机上の空論
第130話です。宜しくお願い致します。
春日が倒したというモンスター達を見て、俺はしばらく言葉を失っていた。
倒れているのは、3体ほどのモンスター。
どれも身体に、一直線に貫かれたような穴が開いている。
普通の刃物や打撃ではない。
何か高熱のものが、一瞬で身体を撃ち抜いたような跡だった。
正直、春日が持っている光線銃の見た目はおもちゃのようにしか見えない。
だが、この結果を見る限り、威力は本物だ。
俺は倒れているモンスターと、春日の持つ光線銃を見比べる。
そして、ふと疑問が浮かんだ。
「じゃあ、何でスピアーファルコンに捕まってたんだ?」
俺は春日に聞いた。
「その光線銃で撃ち抜いたら良かったんじゃ……?」
あれだけの威力があるなら、Cランクモンスターでも倒せる可能性はある。
少なくとも、捕まって連れ去られる前に抵抗くらいはできたはずだ。
そう思ったのだが、春日は少し困ったように笑った。
「いやー、光線銃は勿論撃ったんですけど、素早すぎて全く当たらなかったんですよね……」
「当たらなかったのか……」
「はい。この倒しているモンスターはDランクモンスターのゴブゴブリンなので、そんなに素早くなくて当たったのですが……」
春日は倒れているモンスターの方を見ながら言う。
ゴブゴブリン。
確かに、倒れているモンスター達はそこまで素早そうには見えない。
小柄だが、身体つきはずんぐりしていて、空を飛ぶスピアーファルコンとはまるで違う。
光線銃の威力は高い。
だが、当たらなければ意味がない。
それは武器として当然の話だった。
「なるほど……使い手にも寄るって事だな」
俺がそう言うと、春日は大きく頷いた。
「まだまだ改良が必要ですね」
普通なら、命を落としかけた直後にそんなことを言える余裕はない。
だが、春日はどこか楽しそうだった。
失敗も含めて実験。
そう考えているように見える。
この男、本当に研究者なんだな。
俺は改めてそう思った。
◇
「それにしても、こんな光線銃どうやって作ったんだ……?」
俺は春日に尋ねる。
「そもそも材料だったりとか、この崩壊中の状態であるのか?」
今の世界は、まともな物流がほとんど機能していない。
東京は俺のスキルやみんなの協力で、かなり復興している。
だが、それでも崩壊前と同じように部品や素材が手に入る訳ではない。
ましてや光線銃なんて、普通の工具や材料で簡単に作れるものではないはずだ。
春日は待ってましたと言わんばかりに、胸を張った。
「それに関しては問題ありません!」
「問題ないのか?」
「はい。あまり人に言うのは良くないとは思いますが、私を助けて頂いたので信頼してお話しさせて頂きます!」
春日は少しだけ真面目な顔になる。
「私も超人族というものなのです」
「あぁ、やっぱりそうなのか」
正直、予想はしていた。
この世界で、崩壊後に光線銃を作ってモンスターを倒している研究者。
普通の人間だけで説明するには、さすがに無理がある。
春日はさらに続けた。
「ある日、こんな世界になったからこそ、研究したい……したすぎる!!」
「……」
「と思っていたら覚醒しました」
「……なるほど」
俺はどう反応すればいいのか分からず、とりあえず頷いた。
普通は、世界が崩壊したら逃げる。
生き延びる方法を考える。
食料や水を探す。
モンスターに怯える。
だが、春日は違ったらしい。
こんな世界になったからこそ研究したい。
その欲求で覚醒した。
この時点で、かなり変わっている。
ただ、その異常なまでの研究欲が、春日の力に繋がったのだろう。
春日は目を輝かせながら、自分のスキルについて話し始めた。
「私のスキルの名前は、《机上の空論》!」
「机上の空論……?」
「自分の頭の中で考えた理論や理屈を、実際に物として具現化する事が出来る能力です」
「何!?」
俺は思わず声を上げた。
「そんなの何でも作れるんじゃないのか?」
頭の中で考えたものを具現化できる。
それだけ聞けば、とんでもない能力だ。
光線銃どころではない。
理論さえ考えれば、何でも作れることになる。
武器や、防具、道具に設備がもし本当に何でも作れるなら、東京の発展どころか日本全体の復興にも大きく関わってくる。
だが、春日はすぐに首を横に振った。
「いえ、あくまで私の理論や理屈が正しくないと、思った通りにならないのです」
「理論や理屈が正しくないと駄目なのか」
「はい。従ってスキル名通り、机上の空論を実際に実現させる能力ですね」
春日は光線銃を軽く掲げる。
「勿論、研究者の私にとってこれ以上ない能力ですけどね!」
興奮した声だった。
なるほど。
完全な万能創造ではない。
春日自身が理解している理論や構造が必要。
間違った理屈で作れば、思った通りにはならない。
だからこそ実験が必要になる。
試作して、使って、失敗して、改良する。
春日にとっては、それが何より楽しいのだろう。
「だから、光線銃が実際に使えるか実験していたのか……」
「はい、研究者にとって実験して試行錯誤する時が何より楽しいのです」
春日は本当に楽しそうだった。
スピアーファルコンに連れ去られかけたことすら、研究の一部として考えていそうな勢いだ。
俺はそんな春日を見ながら、内心で考える。
流石にこんな優秀なスキルを持った奴を、この場でサヨナラはしたくないな……。
光線銃はまだ試作品らしい。
だが、Dランクモンスターを貫ける威力がある。
使い手や命中精度の問題はあるが、改良次第では東京の防衛力を大きく上げられるかもしれない。
それに、春日の《机上の空論》は光線銃以外にも使える可能性がある。
春日の知識と研究があれば、今の東京に足りないものを補えるかもしれない。
もちろん、初対面の相手をいきなり完全に信用する訳にはいかない。
だが、話を聞く価値はある。
少なくとも、このまま福島の荒れた場所に置いていくのは惜しすぎる。
◇
「もし良ければ、俺達が住んでいる東京に戻るんだ」
俺は春日に声をかけた。
「もう遅いし、こっちで泊まらないか……?」
春日は目を丸くした。
「東京……?」
「あぁ」
「ここは福島なので、かなり時間がかかると思いますが……」
春日は不思議そうに首を傾げる。
普通なら、その反応が正しい。
ここから東京まで戻るとなれば、相当な時間がかかる。
ましてやこの世界だ。
夜に移動するなど危険すぎる。
だが、俺達には阿川がいる。
「それなら心配ない」
阿川が前に出た。
そして、改めてスキルを発動する。
「スキル、《配管工》」
地面が歪み、大きな配管が現れた。
春日はそれを見て、目を輝かせる。
「この大きな配管は何ですか?」
研究者としての好奇心が完全に勝っている顔だった。
俺は少し笑う。
「中に入ったらわかるさ!」
「中に……ですか?」
春日は恐る恐る配管を覗き込む。
普通に考えれば、怪しすぎる。
地面から突然出てきた配管に入れと言われているのだ。
警戒するのは当然だった。
だが、春日はしばらく迷った後、好奇心に負けたように配管の中へ入った。
俺達もその後に続く。
配管の中を進む感覚は、何度経験しても不思議だ。
普通の通路ではない。
どこか空間そのものが曲がっているような感覚がある。
そして、出口を抜けた先に広がっていたのは、東京の中央会館の中だった。
「わぁ……これは何とワープ出来るのですね!!」
春日は配管から出た瞬間、興奮した声を上げた。
「ホントに超人族は多種多様な能力があって面白いですね!!」
目をキラキラさせながら、中央会館の中を見回している。
春日にとっては、阿川の《配管工》も研究対象なのだろう。
スキルによって空間を繋ぐ。
普通に考えれば、光線銃とは別方向でとんでもない能力だ。
すると、廊下の向こうからチャン爺がやって来た。
姿勢を正し、いつもの丁寧な所作で頭を下げる。
「おかえりなさいませ、坊ちゃま」
「あぁ、ただいま!」
チャン爺の声を聞くと、帰ってきたという感じがする。
福島付近まで移動していたはずなのに、今はもう東京の中央会館だ。
改めて、阿川のスキルのありがたさを感じる。
その直後、元気な足音が聞こえてきた。
「おかえりーー!」
美咲だった。
美咲はぱたぱたと走ってきて、俺達を見る。
「チャン爺がもう、ご飯作ってくれてるよー!」
「そうか。ありがとう、美咲」
東京に帰ってきて、チャン爺と美咲が出迎えてくれる。
それだけで、少し肩の力が抜けた。
春日はその光景を、興味深そうに見ている。
さっきまでモンスターに連れ去られかけていた男とは思えないほど、すでに周囲の観察に夢中だ。
チャン爺は春日へ視線を向け、俺に尋ねた。
「坊ちゃま、こちらの方はお客様でいらっしゃいますか?」
「あぁ、ご飯追加で1人作れるか?」
「勿論でございます」
チャン爺は穏やかに頷いた。
相変わらず頼もしい。
俺はそこで、ふと春日が何度も言っていた言葉を思い出した。
少しだけ悪戯心が湧く。
俺は春日を見る。
「なー、なー、驚いたか?」
春日は一瞬きょとんとした。
そして、すぐに意味に気付いたのか、楽しそうに笑う。
「これは1本取られました」
その言葉で、場が少し笑いに包まれた。
春日の癖の強さも、こうしてみると不思議と場を和ませる。
◇
その後、俺はみんなに春日を紹介した。
春日日春。
福島付近で出会った研究者。
超人族で、スキルは《机上の空論》。
光線銃の試作品でDランクモンスターを倒していたこと。
ただし、スピアーファルコンには当てられず、連れ去られかけていたこと。
そこまで説明すると、みんなの反応はそれぞれだった。
未来は少し呆れたように春日を見る。
陸斗は光線銃の話に興味を持っているようだった。
阿川は自分の《配管工》に食いつかれそうな雰囲気を察したのか、少しだけ距離を取っていた。
春日はそんなみんなを前に、勢いよく自己紹介する。
「私の名前は春日日春と申します! 上から読んでも下から読んでも、漢字で書いたら春日日春です!」
そして、期待した目で周囲を見る。
「ねぇー、ねぇー、驚きました?」
何人かが笑った。
初対面でこれはかなり濃い。
だが、敵意がないのは分かる。
少なくとも、悪い奴には見えなかった。
その後、俺達はみんなでご飯を食べた。
チャン爺の用意してくれた食事は、相変わらず美味しかった。
春日は料理にも興味津々で、何度も材料や調理法を聞いていた。
チャン爺は丁寧に答えていたが、途中から少しだけ面白がっているようにも見えた。
食事中、春日はずっと楽しそうだった。
東京の設備。
中央会館の構造。
超人族の能力。
俺達の移動方法。
聞きたいことが山ほどあるらしい。
その好奇心の強さに、俺は少し圧倒された。
だが、同時に確信も強まった。
この春日日春という男は、東京に必要な人材かもしれない。
◇
食事が終わると、みんなは各々の部屋へ散っていった。
長距離移動の途中でもあるし、明日もまた宮城へ向かう予定だ。
休める時に休んでおく必要がある。
俺も部屋に戻ろうとしたところで、春日が近づいてきた。
さっきまでの騒がしさとは違い、少し真面目な表情をしている。
「悠真さん、今日は助けてもらっただけではなく、こんな大層なおもてなしまでありがとうございました」
「いや、これくらい大した事ない」
俺は軽く答えた。
実際、助けたことも食事に誘ったことも、そこまで特別なつもりはない。
困っている人間がいれば助ける。
飯の時間なら一緒に食べる。
それだけだ。
だが、心の中では別の声もあった。
すまない、下心ありまくりだ……。
春日のスキルは優秀すぎる。
《机上の空論》。
光線銃。
研究者としての知識。
もし東京にいてくれれば、防衛にも復興にも役立つ可能性がある。
もちろん、無理に引き留めるつもりはない。
だが、できれば協力してほしい。
そんな打算があるのも事実だった。
春日は少し間を置いてから、俺を見る。
「それで、1つだけ良いですか?」
「……うん?」
春日の声が、ほんの少し低くなる。
さっきまでの明るい調子とは違う。
俺は自然と身構えた。
春日は周囲を軽く確認した後、俺に向かって言った。
「コン太さんってフォック族ですよね?」
その瞬間、俺の表情が変わったのが自分でも分かった。
コン太は翡翠球から来た存在で、春日の言う通りフォック族で俺達にとって大事な仲間。
その正体を、今日会ったばかりの春日が口にした。
俺は春日を見つめた。
「何故、それを……?」




