隠れ家
第152話です。宜しくお願い致します。
「君達、大丈夫かい?」
質素な服を身にまとった男は、手の中に収まるほど小さくなったバッグを持ちながら、俺達へそう声をかけてきた。
さっきまで銃を乱射していた隊服の男達は、全員そのバッグの中に入れられている。
正直、何が起きたのかまだ完全には理解できていない。
ただ、目の前の男が俺達を助けてくれたのは間違いなかった。
俺は浮田へ目を向ける。
浮田は少し警戒しながらも頷き、《手術室》の手術空間を解いた。
白い壁。
清潔な床。
手術台。
無影灯。
それらがふっと消え、元の県境付近の景色が戻ってくる。
それでもチャン爺やアル達は、すぐに動けるように俺の近くで構えていた。
俺は一歩前に出て、男へ頭を下げる。
「誰だが知らないが助けてくれてありがとう」
まずは礼だ。
相手の正体は分からない。
だが、あのまま撃たれ続けていれば面倒なことになっていた。
助けられたことは事実だった。
「俺の名前は黒瀬悠真」
俺は自分を指してから、順番に仲間達を紹介していく。
「右端から浮田、未来、色谷、今井翔太、今井恭太、阿川、ルドルフ」
皆がそれぞれ軽く会釈したり、手を上げたりする。
そして、俺はチャン爺達へ視線を向けた。
「それと、俺のスキルから生まれたチャン爺、アル、ソックス、セイコだ」
チャン爺は静かに一礼する。
「よろしくお願いいたします」
アルは胸を張った。
「アルであります!」
ソックスは控えめに頭を下げる。
「ソックスです」
セイコは優雅に片手を口元へ当てた。
「セイコですわ。以後、お見知り置きを」
質素な服の男は、少し驚いたように俺達を見回したあと、穏やかに笑った。
「あぁ、丁寧に紹介をありがとう」
そして、自分の胸に手を当てる。
「俺の名前は今野優」
今野優。
この地域の人間だろうか。
少なくとも、さっきの隊服の男達とは違う雰囲気をしている。
服装は本当に質素だ。
派手な装備もないし、銃も持っていない。
だが、さっきのバッグのスキルを見る限り、相当厄介な能力を持っているのは間違いなかった。
◇
今野はバッグを一度見下ろし、それから俺達へ視線を戻す。
「というか君達はこんな所で何をしていたんだ?」
「俺達は、中部地方の調査をしに来たんだ……」
「調査……?」
その瞬間、今野の目が少しだけ鋭くなった。
警戒された。
当然といえば当然だ。
こんな世界で、急に空からレッドワイバーンに乗った集団が現れて、調査に来たと言われれば怪しすぎる。
俺は慌てて言葉を足した。
「調査と言ってもそんな厳格なものとかじゃないけどな」
なるべく誤解されないように、ゆっくり説明する。
「こんな世界になって全国的にどんな風になってるかってのを調べに来たって感じだ」
今野はまだ少し警戒を残したまま尋ねてくる。
「何で、君達がそんな事を調査するんだい?」
「色々あって俺は公的に東京都知事になったんだ」
「何……?」
今野の表情が変わった。
「都知事さんだったのか……?」
そして、慌てたように少し姿勢を正す。
「これは失礼した……!」
「いやいや、ホントに流れでなった部分も大きいからさ……!」
俺は手を振って苦笑する。
都知事と言われると、今でも少しむず痒い。
もちろん、責任があることは分かっている。
だが、元々は普通の大学生だったのだ。
自分でも、よくここまで来たと思う。
「勿論、なったからにはちゃんとするつもりだ!!」
俺はそう言ってから、さらに続けた。
「その仕事の一つとして内閣総理大臣の深澤総理から頼まれてこの調査を行ってるんだ」
「……成る程な」
今野は納得しかけたように頷く。
だが、次の瞬間、目を見開いた。
「って総理?!」
その反応は、かなり大きかった。
「今までどこに居たんだ……」
「あぁ……総理も色々大変で出たくても出れなかったんだ……」
桜井の支配下にあったことをここで全部話すと長くなる。
今はそこまで説明している時間もない。
だが、深澤総理が無事で、今は国としても動こうとしていることは伝えておくべきだろう。
中部地方では、総理が生きていることすら知られていなかったのかもしれない。
やはり、日本中の情報はほとんど分断されている。
◇
俺は改めて、さっきの隊服の男達がいた方を見る。
「それはそうとして、ここは幸子様の領土とあの隊服の奴らが言っていたが、幸子様ってのは誰なんだ?」
今野の表情が、少しだけ硬くなった。
すぐには答えない。
彼は手の中の小さなバッグを見た。
「その話はうちの隠れ家に行ってから話そう……」
「隠れ家?」
「あぁ。もう、スキルの時間がないからな……」
「さっきのバッグのスキルか?」
俺が尋ねると、今野は頷いた。
「あぁ……30分したら自動的に中のものは出てきてしまうんだ」
「なるほど……」
便利そうなスキルだが、制限もあるらしい。
あの隊服の男達をずっと閉じ込めておけるわけではない。
あとで自動的に出てくるなら、ここに長居するのは危険だ。
「分かった」
俺が頷くと、今野は小さくなったバッグを、さっき隊服の男達が守っていた位置の近くへ放った。
バッグは地面に落ち、ころんと転がる。
あそこに置いておけば、30分後に彼らは元の場所付近に出てくるということだろう。
殺さない。
長時間拘束もしない。
今野達が、あの男達とどういう関係なのかは分からない。
だが、少なくとも無闇に命を奪おうとはしていないように見えた。
「こっちだ。隠れ家はそう遠くない」
今野に促され、俺達は歩き出した。
レッドワイバーン達は未来の指示で一旦待機させる。
さすがにこの人数と大きさで、隠れ家の近くまで連れていくのは目立ちすぎる。
俺達は周囲を警戒しながら、今野の後をついていった。
◇
しばらく歩くと、今野は何でもない岩の前で足を止めた。
ぱっと見ただけでは、本当にただの岩だ。
大きさも形も、周囲の風景に紛れている。
「どうしたんだ?」
俺が尋ねると、今野は当然のように答えた。
「ここが入り口だ」
「入り口?」
俺が首を傾げた次の瞬間、今野が岩へ手をかける。
そして、横へ動かした。
重そうに見えた岩は、思ったより滑らかに動く。
その下には、地下へ続く階段が隠されていた。
「凄いな……」
思わず声が漏れる。
完全な隠し入口だ。
SPМの拠点の裏口みたいだな……。
あれを思い出して、少しだけ嫌な記憶も蘇ったが、今はそれどころではない。
今野を先頭に、俺達は階段を下りていく。
地下は薄暗い。
だが、完全な暗闇ではない。
ところどころに灯りがあり、最低限歩くには困らない。
少し進むと、前方に鉄格子のような扉が見えた。
だが、近づいてよく見ると、それは鉄ではなかった。
色や形は鉄格子に似せている。
しかし、材質は土のように見える。
手で触れば、ざらりとした感触が返ってきそうな見た目だ。
その奥には、中年男性が1人座っていた。
門番だろうか。
中年男性は今野を見ると、真面目な顔で口を開いた。
「富士山は山梨、静岡どっち?」
「山梨だ」
今野が即答する。
中年男性は満足げに頷いた。
「よし、通っていいぞ」
俺は思わず沈黙した。
いや、何なんだその変な合言葉は……。
富士山は山梨からも静岡からも見えるだろ。
しかも、ここは山梨側だ。
答えが山梨なのは誰でも分かる。
というか、仮に知らなくても2択じゃねぇか。
俺は我慢できず、小声で今野に尋ねた。
「なぁ、さっきの合言葉意味なくねぇか……?」
今野は少しだけ恥ずかしそうに咳払いした。
「まぁ、雰囲気は大切だろ……?」
「雰囲気で警備していいのか……?」
俺のツッコミに、色谷が横で少し笑いを堪えていた。
未来も呆れたような顔をしている。
だが、この妙なやり取りのおかげで、少しだけ緊張が解けた気がした。
◇
鉄格子――いや、土でできた格子の扉が開く。
俺達はその中へ進んだ。
そして、しばらく歩いた先で、俺達は思わず足を止めた。
そこには、ものすごく大きな空間が広がっていた。
地下とは思えないほど広い。
天井も高く、空間全体がしっかり支えられている。
そして、その中に小さな集合住宅のような建物が並んでいた。
だが、普通の建物ではない。
その1つ1つが、土でできている。
壁も。
屋根も。
扉の枠も。
先ほどの土の格子と同じように、土で形作られている。
それなのに、崩れそうな不安定さはない。
むしろ、しっかりとした住居として成立しているように見えた。
俺達は目を丸くした。
「……これは凄いな」
素直な感想だった。
東京の建物とは全く違う。
世紀末漢隊の移動する街とも違う。
地下に隠れ、土で作られた集落。
この場所にも、この場所なりの日常があるのだろう。
誰かのスキルで作ったのか。
それとも複数人で少しずつ作り上げたのか。
まだ分からない。
だが、ただの隠れ家というには規模が大きすぎる。
「こっちだ」
今野はそう言って、ひときわ大きな建物へ俺達を案内した。
中に入ると、外観と同じく土で作られた壁が続いている。
だが、中は意外と整っていた。
簡素ではあるが、机や椅子があり、人が暮らしている気配がある。
今野は奥へ向かって声を張った。
「雪子、お客さんだ!」
その声に反応して、奥から1人の女性が姿を現した。
俺は思わず息を呑んだ。
雪のように白く、長い髪。
口の下にある小さなほくろ。
整った綺麗な顔立ち。
だが、身にまとっているのは派手な服ではなく、割烹着のようなものだった。
その姿は、地下の隠れ家にいるとは思えないほど不思議な存在感があった。
思わず、言葉が漏れる。
「綺麗な人だ……」
その瞬間、隣から視線を感じた。
未来が少しムッとした顔で俺を見ている。
しまった。
口に出すつもりはなかった。
俺は慌てて視線を逸らす。
雪子と呼ばれた女性は、俺達を見て不思議そうに瞬きをした。
「この方達は?」
落ち着いた声だった。
今野が説明する。
「総理から頼まれてこの地域を調査に来られた東京都知事の悠真さんとその仲間の方達だ」
雪子の目が少し大きくなる。
今野は続けた。
「幸子親衛隊に襲われてたので、こちらに連れてきたんだ」
幸子親衛隊。
やはり、あの隊服の男達には名前があるらしい。
幸子様の親衛隊。
その名前だけでも、かなり厄介そうな響きがあった。
雪子は驚いたように口元へ手を当てる。
「まぁ……都知事さんだなんて……」
そして、すぐに心配そうな表情になった。
「それに、襲われてたなんて大変でしたでしょう……?」
「いえ……今野さんに助けて頂いたので……」
俺がそう答えようとした時だった。
雪子は申し訳なさそうに頭を下げた。
「うちの姉がすいません……」
「……ってえ?」
俺は思わず変な声を出した。
今、何と言った。
うちの姉ってつまり、
「幸子さんって方の妹さん??」




