俺達を漢にするチャンス
第140話です。宜しくお願い致します。
「どうしたら良いんだ……」
俺はレッドワイバーンの背の上で、思わずそう呟いた。
眼下には、地獄のような光景が広がっている。
燃やしても燃やしても、種から蘇るリトルツリーマン。
ドリルでも穴を開けられないというオトコプターの装甲を、いとも簡単に貫いたツル。
そして、貫かれた世紀末漢隊の隊員達。
彼らはツルの中へ吸収され、リトルツリーマンの幹に顔を浮かべていた。
「た……すけ……て」
かすれた声が聞こえる。
その声は、本当に隊員達のものなのか。
それとも、リトルツリーマンが俺達を動揺させるために喋らせているだけなのか。
どちらにしても、あまりにもエグい。
近藤は目を見開いたまま、リトルツリーマン達を見ていた。
昨日まで豪快に笑い、住民達に慕われ、東北を背負っているように見えた男が、今は言葉を失っている。
無理もない。
自分が指示を出した火炎放射。
それが通じなかっただけでなく、反撃によって部下があんな姿にされた。
近藤の心にどれほどの衝撃が走ったのか、想像するだけで胸が苦しくなる。
だが、このまま固まっている訳にはいかない。
リトルツリーマン達は、今も街の方角へ向かって進んでいる。
あいつらを止めなければ、次に犠牲になるのは街の住民達だ。
俺達がどう動くべきか考えていた、その時だった。
◇
「俺のスキルで見てみます」
今井翔太が口を開いた。
その声は緊張していたが、震えてはいなかった。
俺はすぐに彼を見る。
「だが、翔太のスキルはモンスターには出来なかったんじゃ……」
今井翔太の《水晶玉》。
相手の名前や種族、スキルなど、あらゆる情報を見ることができるスキル。
桜井の《天上天下唯我独尊》の情報を知ることができたのも、このスキルのおかげだった。
だが、以前の《水晶玉》は、人間や超人族には使えても、モンスターには使用することができなかった。
だから一瞬、俺はそう言ってしまった。
すると、今井翔太は小さく笑う。
「俺もレベルアップしたんで!」
その言葉に、俺ははっとした。
そうだ。
数ヶ月の準備期間で、強くなったのは俺だけじゃない。
未来も、陸斗も、メイド達も、皆それぞれスキルを伸ばしている。
今井翔太も当然、その中に含まれていた。
「頼む」
俺が短く言うと、今井翔太は頷いた。
彼はリトルツリーマンの群れへ視線を向ける。
「スキル《水晶玉》」
今井翔太がスキルを唱えた瞬間、その瞳に水晶のような光が宿った。
透明で、どこか冷たい光。
彼の視線が、リトルツリーマン達をじっと捉える。
空気が張り詰める。
近くでは、世紀末漢隊の隊員達が仲間を救おうと焦っている。
だが、リトルツリーマンのツルがまた伸びてくる可能性を考えると、迂闊に近づくこともできない。
時間がない。
だが、情報がなければ動けない。
今井翔太はしばらくリトルツリーマンを見つめ続けた。
そして、ようやく口を開く。
「リトルツリーマンの情報分かりました!」
「何が分かった……?」
俺はすぐに尋ねた。
今井翔太の表情は険しい。
良い情報ではないことが、その顔だけで分かった。
「リトルツリーマン自身は不死身です」
「は?」
俺は思わず声を漏らした。
「何だって」
不死身。
その言葉が、頭の中で嫌な音を立てて響く。
燃やしても蘇る。
種から再生する。
それだけでも厄介なのに、不死身だというのか。
「そんなモンスター相手にどうしろって言うんだ……!」
俺は歯を食いしばった。
不死身の敵。
しかも数が多い。
さらに、こちらの隊員を吸収して人質のように使っている。
そんな相手をどうやって止めればいい。
だが、今井翔太はすぐに声を上げた。
「落ち着いて下さい!」
その言葉に、俺は我に返る。
今井翔太は続けた。
「あくまで、リトルツリーマンだけです」
「あくまで……?」
「リトルツリーマンを生み出しているトレントクイーンというモンスターがどこかにいるはずです!」
トレントクイーン。
その名前を聞いた瞬間、俺の中で点と点が繋がった。
リトルツリーマンは不死身。
だが、それは本体ではないから。
あいつらは兵隊。
倒しても倒しても生み出される駒。
つまり、狙うべきはリトルツリーマンそのものではない。
「なるほど、リトルツリーマンはただの兵隊で、トレントクイーンを倒せばリトルツリーマンも消滅するという事だな?」
「はい、そうです!」
今井翔太が力強く頷く。
ようやく、攻略の糸口が見えた。
完全な絶望ではない。
倒すべき相手はいる。
問題は、そのトレントクイーンがどこにいるかだ。
◇
「流石だな」
俺は今井翔太にそう言ってから、すぐに未来へ視線を向けた。
「未来は索敵でトレントクイーンを探してくれ!」
おそらく、近くにいるはずだ。
これだけ大量のリトルツリーマンを動かしているのなら、本体が遠く離れているとは考えにくい。
そう言おうとした時、未来がすでに答えた。
「もう、やってる!」
未来の声は鋭かった。
見ると、空にはカラスが複数飛んでいる。
地面近くには、ヤモリがリトルツリーマン達の隙間を縫うように走っていた。
未来は《動植物愛護》の《動植物図鑑》で召喚した動物達を使い、すでに周囲を探っていたらしい。
本当に頼もしい。
未来は目を細め、カラスとヤモリから伝わってくる情報に集中している。
俺も上空からリトルツリーマンの群れを見る。
小型の木々は、ある程度の間隔を空け、まばらに並びながら進んでいた。
だが、その中に1か所だけ、明らかに密集している場所がある。
そこだけ、地面がほとんど見えない。
リトルツリーマン達が壁のように集まり、何かを隠しているように見えた。
「あそこ怪しいわね……」
未来が呟く。
ヤモリが地面を這い、リトルツリーマン達の隙間へ入っていく。
細い隙間。
根と根の間。
落ち葉の影。
人間の目では決して覗けない場所を、ヤモリは進んでいく。
そして、未来の表情が変わった。
「見つけた……」
その声には確信があった。
「悠真! あの密集しているとこ、あそこの中にトレントクイーンが守られてるわ!」
「了解だ!」
俺はすぐにその場所を確認する。
リトルツリーマン達が何重にも囲んでいる中心。
そこに、女性の形をした木のモンスターがいるらしい。
リトルツリーマンとは明らかに違う存在。
まさに女王。
あいつを倒せば、この不死身の兵隊達を止められるかもしれない。
◇
俺は近藤へ振り返る。
ここは東北だ。
世紀末漢隊の戦場だ。
俺達が勝手に指揮を取るべきではない。
「近藤、指示をくれ!」
俺は叫んだ。
だが、返事がない。
近藤は、まだリトルツリーマン達の方を見ていた。
吸収された隊員達の顔が浮かぶ幹。
そこから聞こえる、かすれた助けを求める声。
近藤の表情は、今まで見たことがないほど歪んでいた。
逞しく、自信に満ち溢れていた姿はそこにはない。
部下を救えなかった悔しさ。
自分の指示が間違っていたのではないかという後悔。
それらが近藤の身体を縛りつけているように見えた。
無理もない。
俺だって、仲間があんな姿にされたら平静ではいられない。
だが、それでは困る。
今、世紀末漢隊の隊員達は近藤の指示を待っている。
近藤が止まれば、彼らも動けなくなる。
「近藤! 聞いてるか?」
俺はもう一度叫んだ。
近藤はわずかに反応する。
「あぁ……」
だが、その声に力はない。
俺は早口で状況を伝える。
「今井翔太がリトルツリーマンの情報を調べてくれて、倒すには生み出しているトレントクイーンってモンスターを倒さないと駄目なんだ!」
近藤は俺を見た。
だが、まだ目が揺れている。
「そのトレントクイーンは未来の索敵で、あの密集場所にいる事が分かった」
俺はリトルツリーマンが密集している場所を指さした。
「攻撃の命令をくれ!」
これで、動く理由は揃った。
目標も見えた。
今すぐ指示を出せば、反撃に移れる。
だが、近藤はまだ動かなかった。
篠原や他の隊員達も、不安そうに近藤を見ている。
彼らは近藤を責めていない。
ただ、待っている。
兄貴の指示を。
東北を守ってきたリーダーの声を。
近藤は拳を握りしめた。
「分かってはいるが……」
その声は低く、苦しそうだった。
「俺のせいで部下があぁなってしまった……」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「ウジウジするなァァァ!!!」
自分でも驚くほどの怒号だった。
空に響いた俺の声に、全員がこちらを見る。
未来も、陸斗も、門脇も、芹沢も、今井翔太も、阿川も。
世紀末漢隊の隊員達も。
そして近藤も。
俺は近藤を睨むように見た。
「ここは、戦場だ!」
叫びながら、自分の声が震えているのが分かった。
怒りだけではない。
焦り。
恐怖。
そして、近藤に戻ってきてほしいという思い。
「一瞬の迷いが生死を分ける!」
近藤の顔が歪む。
「そんなの分かってる!」
近藤も声を荒げた。
「仲間をあんな形で失った気持ちがお前に分かるのか!!」
その叫びに、俺は一瞬言葉を詰まらせた。
近藤の声には怒りがあった。
だが、それ以上に悲しみがあった。
自分への怒り。
部下を守れなかった悔しさ。
仲間をあんな形にされてしまった絶望。
それを俺が軽々しく分かるなどとは言えない。
だから、俺は正直に答えた。
「仲間を失った気持ちは分からない……」
近藤の目を見る。
「分かるなんて、口が裂けても言えない」
俺はまだ、仲間をあんな形で失ったことはない。
大切な仲間を目の前で奪われた近藤の痛みを、俺が知ったような顔で語ることはできない。
だが、それでも言わなければならないことがある。
「だが、俺だって東京や仲間を守っている者として、常に判断が求められる!」
俺は拳を握る。
思い出す。
SPМとの戦い。
あの時、俺は自分の甘さと判断の遅れで、仲間達を危険に晒した。
「そんな中、SPМの戦いの際も、俺のヘマで危うく全員が桜井の支配下に落ちる所だった」
あの時の恐怖は、今でも忘れられない。
仲間達が支配される。
自分の意思を奪われる。
誰もが桜井の命令に従ってしまう。
俺がもっと早く気付いていれば。
俺がもっと慎重に動いていれば。
何度もそう思った。
「だから、俺だって凹んだし、俺がそのままリーダーのような役割を続けて良いのかと悩んだ事もあった」
東京都知事になった今でも、その悩みは完全に消えた訳ではない。
俺の判断で、人が動く。
俺の判断で、街の方針が決まる。
俺の判断で、誰かの命が左右される。
その重さに押し潰されそうになることは、何度もあった。
「だけど、俺のヘマを皆が助けてくれた」
俺は仲間達を見る。
「俺の大切な仲間達だ!」
俺が間違えた時、俺が悩んだ時、俺が立ち止まりそうになった時、いつも誰かが支えてくれた。
俺1人で何とかしてきた訳じゃない。
俺の《日常生活》だけで東京を作った訳じゃない。
皆がいたから、ここまで来られた。
「俺が間違った時、俺が考えている時、支えてくれる仲間が居たんだ」
俺は近藤へ向き直る。
「何でも自分1人で責任を負うな!」
近藤の目が揺れる。
「近藤……お前には支えてくれる仲間、信じる事が出来る仲間が居ないのか?」
その言葉に、近藤は黙った。
そして、ゆっくりと周囲を見た。
世紀末漢隊の隊員達。
篠原。
オトコプターに乗る者達。
不安そうに兄貴を見つめる者達。
皆、近藤を責めていなかった。
皆、近藤の指示を待っていた。
信じているから。
この男が再び顔を上げることを。
この男が東北を守るために、もう一度叫ぶことを。
近藤は小さく息を吐いた。
「居るよ……」
その声は、さっきより少しだけ力を取り戻していた。
近藤は拳を握る。
「沢山、居るぜ!!!」
その瞬間、世紀末漢隊の隊員達の顔が変わった。
兄貴が戻ってきた。
そんな空気が広がる。
◇
近藤は大きく深呼吸した。
そして、隊員達へ向き直る。
「皆、すまなかった……」
近藤が謝った。
あの豪快な男が、素直に頭を下げるような声で言った。
「俺、1人じゃ何にも出来ないみたいだ」
隊員達は黙って聞いている。
「俺に力を貸してくれ!」
その言葉が響いた瞬間、世紀末漢隊の隊員達が一斉に声を上げた。
「兄貴の為なら、何だってやりますぜ!!」
「俺達はそのためにいるんですぜ!!」
「兄貴だけに背負わせる訳ねぇだろ!!」
「それが真の漢ってもんですよ!!」
声が次々と上がる。
篠原も大きく頷いていた。
「兄貴、命令をくれ!」
その声に、近藤の目が完全に戻った。
不安に揺れていた瞳に、いつもの力が宿る。
近藤は突然、自分の頬を思い切り殴った。
鈍い音がした。
頬が赤く腫れ上がる。
俺は思わず目を見開いた。
だが、近藤は痛みなど気にしていない。
それは、自分を叱るための一撃だったのだろう。
迷いを吹き飛ばすため。
そして、もう一度リーダーとして立つため。
近藤は俺を見た。
「皆、そして悠真、目を覚ましてくれてサンキューだ!」
「あぁ」
俺は頷く。
「さあ、皆隊長の指示を待ってるぞ!」
近藤はにやりと笑った。
そこにはもう、さっきまでの迷いはなかった。
「分かってる!」
近藤が空に響く声で叫ぶ。
「東北を守るのは俺達世紀末漢隊だ!」
隊員達の目が燃える。
「やられた仲間の分もやってやるぜ!」
その瞬間、世紀末漢隊の声が空を震わせた。
「ヒャッハーーー!!」




