信じたもの
第17話です。宜しくお願いします。
病院の静寂は、どこか不自然だった。
先ほどまで鳴り響いていた警報も止まり、整えられた廊下には、再び落ち着いた空気が戻っている。
だが――その場にいる誰もが、それを“安心”とは感じていなかった。
白衣の男は、壁にもたれながら大きく欠伸をする。
「……で?」
気だるそうに言う。
「いつまで突っ立ってんの?」
悠真は一歩前に出た。
「……そういえば、まだ名乗ってなかったな」
一度、全員を見渡す。
「黒瀬悠真だ」
短く、だがしっかりと。
その後ろで、陸斗が軽く頭を下げる。
「瀬川陸斗と申します。よろしくお願いいたします」
「美咲でーす!」
元気よく手を挙げる。
未来は、少しだけ躊躇してから――
「……黒川未来」
とだけ言った。
チャン爺は一歩前へ出て、丁寧に一礼する。
「執事のチャン爺と申します」
その一連を見て、男は軽く鼻で笑った。
「……律儀だな」
そして、自分の胸を軽く叩く。
「浮田亮。医者やってた」
それだけ言って、視線を逸らす。
深く語る気はない、という態度だった。
だが――それで十分だった。
◇
「……行くか」
悠真が言う。
ミニバンは再び走り出す。
「……もうすぐです」
未来が目を閉じる。
意識を飛ばす。
鳥の視界。
空から、施設を見下ろす。
そして――
「……っ!」
思わず、息が詰まる。
「どうした?」
悠真の声。
だが未来は答えられない。
ただ、見ていた。
施設は、完全に包囲されていた。
先程も戦闘したシャドウウルフ。
Cランクモンスターである。
一体ではない。
二体、三体――それ以上。
建物の周囲を、円を描くように徘徊している。
(こんなに……)
そして、鳥を窓へと近づける。
中を見る。
そこには――
園長と、子供。
怯えている。
追い詰められている。
(間に合って……!)
だが、その次の瞬間。
理解できない光景が、目に入った。
園長が、何かを言っている。
必死に。
震えながら。
そして――
子供の背中を、押した。
「……え?」
そのまま、自分は後ろへ下がる。
子供は前へ。
シャドウウルフへと。
噛みつかれる。
引きずられる。
「……やめて」
声が出ない。
理解が追いつかない。
さらに視線を動かす。
他の子供は――
いない。
どこにも。
あの時、確かに三人いたはずの子供は――
もう、一人も残っていなかった。
「……っ……」
意識が揺れる。
「未来お姉ちゃん!?」
美咲の声。
「何かあったのか?」
悠真も問いかける。
だが未来は――
すぐには答えられなかった。
数秒。
いや、数十秒にも感じる沈黙。
そして――
「……子供が」
震える声。
「シャドウウルフに……」
一度、言葉を飲み込む。
そして――
「……殺されて……園長しか、いない」
嘘だった。
完全な嘘ではない。
だが――
一番大事な部分を、隠した。
(……違う)
違うはずだ。
あんなことをする人じゃない。
きっと、何か理由がある。
そう思いたかった。
◇
施設前。
張り詰めた空気。
「……いるな」
悠真が低く呟く。
未来が目を閉じ、意識を飛ばす。
「……六体」
その声は、わずかに震えていた。
「全部……Cランク」
美咲が息を呑む。
「六体って……やばくない……?」
「……やるしかない」
悠真が一歩前に出る。
「陸斗、前線制圧」
「分かりました」
「チャン爺、近接で削れ」
「はい、坊ちゃま」
「未来、援護と拘束だ。無理はするな」
「……うん」
返事はあった。
だが、その目は少しだけ遠かった。
「――来るぞ」
次の瞬間。
影が一斉に動いた。
地面から滲み出るように、シャドウウルフが現れる。
速い。
明らかにこれまでとは違う。
「バリア展開!」
陸斗が即座に防御を張る。
牙がぶつかり、衝撃が走る。
だが――
別の個体が横から回り込む。
「チャン爺!」
「お任せを」
仕込み刀が抜かれる。
一閃。
だが、浅い。
「……硬い」
さらに後方から二体。
完全に囲まれる。
「……数が多い」
悠真が歯を食いしばる。
そして――
静かに呟いた。
「――警備、派遣」
その瞬間。
悠真の足元に、淡い光の円が一つ浮かび上がる。
他とは違う。
明確に“指定された一点”。
「……これが」
陸斗が目を細める。
光が収束し――
一人の警備隊が現れた。
無機質な表情。
同じ制服。
だが、その存在感は確かだった。
警備スキルの「派遣」項目がレベルアップにより解放されていた。
今まではテリトリー登録した建物外に警備スキルを使うことは出来なかったが、派遣スキルによりいつでも目の前に警備隊を召喚する事が出来る。
「さぁ、ここからは出し惜しみなしだ」
悠真が短く答える。
「まだ解放されたばかりだ。派遣できるのは一人だけ」
一拍。
「だが――」
視線を敵へ向ける。
「使い方次第で十分だ」
警備兵が前へ出る。
狙うのは一体。
真正面から突っ込む。
シャドウウルフと衝突。
ガンッ!!
衝撃。
だが、ここで重要なのは――
“倒すことではない”。
「一体、止めるだけでいい」
悠真が言う。
「数を“6対5”にする」
その言葉に、陸斗が理解する。
「……なるほど」
数的不利を、無理やり削る。
それが、このスキルの使い方。
◇
「今です!」
陸斗が動く。
光を溜める。
「――光線」
六本の光が放たれる。
分散し、複数の敵を同時に狙う。
一体に集中。
撃ち抜く。
一体、撃破。
「未来!」
悠真が叫ぶ。
「……っ!」
反応が一瞬遅れる。
だが、すぐに犬を操作。
足へ噛みつかせる。
動きを止める。
「チャン爺!」
「はい!」
滑り込む。
関節へ斬撃。
動きが鈍る。
「陸斗!」
「了解です」
追尾光線が、逃げようとする影を貫く。
二体目、撃破。
だが――
残り四体。
依然として多い。
そして、警備隊。
一体を抑え続けているが――
徐々に押されている。
体が削られていく。
「……持たないか」
悠真が呟く。
だが、それでいい。
「十分だ」
その一体がいる限り、こちらは“5対4”で戦えている。
「……まだいる」
未来の声。
だが、焦点が合っていない。
「未来!」
悠真の声が飛ぶ。
「集中しろ!」
「……っ、ごめん!」
その瞬間、死角から一体が飛び込む。
「危ない!」
美咲の叫び。
だが――
警備隊が割り込む。
牙を受け止める。
その代わりに――
体が砕ける。
光となって、崩れた。
「……戻ったか」
悠真が小さく呟く。
だが、その時間は稼いだ。
「押し切るぞ!」
指示が飛ぶ。
陸斗が構える。
チャン爺が削る。
未来が拘束する。
そして――
「これで終わりです」
光線が最後の一体を貫いた。
静寂。
息遣いだけが残る。
「……終わりました」
陸斗が言う。
悠真は、何も言わず前を見ていた。
「……警備、派遣」
小さく呟く。
その力を、確かに理解した。
「……使えるな」
だが同時に――
「……まだ足りない」
そうも感じていた。
◇
静寂。
誰もすぐには動かなかった。
ただ、呼吸だけが荒い。
「……終わりました」
陸斗が静かに言う。
悠真は、警備隊を見た。
まだ立っている。
だが、ダメージは大きい。
「……戻れ」
その一言で、警備隊は光となって消えた。
「……便利ですね」
陸斗が呟く。
「ただし、使いどころは考える」
悠真は冷静に言う。
「無限じゃない」
未来はその会話を、どこか遠くで聞いていた。
目の前の戦いは終わった。
だが――
本当に終わっていないのは、別の何かだった。
静かになった施設。
扉を開ける。
中へ入る。
そこに――
園長がいた。
「未来ちゃん!!」
涙を浮かべて駆け寄ってくる。
「よく来てくれたわ!!」
その顔は、確かに“あの人”だった。
「物資も届いたし、本当に助かったのよ〜!」
明るい声。
優しい口調。
「超人族に覚醒したのね! すごいわ!」
未来は、ただ見ていた。
そして――
「……なんで」
ぽつりと、呟く。
「なんで、超人族のこと知ってるの?」
園長の表情が、一瞬だけ止まる。
「え……?」
「普通は知らないよね?」
空気が変わる。
「……あー、それはね」
少しだけ視線を逸らす。
「私も覚醒したのよ」
「へぇ」
未来は、さらに一歩近づく。
「どんなスキル?」
「いやー、よく分かんなくて……」
「使ってないの?」
「え、えぇ……」
明らかに不自然。
そして――
「……最後の質問」
未来の声が、低くなる。
「なんで」
一拍。
「子供たちを、あの犬に連れて行かせたの?」
沈黙。
全員が、凍りつく。
「……は?」
悠真が思わず声を漏らす。
園長は、数秒黙った。
そして――
「……なーんだ」
笑った。
「見てたんだ」
その笑顔は――
もう、優しくなかった。
◇
「そんなの決まってるじゃない」
肩をすくめる。
「私が生き残りたいからよ」
未来の目が、見開かれる。
「……あんたは知らないのよ」
園長の声が低くなる。
「あの犬っころより、もっと怖いのがいるの」
震えている。
だが、それは恐怖ではない。
“思い出している震え”だった。
「あの方はね……違うのよ」
目が狂気を帯びる。
「食料を渡せば、私だけは助けてくれるって言ったの」
「だから仕方ないでしょ?」
開き直る。
「さぁ、助けてよ」
手を伸ばす。
「小さい頃、世話してあげたでしょ?」
未来の体が震える。
「……なんで」
涙が溢れる。
「なんで……」
「優しかったじゃん……」
声が崩れる。
「本当の家族みたいに……」
園長は、ため息をついた。
「はぁ……」
そして、冷たく言い放つ。
「頭おめでたいわね」
「クソガキの世話なんて面倒だったわよ」
未来の呼吸が止まる。
「でもね?」
ニヤリと笑う。
「あの施設の子供、みーんなお金くれるのよ」
「勝手に育って、勝手に働いて、勝手に送金してくれる」
「最高でしょ?」
未来の世界が、崩れる。
「愛情いっぱい育てる理由なんて、それだけよ」
「お金よ、お金」
「あなた達のことなんて――」
一拍。
「“金”としか思ってなかったのよ」
その瞬間。
未来の膝が崩れた。
床に座り込む。
声も出ない。
ただ、涙だけが溢れ続ける。
誰も、何も言えなかった。
ただ、その場に立ち尽くすしかなかった。
私の医者の浮田さんの声イメージでは津田健次郎さんです。
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