プライバシーゼロだった
第163話です。宜しくお願い致します。
俺達一同は、幸子さんの拠点より少し手前までレッドワイバーンで移動した。
さすがに拠点の目の前まで空から近づくのは危険すぎる。
相手はすでに俺達の存在を知っている可能性が高い。
それに、幸子親衛隊の拠点には大勢の人間がいる。
レッドワイバーンの群れで堂々と近づけば、警戒どころか即座に戦闘態勢に入られてもおかしくない。
俺達は少し離れた場所でレッドワイバーンから降り、そこから徒歩で幸子さんの拠点へ向かうことにした。
周囲の空気は、これまでの荒廃した地域とは少し違っていた。
崩れた道路や壊れた建物は残っている。
だが、その一部には人の手が入っている形跡があった。
倒れた標識が端に寄せられていたり、簡易的な柵が作られていたり、道の一部が歩きやすいように整えられていたりする。
ここが、幸子親衛隊の勢力圏に近いのだと嫌でも分かる。
支配されている人達が作った秩序。
それを思うと、胸の奥に重いものが残った。
◇
やがて、前方に大きな影が見えてきた。
高い塀。
そして、その中心にある巨大な門。
東京の県境にある門もかなり大きいが、目の前の門も負けていない。
いや、雰囲気だけで言えば、こちらの方がずっと物々しかった。
東京の門は守るための門だ。
だが、幸子さんの拠点の門は、外と内を完全に分断するための門に見える。
高い塀が左右に長く伸び、その上には見張り台がある。
分厚い門扉は簡単に破れるものではなさそうだった。
コン太が隣で耳をぴくりと動かしながら呟く。
「これは大きいコンね……」
ルドルフも門を見上げて感心したように言った。
「確かに、これは凄いですね……」
俺も同じ気持ちだった。
元幸子親衛隊の男性達から、拠点がかなり大きいことは聞いていた。
だが、実際に目にすると迫力が違う。
これはもう、神崎家の屋敷を拡張したという規模ではない。
要塞都市。
そんな言葉が一番しっくり来た。
門の前には、幸子親衛隊の兵隊達が並んでいた。
元親衛隊の男性達から聞いた話では、普段の門番は10人ほどらしい。
だが、今はざっと見ても30人ほどいる。
やはり、俺達が来る可能性は読まれている。
さらに、塀の上には大きな大砲のようなものがいくつも置かれていた。
それが本物の火砲なのか、スキルで作られたものなのかは分からない。
だが、こちらを迎え撃つ準備が整っていることだけは確かだった。
浮田が険しい顔で呟く。
「やっぱり一筋縄じゃいかなそうだな……」
「あぁ……」
俺は頷いた。
正直、厄介だ。
できる限り傷つけずに進みたい相手が、要塞のような門を守っている。
しかも、相手は幸子さんの支配下にある。
俺達を見るなり攻撃してくる可能性も高い。
それでも、ここで怯んでいるわけにはいかなかった。
俺は仲間達を見渡す。
東京から来た仲間達。
雪子さん達。
地下拠点から同行してくれた超人族達。
全員が緊張した表情をしている。
だが、誰も逃げようとはしていない。
俺は小さく息を吸い、声を出した。
「だが俺達はみんな優秀だ!」
全員の視線がこちらに集まる。
「自信をもって行こう!」
その言葉に、一同は力強く頷いた。
◇
まず動いたのは未来だった。
未来は一歩前へ出ると、拠点を見据える。
「先ずは、私の出番ね!」
そして、慣れた様子で唱えた。
「スキル、《動植物愛護》の《動植物図鑑》」
未来の周囲に、黒い影がいくつも現れる。
「出てきて、カラス達!」
次の瞬間、数十羽ほどのカラスが一斉に羽ばたいた。
黒い翼が空へ広がり、カラス達は幸子さんの拠点上空へ向かって飛んでいく。
未来は目を細め、カラス達の視界を共有し始めた。
索敵だ。
門の数。
守備の配置。
塀の上の設備。
どこからどう動くべきか。
それを確認してもらう。
未来が索敵を行っている間に、俺も準備を進めることにした。
「スキル、《派遣》!」
俺が唱えると、目の前に3つの気配が現れる。
まず、やたら元気な声が響いた。
「みんなのアイドル、アルでございます!」
アルが両手を広げて登場する。
「アイドルを略すと何と何とアルになる?!」
相変わらず何を言っているのか分からない。
隣に現れたソックスが、即座に冷静なツッコミを入れる。
「相変わらず、日本語勉強しろ……」
そして、少し間を置いて言った。
「……ソックスです」
最後に、セイコが優雅に回転しながら現れる。
まるで舞台に登場する踊り子のように、軽やかに身体を回転させ、最後に片手を胸へ当てた。
「淑女の中の淑女、セイコですわ!」
その動きを見たアルが、悔しそうに声を上げる。
「あ~、ズルいー」
アルはセイコを指差した。
「今度から何か動きを入れて登場しようかな……」
ソックスが呆れたように肩を落とす。
「変な所で競うなよ……」
セイコはふふんと得意げに笑った。
「淑女のわたくしにしか出せない動きですことよぉ〜」
いや、淑女かどうかはともかく、登場の癖が強すぎる。
雪子さんは、そんな3人を見て苦笑していた。
「何だか、凄い面白い方達ですね」
確かに初見だとそうなるよな。
俺は雪子さんへ苦笑しながら言う。
「……いつも、こんな感じですが、頼りにはなるので安心して下さい!」
戦闘時のアル、ソックス、セイコは本当に頼りになる。
普段の言動は少し、いや、かなり変だが。
◇
俺は続けてスキルを使った。
「スキル、《警備》」
次の瞬間、周囲に45人の警備隊が現れる。
統率の取れた動きで並び、それぞれが戦闘態勢へ移る。
そして、その中心に、警備隊のリーダーであるガドラーも現れた。
いつもなら、登場した瞬間からやたらテンションが高い。
俺への忠誠心が爆発しすぎて、周囲が若干引くくらいだ。
だが、今日のガドラーは少し様子が違った。
背筋は伸びている。
身だしなみも完璧。
だが、どこかしょんぼりしている。
ガドラーは静かに頭を下げた。
「我が君、お変わりないようで何よりでございます……」
俺は思わず首を傾げた。
「どうした、いつものテンションじゃないようだが……」
ガドラーは一瞬、目を伏せた。
そして、重々しく口を開く。
「……我が君が銃で撃たれそうになった時、アル達が自ら出てきて我が君を救って居られました」
「あぁ、山梨に来た時のことか」
幸子親衛隊に襲われた時、アル、ソックス、セイコは危険を察知して自動で出てきてくれた。
あれがなければ、俺達はもっと危なかったかもしれない。
ガドラーは拳を握りしめる。
「わたくしも出たくて出たくて、舌を噛みちぎりそうになったのですが、スキルの特性上私達は自ら出ることは出来ないのです……」
「舌は噛みちぎろうとはするなよ」
俺は即座に突っ込んだ。
だが、ガドラーは真剣そのものだった。
「我が君のピンチの時こそ私だけが……」
そこでガドラーはぴたりと止まった。
軽く咳払いをして、言い直す。
「私達が助けに行かなければならないというのに……」
俺は事情を理解しつつ、半目でガドラーを見る。
「成る程な……」
つまり、あの時アル達が自動で出てきて俺達を守ったのに、自分は出られなかったことを悔しがっているのか。
忠誠心が高すぎるのも大変だな。
俺は一応、確認してみた。
「というか、さっき私だけとか言わなかったか?」
その瞬間、ガドラーの表情が崩れた。
「本当はわたくしだけが我が君をお守りしたかったのですよぉー!!」
「相変わらず、忠誠心が限界突破してるな……」
俺は思わず苦笑する。
周囲の警備隊達は真面目な顔をしているが、たぶん内心は色々思っているに違いない。
いや、もしかすると全員似たような感覚なのかもしれない。
だとしたら、怖い。
俺はガドラーへ声をかけた。
「お前の気持ちは痛いほど伝わったから気にするな!」
そして、少し笑って続ける。
「前回の分、今日取り返してくれるんだろ?」
ガドラーの顔が一気に明るくなった。
落ち込んでいた空気が、一瞬で吹き飛ぶ。
「はい、勿論です!」
ガドラーは胸に手を当て、力強く言う。
「このガドラー、この命に変えて我が君の命令を遂行します!」
「命は変えなくていいから、ちゃんと無事で頼む」
「それはそれとして、我が君の御身を最優先に!」
俺はため息をついた。
まあ、ガドラーが元気になったなら良しとしよう。
◇
そこで、俺はふと気になった。
山梨で襲われた時、アル達は自動で出てきた。
そして、ガドラーはその出来事を知っていた。
ということは、彼らは普段から俺達のことを見ているのではないか。
俺はアル達へ視線を向ける。
「というか、アル達はもしかして、常に俺達の事を見てるのか……?」
アルが何の悪気もなさそうに答えた。
「勿論、ご主人達の事は全て見てるであります!」
「……何だと?」
俺の声が低くなる。
ソックスが慌てるでもなく、いつもの調子で補足した。
「……正確には別空間から主が見ているものは全て見ることが出来るんです……」
俺は一瞬、固まった。
主が見ているものは全て見ることができる。
つまり、俺が見ているものは、アル達にも見えている。
俺の危険を察知できたのは、そのおかげなのだろう。
それは分かる。
分かるのだが。
それは同時に、俺の普段の視界も見られているということではないか。
セイコが嬉しそうに両手を合わせた。
「ご主人様が観てたアニメの、超弩級筋骨魔法少女プロプロテインちゃん!」
俺の心臓が嫌な跳ね方をした。
セイコは目を輝かせながら続ける。
「あれは、わたくしも面白くて夢中になりましたわ!!」
「オッ!! セイコも分かるか!!」
一瞬、俺の中のオタク魂が燻った。
まさか、セイコがプロプロテインちゃんの良さを分かるとは。
あの作品は、魔法少女ものの皮を被った筋肉友情努力勝利アニメで、変身バンクのたびに筋繊維の作画が異常に細かい名作だ。
いや、待て。
そうじゃない。
俺はすぐに我に返った。
「って最悪だ……」
俺は頭を抱える。
「プライバシーもへったくれもないじゃないか……」
ルドルフだけは、アニメの話題に食いつきたそうな顔でこちらを見ていた。
だが、それ以外のメンバーは冷ややかな目をしている。
未来は半目。
芹沢はにやにや。
浮田は呆れ顔。
雪子さん達は、どう反応していいか分からず困っている。
やめてくれ。
戦闘前に何のアニメを見ているか暴露されるのは、本当にやめてくれ。
俺は以前、世紀末漢隊の近藤のことを思い出した。
近藤の側にいたブルドッグのブル太。
実はその正体が、翡翠球から来た喋れるイングリッ種族のエイゴだと分かった時、近藤は相当嘆いていた。
知らずにあんなことやこんなことを話しかけていた、と。
その時は気の毒だと思っていたが、今なら分かる。
痛いほど分かる。
知らないうちに見られているというのは、なかなかの精神攻撃だ。
未来がパンパンと手を叩いた。
「はいはい、悠真の変な趣味は置いといて……」
「変って言うなよ!!」
俺は反射的に言い返す。
プロプロテインちゃんは変な趣味ではない。
未来は俺の抗議を完全に流した。
「索敵完了したわ!」
◇
その一言で、空気が一気に引き締まる。
未来はカラス達から得た情報を整理して説明した。
幸子さんの拠点には、北、南、西、東にそれぞれ門がある。
守りが一番厚いのは正面にあたる北門。
だが、他の門にも兵隊と防衛設備が配置されている。
1か所に集中して突破しようとすれば、すぐに敵が集まってくる可能性が高い。
それなら、4つの門に分かれて同時に動いた方がいい。
目的は破壊ではない。
できるだけ親衛隊を傷つけず、注意を分散させ、支配解除や内部への接近のための突破口を作ることだ。
俺達は未来の索敵結果をもとに、4つのチームに分かれることにした。
北門から向かうのは、俺、アル、ソックス、セイコ、ガドラー、コン太、そして警備隊15名。
北門は正面に近く、守りも厚い。
だからこそ、俺の派遣組とガドラーを入れた。
コン太も《化けぎつね》で状況に応じた対応ができる。
南門は、未来、警備隊10名、雪子さんの地下拠点の超人族10名。
未来のカラス索敵やレッドワイバーン召喚を活かせるチームだ。
空からの確認や、必要に応じた召喚で柔軟に動ける。
西門には、雪子さん、今野、爺や、色谷、ルドルフ、今井翔太、今井恭太、一葉、警備隊10名、雪子さんの地下拠点の超人族10名。
雪子さんがいるため、もし幸子さん側と会話が必要になった時に重要な役割を持つ。
東門には、陸斗、阿川、浮田、チャン爺、二葉、三葉、芹沢、警備隊10名、雪子さんの地下拠点の超人族10名。
防御、支援、移動、解除、近接戦闘が揃った安定感のあるチームだ。
陸斗のバリア。
阿川の《配管工》。
浮田の《手術室》。
芹沢の《ラブレター》。
二葉と三葉の戦闘力。
そして、チャン爺の護衛能力。
かなり頼もしい布陣だった。
◇
それぞれのチームが配置へ向かう。
空気が張り詰めていく。
巨大な塀の向こうには、100万人規模の幸子親衛隊がいる。
その奥には、幸子さんがいる。
そして、白井という男が完成させたという謎の何かもあるかもしれない。
正直、怖くないと言えば嘘になる。
だが、ここまで来た。
支配解除はできる。
幸子さんを救いたい人達もいる。
雪子さんは、姉を救いたいと願っている。
なら、俺達がやることは決まっている。
俺は北門の方を見据えた。
アル、ソックス、セイコ、ガドラー、コン太、警備隊達が俺の周囲にいる。
みんな、準備はできていた。
俺は静かに息を吸う。
そして、前を向いて言った。
「さぁ、行こう!」




