コン太の本心
第134話です。宜しくお願い致します。
翌朝、俺は春日と一緒にコン太の元を訪れた。
昨日の夜、春日から聞いた話が頭から離れなかった。
フォック族のコン助。
翡翠球からこの世界へ迷い込み、春日と半年間共に過ごし、最後は春日を庇って死んだ存在。
その話を聞いてから、俺はずっと考えていた。
コン太はどうなのだろうか。
俺達は、コン太の明るさにどれだけ救われてきただろう。
桜井の時だってそうだ。
あいつが居なければ、俺達はもっと酷い事になっていたかもしれない。
コン太はいつも元気に笑っていた。
語尾に「コン」とつけて、場を和ませてくれていた。
だから、俺は勝手に安心していたのかもしれない。
コン太は大丈夫だと。
コン太はもう、この東京に馴染んでいると。
でも、よく考えればそんな簡単な話ではない。
コン太は、この地球の存在ではない。
翡翠球という別世界から来た、フォック族だ。
家族や仲間がいるかもしれない。
故郷の景色があるかもしれない。
帰りたい場所があるかもしれない。
それなのに、俺は今まで一度も聞いたことがなかった。
本当は翡翠球に帰りたいのか、と。
「こんな朝早くから2人ともどうしたコン?」
コン太は俺と春日を見て、不思議そうに首を傾げた。
「今日もまた、宮城へ向けて行くコンよね?」
「あぁ、勿論行く予定だ……」
俺は頷いた。
「その前に少し話があるんだ……」
俺の声がいつもより硬かったのか、コン太は少しだけ耳を動かした。
すると、隣に立っていた春日が、じっとコン太のことを見つめていた。
春日の目には、懐かしさと寂しさが混じっているように見えた。
コン太が話す姿。
語尾。
ふわふわした毛。
フォック族特有の雰囲気。
コン助とは別人だと分かっていても、きっと重なってしまうのだろう。
「どうした……コン?」
コン太が少し恥ずかしそうに身じろぎする。
「そんなに見つめられたら恥ずかしいコン……!!」
「……あっ、すいません」
春日は我に返ったように頭を下げた。
いつもの春日なら、ここで何か余計なことを言って場をかき回しそうなものだ。
だが、今の春日は違った。
きっと、コン太を前にすると、どうしてもコン助の記憶が蘇ってしまうのだろう。
俺は春日に視線を向けた。
春日は小さく頷き、コン太へ向き直った。
「コン太さん。少し、私の話を聞いて頂いてもよろしいでしょうか?」
「勿論だコン」
コン太は真剣な顔で頷いた。
◇
春日は、昨日俺に話してくれた過去を、今度はコン太に話した。
世界が崩壊して間もなかった頃。
研究室でゴブゴブリンに襲われたこと。
目の前にゲートが開き、そこからフォック族のコン助が現れたこと。
コン助が翡翠球から来た存在だったこと。
コン助を故郷へ帰すために、2人でゲート研究を始めたこと。
崩壊した世界の中で、隠れ家を転々としながら半年間共に生き延びたこと。
そして、コン助が春日を庇って命を落としたこと。
春日の声は、何度か震えた。
それでも、最後まで話した。
コン太は途中で口を挟まなかった。
普段の明るい雰囲気は少し影を潜め、真剣な眼差しで春日の話を聞いていた。
同じフォック族として、何か思うところがあったのかもしれない。
話し終えた後、しばらく沈黙が落ちた。
コン太は静かに春日を見上げる。
「それは、辛かったコンね……」
その言葉は、とても優しかった。
コン太の前でこの話をするのは、春日にとって余計に辛いのだろう。
春日は唇を結び、目を伏せた。
その様子を見て、コン太はそっと近づいた。
そして、自分のふわふわした毛に覆われた手で、春日の頭をぽんぽんと撫でた。
春日の肩が小さく震えた。
それはきっと、ただの慰めではなかった。
春日にとって、その感触はコン助を思い出させるものだったはずだ。
春日は泣きそうな顔をしながら、それでも何とか涙を堪えていた。
俺はその光景を見て、胸が苦しくなった。
コン助はもう居ない。
けれど、春日の中には確かに残っている。
そして今、目の前にいるコン太もまた、同じフォック族なのだ。
◇
「それで、コン太に1つ尋ねたい事があるんだ……」
俺は静かに切り出した。
コン太は俺を見た。
「……何だコン?」
俺は少しだけ息を吸った。
言葉を間違えたくなかった。
これは、軽く聞いていい話ではない。
「今まで、俺は全く気が回ってなかった……」
俺は正直に言った。
「コン太は自分と全く違う世界に1人で来て、更に壊れた世界で奮闘している」
コン太は黙って俺を見ていた。
「俺達も助けられてて、頼りきっているから忘れていたんだと思う」
言えば言うほど、自分の至らなさが胸に刺さる。
コン太はいつも明るかった。
だから、つい甘えてしまっていた。
本当は寂しいかもしれない。
本当は不安かもしれない。
そんな当たり前のことを、俺は考えきれていなかった。
「本当はコン太も元の世界に帰りたいよな?」
俺がそう尋ねると、コン太は少しだけ黙った。
すぐには答えなかった。
その沈黙だけで、この問いが簡単なものではないと分かった。
帰りたい。
帰りたくない。
そんな2択で決められる話ではないのだろう。
コン太はしばらく考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「正直、帰りたい気持ちはあるコン……」
俺は黙って頷いた。
「家族や仲間がどうなっているかも気になるコン……」
コン太の声は静かだった。
「それに翡翠球自体もどうなってるかっていうのも知りたいコン」
当然だ。
自分の故郷がどうなっているのか。
家族が無事なのか。
仲間は生きているのか。
気にならないはずがない。
「だけど、悠真達と出会って皆のことが大好きになったコン」
コン太は少しだけ笑った。
「だから、はいかいいえで決めるのは難しいコン……」
俺は、その言葉に少し救われた気がした。
コン太は俺達との日々も大切に思ってくれている。
だが、それは故郷を忘れたという意味ではない。
「ただ、自分は今元気にやってるコンと皆に安否を伝えたいコン……」
その言葉を聞いて、俺はようやく少しだけ安心した。
コン太の本音が聞けた。
帰りたい気持ちはある。
でも、東京の皆も大好きだ。
だからまず、生きていることを伝えたい。
それはとても自然で、切実な願いだった。
「そうだよな……」
俺は頷いた。
「皆に自分が生きている事を伝えたいよな!」
◇
そして、俺は春日の方を向いた。
ここから先は、俺が東京都知事として言うべきことだ。
もちろん、個人的な想いもある。
コン太のため。
春日のため。
コン助との約束のため。
でも、それだけではない。
コン助とコン太。
俺が知っているだけでも、別世界からこの地球に迷い込んだ存在が2人いる。
なら、今後も同じような存在が現れる可能性はある。
翡翠球だけではないかもしれない。
全国調査を進める中で、別世界から迷い込んだ存在に出会う可能性だってある。
そう考えると、これは単なる個人的な願いでは済まない。
世界崩壊後の東京として、取り組む意味がある研究だ。
「春日、コン太の為にもゲートを使って元の世界を行き来できる研究を正式に依頼したいんだ」
春日が目を見開いた。
「今後、コン助やコン太以外にもまた他の世界からの迷子がやってくるかもしれない……」
俺は続けた。
「何なら翡翠球以外からも来るかもしれない……」
春日は真剣な顔で聞いている。
「だから、東京都知事として正式にお願いしたいんだ」
「え?! 東京都知事……?!」
春日が素っ頓狂な声を上げた。
そういえば、春日にはまだその話をしていなかった。
昨日は春日のスキルや過去の話で、それどころではなかったのだ。
「すまない、言ってなかったな」
俺は少し苦笑する。
「色々あって最近都知事になったんだ」
「色々あって、で東京都知事になる人を私は初めて見ましたよ……」
春日は呆然とした顔で俺を見る。
そして、少しだけ調子を取り戻したように言った。
「本当に貴方達には驚かされてばかりです」
春日は眼鏡の位置を直す。
「私が人を驚かすという十八番を奪わないで下さい」
その言葉に、俺は思わず笑ってしまった。
春日らしい言い方だった。
重くなりすぎた空気が、少しだけ和らぐ。
だが、依頼自体は本気だ。
「勿論、研究室と給料も渡す」
俺は改めて春日に向き直った。
「お願いできないか……?」
コン太は、俺と春日を交互に見ていた。
まさか自分のために、こんな話が始まるとは思っていなかったのだろう。
春日はしばらく黙っていた。
その目には、いろんな感情が浮かんでいるように見えた。
コン助との約束。
未完成のゲート研究。
光線銃を完成させてから、いつか再開しようとしていた本来の目的。
それを、東京が正式に支援する。
春日にとって、これは大きな意味を持つはずだ。
やがて、春日はゆっくりと口を開いた。
「コン助との約束は絶対に果たしたいんです」
春日の声は静かだった。
「その約束の後押しをしてくれるというのなら願ってもない事です」
そして、春日は深く頭を下げた。
「正式にお受け致します」
「本当にありがとう」
俺は心からそう言った。
すると、コン太が目を輝かせながら春日に駆け寄った。
「春日、ありがとうだコーン!!」
コン太の声には、素直な喜びが溢れていた。
春日は少し照れたように笑う。
「いえ。私にとっても、大事な研究ですから」
これで、春日は正式に東京でゲート研究をすることになった。
もちろん、すぐに結果が出るようなものではないだろう。
むしろ、時間がかかるに決まっている。
それでも、始めなければ何も変わらない。
コン太の安否を翡翠球へ伝えるために。
コン助との約束を果たすために。
そして、今後現れるかもしれない迷子を元の世界へ帰すために。
俺達は、動き出す必要がある。
◇
「今から、また宮城に向かわなくちゃならない」
俺は春日に言った。
「だから、間に合わせの研究室を直ぐに作っておくよ」
「研究室を今から作る……?」
春日が首を傾げる。
まあ、普通はそういう反応になる。
研究室というのは、今からちょっと用意してくるという類のものではない。
だが、俺には《日常生活》がある。
「来てくれ」
俺は春日とコン太を連れて、中央会館の隣にある空き建物へ向かった。
そこは以前から使い道をどうするか考えていた建物だ。
中央会館の隣にあるため、立地は悪くない。
むしろ良すぎるくらいだ。
本当は周囲から、ここに都庁を作ればいいと言われていた。
だが、今の東京に必要なのは、立派な都庁だけではない。
コン太のための研究。
春日のための研究。
今後の世界に必要になるかもしれない研究。
なら、ここを使ってもいいだろう。
「本当はここに、都庁を作れと皆に言われてたけど、まぁいいだろう」
「いいんですか、それ……?」
春日が不安そうに聞いてくる。
「後で怒られるかもしれないけど、その時はその時だ」
俺は少し笑い、建物の前に立った。
大きなビルのような建物だが、今は空きが多く、少し無機質な印象がある。
研究所にするには悪くない。
俺は建物へ意識を向ける。
「スキル《日常生活》、外装変更に内装変更」
その瞬間、建物全体が淡く光り始めた。
春日が息を呑む気配がした。
外壁にこびりついていた汚れが、風に剥がされるように消えていく。
灰色だった壁の色が、少しずつ白へ変わっていく。
窓枠が整い、大きなガラス窓へと変化する。
入口部分は広くなり、研究施設らしい清潔感のある自動扉のような形に変わっていった。
古びた空き建物だったはずの場所が、みるみるうちに白を基調とした研究所の外観へ変わっていく。
壁面は無機質すぎず、しかし清潔感がある。
入口の上には、まだ名前こそないが、研究施設らしい雰囲気が漂っていた。
コン太が口を開けて見上げている。
春日は、完全に言葉を失っていた。
「まるで魔法みたいですね……」
ようやく春日がそう呟く。
「俺も最初はそう思ったよ」
俺は苦笑した。
自分のスキルなのに、未だに便利すぎて怖くなることがある。
俺達はそのまま中へ入った。
内部も、外観と同じように大きく変化していた。
白い廊下。
明るい照明。
広めの実験室として使えそうな部屋。
資料室にできそうな小部屋。
会議に使えるスペース。
休憩室。
最低限、研究施設として動き出すには十分な形になっている。
ただし、当然だが特殊な研究機材までは揃っていない。
そこはこれから用意する必要がある。
「機材とか特殊な物は作れないから、また欲しいものがあったら言ってくれたらいい」
俺は春日に説明した。
「東京にもそういうのを作る会社も出来てきているからな」
最近の東京は、ただ衣食住を整える段階から少しずつ進んできている。
技術者もいる。
職人もいる。
元々研究職だった人間や、工場で働いていた人間もいる。
春日が必要なものを具体的に言ってくれれば、作れるものもあるはずだ。
もちろん、無理なものもあるだろう。
だが、何もない荒野で1人研究するよりは、ずっと良い。
春日は実験室の入口に立ったまま、しばらく中を見つめていた。
その表情は、驚きと感動でいっぱいだった。
「凄すぎて言葉が見つからないです……」
春日はゆっくりと部屋の中へ足を踏み入れる。
白い作業台に手を置き、照明を見上げ、壁を眺めた。
「こんな所で研究出来るなんて、また昔に戻ったみたいでワクワクします!」
その声には、久しぶりに春日らしい熱が戻っていた。
昨日、コン助の話をしていた時の春日とは違う。
研究者としての春日日春が、そこにいた。
でも、その根本にはコン助との約束がある。
だからこそ、俺はこの研究所を作って良かったと思った。
春日は俺の方へ向き直る。
「悠真さん、私頑張りますね!」
「あぁ、宜しく頼む!」
俺は右手を差し出した。
春日もすぐにその手を握る。
固い握手だった。
春日にとっては、コン助との約束を果たすための一歩。
俺にとっては、コン太の願いを叶えるための一歩。
そして、東京にとっても、未知の世界へ向き合うための一歩だった。
握手を終えた俺は、研究所の中をもう一度見回した。
まだ空っぽに近い。
だが、ここから始まる。
春日の研究が。
ゲートの謎への挑戦が。
コン太の故郷へ安否を届けるための道が。
俺は小さく息を吐き、気持ちを切り替えた。
やることはまだある。
今日は宮城へ向かわなければならない。
世紀末漢隊。
近藤剛。
全国調査はまだ始まったばかりだ。
「さぁ、宮城に向かうか……!」




