ポンッ
第146話です。宜しくお願い致します!
芹沢の《ラブレター》は囮だった。
トレントキングが巨大なツルで紙飛行機を叩き落とした瞬間、その意識は確かに前へ向いていた。
そして、その背後から門脇の《ガチャカプセル》が迫る。
小さなカプセル。
あまりにも巨大なトレントキングと比べれば、豆粒のようにしか見えない。
だが、その豆粒のようなカプセルこそが、今この場で俺達が選んだ本命だった。
以前までの門脇の《ガチャカプセル》には、大きさの上限があった。
巨大すぎるものを閉じ込めることはできない。
だから、普通に考えれば200メートル級のトレントキングなど、対象にできるはずがなかった。
だが、門脇もこの数ヶ月で確実に強くなっている。
レベルアップにより、今の《ガチャカプセル》には大きさの上限がなくなっていた。
まともに攻撃しても通らない。
燃やしても消火される。
落とし穴に落として総攻撃しても、陸斗の《貫通》を乗せた光線で右腕を貫くのがやっと。
ならば、倒すのではなく閉じ込める。
芹沢がトレントキングの視線を引きつけ、門脇が背後からカプセルを当てる。
即興にしてはあまりにも綺麗な連携だった。
トレントキングが後ろを振り向く。
だが、遅い。
すでに、ガチャカプセルはトレントキングの巨大な身体へ触れていた。
カプセルが開く。
その瞬間、信じられない光景が起きた。
空を覆うほどの枝。
王冠のような枝葉。
山のように太い幹。
200メートル級のトレントキングの巨体が、もの凄い勢いで縮んでいく。
まるで空間そのものが折り畳まれているようだった。
あれだけ巨大だった木の王が、圧縮され、吸い込まれ、カプセルの中へ収納されていく。
枝葉が消える。
幹が消える。
巨大な足が消える。
最後に、王冠のような枝葉まで吸い込まれた。
そして。
ポンッ。
軽い音だけが、戦場に響いた。
あまりにも軽い音だった。
さっきまで、俺達全員を絶望させていた200メートル級の化け物が、そんな音ひとつで姿を消したのだ。
誰もすぐには声を出せなかった。
世紀末漢隊も、東京メンバーも、しばらくカプセルが落ちた場所を見つめていた。
近藤の巨大ロボも、剣を構えたまま固まっている。
やがて、近藤がぽつりと呟いた。
「今度こそ……終わりなのか?」
その声には、まだ信じ切れないような響きがあった。
無理もない。
トレントクイーンを倒したと思ったら、トレントキングが生まれたのだ。
今回もまだ何かあるのではないかと疑ってしまう。
門脇は落ちたカプセルを踏みつぶしはっきりと言う。
「……終わりだ」
その言葉を聞いた瞬間、戦場の空気が変わった。
重く張り詰めていた緊張が、少しずつほどけていく。
近藤が一瞬だけ天を仰ぐ。
そして、次の瞬間。
「よっしゃあぁ゙ぁ゙ぁ゙!!」
ドスの効いた大きな声が、戦場全体に響き渡った。
それに続くように、世紀末漢隊の隊員達が一斉に歓声を上げる。
「うおおおおおおお!!」
「兄貴ーー!!」
「勝ったぞぉ゙ぉ゙ぉ゙!!」
オトコプターの中で拳を突き上げる者。
地面に膝をついて涙を流す者。
仲間同士で抱き合う者。
まさしく男泣きしている隊員もいた。
その涙は、勝利の喜びだけではない。
失った仲間達への悔しさ。
それでも東北を守り切った安堵。
その全てが混じった涙だった。
俺も、ようやく深く息を吐いた。
「流石にA+ランクモンスターは思ったよりキツかったな……」
本音だった。
リトルツリーマンだけでも十分厄介だった。
不死身。
吸収。
精神攻撃。
そこからトレントクイーン。
さらにトレントキング。
正直、これがA+ランクなのかと何度も思った。
東京でかなり準備をしてきたつもりだった。
数ヶ月かけてスキルレベルも上げた。
東京自衛隊も作った。
自分達も強くなった。
それでも、ここまで追い込まれた。
全国調査の危険性を、改めて思い知らされた気がする。
◇
俺は門脇と芹沢を見る。
「それにしても芹沢と門脇は何だ、擦り合わせていたのか?」
あの連携は見事すぎた。
芹沢が《ラブレター》でトレントキングの注意を引き、門脇が背後から《ガチャカプセル》を当てる。
事前に打ち合わせしていたと言われても納得できる動きだった。
だが、芹沢はいつものように微笑む。
「違うわ……その場の流れよ♡」
「その場の流れであれをやったのか……」
思わず呟く。
やはり芹沢は侮れない。
彼女は戦い方が派手というより、相手の意識や場の空気を利用するのがうまい。
そして、芹沢は門脇の方を見た。
「何だか、門ちゃんと通じ合ったみたい♡」
門ちゃん。
その呼び方に、門脇の肩が僅かに跳ねた。
「ねぇ〜門ちゃん♡」
「あ……あっあ……あぁ……」
門脇が珍しく取り乱している。
そして、芹沢から目を逸らした。
あの門脇が。
いつも冷静で、真面目で、どこか堅苦しい門脇が。
芹沢相手に明らかに動揺している。
まさか……門脇は……。
いや、まさかな……。
俺は余計なことを考えそうになり、すぐに首を振った。
今は深掘りする場面ではない。
◇
そんなことを考えていると、近藤が巨大ロボから降りてこちらへ歩いてきた。
さっきまでトレントキングと対峙していたからか、その背中がいつも以上に大きく見える。
近藤は俺の前に立つと、深く息を吐いた。
「改めて悠真、そして東京から来たみんな本当にサンキューな!」
その声は、いつもの豪快さを残しながらも、どこか真剣だった。
「お前達にとって縁もゆかりも無い関係のない地だ」
近藤は続ける。
「それに1日2日しか会ったことのない俺の指示にも従ってくれて、俺達の体裁まで保ってくれるなんてな……!」
近藤は分かっていた。
俺達が、ただ勝つためだけに動いた訳ではないことを。
東北の戦いだから、世紀末漢隊のリーダーである近藤の指示に従った。
トレントクイーンへの決定打も、近藤に任せた。
世紀末漢隊の誇りを守るために。
東北を守ってきた彼らの顔を潰さないために。
もちろん、そこまで綺麗に考えられていた訳ではない。
ただ、自然とそうしたいと思っただけだ。
近藤達の生き方を見て、そうすべきだと思った。
「気にするな」
俺は少し照れくさくなりながら言う。
「それに、もう縁もゆかりも出来たし、お前達とも出会えて良かったとも思ってる」
言ってから、少し恥ずかしくなった。
こういうことを真正面から言うのは、やはり慣れない。
近藤は一瞬だけ驚いたような顔をした。
だが、すぐに豪快に笑った。
「ガッハッハ!!」
そして、太い腕を俺の肩へ回してくる。
力が強い。
普通に肩が痛い。
「そうか、そうか!!」
近藤は嬉しそうに笑う。
「俺達はお前達に返しきれそうもない恩が出来たな!」
「いや、肩が……」
「おっと、悪い悪い!」
近藤は笑いながら手を離した。
戦いのあととは思えないほど、いつもの近藤に戻っている。
だが、その目の奥にはまだ消えない悲しみがあった。
戦いが終わったからといって、全てが元通りになる訳ではない。
今回の戦いで、世紀末漢隊は11人の仲間を失った。
◇
俺達はその後、簡易的な墓を作った。
戦場近くの少し開けた場所。
そこに石を積み、木片を立て、犠牲になった隊員達の名を刻む。
全員がその前に並んだ。
世紀末漢隊の隊員達。
近藤。
東京メンバー。
誰もふざけなかった。
誰も大きな声を出さなかった。
ただ静かに、目を閉じる。
黙祷。
風が吹く。
焦げた木の匂いと、土の匂いが混じっていた。
俺は目を閉じながら、彼らのことを思う。
この世界では、誰かが誰かを守るために戦っている。
東京でもそうだった。
SPМでも、間違った形に歪められたとはいえ、もともとは避難民を守るための組織だった。
世紀末漢隊も同じだ。
見た目は荒くて、口調も荒い。
テーマソングまである。
それでも、彼らは本気で弱きを守るために戦っていた。
黙祷のあと、近藤がゆっくり顔を上げた。
そして、世紀末漢隊の隊員達へ頷く。
誰かが小さく歌い出した。
「漢〜……」
いつものような勢いはない。
けれど、すぐに他の隊員達が続いた。
「漢〜……」
世紀末漢隊のテーマソング。
いつもなら暑苦しく、やかましく、思わずツッコミたくなる歌。
だが、この時だけは違った。
弔いの歌のように聞こえた。
漢なら後ろは見るな前だけ常に見ろぉ〜。
漢なら弱きを守り強くあれぇ〜。
その歌詞が、今は胸に刺さる。
後ろを見るなと言いながら、失った仲間を忘れる訳ではない。
弱きを守れと言いながら、そのために自分達が傷つく覚悟もしている。
世紀末漢隊にとって、この歌は単なるノリではない。
生き方そのものなのだ。
◇
弔いを終えたあと、近藤は俺達に今日も夕食をどうかと声をかけようとしてくれた。
だが、俺はその前に首を振った。
「近藤、今日は俺達の東京で夕食を食べに来ないか?」
近藤が目を丸くする。
「勿論、世紀末漢隊のみんなも呼んで!」
そう言いながら、俺は少し不思議な気持ちになっていた。
初めて親友を家に呼んで、ご飯を食べてもらうような気分。
大げさかもしれない。
出会ってからまだ2日ほどしか経っていない。
だが、俺の中で近藤との絆は、この短い時間でかなり深まっていた。
近藤は俺をじっと見た。
「良いのか?」
「あぁ、夕食をもてなしてもらったから次はこっちの番だ!」
俺がそう言うと、近藤はいつものように豪快に笑った。
「ガッハッハ!!」
「じゃあ、邪魔させて貰うとするか!」
「良かった! じゃあ、準備するから後で合流しよう!」
「分かった!!」
◇
俺達は一旦、阿川の《配管工》で東京へ戻ることにした。
配管を通り、中央会館へ戻る。
戦場の焦げ臭い空気から一転して、東京の空気に戻ると、少しだけ肩の力が抜けた。
だが、すぐにやることがある。
俺は中央会館にいる皆へ事情を説明した。
世紀末漢隊が夕食に来ること。
A+ランクモンスターとの戦いが終わったこと。
そして、今日はしっかりもてなしたいこと。
話を聞いたチャン爺は、深く一礼した。
「では、今日は気合を入れて夕食を作らせて頂きますね!」
いつも丁寧なチャン爺だが、その声にはいつも以上の気合が入っていた。
美咲も両手を上げる。
「私は飾り付けするー!!」
「あぁ、みんな頼んだ!」
俺がそう言うと、中央会館は一気に慌ただしくなった。
チャン爺は手際よく料理を作り始める。
大鍋で煮込まれるスープ。
香ばしく焼かれる肉。
大量の野菜料理。
大皿に盛られていく料理の数々。
世紀末漢隊の人数を考えれば、かなりの量が必要になる。
それでもチャン爺は、迷いなく次々に料理を完成させていった。
美咲は一葉、二葉、三葉と一緒に飾り付けを頑張っている。
紙飾りや布を使い、中央会館の宴会場が少しずつ明るくなっていく。
戦いの直後だからこそ、こういう温かい空気がありがたかった。
◇
しばらくして、阿川の《配管工》で近藤達がやって来た。
配管の出口から、まず近藤が豪快に現れる。
「邪魔するぜぇ〜!!」
その後ろから、世紀末漢隊の隊員達が続く。
そして、近藤の側には例のトゲトゲ首輪のブルドッグもいた。
中央会館の中へ直接入ってきた近藤達は、周囲を見回した瞬間、固まった。
「何だよ……これ?!」
近藤が素で驚いた声を出す。
世紀末漢隊の隊員達も、ぽかんと口を開けていた。
「スッゲぇ………」
「ここ、本当にこの世界かよ……」
「兄貴、床がピカピカですぜ……!」
彼らが驚くのも無理はない。
中央会館は、俺の《日常生活》によって東京の中心施設として整えられている。
清潔で、明るく、広い。
大勢を招くための空間もある。
世紀末漢隊の拠点とは、全く違う方向性の復興の形だ。
近藤が辺りを見回しながら言った。
「何か、迎賓館か何かか?」
「ここはまさしくそうだな」
俺は少し笑いながら答える。
「俺のスキルで作ったんだ!」
近藤は感心したように息を吐いた。
「本当にお前のスキルは凄いんだな……」
近藤の《漢のロマン》も、かなり凄いスキルだ。
乗り物を改造し、街を作り、住民に自衛手段まで持たせている。
だが、俺の《日常生活》はまた別方向の異常さがある。
東京と東北。
同じ崩壊後の世界でも、ここまで違う復興の形があるのだと改めて感じた。
◇
夕食会が始まると、会場は一気に賑やかになった。
世紀末漢隊の隊員達は、とにかく声が大きい。
だが、食事の前にはきちんと手を合わせ、チャン爺や料理を運んでくれた人達へ礼を言う。
見た目と口調は相変わらず荒いが、やはり根は礼儀正しい。
東京メンバーも最初は少し圧倒されていたが、すぐに打ち解けていった。
世紀末漢隊の隊員達は、チャン爺の料理に何度も感動している。
「うめぇぇぇ!!」
「兄貴、これ何杯でも食えますぜ!」
「東京、恐るべし……!」
そんな声があちこちから聞こえた。
チャン爺は穏やかに微笑みながら、追加の料理を運んでいる。
美咲も飾り付けを褒められて嬉しそうだった。
会場の一角では、コン太と春日、そして近藤のブルドッグが一緒にいる姿も見えた。
何となく不思議な組み合わせだ。
あのブルドッグが可愛いのだろうか。
少し気になったが、今は宴の空気を楽しむことにした。
そのうち、近藤が俺の隣へやって来る。
手には大きな皿を持っていた。
かなり食べているはずなのに、まだ食べるらしい。
胃袋まで漢なのかもしれない。
「今日は最高な宴だ!」
近藤は満面の笑みで言った。
「サンキューな!!」
「いや、なんてことない!」
俺は首を振る。
「当然のことだよ……」
あの時、世紀末漢隊は俺達を夕食に招いてくれた。
ファイヤーボア料理を振る舞ってくれた。
初対面に近い俺達を、近藤は漢だと認め、同じ食卓へ迎えてくれた。
なら、今度はこちらが迎える番だ。
そう思った。
近藤は俺を見て、少し真面目な顔になる。
「もう、お前は俺達の家族みたいなもんだ!」
その言葉に、俺は少し驚いた。
「何でも言ってくれ!」
近藤は力強く続ける。
「もし、お前達がピンチになった時、次は俺達が助けに行くぜ!」
その言葉が、素直に嬉しかった。
たぶん、近藤は本気で言っている。
東京で何かがあれば、世紀末漢隊は本当に駆けつけてくれるだろう。
見た目は濃い。
ノリも濃い。
テーマソングも濃い。
だが、彼らは弱きを守るために本気で動ける人達だ。
「ありがとう……!」
俺は素直に礼を言った。
そして、少しだけ考える。
全国調査。
国から依頼されたこの役目。
ただ各地を見て回るだけでは意味がない。
東京以外にも、人が生きている場所がある。
独自に発展し、守り、日常を取り戻そうとしている場所がある。
なら、そこ同士を繋げることに意味があるはずだ。
俺達は、世紀末漢隊と出会った。
東北を守る彼らと、東京を守る俺達。
この縁を、ただの出会いで終わらせたくない。
「なら、1つ頼みを聞いてくれるか?」
俺がそう言うと、近藤は大きく頷いた。
「おぅ! 俺達に出来ることなら何でもするぞ!」
俺は近藤を見る。
世紀末漢隊の隊員達が賑やかに笑っている。
東京メンバーも、その輪に混ざっている。
この光景を見ながら、俺は口を開いた。
「東京と東北で友好都市を結ばないか?」




