真実の子供達
第161話です。宜しくお願い致します。
「幸子さんを救いたい……!」
支配を解除された男のその言葉に、雪子さんの目から、また涙がこぼれた。
それは悲しみだけの涙ではなかった。
安心。
驚き。
そして、ほんの少しの希望。
そんな感情が混ざった涙に見えた。
幸子さんがしたことは、決して軽くない。
人の意思を奪い、支配し、命令に従わせた。
それは間違いなく、許されるべきことではない。
けれど、支配されていたはずの人達が、ただ幸子さんを憎むのではなく、救いたいと言ってくれた。
その事実は、雪子さんにとってどれほど大きかったのだろう。
雪子さんは震える声で、深く頭を下げた。
「本当にありがとうございます……!!」
男達は少し困ったように顔を見合わせた。
支配されていた記憶がある。
幸子さんを信仰していた感覚も残っている。
そして今は、自由な意思を取り戻している。
その複雑さは、俺達には完全には分からない。
だが、彼らはもう幸子親衛隊としてではなく、自分達の意思でここに立っていた。
男の1人が、静かに頷く。
「では、お話しします……」
◇
その瞬間だった。
「ちょっと待って下さい」
声を上げたのは、ルドルフだった。
ルドルフはいつもの穏やかな表情のまま、一歩前へ出る。
「念の為、私のスキルを使っていいですか?」
俺はすぐに頷いた。
「あぁ、安心するに越したことはないな……」
相手が協力してくれる気持ちに嘘はなさそうだった。
少なくとも、俺にはそう見える。
だが、これから聞く情報はかなり重要になる。
幸子親衛隊の規模。
拠点の場所。
武器。
見張り。
もし間違った情報を信じて動けば、俺達だけでなく、地下にいる人達や支配されている人達にも危険が及ぶ。
念には念を入れておくべきだった。
俺は男達へ向き直る。
「ルドルフのスキルを使うと、嘘をついていたら腕が噛みちぎられる幻覚と痛みがくるが、それでも大丈夫か?」
「え……?」
男達の顔が一斉に引きつった。
まあ、当然だ。
俺も最初に聞いた時はなかなか物騒なスキルだと思った。
支配を解除された直後に、嘘をついたら腕が噛みちぎられる幻覚と痛みが来ると言われれば、誰だって引く。
男の1人が、明らかに動揺しながら答えた。
「う、嘘はつか……ないから大丈夫だ……」
その横で別の男も小さく頷いている。
すると、ルドルフが明るい声で手を上げた。
「大丈夫です!」
その声は妙に自信満々だった。
「私のスキルも強化されたんで、そこら辺は任せて下さい!」
俺はその様子を見て、少しだけ目を細めた。
何となく分かった。
この顔は、単純に必要だから使うというだけの顔ではない。
「成る程……!」
俺はルドルフを見ながら言った。
「さてはちょっと新しいスキル使いたいってのもあるなぁ……?」
ルドルフは一瞬だけ目を丸くしたあと、豪快に笑った。
「ハハハハッ」
そして、悪びれもせずに言う。
「バレましたか!」
「やっぱりな」
「違うと言ったら嘘になっちゃいますね」
その返しに、俺は思わず苦笑する。
ルドルフらしいと言えば、ルドルフらしい。
もちろん、ふざけているわけではない。
彼は必要だから提案している。
ただ、新しく強化されたスキルを使いたい気持ちも、かなり混ざっているだけだ。
俺は肩の力を少し抜いた。
「じゃあ、宜しく頼む!」
「はい、では行きますね!」
◇
ルドルフがそう言うと、男達は思わず身構えた。
腕を噛まれるわけではないと言われても、やはり怖いものは怖いのだろう。
ルドルフは胸の前で手を構え、いつもより少し楽しそうに唱えた。
「スキル、《真実の口》で《真実の子供》!」
その瞬間、ぽんっと軽い音がした。
続けて、ぽん、ぽん、ぽん、と空中からいくつもの音が響く。
同時に白い煙のようなものが広がった。
俺達は少しだけ身構える。
煙が晴れる。
そこに現れたのは、5つほどの小さな《真実の口》のようなものだった。
大きさは、トーテムポールを1個1個バラしたくらいだろうか。
いつもルドルフが出す巨大で無機質な《真実の口》よりも、かなり小さい。
しかも、空中にふわふわ浮いている。
普段の《真実の口》は、見ているだけで少し不気味な圧がある。
古代遺跡の一部というか、無慈悲に真偽を見抜く処刑器具というか、とにかく気軽に近づきたくない雰囲気がある。
だが、今回出てきた《真実の子供》達は違った。
丸みがあって、色味もどこか明るい。
表情も妙にポップだ。
不気味というより、少し可愛らしい。
俺は思わず呟いた。
「何だ、コレは……」
そして、つい本音が出る。
「ちょっと可愛らしいな……」
次の瞬間、真実の子供達の1つがぐるりと俺の方を向いた。
「オイオイオイオイ!」
「うおっ?!」
いきなり喋った。
しかも、声が妙に荒い。
「初仕事かと思いきやケンカうってんのか、コラッ!」
「……喋った!」
俺は思わず声を上げる。
「しかも、口が悪いな……」
すると、別の真実の子供も口を開いた。
「聞こえてんぞ、兄ちゃん!」
「誰が可愛いだってぇ?」
「オイラ達は真実を見抜く誇り高き子供達だぞぉ?」
かなり、お喋りなやつらだな……。
俺がそんなことを思っていると、ルドルフが慌てて頭を下げた。
「すいません、悠真さん……!」
そして、真実の子供達へ向き直る。
「そんな事言ったら、ダメでしょう?」
真実の子供達は空中でふよふよ揺れながら反論した。
「だってよぉ、オイラ達の事可愛いって馬鹿にしたんだぜぇ?」
「父親と変わってやろうかと思ったぜぇ!」
父親って、いつもの巨大な《真実の口》のことか。
確かに、あれと変わられたら嫌だ。
特に男達は今、ただでさえ緊張している。
ここでいつもの巨大な《真実の口》が出てきたら、情報提供どころではなくなるかもしれない。
俺は素直に謝ることにした。
「悪かったよ」
俺は両手を軽く上げる。
「悪気はなかったんだ」
ルドルフも真実の子供達を見る。
「ほら……!」
真実の子供達はしばらく俺を見ていたが、やがて仕方なさそうに言った。
「しっかたねぇな〜」
「今回は許してやるよぉ」
「次からはカッコいいって言えよなぁ」
「はいはい、分かったよ」
俺は苦笑しながら答えた。
本当に妙なスキルだ。
便利そうではあるが、口の悪さがすごい。
◇
俺は改めてルドルフへ尋ねた。
「それで、《真実の口》と《真実の子供》達では何が違うんだ……?」
ルドルフは少し誇らしそうに頷く。
「《真実の口》だと、1人に対して手を口の中に入れて拘束して、私が質問します」
「あぁ、それは知ってる」
「本当なら何も起こらず、嘘なら手が噛みちぎられるような幻覚が見えて、実際に同等の痛みが発生します」
改めて聞いても恐ろしいスキルだ。
敵相手ならともかく、協力者に使うにはかなり気を遣う。
ルドルフは続けた。
「それに対して《真実の子供》達は、複数の人達を対象に出来ます」
「複数?」
「はい。今は、5人までです」
それはかなり大きい。
これまでの《真実の口》は、基本的に1人ずつだった。
大量の情報を確認したい時には、どうしても時間がかかる。
ルドルフはさらに説明する。
「更に、私と通じ合っているので、私が考えた質問を代わりに彼らが質問します」
「なるほどな……」
「そして、1番の違いは、対象を拘束する事が出来ず、嘘をついても特に対象には何も起こりません」
「マジか?!」
俺は思わず声を上げた。
それはかなり使いやすい。
今までの《真実の口》は、強力な分、相手への負担が大きかった。
嘘をつけば腕を噛みちぎられる幻覚と痛み。
実際に怪我はしなくても、痛みは本物同然だ。
だから、こちらにも少し罪悪感があった。
だが、《真実の子供》なら痛みがない。
拘束もない。
しかも5人まで同時に確認できる。
ルドルフは頷いた。
「はい。本当なら彼らの目が白から青に、嘘なら彼らの目が白から赤に、答えに嘘と本当が混ざっている場合は白から黄色に変わります」
「めちゃくちゃ使いやすくなったんだな……」
俺は素直に感心した。
今までは1人ずつしか嘘を見極められなかった。
それが、これからは5人ずつ確認できる。
さらに嘘をついた相手に痛みもない。
言い方は悪いが、これならかなり雑に扱える。
情報収集にはとんでもなく便利なスキルだ。
ただ、真実の子供達の口の悪さだけは問題だが。
そんな真実の子供達が、空中でくるりと回った。
「それでぇ、今回は誰を見るんだ?」
男達は少し間を置いたあと、おそるおそる手を挙げた。
「俺達だ……」
真実の子供達は、ふわふわと男達の前へ移動する。
そして、ジロジロと男達を眺めた。
「クッ、冴えねぇ奴らだなぁ〜」
「コラッ!!」
ルドルフが即座に注意する。
「お前等、口が悪すぎだ……!」
真実の子供達は少しだけしゅんとしたように揺れた。
「……すまなかったよ」
「でも、思ったこと言っちまうんだよなぁ」
「そこを我慢して下さい!」
ルドルフの苦労が増えそうだ。
◇
真実の子供達は男達の前に並ぶと、その目を白く光らせた。
「じゃあ、先ずはお前達の情報を言え」
「本当か嘘か判断してやる」
男達は顔を見合わせる。
そして、1人が代表するように口を開いた。
「先ずは、向こうにいる人数ですが、約100万人程が親衛隊になっています……!」
「100万人?!」
俺は思わず大きな声を出してしまった。
100万人。
その数字は、あまりにも大きかった。
数百人でも厄介だ。
数千人なら、かなりの勢力と言える。
数万人なら、もう都市規模だ。
だが、100万人。
それは単なる集団ではない。
国に近い。
いや、崩壊後の世界では、それだけで1つの巨大勢力と言っていい。
雪子さんも顔を青ざめさせていた。
「そんな……数万人までは確認が取れていたのですが、そんなに増えていたなんて……」
雪子さん達は、地下に隠れながら情報を集めていた。
それでも把握できていたのは数万人規模まで。
だが、実際にはその何十倍にも膨れ上がっていた。
男は苦しそうに続ける。
「幸子さんは私達、幸子親衛隊を使って中部地方中からどんどん避難民をさらってきて増やしていったんです……」
幸子さんの《承認欲求》に上限はない。
支配した者達を使って、さらに非超人族を集める。
連れてきた者に幸子さんが話しかけ、相手が答えれば支配下になる。
そして、その者達がまた幸子親衛隊として動く。
恐ろしいほど単純で、恐ろしいほど効率的な拡大方法だった。
真実の子供達の目が、白から青に変わる。
「どうやら、本当みたいだな!」
その明るい声とは裏腹に、内容はまったく笑えない。
100万人規模の親衛隊。
中部地方中からさらわれた避難民。
そして、幸子さんの支配人数に上限がないという事実。
俺は思わず息を吐いた。
「想像以上に大きいな……」
正直、思っていたよりずっと深刻だった。
少数を救出して終わる話ではない。
下手をすれば、地域全体の問題になる。
◇
男はさらに話を続けた。
「後は何か研究を熱心にしていました……!」
「……研究?」
俺は眉をひそめる。
幸子親衛隊の拠点。
100万人規模の人員。
そして、研究。
嫌な組み合わせだった。
男は頷く。
「はい。俺達も何を研究しているのかは分からないんですが、第1優先事項として、数百人がかりで研究をしているそうです……」
数百人がかり。
第1優先事項。
それだけ大規模に、何かを進めている。
真実の子供達の目が、再び青く光った。
「これも本当だなぁ」
「嘘じゃねぇぞぉ」
雪子さんが不安そうに呟く。
「一体、お姉様は何の研究を……」
俺も同じことを考えていた。
幸子さんが何かを研究している。
それが人々を管理するためのものなのか。
雪子さん達を捕まえるためのものなのか。
それとも、もっと別の何かなのか。
まだ分からない。
だが、分からないからこそ、不気味だった。
◇
その後も、男達は知っていることを話してくれた。
幸子親衛隊の拠点がどの方角にあるのか。
どこからどこまでが「幸子様の領土」と呼ばれているのか。
見張りが多い場所。
武器を保管していると思われる場所。
訓練場。
住居区。
食料を扱う倉庫。
医療施設。
研究施設らしき建物。
大まかな道順。
拠点の中で親衛隊達がどのように動いているのか。
全員がすべてを知っているわけではなかった。
それぞれ役割が違うため、知っている範囲も違う。
だが、それでも十分な情報だった。
男の1人は、後で拠点の見取り図も書いて提出できると言ってくれた。
真実の子供達は、その話を聞くたびに目の色を変える。
白から青。
また青。
さらに青。
時々、情報が曖昧な時は少し黄色が混ざったが、それは嘘というより、本人の記憶が曖昧な部分らしい。
意図的に騙そうとしている様子はなかった。
しばらくして、真実の子供達がくるりと宙で回った。
「全部本当だったよ」
「ちょっとつまらないけどよ……!」
ルドルフがため息をつく。
「お前等は本当に余計な一言が多いですね……」
真実の子供達は、まるで悪びれていない。
「だって、嘘つき見つけた方が仕事してる感あるじゃんかよぉ」
「青ばっかりだと地味なんだよなぁ」
「地味でも十分助かってるよ」
俺がそう言うと、真実の子供達は少しだけ得意げに揺れた。
「だろぉ?」
「もっと褒めてもいいんだぜぇ?」
「調子に乗るな」
ルドルフがすぐに釘を刺す。
◇
俺はそのやり取りに苦笑しつつ、改めて男達を見た。
彼らは本当に協力してくれている。
嘘偽りなく、知っていることを話してくれた。
それは、俺達にとって大きな前進だった。
同時に、状況の重さもはっきりした。
100万人の幸子親衛隊。
中部地方中からさらわれる非超人族。
そして、数百人がかりの謎の研究。
幸子さんを救うためには、単に本人へ会いに行くだけでは足りない。
支配された人々を傷つけず、解除しながら、巨大な拠点の中枢へ向かわなければならない。
かなり難しい。
だが、無理だと決めつけるにはまだ早い。
俺は静かに息を吐き、男達に頭を下げた。
「ありがとう。話してくれて助かった」
男達は少し驚いたようにしたあと、真剣な顔で頷いた。
「俺達にできることなら、何でもします」
「幸子さんを救うためなら……」
雪子さんはまた涙を浮かべていた。
だが、その目には先ほどよりも強い光があった。
支配解除はできる。
情報も手に入った。
問題は想像以上に大きい。
けれど、進む道は見え始めていた。




