ファイヤーボア料理
第137話です。宜しくお願い致します。
「モンスターを食べるのか?!」
俺は思わず、目の前に置かれたファイヤーボアを見ながら声を上げた。
Bランクモンスター。
それも、ついさっきまで近藤が狩って持ち帰ってきたであろう巨大なイノシシ型のモンスターだ。
それを食べる。
俺の中には、そんな発想がなかった。
東京では、俺の《日常生活》で食料を複製したり、生成したりすることができた。
今でこそ農業や畜産、漁業なども少しずつ復活してきているが、そもそもの始まりが違う。
俺達にとってモンスターは、基本的に倒すべき敵だった。
少なくとも、食卓に並べるものではなかった。
そんな俺の反応を見て、近藤は不思議そうに首を傾げた。
「何だ? モンスターを食べた事がないのか?」
「いや、逆に食べてる奴を見たことないぞ……」
俺がそう答えると、近藤は豪快に笑った。
「ガッハッハ!」
相変わらず、腹の底まで響くような笑い声だ。
「モンスターにもよるが、ファイヤーボアは旨いぞ!」
「旨いのか……」
「あぁ。肉質がいい。焼いてよし、揚げてよし、煮てよしだ」
近藤は当たり前のように言う。
まるで高級食材の話でもしているような口ぶりだった。
俺はファイヤーボアを見る。
確かに、丸焼けにされたような姿は、食材と言われれば食材に見えなくもない。
だが、やはりステータス画面にBランクモンスターと表示されている事実が頭から離れなかった。
◇
結局、俺達は近藤達に言われるがまま、夕食まで待つことになった。
時間は進み、夜になる。
世紀末漢隊の拠点内にある食堂のような場所へ案内されると、そこには大きなテーブルが並んでいた。
そして、そのテーブルの上には、大量の料理が置かれている。
中心になっているのは、もちろんファイヤーボアだ。
だが、俺が想像していたものとは全く違った。
もっとこう、肉を大雑把に焼いて、塩を振って、豪快にかぶりつくような料理が出てくると思っていた。
いかにも男飯というか、世紀末飯というか。
しかし実際に並んでいたのは、かなり凝った料理ばかりだった。
ファイヤーボアを甘辛く焼いたもの。
表面を香ばしく揚げて、上から特製らしきソースがかかっているもの。
茹でた肉を薄く切り、野菜と和えたサラダのようなもの。
脂の乗った部分を炙った料理。
細かく刻んだ肉と野菜を炒めたもの。
見た目だけなら、普通に料理上手な人が作ったご馳走だ。
いや、普通以上かもしれない。
まさか世紀末漢隊の拠点で、こんな丁寧な料理を見るとは思わなかった。
「ほら、そっちのメイドさんも座りな」
近藤が一葉、二葉、三葉へ声をかけた。
世紀末風の見た目なのに、こういうところは妙に気が利く。
一葉は丁寧に一礼した。
「折角のお誘いでございますが、私達は悠真様から生まれた存在なので食事は必要と致しません」
その瞬間、近藤の眉がぴくりと動いた。
「悠真から生まれた存在っておめぇ……」
近藤が俺を見る。
なぜか少し、妙な勘違いをされていそうな目だった。
「……? 何か勘違いしてそうだが、俺のスキルの一部なんだよ!!」
俺は慌てて訂正した。
確かに、一葉の言い方は少し誤解を招く。
俺から生まれた存在。
言葉だけ聞けば、かなり怪しい。
「ガッハッハ! 何だ、そうかぁ!」
近藤はあっさり笑い飛ばした。
本当に豪快な男だ。
細かいことを気にしないのか、気にしてもすぐに受け流すのか。
どちらにしても、話していて妙な安心感がある。
◇
「では、食べよう!」
近藤が席につき、声を張った。
すると、世紀末漢隊の隊員達が一斉に姿勢を正した。
何か始まるのかと思った次の瞬間、近藤が高らかに言う。
「漢なら、黙って弱きを助けろ!」
「漢なら、黙って弱きを助けろ!」
隊員達が復唱した。
俺は思わず目を瞬かせる。
食前の挨拶なのだろうか。
近藤は続ける。
「漢なら、逃げるな立ち向かえ!」
「漢なら、逃げるな立ち向かえ!」
「漢なら、周りの奴らを泣かせるな!」
「漢なら、周りの奴らを泣かせるな!」
「生きている事に感謝して食せ!」
「生きている事に感謝して食せ!」
そして近藤が、両手を合わせた。
「手を合わせて、頂きます!」
「頂きます!」
食堂中に声が響く。
一見すると、かなり思想が強めに感じる。
今の時代、男ならこうしろ、女ならこうしろ、という押し付けは嫌われるだろう。
俺も最初は、少し身構えた。
だが、よく聞いてみると違う。
近藤達が言う「漢」とは、性別としての男という意味ではないのだと思う。
弱きを助ける。
逃げずに立ち向かう。
周りの人間を泣かせない。
生きていることに感謝する。
それは、男女関係なく、彼らが目指している理想像なのだろう。
暑苦しい。
かなり暑苦しい。
だが、内容自体は悪くない。
むしろ、この崩壊した世界で人を守りながら生きるには、必要な芯なのかもしれない。
◇
食事が始まった。
世紀末漢隊の隊員達は、何の躊躇もなくファイヤーボア料理を食べ始める。
「うめぇ!」
「今日も最高だぜ!」
「篠原さんのソース、キレてるな!」
あちこちから声が上がる。
一方で、東京メンバーは少し慎重だった。
特に女性陣は、料理を前にしてもすぐには手を伸ばせないようだった。
「みんな、よく食べれるわね……」
芹沢が少し引いたように言う。
「今日だけは貴方に同意よ……」
未来も珍しく芹沢に同意した。
確かに、気持ちは分かる。
目の前の料理は美味しそうだ。
だが、元がモンスターだと考えると、どうしても一歩踏み出すのに勇気がいる。
そんな中、東京メンバーで最初に食べ始めたのは今井翔太だった。
彼は特に躊躇することなく、甘辛く焼かれたファイヤーボアの肉を口へ運んだ。
そして、普通に目を丸くする。
「皆さん旨いですよ、食べないんですか?」
あまりにも自然な反応だった。
その言葉を聞いて、皆が少しだけ安心する。
毒ではなさそうだ。
いや、毒だったら今井翔太に申し訳なさすぎるが。
俺も覚悟を決め、箸を伸ばした。
まずは甘辛く焼かれたファイヤーボアを口に入れる。
噛んだ瞬間、肉汁が広がった。
「これは、旨い……!!」
思わず声が出た。
予想していた獣臭さがほとんどない。
イノシシ肉に近いのかと思っていたが、もっと食べやすい。
豚肉のようなジューシーさがあり、噛むほどに旨味が出てくる。
それに、味付けが抜群だった。
甘辛いタレが肉の脂と絡み、口の中でちょうど良い濃さになる。
白いご飯が欲しくなる味だ。
次に、揚げたものも食べてみる。
衣は軽く、肉は柔らかい。
上にかかっている特製ソースは少し酸味があり、脂をさっぱりさせてくれる。
茹でた肉と野菜を和えたものは、さらに食べやすかった。
モンスターの肉という先入観が、どんどん崩れていく。
「どうだ? 旨いだろう?」
近藤がにやりと笑う。
「あぁ、モンスターの肉を舐めてた」
俺は素直に認めた。
「ガッハッハ!」
近藤は楽しそうに笑う。
「良かったな、篠原!」
近藤は少し離れた場所にいる青いモヒカンの隊員へ声をかけた。
「今日の料理もみんな旨いってよ!」
青いモヒカンの男は、胸を張って答える。
「俺の料理だから当然ですぜ!」
あの見た目で、この繊細な料理を作ったのか。
人は見た目によらない。
いや、この世界では何度も思ってきたことだが、改めて強く思った。
青いモヒカン。
肩パッド。
世紀末風の服装。
それでいて料理上手。
情報量が多い。
◇
「食べられるものは何でも食べなきゃな!」
近藤は肉を豪快に食べながら言う。
「この付け合わせの野菜も家庭菜園で採れた野菜達だ」
「家庭菜園までしているのか……」
俺は驚いて聞き返した。
この厳つい男達が、せっせと野菜を育てている。
青モヒカンや肩パッドの男達が、水やりをしたり、土を耕したり、虫を取ったりしている。
正直、あまり想像できない。
だが、目の前の野菜は確かに新鮮だった。
ここでは、食料は簡単には手に入らない。
東京とは違う。
東京は、俺の《日常生活》にかなり助けられてきた。
食べ物を複製して生成できる。
生活に必要な物も揃えられる。
今でこそ、東京の住民達の努力によって、街は少しずつ俺のスキルから自立しつつある。
農業や畜産、工場、流通、店。
そういったものが動き出している。
だが、最初からそれがあった訳ではない。
俺のスキルがなければ、もっと多くの人が飢えていたかもしれない。
一方で、ここ東北では違う形で生き延びている。
モンスターを狩る。
食べられるものは食べる。
野菜を育てる。
自分達の手で命を繋ぐ。
まるで人間が昔の狩猟時代に戻ったようにも見える。
だが、この世界ではそれが現実なのだ。
そうまでしないと、生きていけない場所もある。
俺は改めて、東京がどれだけ特殊で恵まれているのかを感じた。
「改めて、こんな貴重な食事を俺達にも振る舞ってくれてありがとう……」
俺は近藤に向かってそう言った。
これは本心だった。
彼らにとって、この食事は簡単に用意できるものではないはずだ。
Bランクモンスターを狩り、解体し、調理し、皆で分け合う。
そこに俺達を入れてくれた。
それは、かなり大きな意味を持つのだと思う。
近藤は俺を見る。
「お前が悪い奴だとは思わなかったからだ」
近藤はあっさりと言った。
「俺は漢じゃないやつと共に食事などしねぇ」
その言葉に、俺は少しだけ胸が熱くなった。
近藤にとって、食事を共にするというのは、ただ腹を満たすことではないのだろう。
相手を認める。
仲間とは言わないまでも、同じ食卓につける相手だと判断する。
そういう意味があるのだと思う。
この男には、確かにカリスマ性がある。
部下に慕われているのも分かる。
豪快で、暑苦しくて、見た目は完全に世紀末。
だが、筋が通っている。
弱きを守るという軸がある。
まさに、男が憧れる男という感じだ。
こいつなら、東北をまとめていても不思議ではない。
◇
騒がしい夕食は、その後もしばらく続いた。
世紀末漢隊の隊員達はよく食べ、よく笑った。
篠原の料理を褒める者。
近藤がどうやってファイヤーボアを狩ったのか聞きたがる者。
ブルドッグに肉を分けようとして、逆に睨まれている者。
最初は引いていた芹沢や未来も、結局は料理の美味しさに負けて少しずつ食べていた。
「悔しいけど、美味しいわね……」
「うん……それは認める」
珍しく2人の意見が一致している。
陸斗や阿川、今井翔太は普通に食べ進めていた。
門脇は近藤との再会もあり、少し懐かしそうに食事をしている。
こうして見ると、世紀末漢隊の食卓はかなり賑やかだった。
やがて夕食が終わり、少し落ち着いた頃。
俺は気になっていたことを近藤に尋ねることにした。
「そう言えば隊員達が乗っている飛行物体、あれは何なんだ?」
近藤は肉を食べ終え、満足そうに腕を組んでいた。
「あれは、俺がスキルで作った乗り物、オトコプターだ」
「オトコプター……?」
俺は思わず聞き返した。
名前が凄い。
いや、正直に言えばネーミングセンスは終わっている。
ただ、やはりあれはスキルで作られたものだったらしい。
あの性能の飛行物体を作れる。
低速飛行ができて、火炎放射までできる。
近藤のスキルは相当強力だ。
名前はオトコプターだが。
「俺のスキルは《漢のロマン》だ」
近藤が堂々と言った。
「……? お前のスキルの内容が漢のロマンなのか?」
俺がそう聞くと、近藤はまた豪快に笑った。
「ガッハッハ!」
近藤は胸を張る。
「俺のスキルの名前だ」
「何だ、その名前……」
俺は思わず呟いた。




