門、西門、南門、東門。
4つの門がすべて壊れた。
幸子の拠点を守る外側の門は、四方から突破されつつあった。
だが、門を壊したからといって、すべてが終わるわけではない。
むしろ、本番はここからだった。
◇
その頃、西門ではさらに動きがあった。
今野、爺や、雪子、恭太、一葉達の活躍によって、西門の突破口はすでに開かれている。
見張り台の隊員達は《マイバッグ》で回収され、門前の隊員達も土や食材化によって無力化され、阿川の《配管工》へ送られた。
一葉の爆破によって門も崩れ、先へ進む道はできている。
雪子達は、そのまま拠点の奥へ向かおうとしていた。
しかし、そこには大量の幸子親衛隊達が待ち構えていた。
槍。
銃。
剣。
斧。
それぞれが様々な武器を手にしている。
門を突破された場合に備え、内部側にも守備隊が配置されていたのだ。
その数は、門前にいた隊員達とは比べものにならなかった。
幸子親衛隊の1人が、憎々しげに雪子達を睨みつける。
「蛮族風情が……」
別の隊員も叫ぶ。
「神聖な所に足を踏み込んだ罪を許す訳には行かない!!」
その言葉と共に、大量の幸子親衛隊達が襲いかかってきた。
西門チームはすぐに応戦する。
今野は《マイバッグ》で数人ずつ収納し、敵の数を減らしていく。
爺やは《土いじり》で足元を崩し、隊員達の動きを止める。
一葉は味方を巻き込まないように爆薬の位置を調整し、防衛線を作る。
色谷、ルドルフ、翔太、警備隊、雪子の地下拠点の超人族達も、それぞれ幸子親衛隊を傷つけすぎないように無力化していく。
だが、数が多かった。
1人を止めても、次が来る。
3人を配管へ送っても、その奥から5人が現れる。
幸子親衛隊は、まるで波のように押し寄せてきた。
この場の全員を救いたい。
それが雪子の願いだった。
だが、ここで足止めされ続ければ、幸子の元へ辿り着くことができない。
幸子本人を止めなければ、この支配は終わらない。
雪子の胸の奥で、焦りが膨らんでいく。
爆音。
怒号。
武器がぶつかる音。
その中で、雪子は思わず呟いた。
「早く、姉様に会いたい……」
それは誰かに向けた言葉ではなかった。
ただ、心から零れ落ちた本音だった。
幸子に会いたい。
会って、話したい。
止めたい。
救いたい。
幼い頃、花飾りを渡したあの日のように、もう一度、姉の心へ触れたかった。
◇
その呟きを聞いていた者がいた。
今井恭太だった。
恭太は迫る幸子親衛隊を警戒しながら、雪子へ視線を向ける。
そして、短く言った。
「雪子さんと爺やさんは先に行って下さい!」
雪子は驚いて恭太を見る。
「え……?」
恭太は視線を逸らさなかった。
「幸子さんの目を覚まさせてあげて下さい」
ぶっきらぼうな声だった。
だが、その言葉には迷いがなかった。
恭太のスキル《透明人間》は、もともと自分か他人、合計1人までを透明化するスキルだった。
透明化された人間の姿は見えず、音も遮断される。
潜入には非常に向いている。
ただし、1人までという制限があった。
だが、恭太のスキルもまた強化されていた。
今では、一度に透明化できる人数が5人まで増えている。
それなら、雪子と爺やを同時に透明化し、この大量の幸子親衛隊をすり抜けさせることができる。
雪子は一瞬、迷った。
この場に残って戦っている仲間達。
目の前で支配されている幸子親衛隊達。
彼らを置いて、自分だけ先に進んでいいのか。
そんな思いが胸をよぎる。
だが、爺やがそっと雪子の横に立った。
何も言わず、ただ静かに頷く。
その仕草だけで、雪子は理解した。
今、自分が向かうべき場所はここではない。
幸子の元だ。
姉様の元へ行き、直接向き合わなければならない。
雪子は胸の前で手を握り、深く息を吸った。
「……分かりました」
そして、恭太へ向かって深く頭を下げる。
「ありがとうございます!!」
恭太は少しだけ照れたように目を逸らした。
「礼はいいです。早く行って下さい」
そして、スキルを発動する。
「スキル、《透明人間》」
次の瞬間、雪子と爺やの姿が薄れていった。
輪郭が空気に溶け、色が消え、完全に見えなくなる。
同時に、2人の足音も消えた。
幸子親衛隊達は気づかない。
目の前で戦闘が続いていることに意識を奪われ、透明化した雪子と爺やの存在を察知できない。
恭太は、2人がいるはずの場所へ向かって小さく言う。
「さぁ、早く行って下さい」
その声に応えるように、見えない雪子と爺やは動き出した。
大量の幸子親衛隊達の隙間を抜ける。
崩れた西門を越え、拠点の奥へ。
幸子がいる建物へ向かって。
雪子と爺やは、誰にも気づかれないまま先へ進んでいった。




