48人の救出隊
第161話です。宜しくお願い致します。
「本当にご協力頂いてありがとうございます!」
雪子さんは、解除された元幸子親衛隊の男達へ深く頭を下げた。
その目には、まだ涙が浮かんでいる。
幸子さんの支配から解放された人達が、幸子さんをただ憎むのではなく、救いたいと言ってくれた。
それは、雪子さんにとって大きな救いだったはずだ。
もちろん、幸子さんがしてしまったことが消えるわけではない。
人の意思を奪い、支配し、命令に従わせていた。
それは間違いなく重い罪だ。
けれど、それでもなお、幸子さんを救いたいと思ってくれる人がいる。
その事実は、雪子さんの心を少しだけ支えてくれたのだと思う。
男の1人が、慌てたように首を横に振った。
「いえ、俺らはこれくらいしか出来ないので……!」
その声には、申し訳なさが滲んでいた。
彼らは支配されていた。
だから、自分の意思で幸子親衛隊として動いていたわけではない。
それでも、覚えているのだ。
自分達が銃を持ち、誰かを脅し、幸子様の領土を守るために動いていたことを。
その記憶は、きっと簡単には消えない。
だからこそ、今できることをしたいと思ってくれているのだろう。
◇
俺は改めて、彼らから聞いた情報を頭の中で整理した。
幸子親衛隊は約100万人。
中部地方中から非超人族を連れてきて、幸子さんの《承認欲求》で支配下に置いている。
幸子さんの拠点は、もはや屋敷ではなく都市のような規模。
さらに、数百人がかりで進めている謎の研究まである。
考えれば考えるほど、頭が痛くなる情報ばかりだった。
色谷が腕を組み、低い声で言う。
「だが、100万人となると全員解放するのはかなり骨が折れるな……」
浮田も疲れたように息を吐く。
「数万人でもキツイってのに……」
確かに、その通りだった。
浮田の《手術室》で支配解除ができると分かったのは大きい。
それは間違いなく希望だ。
だが、相手は100万人規模。
1数十人ずつ解除していくにしても、あまりにも数が多すぎる。
しかも、全員が何もせず待っていてくれるわけではない。
幸子さんの拠点に近づけば、当然、見張りや親衛隊と遭遇する。
戦闘になる可能性もある。
ただし、相手は助けるべき人達だ。
できる限り傷つけずに進まなければならない。
チャン爺が、俺の隣で静かに口を開いた。
「悠真様、少なくともこの人数では足りないのでは……?」
「あぁ、そうだな……」
俺は頷いた。
今いるメンバーだけで向かうのは、さすがに無理がある。
幸子さん本人へ辿り着くにしても、支配解除、警戒、戦闘、情報確認、撤退経路の確保、雪子さん達の護衛など、やることが多い。
人数が必要だ。
俺は少し考えたあと、決断した。
「仕方ない、一旦東京に戻って増員しよう」
◇
そう言うと、阿川がすぐに頷いた。
「分かった」
阿川が手をかざす。
空間に配管が現れ、俺達の目の前に通路のように伸びていく。
阿川の《配管工》は、何度見ても便利すぎる。
距離という概念をかなり無視できる移動手段だ。
俺達は雪子さん達に少し待ってもらうことを伝え、一旦東京へ戻ることにした。
配管を通って東京へ戻ると、俺達はすぐに留守組のメンバーを集めた。
突然の帰還に、皆は驚いていたが、俺達の表情を見てすぐにただ事ではないと察してくれた。
俺は、山梨で起きていることを順番に説明した。
幸子さんという女性が《承認欲求》というスキルで非超人族を支配していること。
支配された人達が幸子親衛隊となり、100万人規模に膨れ上がっていること。
浮田の《手術室》で支配解除は可能だと分かったこと。
ただし、人数が多すぎて、今のメンバーだけでは足りないこと。
そして、幸子さん自身もまた、神崎家の歪みによって壊れてしまった被害者であり、雪子さん達は幸子さんを倒したいのではなく救いたいと思っていること。
全てを聞いた一同は、しばらく黙っていた。
100万人という数字は、それだけ重かった。
だが、誰も逃げ腰にはならなかった。
俺は皆を見渡しながら言う。
「今回は言った通り、かなりの数だ……」
そして、はっきり告げた。
「だから、東京の守りは自衛隊と警察に任せて、俺達全員で行こう」
一同は頷いた。
もちろん、東京を空にするわけではない。
東京には今、自衛隊も警察もいる。
元SPМ隊員達も、東京自衛隊として動いてくれている。
俺達が出払っている間は、彼らに任せるしかない。
◇
俺はすぐに東京自衛隊の本部へ向かった。
そこには、凛堂達がいた。
事情を説明すると、凛堂は真剣な顔で最後まで聞いてくれた。
「……という事だから、すまないが、暫くは東京は任せたぞ!」
俺がそう言うと、凛堂は力強く頷いた。
「了解だ!」
その声には迷いがなかった。
「拾ってもらった恩は必ず果たすぜ!」
そして、胸を張って続ける。
「俺達が必ず守ってやる」
その言葉は頼もしかった。
元々、凛堂達はSPМに所属していた。
桜井の支配下に置かれ、俺達と敵対したこともある。
だが、今は違う。
彼らは東京の一員として、東京自衛隊として、ここを守ってくれている。
俺は凛堂へ頷き返した。
「あぁ、頼りにしてるよ!」
その後、俺は東京の東西南北にあるそれぞれの警察署にも寄った。
今回の件を簡単に説明し、しばらく俺達主力が東京を離れることを伝える。
もちろん、詳しい情報を全て広げるわけにはいかない。
だが、東京の治安維持を任せる以上、必要なことは伝えておくべきだった。
警察署の面々も、真剣に頷いてくれた。
自衛隊と警察。
今の東京は、もう俺達だけで守っている場所ではない。
多くの人が役割を持ち、自分達の場所を守ろうとしている。
そのことが、少し誇らしくもあった。
◇
準備を整えた俺達は、山梨へ向かうメンバーを決めた。
今回は、美咲と春日は連れていかない。
美咲はまだ幼いし、彼女のスキル《システム》については今も分からない部分が多い。
何より、美咲自身が以前から「今は使う時ではない」と直感している。
無理に危険な場所へ連れていくべきではない。
春日も今回は東京に残ってもらう。
ゲート関連の研究や、東京側でやるべきことがある。
山梨へ向かうのは、俺、陸斗、未来、浮田、チャン爺。
一葉、二葉、三葉。
ルドルフ、阿川。
コン太、色谷、芹沢。
今井翔太、今井恭太。
東京側からは、この15人だ。
そこに現地側から、雪子さん、今野、爺やが加わる。
さらに、雪子さんが代表を務めている土でできた地下拠点には、幸子さんの支配下にならない超人族達がいる。
また、今野が俺達を助けてくれた時のように、事情を知らず県外から来て幸子親衛隊に襲われそうになった非超人族も少しだけいるらしい。
地下拠点の内訳としては、大体が超人族8割、非超人族2割ほど。
今回はその中から、30人ほどの超人族が同行してくれることになった。
つまり、幸子さんの拠点へ向かう人数は、俺達東京側15人。
雪子さん、今野、爺やの3人。
地下拠点の超人族30人。
合計48人。
100万人を相手にするには、あまりにも少ない。
だが、正面から100万人と戦うつもりはない。
俺達の目的は戦争ではなく救出だ。
幸子さんを止め、支配された人達を解放する。
そのための48人だった。
◇
俺達は再び山梨へ戻り、元幸子親衛隊の男達から教えてもらった情報をもとに、幸子さんの拠点へ向かうことにした。
移動手段はもちろん、未来のレッドワイバーンだ。
未来が前へ出る。
「スキル、《動植物愛護》の《動植物図鑑》でレッドワイバーンを召喚!」
その声と同時に、赤い鱗を持つ巨大な飛竜達が次々と現れた。
1体。
2体。
10体。
20体。
そして、空き地を埋め尽くすように、レッドワイバーンが並んでいく。
未来のスキルも、かなり強化されていた。
以前は《動植物図鑑》で動植物やモンスターを一度に出せる数は35体までだった。
だが、今は50体まで同時に出すことができるようになっている。
今回の人数は48人。
つまり、全員分のレッドワイバーンを用意できる。
目の前に50体近いレッドワイバーンが並ぶ光景は、さすがに圧巻だった。
「いやー、もう50体ともなると、1つの街くらい破壊出来そうだよな……」
俺が思わずそう呟くと、未来はにこっと笑った。
「ワンチャン、県も行けるかもよ?」
「何でうちの女子連中はみんなおっかないんだ……」
俺は本気でそう思った。
一葉、二葉、三葉は言うまでもなく、未来も時々とんでもないことを笑顔で言う。
すると、隣から甘ったるい声が聞こえた。
「あら、私は全然怖くないわよ♡」
芹沢だった。
俺は即答する。
「お前は別の意味で怖い……」
「何でよぉ〜、酷い〜♡」
芹沢は頬を膨らませるような仕草をしたが、その目は楽しそうだった。
この状況でいつも通りのやり取りができるのは、ある意味すごい。
だが、その軽さに少し救われる部分もある。
これから向かうのは、100万人規模の親衛隊がいる拠点だ。
緊張しないわけがない。
それでも、俺達は進むしかない。
俺達48人は、それぞれレッドワイバーンに乗り込んだ。
赤い翼が一斉に広がる。
空気が揺れ、地面の砂が舞う。
そして、俺達は幸子さんの拠点へ向けて飛び立った。
◇
その頃。
幸子親衛隊の拠点では、1人の男が幸子の部屋へ走っていた。
幸子はいつものように、豪華な部屋のソファーに腰掛けていた。
その横では、誠司と涼子が大きな葉で静かに風を送っている。
部屋の扉が開き、幸子親衛隊の男が慌ただしく入ってきた。
「報告します!」
幸子は、ゆっくりと男を見る。
「どうしたの?」
男はその場で跪き、すぐに報告した。
「東京と山梨の県境でうちの隊が襲われました」
幸子の表情がわずかに変わる。
最初に口にしたのは、怒りではなかった。
「……怪我は?」
男はすぐに答える。
「今野のスキルによるものなので、特に怪我はありませんでした」
幸子は小さく息を吐いた。
「また、あいつか……」
今野。
幸子親衛隊にとって、何度か邪魔をしてきた存在。
人を収納する《マイバッグ》のスキルは、殺さず、傷つけず、親衛隊を無力化できる。
幸子からすれば厄介な相手だった。
幸子は男を見下ろす。
「何で、今野にやられたの……?」
男は少し身を縮めながら答える。
「それは、東京の都知事とかほざく者が大量のモンスターと共に来たので、追い返そうと思い銃を放っていると、今野に襲われたのです……」
その報告を聞いた幸子の目が細くなる。
「東京都知事……?」
幸子はその言葉を繰り返した。
そして、次の瞬間、少し低い声で言う。
「勝手に攻撃するなっていつも言ってるでしょ?」
男はびくりと肩を震わせた。
「……すみません」
幸子親衛隊の男は、しょんぼりと頭を下げる。
幸子は感情だけで動く支配者ではなかった。
幸子の《承認欲求》によって人々を支配していることは間違いない。
だが、無意味に敵を増やすことを嫌う程度の判断力はある。
特に、相手が東京都知事を名乗る人物だというなら話は別だ。
本物かどうかは分からない。
だが、もし本当なら、簡単に攻撃していい相手ではない。
幸子は考えるように指先をソファーの肘掛けに置いた。
「都知事というのが本当ならマズイわね……」
そして、小さく呟く。
「無駄な敵が増えたわ……」
誠司と涼子は、何も言わず幸子を扇ぎ続けている。
幸子はさらに考えを進めた。
「それに、状況的に超人族が居るわね……」
大量のモンスターを従えていた。
今野が介入した。
その時点で、普通の避難民ではない。
超人族がいる。
そして、今野が関わっているなら、雪子側と繋がった可能性もある。
幸子は男に尋ねた。
「何故来たか言ってた?」
男は記憶を辿るように答える。
「何か、調査か何かと……」
「調査……ねぇ……」
幸子はゆっくりと目を細める。
東京の都知事。
大量のモンスター。
今野。
調査。
それらの情報が、幸子の中で1つに繋がっていく。
「まぁいいわ」
幸子は静かに言った。
「もしかしたら雪子と共にこちらに来るかもしれないわね……」
その声は、どこか楽しそうでもあった。
男は頭を下げたまま、幸子の次の言葉を待つ。
幸子は指示を出した。
「一応、この2、3日は要警戒で直ぐに戦闘を行えるように準備だけしといて!」
「承知致しました!」
男は力強く返事をする。
だが、幸子の指示はそれだけではなかった。
「それと、白井に早速、アレを使う時が来たかもしれないから準備するように伝えなさい」
男は一瞬だけ戸惑ったように顔を上げた。
「あれ……ですか?」
幸子は短く言う。
「言えば分かるわ!」
その声に、男は慌てて姿勢を正した。
「承知致しました!」
敬礼すると、男はすぐに部屋を飛び出していった。
残された幸子は、ソファーにもたれながら小さく笑った。
「まさか、こんなに早くチャンスが来るかもなんてね……」
その目には、不穏な光が宿っている。
白井が完成させたもの。
数百人がかりで進めていた研究。
それを使う時が、想定よりも早く来るかもしれない。
幸子は窓の外へ視線を向けた。
巨大な拠点。
整然と並ぶ住居。
幸子親衛隊達が暮らす、自分のための国。
そして、その先にいるであろう雪子。
支配されなかった妹。
自分が新しい家族にしたい相手。
幸子は、甘く、歪んだ笑みを浮かべた。
「雪子、早くいらっしゃい……」




