中継地点
第15話です。よろしくお願いします。
朝の光が、静かにリビングへと差し込んでいた。
カーテンの隙間から漏れる柔らかな日差しは、どこか穏やかで――この世界が崩壊していることを、一瞬だけ忘れさせるほどだった。
だが、その空気に反して、部屋の中には確かな緊張があった。
テーブルの上には、一枚の地図。
そこに集まる四人と一人の視線。
黒瀬悠真は、その地図の一点に指を置いた。
「……ここに行く」
静かな声。
だが、その一言で空気が引き締まる。
指し示されたのは、隣の市にある“総合病院”。
「ここを、中継地点にする」
その言葉に、黒川未来の瞳がわずかに揺れた。
「病院……」
小さく漏れた声には、期待と恐れが混じっている。
未来にとって“助ける場所”は、ただの建物ではない。
そこは、まだ生きているかもしれない誰かへと繋がる“可能性”そのものだった。
「……理由を聞いてもいいですか?」
瀬川陸斗が、いつもの落ち着いた口調で問いかける。
焦りも不安も表には出さない。
ただ、状況を正確に理解しようとする視線。
「今の拠点は“生活”には困らない。でも――戦いには弱い」
悠真は視線を地図から外さずに続ける。
「怪我をした時、長期戦になった時、人数が増えた時……今のままだと限界が来る」
そこで一度言葉を切り、未来の方を見る。
「病院なら、その全部に対応できる」
未来は少しだけ息を飲んだあと、小さく頷いた。
「……うん」
その声は、確かに震えていた。
だが、それ以上に強かった。
「じゃあ決まりだね!」
美咲が明るく言う。
「助けに行くための準備だもんね!」
その無邪気な言葉に、場の空気が少しだけ和らぐ。
「はい、坊ちゃま。出発の準備は既に整っております」
チャン爺が深く頭を下げる。
悠真は全員を見渡し――
「……全員で行く」
そう告げた。
「全員、ですか?」
陸斗が確認するように聞く。
「ああ。今回は距離がある。分断はリスクになる」
「確かに……その判断が妥当ですね」
静かに頷く陸斗。
「でも車どうするの? 軽じゃ無理だよ?」
美咲の言葉に、悠真はわずかに口角を上げる。
「……だから使う」
視界にスキル画面を展開する。
《ネットショッピング Lv5》
検索。
“8人乗り ミニバン”
表示された複数の候補から一台を選択する。
指先で“購入”を押した瞬間――
外の空気が歪んだ。
庭の空間がゆっくりと揺らぎ、光が集束する。
そして、そこに現れたのは――
重厚な黒のミニバン。
まるで最初からそこにあったかのように、静かに存在している。
「……すごい」
未来が思わず呟く。
現実感がない。
“買ったら届く”というレベルではない。
これは――“創造”に近い。
「本当に便利ですね……」
陸斗も素直に感心していた。
「めっちゃかっこいいじゃん!」
美咲はテンションが上がっている。
「流石でございます、坊ちゃま」
チャン爺は誇らしげだ。
「……乗るぞ」
◇
エンジン音。
ゆっくりと車が動き出す。
窓の外に広がるのは、崩壊した街。
倒壊した建物。
ひび割れた道路。
人の気配は、ない。
その静けさが、逆に恐ろしい。
未来は窓の外を見つめていた。
(……みんな、無事でいて)
心の中で、何度も繰り返す。
園長の顔。
子供たちの笑顔。
それが今どうなっているのか――考えるだけで、胸が締め付けられた。
「……未来さん」
隣から、静かな声。
陸斗だった。
「大丈夫ですか?」
「……うん、大丈夫」
本当は大丈夫じゃない。
でも、弱音を吐くわけにはいかない。
そんな未来の気持ちを、陸斗は察していた。
「必ず助けに行きましょう」
その言葉は、優しくも力強かった。
「……うん」
「現状の戦力、整理しておきましょう」
陸斗が提案する。
「……そうだな」
悠真は頷き、ステータスを開く。
光の画面が浮かび上がる。
【ステータス】
名前:黒瀬悠真
年齢:22
種族:超人族
Lv:5
《日常生活 Lv5》
■テリトリー登録数:3
■テリトリー置換:解放済
→登録済み拠点を隣接配置可能
【内訳スキル】
■テリトリー修復 Lv5
・登録済みテリトリーを自動修復する
・同時登録数:3
・修復時間:5秒
・内装変更:完全解放
・外装変更:完全解放
・材質変更:完全解放
・自動修復ON/OFF切替可能
・複数同時建物修復可能:3
■環境維持 Lv5
・温度調整
・有害物質の遮断
・インフラ維持
・生活者補正:解放
詳細項目
・室温最適化 Lv5
・菌・ウイルス遮断 Lv5
・電気維持 Lv5
・水道維持 Lv5
・ガス維持 Lv5
・中度ダメージ自動回復補助(テリトリー内)
・空気清浄(異臭・有害ガス完全除去)
・軽微身体能力アップ(住民登録者のみ)
■商品生成 Lv5
・テリトリー内の物品を複製可能
・生成速度:超高速
・指定商品の自動生成可能
▼ネットショッピング Lv5
・1日使用回数:5回
・取得した商品は以降《商品生成》で複製可能
■召使い Lv3
・執事「チャン爺」を1名召喚
・家事・補助・助言が可能
・戦闘能力:3倍
■住民登録 Lv2
・最大8名まで登録可能
・登録者は一部スキル使用可能
・スキルポイント共有(半分付与)
【サブスキル】
■警備 Lv4
・警備隊召喚人数:5人
・活動時間:8分
・発動条件:テリトリー周囲50メートル以内に自由に召喚可能
・派遣人数:1人
・監視システム:解放
・会話機能未開放
【ステータス】
名前:瀬川陸斗
年齢:14
種族:超人族
Lv:6
《手遊び Lv6》
・準備 Lv6
・バリア Lv6
・光線 Lv6
さらに詳細。
【準備 Lv6】
・攻撃の溜めを行う
・溜め効率上昇
・1秒ごとの威力倍率:3.5倍
・最大蓄積:200秒相当
・最大到達時間:約10秒
・発動中はバリアのみ使用可能
・発動中は光線を使用不可
【バリア Lv6】
・自分または対象を状態異常攻撃以外から完全防御
・持続時間:2分
・クールタイム:5秒
・発動中は準備のみ使用可能
・発動中は光線を使用不可
【光線 Lv6】
・対象へ強力な光線を放つ
・威力、持続時間は準備量に依存
・光線数:6本
・分散、集中が可能
・追撃性能解放
・発動中はバリア、準備を使用不可
【ステータス】
名前:黒川未来
年齢:17
種族:超人族
Lv:4
《動植物愛護 Lv4》
・操作 Lv4
・共有 Lv4
・強化 Lv4
詳細
【操作 Lv4】
・周囲300メートル圏内の動植物を1つ登録し、自分の手足のように操作できる
・操作可能対象:身長+50cmまで操作可能
・同時操作可能数:5体
・動植物図鑑解放
【共有 Lv4】
・登録した動植物と視覚、感覚を共有できる
・動植物を通して言葉を話すことも可能
・動植物に好かれやすくなる
・視覚、感覚の同時共有が可能
【強化 Lv4】
・登録した動植物の身体能力を強化できる
・身体能力1.8倍
・植物の材質変更解放
その内容を一つ一つ確認していく。
強くなっている。
確実に。
だが――
「……まだ足りない」
悠真は小さく呟いた。
「余裕があるわけではありませんからね」
陸斗も同意する。
「でも……前よりは、戦える」
未来が言う。
その言葉に、悠真は一度だけ頷いた。
◇
――その瞬間だった。
「……止めてください」
未来の声が、これまでとは明らかに違う緊張を帯びていた。
悠真は一瞬でそれを理解する。
ブレーキ。
タイヤがアスファルトを擦る音が、静寂の中に鋭く響いた。
車内の空気が、一気に張り詰める。
「……どうした?」
悠真が低く問う。
未来は窓の外ではなく――足元を見ていた。
「……影が、おかしい」
その言葉に、全員の視線が下に落ちる。
車体の影。
本来なら太陽の位置に従って、一定方向に伸びるはずのそれが――
微かに揺れていた。
風もない。
物理的な理由は、何もない。
それでも、確かに“動いている”。
「……何かいるかも」
未来の声が、わずかに震える。
だが、それは恐怖だけではない。
“察知した”確信の震えだった。
ズルリ――
影の一部が、ゆっくりと持ち上がる。
いや、“剥がれる”という表現の方が正しい。
地面から、影が立ち上がる。
それは、四足の獣の形を取っていた。
黒い狼。
だが、その輪郭は曖昧で、常に揺らいでいる。
実体があるのか、それとも影そのものなのか。
目だけが、異様に赤く光っていた。
「……これは」
陸斗が静かに呟く。
「これまでの個体とは、明らかに異質です」
その声は冷静だが、警戒は最大限に引き上げられている。
「Cランクだな」
悠真が断言する。
その一言で、全員の理解が一致した。
――“一歩上の領域”。
これまでの延長ではない。
確実に、危険度が跳ね上がっている存在。
シャドウウルフは、じっとこちらを見ている。
いや、“測っている”。
どこが弱いか。
どこを狙うべきか。
その知性すら感じさせる視線だった。
「来ます!」
未来の声と同時だった。
シャドウウルフの姿が――消える。
「消えた!?」
美咲の声。
次の瞬間。
ドンッ!!
車体の横に、強烈な衝撃。
ミニバンがわずかに揺れる。
「っ……!」
未来がシートを掴む。
だが、その瞬間にはもう次の動きに入っていた。
「バリア展開します!」
陸斗が即座に両手を前に出す。
淡い光が広がり、車体全体を包み込む。
衝撃が、外で弾かれる音へと変わる。
ガンッ、ガンッ、と何度も叩きつけられる音。
「速い……!」
未来が息を呑む。
見えない。
どこにいるのか分からない。
だが確実に――近くにいる。
「チャン爺」
悠真の声。
「はい」
その返答は、いつも通り落ち着いていた。
まるで、何も変わらない日常の延長のように。
ドアを開ける。
外に出る。
その動きには一切の迷いがない。
チャン爺は、ゆっくりと杖を地面に突いた。
――カチリ。
乾いた音。
杖の一部がスライドし、中から細身の刀身が現れる。
光を受けて、鋭く輝く。
「……参ります」
その声は穏やかだった。
だが、その瞬間。
空気が変わる。
張り詰めるどころではない。
“切り裂かれる前の静寂”。
◇
「未来、位置は?」
「右後方……でも、動きが速い……!」
「なら、止めろ」
「うん!」
未来の意識が飛ぶ。
視界が切り替わる。
犬の視界。
地面を蹴る。
影を追う。
――見えた。
「そこ!」
犬が飛びつく。
牙が影に食い込む。
完全には捉えられない。
だが、一瞬だけ“動きが止まる”。
「今です」
チャン爺が踏み込む。
速い。
老体とは思えない加速。
最小動作。
無駄が一切ない。
――斬る。
影が裂ける。
「グルァアアアッ!!」
初めて、苦痛の声が響いた。
「陸斗!」
「準備完了してます!」
既にチャージは終わっていた。
最大蓄積。
光が収束する。
「――光線」
六本。
同時に放たれる。
だが、それはただの直線ではない。
空中で曲がる。
分かれる。
そして――
逃げる影を追う。
「追尾、開始!」
陸斗の目が鋭くなる。
シャドウウルフが再び影に潜ろうとする。
だが――
遅い。
光が捉える。
貫く。
爆ぜる。
影が、霧散する。
音が消えた。
完全な静寂。
風の音すらない。
ただ、焼けたアスファルトの匂いだけが残る。
「……撃破、確認しました」
陸斗が静かに告げる。
その声には、確かな安堵が混じっていた。
未来はその場にへたり込みそうになるのを、なんとか堪える。
「……怖かった」
ぽつりと漏れる本音。
自分でも気づかないうちに、手が震えていた。
「でも……」
顔を上げる。
「戦えた」
その言葉に、悠真は小さく頷いた。
「……ああ」
そして、周囲を見渡す。
「だが、油断はできない」
「はい。明らかにこれまでとは別の脅威です」
チャン爺も同意する。
全員が理解していた。
――ここから先は、“安全圏ではない”。
◇
再び車が動き出す。
しばらく走ると、それは見えてきた。
巨大な建物。
だが――
外壁は崩れ、窓は割れ、看板は半分落ちている。
“総合病院”の文字が、かろうじて読める状態だった。
「……ここだな」
悠真が呟く。
未来はじっとその建物を見つめる。
胸が締め付けられる。
もしここに人がいたなら――
どんな状態だったのか。
「……人の気配はありません」
未来が慎重に確認する。
ヤモリ、鳥、周囲の感覚。
どれも反応はない。
「よし……入るぞ」
病院の中は、想像以上に酷かった。
倒れたベッド。
割れた機材。
乾いた血の跡。
腐敗臭の名残。
医療の場とは思えない光景。
「……ひどい」
美咲が顔をしかめる。
未来は言葉を失っていた。
だが――
「……変える」
悠真が一歩前に出る。
画面を開く。
《テリトリー登録》
対象:〇〇総合病院
登録しますか?
【はい/いいえ】
「はい」を押す。
その瞬間。
光が、走る。
床のひびが消える。
壁が再生する。
割れたガラスが戻る。
電気が灯る。
機械が起動する。
空気が変わる。
清浄な空間へ。
医療設備が整い、ベッドが並び、廊下が輝く。
まるで時間が巻き戻されたかのように。
「……すごい」
未来の声が震える。
その目には、涙が浮かんでいた。
「ここなら……」
言葉が詰まる。
それでも、続ける。
「……助けられる」
――ピコン。
――ピコン。
――ピコン。
突然、無機質な音が鳴り響いた。
「!?」
「警報……!?」
空気が一変する。
さっきまでの静けさが、嘘のように崩れる。
「侵入者……いや、違う」
悠真が眉をひそめる。
「これは……」
“内部”からの反応。
コツ、コツ、と足音が響く。
長い廊下の奥。
影が揺れる。
そして、現れた。
白衣の男。
無精ひげ。
少し乱れた髪。
だが、その目だけは鋭く、はっきりとこちらを捉えている。
男は周囲を見渡し――
修復された病院を見て、目を細めた。
「……は?」
状況が理解できていない。
いや、理解が追いつかない。
そして、ゆっくりと口を開く。
「おいおい……」
乾いた笑い。
「これは一体どうなってんだ?」
その一言で――
再び、空気が張り詰めた。
因みにこの話はいつもよりもかなり時間を要しました。
後、ステータス更新大変ですね……。
読んで頂きありがとうございます!!
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