医者の男
第16話です。宜しくお願い致します。
――ピコン。ピコン。ピコン。
無機質な警報音が、病院中に響き渡る。
つい先ほどまで、廃墟だったとは思えないほど整えられた白い廊下。
その清潔な空間に、不釣り合いなほどの緊張が一気に走った。
「……警戒しろ」
黒瀬悠真の一言で、全員の意識が切り替わる。
瀬川陸斗はすぐに一歩前へ出て、手をかざす。
いつでも展開できるよう、バリアの発動準備を整える。
「索敵、行くよ。」
黒川未来の瞳がわずかに揺れる。
次の瞬間、彼女の意識は外へと広がった。
ヤモリ、鳥、小動物たちの感覚が一斉に流れ込む。
「……周囲にモンスターは居ない。でも……」
「でも?」
「……“中”にいるかも。」
その言葉で、空気がさらに張り詰めた。
チャン爺が静かに前へ出る。
杖を軽く突きながらも、その立ち姿には一切の隙がない。
「坊ちゃま、いかが致しましょう」
「……様子を見る。だが、いつでも動け」
「承知致しました」
コツ、コツ、と廊下の奥から足音が響いた。
一定のリズム。
慌てる様子も、隠れる様子もない。
むしろ――
“普通に歩いている”音だった。
やがて、その姿が現れる。
白衣。
少し伸びた無精ひげ。
気だるそうに半分だけ開いた目。
だが、その奥には確かな光があった。
男は周囲を見渡し――そして、悠真たちを見た。
「……は?」
間の抜けた声。
だが、その直後。
男の視線が、壁へ、床へ、天井へと移る。
手で壁に触れる。
軽く叩く。
近くの機械を覗き込む。
「……いやいやいや」
ゆっくりと、首を振る。
「さっきまでここ、完全に廃墟だったよな?」
そして、再びこちらを見る。
「何だこれ……手品か?」
その言葉に、悠真は目を細めた。
(……この状況で、この反応か)
恐怖がないわけではない。
だが、それ以上に――理解しようとしている。
ただの一般人ではない。
「……あんたは何者だ」
悠真が低く問う。
男は面倒くさそうに頭を掻いた。
「それ、こっちのセリフなんだけどな」
軽くため息をつく。
「つーかお前ら、どっから入ってきた?」
その言葉には、明確な警戒があった。
だが、敵意はない。
探っている。
その時だった。
男の視線が、未来に止まる。
「……あ?」
一歩、近づく。
未来がわずかに身構える。
「おい」
低い声。
「足、捻ってるだろ」
その一言に、未来の体がビクッと揺れた。
「え……」
「歩き方で分かる。重心ズレてる」
淡々とした口調。
だが、確信に満ちている。
「……大丈夫、です」
「大丈夫なわけあるか」
即答だった。
「悪化するぞ。座れ」
半ば強引に、近くの椅子へと座らせる。
靴を脱がせる。
足首を軽く触る。
「っ……!」
未来が小さく息を呑む。
「ほらな。軽度の捻挫」
腫れ具合を確認しながら続ける。
「骨は大丈夫。靭帯もちょっと伸びてる程度」
手際が早い。
迷いがない。
布を巻き、固定する。
「応急処置はこんなもんだな」
顔を上げる。
「無理すんなよ」
その一言で、全員が理解した。
(……この人、出来る)
悠真は一歩前に出た。
そして――
「……すまない」
その言葉に、場の空気が止まる。
「え……?」
美咲が驚く。
陸斗も目を見開いた。
悠真が“謝る”ことは、ほとんどない。
「実は……」
悠真はゆっくりと話し始めた。
この世界の変化。
超人族としての覚醒。
スキルの存在。
そして――
この病院を、自分たちがテリトリーとして登録したこと。
実際に、軽くスキルを発動して見せる。
物が生成される。
空間が反応する。
それを見た男は、しばらく無言だった。
「……マジで言ってんのか」
低く呟く。
だが、その目は冷静だった。
再び周囲を見る。
そして、納得したように小さく息を吐く。
「……いや、まぁ」
「この状況なら、信じるしかねぇか」
少しだけ笑う。
「で?」
悠真を見る。
「なんで謝る」
悠真は、真っ直ぐに答えた。
「……あんたの居場所を、勝手に変えた」
男は一瞬だけ黙る。
そして――
「……別に」
肩をすくめた。
「元々、どうでもいい場所だったし」
軽く流す。
だが、その言葉の奥にあるものを、悠真は感じ取っていた。
その時、未来が口を開く。
「私……人を助けに行くんです」
まっすぐな声。
「施設に、まだ人がいるかもしれなくて」
男の視線が、未来に向く。
「……へぇ」
少しだけ、興味を持ったような顔。
「で?」
「怪我してる人も……いると思うんです」
その言葉に、男は少しだけ考えた。
ほんの数秒。
だが、その沈黙には重みがあった。
「……まぁ、そりゃそうだろうな」
そして、息を吐く。
「なら、連れて来い」
全員が反応する。
「見てやる」
その言葉は、あまりにも自然だった。
「医者だからな」
淡々と続ける。
「その間、ここ使わせろ」
「終わったら、どっか行く」
あくまで“ついで”のように言う。
だが、その内容は――
明確な協力だった。
悠真が静かに問いかける。
「……いいのか?」
男は、ほんの少しだけ目を逸らす。
そして、短く答えた。
「あぁ……」
少し間を置いて――
「俺には、それしか出来ねぇからな」
その言葉は、軽いようでいて。
どこか重かった。
未来はその横顔を見つめる。
(……この人)
ダルそうで。
適当で。
でも――
確かに、“人を救う側”の人間だった。
病院の白い廊下に、静かな空気が戻る。
だがそれは、先ほどとは違う。
ほんの少しだけ――
“希望”が混じった空気だった。
そういえば医者の名前出してないですね。
次の話で多分出します。




