全国調査への準備
第127話です。宜しくお願い致します。
「噂では、黒瀬君のように地域ごとに発展したり、独自のやり方で治めている者達がいるらしいんだ」
祝勝パーティの最中、深澤総理は俺にそう言った。
さっきまで都知事就任を祝う空気だったはずなのに、その声はどこか真剣だった。
俺はグラスを置き、深澤総理の方へ向き直る。
どうやら、ただのお祝いの言葉で終わる話ではないらしい。
「総理に復任したからには、日本全体を守る必要がある」
深澤総理は、静かに続けた。
「しかし、私には君達みたいに身を守る手段がない」
その言葉で、言いたいことは大体分かった。
日本全体を守る。
そのためには、東京以外の地域が今どうなっているのかを知る必要がある。
北海道、東北、中部、近畿、中国、四国、九州・沖縄。
それぞれの地域に人が残っているのか。
独自に街を作っているのか。
モンスターに支配されているのか。
あるいは、人間が人間を支配する地獄のような場所になっているのか。
深澤総理は、それを知りたいのだ。
だが、本人が直接行くには危険すぎる。
桜井に支配された経験もある。
もう一度同じようなことが起きれば、今度こそ国は終わるかもしれない。
かといって、SPを大量に連れて行けばいいという話でもない。
「なるほど。かといってSPを付けて失いたくもない……という事ですね」
俺がそう言うと、深澤総理は苦い顔で頷いた。
「その通りだ……」
深澤総理は、少しだけ視線を落とした。
総理という立場なら、護衛を連れて動くのは当然だ。
だが、この世界では護衛も命懸けになる。
それも、何が待っているか分からない地域へ向かうとなれば、危険度は跳ね上がる。
深澤総理は、自分のために誰かを失いたくないのだろう。
国を守る義務がある。
だが、そのために身近な人間を犠牲にするのは避けたい。
その気持ちは、分からなくもなかった。
「勿論、すぐにとは言わない」
深澤総理は俺を見る。
「準備など、様々な事があるだろうからね……」
俺は少し考える素振りをした。
正直、良いように使われている気がしない訳ではない。
都知事になったばかりだ。
東京のことだけでも、やらなければならない事は山ほどある。
復興。
治安。
食料。
教育。
医療。
他にも、考えるだけで頭が痛くなる。
その上で全国調査。
普通なら、勘弁してくれと言いたくなる話だ。
だが、日本全体が復興してほしいという気持ちは、俺にもある。
東京だけが豊かになればいいとは、もう思えない。
東京がここまで復興できたのは、たまたま俺のスキルがあったからだ。
なら、他の地域にも、別の形で生き延びている人達がいるかもしれない。
助けを求めている人達がいるかもしれない。
それを知る必要は、確かにある。
「分かりました……」
俺は深澤総理に向かって頷いた。
「少し時間はかかるとは思いますが、調査をしてきます」
深澤総理は、ほっとしたように息を吐いた。
「本当にありがとう……」
その言葉には、総理としての感謝だけではなく、1人の人間としての安堵も混じっているように聞こえた。
俺は小さく頷く。
今の時点で何ができるかは分からない。
だが、やると決めた以上、適当に済ませるつもりはなかった。
◇
祝勝パーティが終わった後、俺は主要メンバーを集めた。
場所は中央会館の会議室。
パーティの賑やかさが嘘のように、部屋の中には少し重い空気が漂っている。
俺は深澤総理から頼まれたことを、みんなに説明した。
東京や関東以外の地域の調査。
北海道、東北、中部、近畿、中国、四国、九州・沖縄。
各地の状況を確認し、必要であれば国と連携できる道を探る。
俺が話し終えると、未来が呆れたように眉を寄せた。
「この間、桜井と対峙して、都知事になって、そのまま全国調査?」
未来は腕を組んだ。
「色々詰め込みすぎじゃない?」
「それは分かってるよ」
俺は苦笑しながら答える。
「総理もすぐにはしなくても良いって言ってたし……」
そこで一度、言葉を切る。
「まあでも、休んでもいられない……」
そう言いながら、自分でも無茶を言っている自覚はあった。
桜井との戦いが終わったばかり。
都知事になったばかり。
本当なら、少しくらい落ち着いてもいいはずだ。
だが、この世界は待ってくれない。
俺達が休んでいる間にも、どこかで人が死んでいるかもしれない。
どこかの街が壊れているかもしれない。
そう考えると、完全に止まることはできなかった。
その時、陸斗が控えめに手を上げた。
「でも、悠真さん。桜井の時は、桜井自体のスキルが完全に分かってなかったとはいえ、ある程度SPМ達の戦力は分かってましたよね……?」
陸斗の声は落ち着いていた。
だが、その中にははっきりとした不安がある。
「でも今回は、生息するモンスターや、どんな人が居るかも分からないゼロからの情報の状態で行くのは危険では……?」
「確かに、その通りだ」
俺はすぐに頷いた。
陸斗の言うことは正しい。
桜井の時は危険だった。
だが、SPМという組織の存在は分かっていた。
隊長や副隊長の情報も、ある程度は掴めていた。
敵の拠点も分かっていた。
それでも、実際はギリギリだった。
今回は違う。
他の地域に何があるのか、ほとんど何も分からない。
強力なモンスターがいるかもしれない。
危険な超人族が支配しているかもしれない。
桜井とは別の形で、人々を苦しめている者がいるかもしれない。
未知というのは、それだけで危険だ。
「勿論、桜井の時みたいに相まみえるのが決まっている訳ではない」
俺はみんなを見ながら話す。
「今回はあくまで調査だ」
戦いに行くのではない。
制圧しに行くのでもない。
まずは見る。
知る。
話せる相手なら話す。
そのための調査だ。
「総理大臣からの依頼で、都知事として訪問するとか、色々な理由をつけることは可能だしな」
立場を使えるようになったのは大きい。
これまでは、俺がどれだけ東京で動いていても、外から見ればただの超人族の代表にすぎなかった。
だが今は違う。
東京都知事という肩書きがある。
深澤総理からの正式な依頼という形もある。
それだけで、少なくとも話を聞いてもらえる可能性は上がる。
もちろん、それでも危険は消えない。
「ただ、みんなが心配する気持ちも分かる」
俺は少し息を吐いた。
「桜井の時のような失敗はしたくないからな……」
その言葉に、部屋の空気が少し重くなった。
桜井との戦い。
あの時、俺達は勝った。
だが、完璧な勝利だったとは言えない。
危ない場面はいくつもあった。
特に、コン太には大きな負担をかけた。
今井翔太に化け、敵の中枢に入り、長時間1人で動かせてしまった。
あれがどれほど怖かったか。
俺は分かっていたつもりで、分かりきれていなかったのかもしれない。
すると、コン太が少しだけ耳を伏せるようにして言った。
「今度はオイラだけ1人にしないでほしいコン……」
その声は、いつもより小さかった。
胸が痛んだ。
コン太は明るい。
語尾にコンを付けて、いつも場を和ませてくれる。
だが、怖くなかった訳がない。
敵地の中で、正体がバレれば終わり。
そんな状況に、1人で置かれていたのだ。
俺はすぐにコン太を見た。
「約束するよ!」
言葉に力が入る。
「お前だけ1人にはしない……」
コン太は俺を見上げる。
「分かったコン……!」
その声には、少しだけ安心が戻っていた。
俺は心の中で、もう一度誓う。
同じ失敗はしない。
仲間を道具みたいに使わない。
どれだけ必要な作戦でも、誰か1人に全部を背負わせるようなことはしない。
そのためにも、準備が必要だった。
◇
「調査に行く準備段階として、1つ目は前々から考えていたんだが、東京に超人族の自衛隊を作ろうと思う」
俺がそう言うと、何人かが目を見開いた。
東京独自の防衛部隊。
それも、超人族を中心にした部隊だ。
「俺達何人かで行こうと考えているが、留守中に東京を守る者が必要だからな」
東京を空にする訳にはいかない。
俺達が外へ出た瞬間、東京が襲われましたでは話にならない。
モンスターもいる。
人間の脅威もある。
桜井のような存在が、また現れないとも限らない。
「それに、今後桜井のようなやつが現れても、超人族同士なら何とかなる可能性もなくはない……」
通常の警備では、超人族の能力に対応できないことがある。
桜井のように、正面から戦うだけではないスキルを持つ者もいる。
だからこそ、東京を守る側にも超人族が必要だった。
浮田が腕を組み、少し難しい顔をする。
「そんな事出来るのか?」
浮田は現実的な声で言った。
「うちには警察署がある」
「その時に超人族は募集して、ほとんど減ってしまったと思うが……」
確かに、そこは問題だった。
東京で活動できる超人族は、すでにある程度集めている。
警察署を中心にした治安維持にも回している。
今さら新しく部隊を作るほどの人材がいるのか。
普通なら、そう考える。
だが、俺には当てがあった。
「大丈夫だ……!」
俺は浮田に向かって答える。
「当てはある!」
浮田は少し目を細めた。
「2つ目は俺達自身の強化だ」
俺は続ける。
「桜井との戦いはギリギリだった……」
それは全員が分かっていることだった。
作戦がうまくいったから勝てた。
仲間がいたから勝てた。
相手の油断もあった。
どれか1つでも欠けていたら、結果は変わっていたかもしれない。
「強くなって損はないしな……」
全国調査に出るなら、もっと強くなる必要がある。
俺だけではない。
未来も、陸斗も、コン太も、他の仲間達も。
それぞれが自分の力を伸ばす必要がある。
ルドルフが顎に手を当て、納得したように頷いた。
「なるほどですね……」
そして、俺の話を整理するように言った。
「この2つの準備を終えてから、調査しに行くという流れですね……」
「あぁ」
俺は頷く。
すぐに動く訳ではない。
まずは東京の守りを固める。
そして、俺達自身も強くなる。
その上で、全国調査に出る。
順番を間違えれば、東京も俺達も危うくなる。
「みんなはこれで大丈夫か?」
俺は全員を見渡した。
都知事になったとはいえ、勝手に決めて押し付けるつもりはない。
これは俺だけの問題ではない。
みんなにも関わることだ。
最初に口を開いたのは、チャン爺だった。
チャン爺は背筋を伸ばし、いつもの丁寧な口調で言う。
「坊ちゃまの仰る事に、文句などございません」
その声は落ち着いていた。
「このチャン爺、どこまでもお支え致します」
俺は少しだけ照れくさくなる。
坊ちゃまと呼ばれるのには、未だに慣れない。
だが、チャン爺がそう言ってくれると、不思議と安心する。
続いて阿川が笑った。
「今更だしな」
その軽い一言で、場の空気が少しだけ和らぐ。
未来は呆れたようにため息をついたが、反対はしなかった。
陸斗も不安そうではあるが、真剣に頷いている。
コン太も、俺の足元で小さく頷いた。
俺はみんなを見て、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「ありがとう、みんな!」
こうして、全国調査に向けた準備が始まることになった。
東京の守りを固める。
俺達自身を強化する。
そして、日本各地の今を知る。
都知事になったばかりだというのに、やることは山ほどある。
だが、不思議と逃げたいとは思わなかった。
俺には仲間がいる。
この東京を守りたいという思いがある。
そして、日本全体がもう一度立ち上がってほしいという願いもある。
なら、進むしかない。
◇
場所は変わり、宮城県。
ある建物の中に、荒れた世界には似つかわしくないほど整えられた空間があった。
外壁には傷が残っている。
周囲の道路も、完全に復旧している訳ではない。
だが、その建物だけは人の手によって管理されていた。
窓は補修され、入口には見張りが立っている。
ただの廃墟ではない。
誰かが拠点として使っている場所だった。
その建物の一室で、1人の男が報告をしていた。
青いモヒカン頭。
肩には派手な肩パッド。
腹の出た体に、小さめの黒い革ジャン。
手にはトゲトゲの付いた手袋。
崩壊した世界に合わせたのか、それとも元々そういう趣味なのか。
見た目だけなら、いかにも世紀末の住人といった姿だった。
男は、部屋の奥に座る人物へ向かって声を張る。
「桜井が死んだらしいですぜ、兄貴!」
兄貴と呼ばれた男は、椅子に深く腰掛けていた。
こちらも同じような世紀末風の格好をしている。
髪はオレンジのモヒカン。
肩幅を強調するような服装に、鋭い目つき。
その足元には、トゲトゲの首輪を付けたブルドッグが座っていた。
ブルドッグはふてぶてしい顔で、報告する男をちらりと見ただけで、すぐに興味を失ったように目を細める。
兄貴は鼻を鳴らした。
「あいつはいけ好かない野郎だったからな……」
その声には、桜井に対する好意など微塵もなかった。
むしろ、以前から気に入らなかった相手が勝手に消えた。
そんな響きすらある。
兄貴は椅子の肘掛けを指で叩きながら、問いかけた。
「何故、死んだんだ?」
青いモヒカンの男は、少し困ったように頭を掻く。
「詳しくは分からないんですが、桜井に代わって別の男が支配しているとか……」
「ほぅ〜」
兄貴の目が、わずかに細くなる。
東京で何が起きたのか。
正確な情報は届いていない。
ただ、桜井が死んだ。
そして、別の男が東京を支配している。
そんな噂だけが、遠く離れた宮城県まで流れてきていた。
兄貴は口元を歪める。
「どんな奴か気になるな……」
ブルドッグが小さく鼻を鳴らした。
兄貴は楽しそうに笑う。
「漢の中の漢ならいいが……」
その言葉に、青いモヒカンの男はすぐに身を乗り出した。
「漢の中の漢は兄貴しかいませんぜ!」
兄貴は満足そうに頷いた。
「そうかそうか」
そして、腹の底から響くような大声で笑った。
「ガッハッハッハッハッハ!」




