謎の隊服集団
第151話です。宜しくお願い致します。
中央会館の会議室に、次の調査へ向かうメンバーを集めた。
東北での調査は、想像以上に大きな成果を得ることができた。
世紀末漢隊との出会い。
A+ランクモンスターとの戦い。
東京と東北の友好都市提携。
そして、翡翠球から来たイングリッ種族、エイゴの存在。
得られたものは多い。
だが、その分だけ、参加したメンバー達の負担も大きかった。
だから今回は、前回の調査メンバーから半分以上を入れ替えることにした。
全国調査は、まだ始まったばかりだ。
同じ人間ばかりを連れ回して無理をさせる訳にはいかない。
東京全体で役割を回していく必要がある。
「数日後に出発しようと思う」
俺がそう告げると、集まっていた皆の表情が引き締まった。
今回、中部地方調査へ向かうメンバーは9人。
俺。
未来。
浮田。
色谷。
阿川。
ルドルフ。
チャン爺。
今井翔太。
今井恭太。
前回の東北調査と比べると、かなり顔ぶれが変わっている。
もちろん、戦力や役割のバランスは考えた。
移動手段として未来の《動植物愛護》。
万が一の怪我や異常状態に備えて浮田。
交渉や状況判断の補助として色谷とルドルフ。
移動や緊急脱出のために阿川。
護衛としてチャン爺。
情報確認役として今井翔太。
そして、必要に応じて恭太にも動いてもらう。
俺自身も東京都知事として、現地の代表者がいるなら直接話をするつもりだった。
「前回行ったメンバーには、しっかり休んでもらいたい。東北ではかなり無理をさせたからな」
俺がそう言うと、未来が小さく頷いた。
「確かに、あれはかなり大変だったわね」
浮田も苦笑する。
「A+ランクモンスターなんて、医者としては二度と近くで見たくないけどね」
「俺も同感だよ……」
俺は思わず頷いた。
あれは本当にきつかった。
戦力が整っていたから何とかなったが、少しでも判断を間違えていたら被害はもっと大きくなっていたはずだ。
だからこそ、次の調査も油断はできない。
中部地方に何があるか分からない。
東京や東北のように人々がまとまっている場所があるかもしれない。
逆に、完全に崩壊している可能性もある。
あるいは、SPМや桜井のように危険な支配者がいる可能性だってゼロではない。
その後、各自は出発に向けて準備を始めた。
◇
そして、数日後。
出発の日が来た。
中央会館の外に、今回のメンバーが集まる。
空はよく晴れていた。
東北へ向かった時とは違い、今回は東京から中部地方へ向かう。
まず目指すのは、東京から最も近い中部地方の入口。
山梨方面だ。
「未来、頼む」
「分かったわ」
未来は一歩前へ出ると、静かに息を吸った。
そして、スキルを唱える。
「スキル、《動植物愛護》の《動植物図鑑》でレッドワイバーンを召喚!」
次の瞬間、空間が揺れるようにして、赤い巨体が次々と現れた。
レッドワイバーン。
鋭い翼。
力強い四肢。
迫力のある頭部。
その姿は何度見ても圧巻だった。
今回は9人で向かうため、召喚されたレッドワイバーンも9体。
それぞれが低く唸りながらも、未来の指示を待つように大人しくしている。
「いつ見ても凄いな……」
今井翔太が少し緊張した様子で呟く。
恭太も隣で頷いていた。
「落ちないように気をつけろよ」
俺がそう言うと、阿川が顔を引きつらせた。
「毎回思うけど、配管の中を通る方がまだ心臓に優しいんだよな……」
「いや、あれはあれで慣れない人にはかなり怖いぞ」
色谷が冷静にツッコむ。
そんなやり取りをしながら、俺達はそれぞれレッドワイバーンに乗り込んだ。
チャン爺は相変わらず涼しい顔で乗っている。
「坊ちゃま、周囲の警戒はお任せください」
「あぁ、頼む」
俺が頷くと、未来がレッドワイバーン達へ指示を出した。
翼が大きく広がる。
風が巻き起こり、地面の砂埃が舞う。
そして、俺達は東京の空へ飛び立った。
◇
上空から見る東京は、地上で見るのとはまた違う。
中央会館を中心に整備された街並み。
人々が暮らす区画。
動き始めた施設。
崩壊後の世界で、確かに日常を取り戻しつつある場所。
だが、東京を離れるにつれ、景色は少しずつ変わっていく。
整備された道路は途切れ、壊れた建物や放置された車が目立つようになる。
人の気配も薄くなる。
俺はその光景を見下ろしながら、改めて思った。
東京は、まだ特殊なのだ。
俺達が守り、整えてきた場所だからこそ、ここまで戻せている。
外の世界には、まだ崩壊の傷跡が濃く残っている。
だからこそ、全国調査が必要なのだ。
どこに誰が生きているのか。
どんな形で日常を取り戻そうとしているのか。
あるいは、助けを必要としているのか。
それを知るために、俺達は進んでいる。
しばらく飛び続け、山梨との県境付近へ差しかかった頃だった。
地上に、人影が見えた。
俺は目を細める。
10人ほどだろうか。
道路のような場所に横一列で並んでいる。
全員、見たことのない隊服を着ていた。
肩には銃。
明らかに、ただの避難民ではない。
組織的に動いている集団だ。
「下に人がいる」
俺が言うと、未来も頷いた。
「見えてるわ。武装してるわね」
俺達が高度を落とし始めると、隊服の男達のうち1人が前へ出た。
そして、こちらへ向かって叫ぶ。
「止まれェ゙ェ゙ェ゙ー!!!」
空気を裂くような大声だった。
厳格というより、命令をそのまま声にしたような響きがある。
俺達は警戒しながらも、そこで止まることにした。
いきなり突破するのはまずい。
レッドワイバーン達が地面へ降り立つ。
翼が畳まれ、俺達もその背から降りた。
隊服の男達は銃を持っている。
だが、俺達を見て動揺している様子はない。
普通なら、レッドワイバーンに乗った人間達が空から降りてくれば、少しは驚くはずだ。
モンスターと勘違いして騒いでもおかしくない。
だが、彼らの表情は硬いままだった。
まるで、決められた役割を実行するだけの人形のように。
先頭の隊服の男が、俺達を睨みつける。
「ここからは、幸子様の領土だァ!」
幸子様。
その名前に、俺は内心で反応した。
ここを治めている人物の名前か。
少なくとも、この男達はその幸子という人物に従っているらしい。
隊服の男はさらに続ける。
「ここは許可がない限り入る事は一切許されない!」
かなり強い拒絶だ。
だが、領土という言葉を使う以上、ここには一定の支配体制がある。
なら、まずはその幸子という人物と話をしたい。
俺は敵意がないことを示すため、両手を軽く上げながら一歩前へ出た。
「その幸子って人に会わしては頂けないか?」
俺はできるだけ落ち着いた声で言った。
「俺は東京都知事をしているんだ」
隊服の男達の視線が少しだけ動く。
だが、明確な反応は薄い。
「是非、会って話をしたいんだが……」
その瞬間、先頭の男の目つきが鋭くなった。
「幸子だと……様をつけろ!」
怒号が飛ぶ。
「無礼な!!」
「あ、いや……」
俺はすぐに言い直そうとしたが、男は聞く耳を持たない。
「都知事だが何だか知らないが、ここは絶対に通すなと命令されている!」
命令。
その言葉が、妙に引っかかった。
通せない、ではない。
通すなと命令されている。
言い方の問題かもしれない。
だが、この男の声には、自分で考えて判断している感じがあまりなかった。
俺は一度息を吐き、改めて言葉を選ぶ。
「……なら、その幸子様に都知事が話したがっていると伝えるだけ伝える事は出来ないか?」
ここで無理に入るつもりはない。
伝言だけでもいい。
幸子様とやらがまともに話ができる相手なら、向こうから接触してくれるかもしれない。
だが、男は即座に叫んだ。
「ならん!!」
あまりにも早い拒絶だった。
「しつこいぞぉ!!」
そう言うと、隊服の男は銃を構えた。
後ろに並んでいた男達も、一斉に銃口をこちらへ向ける。
◇
その瞬間だった。
俺の周囲に、見慣れた3人が現れた。
アル。
ソックス。
セイコ。
呼んでいない。
俺は思わず目を見開いた。
「お前達何で、勝手に……!」
しかし、問いかけるより先に、隊服の男が叫ぶ。
「怪しい奴は敵とみなし排除する!」
銃口がこちらを向いたまま、迷いなく引き金へ指がかかる。
「撃てェ゙ー!!」
銃声が一斉に響いた。
無数の銃弾が、俺達へ向かって飛んでくる。
だが、その瞬間、アルが前へ出た。
彼の周囲に複数の自動小銃が浮かび上がる。
次の瞬間、激しい連射音。
飛んできた銃弾に向けて、アルが乱射する。
銃弾同士が空中でぶつかり、火花を散らしながら弾かれていく。
「呼ばれてないけど、出てきましたアルです!!」
相変わらず勢いだけは凄い。
だが、頼もしい。
その隣では、ソックスが冷静に緑色の弾を放っていた。
《特殊弾》。
緑の弾が空中で弾け、ネバネバした粘着質の液体のように広がる。
飛んできた銃弾がそこに絡め取られ、勢いを失って止まった。
「すいません、ご主人、明確な危険を感じたので出てきました……」
ソックスは謝りながらも、動きに一切の迷いがない。
そして、セイコ。
「オーホッホッホッ」
セイコは優雅に笑いながら、その場でくるりと回転した。
巨大化しているわけではないが、身体の使い方が異様に綺麗だ。
バレエのような動きで回転し、飛んできた銃弾を弾き返していく。
「わたくしのバレエの演技どうでしたか?」
この状況で感想を求めてくる余裕が凄い。
さらに、チャン爺も俺の前へ立っていた。
目にも留まらぬ速さで刃を振るい、銃弾を斬り落としていく。
「坊ちゃま、お下がりください」
「あ、あぁ……」
俺は一瞬遅れて頷いた。
突然撃たれたことにも驚いたが、アル達が勝手に出てきたことにも驚いた。
だが、助かったのは間違いない。
「勝手に出てくれて、助かったよ……」
俺がそう言うと、アルは胸を張る。
「当然であります!」
ソックスは静かに頭を下げ、セイコは満足げに笑っていた。
◇
だが、状況はまったく笑えない。
浮田が顔をしかめる。
「無茶苦茶だ……!」
銃声が鳴り響く中、浮田は叫んだ。
「何で急に撃ってきたんだ……!」
色谷も険しい表情で俺を見る。
「悠真、俺達も反撃するか……?」
普通に考えれば、正当防衛だ。
いきなり発砲されたのだから、反撃してもおかしくはない。
だが、俺はすぐに首を横に振った。
「ちょっと待て……!」
ここで下手に手を出せば、さらに話がこじれる。
「ここで、下手に手を出してしまうとそれこそこっちの印象が悪くなってしまう」
俺達は調査に来た。
制圧に来たわけではない。
もちろん、仲間を守ることが最優先だ。
だが、相手を殺すような反撃をすれば、幸子様とやらに会えたとしても話し合いが難しくなる。
それに、何より気になることがあった。
「それに、明らかにあいつらの行動がおかしい……」
俺は隊服の男達を見る。
彼らは撃ち続けている。
アル達やチャン爺に防がれているにもかかわらず、ほとんど表情を変えない。
驚きもない。
恐怖もない。
焦りすら薄い。
ただ、命令を実行するために銃を撃っている。
そんな風に見えた。
最初から違和感はあった。
レッドワイバーンに乗った俺達を見ても、動揺しなかった。
幸子様の呼び捨てには過剰に反応したのに、東京都知事という言葉にはほとんど興味を示さなかった。
伝言すら拒否し、迷いなく発砲してきた。
理屈は無茶苦茶なのに、行動だけは妙に一直線だ。
命令を実行することに命をかけているような、そんな危うさがある。
少なくとも、ただの門番が警戒して発砲してきたというだけでは片付けたくなかった。
色谷は歯を食いしばる。
「でも、それならどうしたら良いんだ……?」
銃声はまだ続いている。
「このまま、やられっぱなしって訳には……」
「……とりあえず、浮田頼めるか?」
俺は浮田を見た。
浮田は一瞬で察したように、深いため息をついた。
「はぁ……分かったよ」
そして、手をかざす。
「スキル、《手術室》!」
次の瞬間、周囲の景色が変わった。
白い壁。
清潔な床。
中央に置かれた手術台。
頭上には無影灯。
現実の医務室とは違う。
浮田のスキルによって作られた手術空間が、俺達全員を包み込むように展開された。
銃弾が飛んでくる。
だが、それは白い空間の外で止まった。
この《手術室》の中に入れば、いかなる外的要因も受け付けない。
今井兄弟の姉である涼香の呪い。
桜井のスキルによる支配。
そういった異常な力さえ解除した浮田の空間だ。
当然、銃弾程度なら防げる。
ただし、万能ではない。
この空間の中から外へ干渉することもできない。
つまり、俺達は守られているが、こちらから何かすることもできない。
完全な膠着状態になった。
「これで撃たれても大丈夫だけど、こっちからも手は出せないよ」
浮田が言う。
「あぁ、それでいい」
俺は頷いた。
今は相手を倒すより、状況を見極めたい。
だが、隊服の男達は止まらなかった。
白い手術空間の外から、銃を撃ち続けている。
銃弾は届かない。
何発撃っても無駄だ。
それなのに、彼らは撃つのをやめない。
普通なら、効かないと分かった時点で別の判断をする。
撤退する。
応援を呼ぶ。
交渉に切り替える。
少なくとも、無意味に銃弾を消費し続けることはしない。
だが、彼らはただ撃ち続けていた。
やはり、おかしい。
「まるで、命令以外何も考えられないみたいだな……」
俺が小さく呟いた時だった。
◇
突然、隊服の男達の上に、大きな影が落ちた。
「……何だ?」
色谷が空を見上げる。
そこに現れたのは、大きなバッグだった。
普通のバッグではない。
人が何人も入りそうなほど大きい。
それが、隊服の男達の頭上にふわりと現れた。
次の瞬間。
バッグの口が大きく開いた。
隊服の男達が反応するより早く、1人が吸い込まれるように中へ入っていく。
「なっ……!」
俺が声を漏らす間にも、次の1人が入った。
さらに次。
また次。
ホイホイと。
本当に、そんな表現がぴったりだった。
男達は銃を持ったまま、抵抗する暇もなく大きなバッグの中へ次々と収納されていく。
銃声が止まる。
叫び声もほとんどない。
あまりにも一方的で、あまりにも唐突だった。
10人ほどいた隊服の男達は、あっという間に全員バッグの中へ入ってしまった。
そして、開いていたバッグの口が閉じる。
すると今度は、その大きなバッグがひとりでに折りたたまれ始めた。
みるみる小さくなっていく。
人が何人も入ったはずなのに、信じられないほど小さくなっていく。
最終的には、手の中に収まるほどの大きさになった。
その小さなバッグが、すっと横へ移動する。
そこに、1人の男が立っていた。
いつ現れたのか分からなかった。
質素な服を身にまとった男。
派手な装備もない。
隊服でもない。
武器らしい武器も見えない。
だが、今の一瞬で隊服の男達を全員無力化したのは、間違いなくこの男だ。
男は小さくなったバッグを手に取り、こちらへ視線を向けた。
敵意は感じない。
だが、油断していい相手でもない。
俺達は《手術室》の中から、その男を見つめる。
男は穏やかな声で言った。
「君達、大丈夫かい?」




