A+ランクモンスター
第139話です。宜しくお願い致します。
「福島で初めてのA+ランクモンスターが出ました!!」
篠原のその言葉で、空気が一瞬にして変わった。
さっきまで、街の住民達はバイバイバッタを焼き払った車を見て歓声を上げていた。
近藤も、いつものように豪快に笑っていた。
だが、A+ランクモンスターという言葉を聞いた瞬間、その表情から笑みが消えた。
「何、A+ランクモンスターだと……」
近藤の声が低くなる。
俺も息を呑んだ。
A+ランク。
今まで東京にも、DランクモンスターからAランクモンスターまでしか出たことがない。
Aランクモンスターと戦ったのは、約1年前。
フトゥーロが厄災の対策として出していたスケルトンキングだった。
あの時は、当時のSPМと共に総力戦で何とか倒した。
思い出すだけでも、胃が重くなる。
当時よりも、俺達は格段にレベルアップしている。
スキルも強化された。
仲間も増えた。
東京自衛隊もできた。
世紀末漢隊という頼もしい存在も今は近くにいる。
それでも、Aランクよりさらに上のA+ランクが、どれほどの強さなのかは全く分からない。
未知の脅威。
それだけで、背中に冷たいものが走った。
◇
近藤はすぐに篠原へ向き直る。
「被害状況はどうなってる……?」
その声は、完全にリーダーのものだった。
豪快さは消えていない。
だが、余計な感情を挟まず、今必要な情報だけを求めている。
篠原も、いつもの料理人らしい自信満々の顔ではなかった。
青いモヒカンの男は、真剣な表情で答える。
「福島壱番隊隊長の瀬川によると、街はまだ襲われてないらしいですが、森の中でパトロールをしていた隊員何人かが既にやられたそうです……」
「……そうか」
近藤が短く呟いた。
街はまだ襲われていない。
それは救いだった。
だが、すでに隊員の犠牲が出ている。
森の中でパトロールしていた者達がやられた。
つまり、敵はすでに世紀末漢隊の防衛圏に入り込んでいるということだ。
近藤は一度だけ目を伏せた。
そしてすぐに顔を上げる。
「とりあえず、A+ランクモンスターなんてどれぐらいの強さか分からねぇ……」
近藤は周囲の隊員達へ声を張った。
「空いている隊員はオトコプターを使って出動させろ!」
「アイアイサー!!」
篠原がすぐに返事をする。
周囲にいた世紀末漢隊の隊員達も、一斉に動き始めた。
指示が早い。
動きも速い。
普段は騒がしく、世紀末感満載の連中だ。
だが、緊急時には迷いがない。
やはり、ただの変な集団ではない。
近藤は俺の方を向いた。
「すまない悠真、一旦街案内は中止だ……」
「あぁ、それは当然だ」
「本部に戻っておいてくれ……」
その言葉に、俺は眉をひそめた。
本部に戻っておけ。
つまり、俺達は関わるなという意味だ。
近藤は俺達を巻き込むつもりがないのだろう。
未知のA+ランクモンスター。
危険度が分からない相手。
自分達の問題だから、自分達で対処する。
そう言いたいのだと思う。
でも、それは受け入れられなかった。
「何を言ってるんだ」
俺は近藤を見た。
「俺達も討伐を手伝うよ!」
近藤の目が鋭くなる。
「それこそ、お前何を言ってるんだ!」
近藤の声には、怒りにも似た感情が混じっていた。
「未知のランクのモンスターだろ?」
「あぁ」
「それともお前等、A+ランクモンスターと戦った事あるのか?」
「いや、ない……」
俺は正直に答えた。
嘘をつく意味はない。
A+ランクモンスターと戦った経験など、俺達にはない。
だからこそ、危険だという近藤の言葉も分かる。
それでも、引くつもりはなかった。
「だが、見ず知らずの俺達をここまで歓迎してくれた礼をさせてくれ……!」
昨日、近藤達は俺達を迎え入れてくれた。
ファイヤーボア料理まで振る舞ってくれた。
街も見せてくれた。
そして何より、この2日間で、世紀末漢隊がどれだけ東北を守ってきたのかを見た。
俺達はそれを知ってしまった。
知ってしまった以上、危険だからといって本部で待っていることなどできない。
近藤は大きく首を振る。
「東北は俺達が守っている!」
その言葉には誇りがあった。
そして責任もあった。
「命がかかってるんだ、お前等は俺達に命をかける義理はない!」
近藤は俺達を拒絶している訳ではない。
むしろ、俺達を守ろうとしている。
ここに来たばかりの客人を、未知のA+ランクモンスターとの戦いに巻き込みたくない。
その気持ちは分かる。
分かるからこそ、俺は近藤の価値観で返すことにした。
「義理がなくても助けるのが漢なんだろ?」
近藤が一瞬、言葉を失った。
俺は続ける。
「この2日間で、世紀末漢隊がどれだけ東北を守ってきたかが分かったんだ!」
移動する街。
武装した車。
住民達の自衛手段。
モンスターを狩って食べる生活。
近藤が作り、守ってきたものを見た。
「勿論、東北を守っているのは世紀末漢隊だ」
俺はそこを間違えるつもりはない。
ここは東京ではない。
俺の街ではない。
この地を守ってきたのは、近藤達だ。
「だから、俺達は近藤の指示に従うよ」
近藤の目を見る。
「俺達を漢にするチャンスをくれないか?」
近藤は黙った。
そして、俺だけではなく、俺の後ろにいる仲間達を見た。
未来。
陸斗。
門脇。
芹沢。
今井翔太。
阿川。
一葉、二葉、三葉。
誰も逃げる顔はしていなかった。
A+ランクモンスターが危険なことは、皆分かっている。
それでも、ここで見捨てる選択肢はなかった。
近藤はしばらく俺達を見ていた。
やがて、大きく息を吐く。
そして、豪快に笑った。
「ガッハッハ!」
その声に、張り詰めていた空気が少しだけ揺らぐ。
「これだけ、漢を見せる奴らは見たことない!」
近藤は大きく頷いた。
「分かった!」
その表情は真剣だった。
「頼む、俺達と協力して、モンスターを討伐してくれ!」
「勿論だ!」
俺は力強く頷いた。
東京組と世紀末漢隊。
正式に共闘することになった。
◇
近藤はすぐに切り替える。
「よし、お前等はあのペットに乗って行くか?」
ペット。
多分、レッドワイバーンのことだ。
相変わらず、近藤達の感覚ではレッドワイバーンも可愛いペットらしい。
「それともオトコプターに乗って行くか?」
「それもいいが、移動に関しちゃ俺達にはプロフェッショナルが居るんだ」
「プロフェッショナル?」
近藤が不思議そうに眉を動かす。
俺は阿川を見る。
「阿川、頼むぞ」
「あぁ、分かった」
阿川は落ち着いた様子で前に出た。
こういう時、阿川の《配管工》は本当に頼もしい。
戦闘そのものより、移動や退避で力を発揮するタイプだ。
だが、危険地帯へ急行する今の状況では、何より重要な能力と言ってもいい。
阿川は篠原へ視線を向けた。
「ある程度の場所は分かるか?」
篠原は少し考え、すぐに答える。
「……あぁ、福島と栃木の県境くらいの白河市辺りだぜ!」
白河市。
俺達は宮城へ来る途中で、福島方面も通っている。
阿川は頷いた。
「それなら、行きがけに記憶している」
阿川は地面へ手を向けた。
「スキル《配管工》」
次の瞬間、空間がぐにゃりと歪んだ。
地面の上に、巨大な配管が現れる。
金属でできたような、太く大きな管。
東京でも何度も見ている光景だが、初めて見る者にとっては異様だろう。
実際、近藤は目を丸くしていた。
「何だこれは……?」
阿川は淡々と答える。
「この中を通れば福島白河市に到着する」
「マジか……!!」
近藤は思わず声を上げた。
「そんな便利なスキルがあるとはな……」
「それと、床をコンベアに変えてるからオトコプターをコンベアに乗せて移動したらいい」
阿川はさらに説明した。
相変わらず、便利すぎる。
近藤は一瞬呆然とし、それから笑った。
「至れり尽くせりじゃねぇか!」
そして、世紀末漢隊の隊員達へ向かって叫ぶ。
「よっしゃあお前等、モンスター討伐行くぞぉー!」
「アイアイサー!!」
隊員達の声が響いた。
すぐに出動準備が進む。
オトコプターは配管の中に入れるため、コンベア部分へ乗せられていく。
東京組も、世紀末漢隊も、次々に阿川の配管へ入っていった。
管の中を通る感覚は、何度経験しても少し不思議だ。
だが、移動速度は圧倒的だった。
普通に飛んで向かえば、時間がかかる。
しかし阿川の《配管工》なら、ほぼ一瞬で目的地付近へ移動できる。
俺達はすぐに福島の白河市付近へ到着した。
◇
そこからは篠原が先導する。
世紀末漢隊はオトコプターに乗り、俺達は未来が召喚したレッドワイバーンに乗った。
空へ上がる。
白河市付近の空気は、宮城とはまた少し違っていた。
どこか重い。
森の方角から、嫌な気配が漂っているように感じる。
「こっちですぜ!」
篠原がオトコプターから声を張る。
俺達はその後を追った。
しばらく移動すると、上空から異様な光景が見えてきた。
森の一部が動いている。
最初は、地面が揺れているのかと思った。
だが違う。
正確には、大量の小型の木々達が動いていた。
まるで、森の一部だけが切り離され、歩き出したかのようだった。
小さな木のようなモンスター達が、大行進している。
その進行方向は、明らかに街の方角だった。
「……あれか?」
俺は目を凝らす。
見た目だけなら、小さな木のモンスターだ。
背丈もそこまで大きくはない。
正直、A+ランクと言われてもすぐには信じられない。
だが、ステータス画面ははっきりと表示していた。
A+ランクモンスター、リトルツリーマン。
リトル。
小さな木の人。
名前だけ聞けば、どこか可愛らしさすら感じる。
だが、A+ランクだ。
名前や見た目で判断してはいけない。
俺はそう自分に言い聞かせた。
近藤も、その群れを見下ろしていた。
「……あいつらか」
その声は低い。
そしてすぐに判断を下す。
「よし、相手は木のモンスターだ!」
近藤が隊員達へ声を張る。
「火がよく燃える筈だ!!」
確かに、相手は木のようなモンスター。
火は有効そうに見える。
昨日のバイバイバッタも、火炎放射で完全に焼き尽くした。
世紀末漢隊にとって、最も得意な対処法なのだろう。
「一斉に発射しろぉ!」
「アイアイサー!」
オトコプターが隊列を組む。
そして、いつものテーマソングが流れ始めた。
♪漢〜! ヒャッハー!
♪漢〜! ヒャッハー!
♪漢なら後ろは見るな前だけ常に見ろぉ〜
♪漢なら弱きを守り強くあれぇ〜
緊急時でも、この曲は流れるらしい。
だが、今はそれを笑う気にはなれなかった。
オトコプターから金属の筒がせり出す。
筒の先端が赤く熱を帯びる。
そして、隊員達が一斉に叫んだ。
「ファイヤー!!」
広範囲の炎が放たれる。
炎はリトルツリーマン達へ向かって降り注いだ。
小さな木々達が炎に包まれる。
枝が燃える。
葉が燃える。
幹が焼けていく。
リトルツリーマン達は苦しむように身体を揺らした。
効いている。
そう見えた。
「ガッハッハ!」
近藤が笑う。
「効いてるぞ!」
その声に、世紀末漢隊の隊員達も勢いづく。
「どんどん燃やせぇー!」
さらに炎が放たれる。
リトルツリーマン達は次々と燃え尽きていった。
黒く焦げ、崩れ、消えていく。
このままいける。
一瞬、そう思った。
だが、次の瞬間。
燃え尽きたリトルツリーマン達の跡に、小さな粒のようなものが残った。
種だった。
その種が、ぱらぱらと土の上へ落ちる。
そして、地面に吸い込まれるように埋まった。
「……何だ?」
俺が呟くより早く、土が盛り上がった。
芽が出る。
根が伸びる。
幹が生える。
あまりにも速い成長だった。
数秒の間に、再び小型の木々が生まれていく。
燃やされたはずのリトルツリーマンと、同じ数。
いや、ほとんど変わらない数のリトルツリーマンが、またそこに立っていた。
「何だと……」
近藤の声に、驚愕が混じる。
「火が効かない……?」
火は効いていた。
燃えていた。
苦しんでいた。
だが、倒せていない。
バイバイバッタは、部位や破片を完全に燃やせば復活しなかった。
しかし、リトルツリーマンは違う。
燃やして完全に消滅させたように見えても、種を残す。
その種から、また生まれる。
火炎放射が対処法になっていない。
A+ランク。
その厄介さが、はっきりと形になって見えた。
◇
そして、リトルツリーマン達が一斉に動いた。
小さな木々がざわざわと揺れる。
枝が震える。
葉が擦れ合う音が、まるで笑い声のように聞こえた。
明らかに、攻撃されたことへ反応している。
次の瞬間、リトルツリーマン達から長いツルが伸びた。
ただの植物のツルではない。
速い。
鋭い。
槍のように空を突き刺す勢いで、オトコプターへ向かって伸びていく。
「避けろ!!」
近藤が叫んだ。
だが、間に合わなかった。
何体かのオトコプターが、ツルの攻撃を受ける。
金属が裂ける嫌な音が響いた。
ツルがオトコプターの装甲を貫通していた。
さらに、その中にいた隊員達の身体まで貫いている。
「ギャーー!!」
「うわぁーーー!!」
「助けてぇ゙ー!!」
悲鳴が空に響く。
俺の背筋が凍った。
オトコプターは近藤が作った乗り物だ。
バイバイバッタ相手にも問題なく戦えていた。
しかも、近藤の話ではかなり頑丈なはず。
だが、リトルツリーマンのツルは、それを簡単に貫いた。
「そんな……」
近藤が呆然と呟く。
「あれは、ドリルすらも穴をあけることができないんだぞ……」
近藤の声が震えていた。
信じられないのだろう。
自分が作った乗り物の強度を、誰よりも分かっている近藤だからこそ、その異常さを理解している。
だが、悪夢はそれだけでは終わらなかった。
貫かれた隊員達が、ツルの中へ吸収されていく。
身体が引き込まれる。
抵抗しようとしても、ツルが絡みつき、逃がさない。
隊員達の叫びが、途中でくぐもった音へ変わった。
そして、リトルツリーマンの幹に、人間の顔が浮かび上がった。
吸収された隊員達の顔だった。
苦痛に歪んだ顔。
助けを求める目。
その顔が、かすれた声で喋る。
「た……すけ……て」
その瞬間、俺は言葉を失った。
リトルツリーマン達が、ニヤリと笑ったように見えた。
木のモンスターなのに、確かに笑った。
まるで、こちらを嘲笑うように。
人質を見せびらかすように。
近藤の顔が怒りと絶望で歪む。
「やめろぉーー!!」
近藤の叫びが響いた。
その声には、昨日までの豪快さはなかった。
部下を奪われたリーダーの、剥き出しの怒りだった。
戦場は、一気に地獄絵図になった。
火炎放射は効かない。
倒しても種から復活する。
オトコプターの装甲は貫かれる。
隊員達は吸収され、幹に顔を浮かべて助けを求める。
リトルツリーマン達は笑っている。
A+ランク。
その意味を、嫌というほど思い知らされた。
俺はレッドワイバーンの背の上で拳を握りしめた。
「こんな、エグいことになるなんて……」
喉が乾く。
頭の中で必死に考える。
燃やしても駄目。
物理的に壊しても、おそらく種が残る。
不用意に攻撃すれば、隊員達ごと傷つける可能性もある。
どうすればいい。
何をすれば、このモンスターを止められる。
俺は目の前の地獄を見下ろしながら、呟いた。
「どうしたら良いんだ……」




