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【神崎家編完結】世界崩壊後、日常生活スキルで俺が最強拠点を作ってしまった件  作者: ナマケモノ


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156/199

神崎家④

第156話です。宜しくお願い致します。


神崎雪子は、いわゆる天才だった。

 一度教えられたことを、雪子は驚くほど早く吸収した。

 文字、計算、英語、歴史、政治。

 そして、神崎家の人間として求められる所作や礼儀作法。

 普通の子供なら、1つ覚えるだけでも苦しむような内容を、雪子はまるで水が染み込むように身につけていった。

 もちろん、神崎幸子も優秀だった。

 わずか6歳で、高校生レベルの英語のテストを満点で取った。

 その事実だけを見れば、間違いなく幸子も天才の部類に入る。

 ただ、幸子の優秀さは努力によって磨かれたものだった。

 怒鳴られても机に向かい、叩かれても作法を覚え、眠気をこらえながら英単語を暗記し、爺やとの最後の約束を胸に、必死に自分を追い込んできた。

 幸子は努力でそこに辿り着いた。

 だが、雪子は違った。

 雪子は、最初から辿り着くのが早すぎた。

 高校生レベルのテストでは常に満点。

 政治の分野でも、教えられた制度や歴史、人物名をすぐに覚える。

 所作も、一度手本を見せられれば、次にはほとんど完璧に再現する。

 幸子が何度も何度も練習して身につけたものを、雪子は当然のように一度で掴んでいく。

 その姿は、幸子にとってあまりにも眩しく、あまりにも残酷だった。

 やがて、雪子は幸子の成績を抜いた。


 ◇


 それは、神崎家の中で大きな意味を持った。

 見極め期間の終わりが近づくにつれ、他の養子達は次々と脱落していった。

 泣き出す子。

 体調を崩す子。

 目の光を失い、言われたことだけをするようになっていく子。

 神崎家は、彼らを家族として迎えたわけではなかった。

 後継者候補として連れてきて、優秀でなければ切り捨てる。

 ただ、それだけだった。

 そして、雪子以外の新しい養子達は、全員召使いになった。

 まるで、最初から養子は雪子1人しか取っていなかったかのように。

 神崎家の中では、雪子だけが特別な存在として扱われるようになった。

 だが、その時の雪子は何も知らされていなかった。

 自分が幸子に取って代わるかもしれない存在だということ。

 幸子がどれだけ追い詰められているかということ。

 自分が褒められるたび、幸子の胸にどれほど深い傷が刻まれているかということ。

 雪子は知らなかった。

 ただ、教えられたことを頑張って覚え、褒められれば素直に喜ぶ、幼い子供でしかなかった。

「素晴らしい!」

 誠司は満面の笑みを浮かべて、雪子の答案用紙を見つめていた。

「雪子は天才だなぁ!」

 その声は、幸子がこれまで一度も向けられたことのないほど温かかった。

 涼子も同じように笑っている。

「そうね! 今日はあなたの大好物を召使いに頼んでおくから何でも言ってね!」

「やったぁ! ありがとう!!」

 雪子は無邪気に笑った。

 その笑顔に悪意はない。

 父と母と呼ぶようになった2人に褒められた。

 好きなものを食べさせてもらえる。

 ただそれが嬉しかっただけだった。

 しかし、その光景を見ていた幸子の胸は、強く締めつけられていた。

 悔しかった。

 悲しかった。

 怒りもあった。

 幸子は、毎日努力していた。

 爺やとの約束を守るために。

 絶対に誰にも負けないと決めたから。

 父と母に、自分が神崎家の政治家になるに相応しい人間だと証明するために。

 それなのに、雪子は幸子より明らかに短い勉強時間で、幸子よりも上の結果を出していく。

 どうして。

 どうして自分ではないのか。

 どうして、あんなに簡単に褒められるのか。

 幸子は爪が食い込むほど、手を握りしめた。

 胸の中に、悲しみと怒りが溜まっていく。


 ◇


 そんな幸子の前へ、雪子が何も知らないまま近づいてきた。

「幸子お姉様、今日はご馳走だって!」

 雪子は満面の笑みだった。

「やったね!」

 雪子はただ、一緒に喜びたかっただけだった。

 おいしいものが出る。

 だから、お姉様にも伝えたい。

 それだけだった。

 だが、幸子にはそう聞こえなかった。

 自分は一度も褒められていない。

 大好物を用意してもらったこともない。

 どれだけ努力しても、父と母は笑ってくれなかった。

 その自分の目の前で、雪子は無邪気に喜びを分けようとしている。

 悪気がない。

 だからこそ、余計に腹が立った。

 何も知らない。

 何も考えていない。

 幸子がどれほど苦しんでいるのかも知らず、当たり前のように愛されている。

 そう思うと、幸子はもう耐えられなかった。

「私に話しかけないでよ!」

 幸子は鋭い声で言った。

 雪子の笑顔が止まる。

「それに、神崎家の娘はアタシだけなの!」

 幸子は、胸の奥から湧き上がる感情をぶつけるように続けた。

「あなたは違うでしょう!!」

 雪子はぽかんと幸子を見つめた。

 なぜ怒られたのか分からなかった。

 自分はただ、ご馳走が出ることを伝えただけ。

 嬉しいことを一緒に喜びたかっただけ。

 それなのに、幸子の顔は怒りと悲しみで歪んでいる。

 雪子は何も言えなかった。

 幸子もまた、それ以上言葉を続けなかった。

 言ってしまったあとで、胸の奥が少し痛んだ。

 だが、その痛みを認める余裕はまだなかった。


 ◇


 それから、数ヶ月が過ぎた。

 幸子は7歳の誕生日を迎えた。

 だが、神崎家の屋敷では、幸子の誕生日を祝う者はいなかった。

 誠司も涼子も、当然のように何もしない。

 召使い達も、幸子へ声をかけることはなかった。

 いや、正確には、声をかけられなかったのかもしれない。

 神崎家の中で、幸子の立場はすでに曖昧になっていた。

 実子でありながら、後継者候補としては雪子に追い抜かれつつある存在。

 その誕生日を祝う空気など、この屋敷にはなかった。

 以前は違った。

 爺やがいた。

 爺やは毎年、密かに幸子を祝ってくれた。

 小さなお菓子。

 優しい声。

 誰にも見られないように、そっと用意してくれた小さな贈り物。

 そして、必ず言ってくれた。

 お誕生日おめでとうございます、お嬢様。

 その言葉だけで、幸子は自分がこの世に生まれてきたことを、少しだけ許されたような気持ちになれた。

 だが、爺やはもういない。

 幸子は1人、自分の部屋で膝を抱えていた。

「爺やは元気にしてるかなぁ……」

 ぽつりと呟いた瞬間、涙が溢れた。

 会いたかった。

 声が聞きたかった。

 もう一度、頭を撫でてほしかった。

 努力していると、頑張っていると、言ってほしかった。

 涙が頬を伝う。

 その時、扉がノックされた。

 幸子はびくりと肩を震わせる。

「入ってもいいですか?」

 扉の向こうから聞こえたのは、雪子の声だった。

 幸子は涙を慌てて拭う。

 なぜ雪子が自分の部屋に来るのか分からなかった。

 少し迷ったあと、幸子は短く答える。

「……いいわよ」

 扉が開く。

 そこに立っていた雪子は、両手で何かを大事そうに持っていた。

 ピンク色の綺麗な花飾りだった。

 庭で摘んだ花を使って作ったのだろう。

 形は少し不揃いだったが、幼い雪子が一生懸命作ったことが伝わってくる。

 雪子はぱっと明るい笑顔を浮かべた。

「幸子お姉様、誕生日おめでとう!」

 そう言って、雪子は幸子へ近づく。

 そして、手に持っていた花飾りを、幸子の頭にそっと乗せた。

 幸子は思わず目を見開いた。

「なによ、急に……?!」

 雪子は少しも悪びれず、にこにこと笑っている。

「今日はお姉様の誕生日だから、お庭でお花を摘んで私が作ったの!」

 幸子は頭の上の花飾りへ、そっと手を伸ばした。

 指先に花びらが触れる。

 柔らかかった。

「わざわざ、手作りで……」

 声が小さくなる。

 幸子は戸惑いながら雪子を見た。

「ていうか、何で私なんかの誕生日を……?」

 雪子はきょとんとした顔をした。

 なぜそんなことを聞かれるのか、分からないという表情だった。

 そして、当たり前のように笑う。

「だって、誕生日は誰かに祝われた方が嬉しいでしょう?」

 その言葉に、幸子は息を呑んだ。

 雪子は、何も知らない。

 幸子がどれほど追い詰められているかも。

 自分が幸子の居場所を奪う存在として扱われていることも。

 幸子が自分を敵のように見ていたことも。

 それでも、雪子は幸子の誕生日を覚えていた。

 神崎家に来た日から、雪子は召使いに家族の誕生日を確認していた。

 お父さん。

 お母さん。

 そして、お姉ちゃんである幸子。

 雪子にとって、神崎家は新しい家族だった。

 だから、誕生日を覚えた。

 忘れずに、庭の花を摘み、自分で花飾りを作った。

 誰も祝わない幸子の誕生日を、自分だけでも祝おうとした。

 その事実が、幸子の胸に刺さった。

 痛かった。

 でも、それは今までの痛みとは少し違った。

 幸子は、ずっと雪子を他人だと思っていた。

 自分の人生においての敵。

 爺やとの約束を果たすためには邪魔な存在。

 自分の居場所を奪う子。

 そう思っていた。

 だが、目の前の雪子は、ただの幼い子供だった。

 知らない家に連れてこられ、異常な教育を受け、それでも家族になろうとしている子供。

 雪子もまた、神崎家に巻き込まれた被害者なのだ。

 幸子は、ようやくそれに気づいた。

 胸の中に入っていた力が、ふっと抜けていく。

 ずっと張り詰めていた糸が、少しだけ緩んだ気がした。

 幸子は花飾りに触れたまま、雪子を見た。

「雪子、ありがとう……」

 その名前を口にした瞬間、雪子の表情がぱっと明るくなった。

 幸子は少しだけ目を伏せる。

「それと、今までごめんね……」

 雪子はすぐに笑った。

「うん!!」

 その返事は、あまりにも素直だった。

 怒るでもなく、責めるでもなく。

 ただ、幸子が名前を呼んでくれたことが嬉しいという顔だった。

 その日、幸子は初めて雪子の名前を口にした。

 そして、それは2人の関係が少し変わった日でもあった。


 ◇


 それから、年月は流れた。

 幸子と雪子は18歳になった。

 雪子は相変わらず、容姿端麗で成績優秀だった。

 白く長い髪。

 整った顔立ち。

 落ち着いた所作。

 政治の道へ進むために、大学へ進もうとしていた。

 神崎家の一人娘として。

 公の場で語られる神崎家の娘は、雪子1人だった。

 一方、幸子は神崎家の隠し子として生きていた。

 本来の実子でありながら、公の場には出られない。

 神崎家の娘として紹介されることもない。

 基本的には屋敷の中に閉じこもり、表舞台から消された存在として過ごしていた。

 それでも、幸子はそれでいいと思うようになっていた。

 もちろん、すべてを受け入れられたわけではない。

 爺やとの約束を果たせなかったこと。

 自分の努力を上回った雪子を恨んだこと。

 父と母に認めてもらえなかった痛み。

 それらは消えていない。

 消えるはずもなかった。

 だが、幸子は雪子を貶めようとは思わなくなっていた。

 雪子もまた、神崎家に巻き込まれた子供だったから。

 雪子が幸子の居場所を奪おうとしたわけではない。

 雪子が望んで、幸子を隠し子にしたわけでもない。

 神崎家が、2人をそういう関係に追い込んだだけだった。

 だから幸子は、雪子を支えようと決めていた。

 自分が表に出られないなら、せめて雪子を支える。

 雪子が神崎家の娘として生きていくなら、その陰で支える。

 それが、自分に残された生きる道だと思っていた。


 ◇


 雪子も、成長するにつれて事情を知るようになった。

 幸子が本当は神崎家の実子であること。

 自分が神崎家の一人娘として扱われる裏で、幸子が隠されていること。

 自分が結果的に、幸子の居場所を奪う形になってしまったこと。

 雪子は何度も謝った。

「ごめんなさい……」

「私のせいで……」

 そのたびに、幸子は首を横に振った。

「大丈夫よ」

 幸子は雪子へ、そして自分自身へ言い聞かせるように言った。

「雪子が悪いわけじゃないから」

 本当にそう思っていた。

 少なくとも、そう思おうとしていた。

 そうしなければ、幸子も雪子も、この歪んだ家の中で立っていられなかった。

 そんなある日だった。

 世界に、ゲートが開いた。

 黒い穴のようなものが各地に現れ、そこからモンスターが溢れ出した。

 街は壊れ、人々は逃げ惑い、秩序は崩れていく。

 神崎家も例外ではなかった。

 長く歪みを抱えながら続いていた幸子と雪子の人生は、その日を境に、大きく変わることになる。



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