都知事への道(後編)
第124話です。宜しくお願い致します。
俺は秘書に言われるまま、支持率を確認するために意識を集中させた。
正直、少し怖かった。
東京の人たちは、俺をどう見ているのか。
今まで、俺は東京を守ってきたつもりだ。
だが、それは俺の思い込みかもしれない。
東京をテリトリーにし、登録証を発行し、街の仕組みを作ってきた。
それをありがたいと思う人もいるだろう。
だが反対に、俺1人に力が集中しすぎていると感じている人もいるはずだ。
それに、今の東京には、最初から俺を知っている人ばかりが住んでいるわけではない。
SPМ本部から受け入れた避難民たち。
新しく東京へ来た人たち。
俺のことをよく知らない人も増えている。
だから、以前より支持率は下がっていると思っていた。
しかし、表示された数字は、俺の予想とは違っていた。
■支持率:91%
「91%……かなり高いな」
思わず声が出た。
確か前回見た時は、支持率が少し低くて、警察官を街に配備することで90%を超えていた。
だが、それから東京の状況は大きく変わっている。
人口も増えた。
抱える問題も増えた。
SPМの避難民を大量に受け入れたことで、住民同士の感情も複雑になっている。
流石に下がっていると思っていた。
それなのに、91%。
意外にも、支持率は高いまま保たれていた。
「何でまだこんなに多くの支持率が……」
俺が呟くと、すぐに秘書の声が返ってきた。
『普通であれば、支持率は下がっていくのが当たり前です』
「そうだろうな。都民も前とは比べ物にならないくらい避難民が住むようになったし……」
東京はもう、俺のアパートを中心に少人数で生き延びていた頃とは違う。
街になった。
人が増えれば、考え方も増える。
全員が俺を支持するわけがない。
それが普通だ。
秘書は淡々と続ける。
『ですが、今は状況が普通ではありません』
「普通ではない……?」
『はい』
秘書の声は、いつも通り冷静だった。
『東京を1歩出たら荒れ果てており、モンスターが居て危険な地域になっています』
その言葉に、俺は黙った。
確かにそうだ。
東京の中にいると、忘れそうになる時がある。
店があり、食事があり、電気があり、水があり、寝る場所がある。
だが、それは今の世界では当たり前ではない。
外には、まだ崩壊した街が広がっている。
壊れた建物。
放置された車。
人の気配が消えた道路。
そして、モンスター。
『しかし、東京に居れば少なくともそう言った外的要因は無くなるのです』
「……まあ、完全に安全とは言えないけどな」
『もちろん完全ではありません』
秘書は即座に補足した。
『ですが、東京の中では治安、防衛、食料、住居、医療、インフラが一定水準で維持されています』
俺は思わず苦笑した。
「こうして並べられると、改めてすごい街になったな……」
『皆さん、自分達が何不自由なく暮らせているのが幸せで、この状況下を提供している悠真様にも感謝しているのです』
「……そう言われると、何かむず痒いな」
秘書の言うことは、少し大げさに聞こえた。
俺だけが提供しているわけではない。
東京はみんなで作っている。
だが、それでも、そう思ってくれている人がいるのなら素直に嬉しい。
それに、改めてモチベーションが上がる。
俺はこの街を守りたい。
この数字を見て、その気持ちはより強くなった。
「確かに、これなら賛成票80%も可能かもしれない……」
俺がそう呟いた直後、秘書がまた口を開く。
『それと、もう1つ決めなくては行けないことがあります』
「何だ?」
『そもそも投票をしてくれるのかという問題です』
「あ……」
俺はすぐに意味を理解した。
支持率が高くても、投票に来なければ意味がない。
どれだけ俺を支持してくれている人が多くても、実際に投票してくれなければ結果には反映されない。
『崩壊以前も都知事選の投票率は過半数に達するか否かです』
「確かに、よくニュースで見た気がするな……」
『これは1つの社会問題でもありました』
そう言われると、頭が痛い。
世界が崩壊する前ですら、投票に行かない人は多かった。
それなのに、今のような混乱した時代で、全員が投票に関心を持ってくれるとは限らない。
「確かに、そもそも投票をしてくれないと、80%の賛成票と20%の反対票だった構図が、80%の賛成票と20%の反対票とその他に分かれてしまうな……」
俺は腕を組んで考える。
「そうなると、投票しなかった人達は別だとしても、20%の反対票の人が声を上げる理由を増やしてしまうという事か……」
『その通りです』
秘書はきっぱりと言った。
『投票率が低ければ、反対派はこう主張できます。投票していない者の意思は反映されていない、と』
「確かに、それは痛いな……」
『ですので、賛成率だけでなく投票率も非常に重要になります』
俺は深く息を吐いた。
考えれば考えるほど、投票というものは難しい。
賛成票が多ければいいわけではない。
反対票をどう扱うか。
投票しなかった人をどう見るか。
制度としてどう正当性を作るか。
ただ都知事になりたいと言うだけなら簡単だ。
だが、本当に東京を公的に守る立場になるなら、適当に進めるわけにはいかない。
『ですので……』
それから秘書は、投票のルールや条件、やり方について丁寧に説明してくれた。
投票権は、東京に住民登録している者を対象にすること。
一時的な観光や訪問で来ている人は、今回は対象外にすること。
登録証を使って本人確認を行うこと。
1人1票にすること。
賛成か反対かを選ぶ形式にすること。
投票期間を設け、期日前投票も用意すること。
病院や避難民施設にいる人にも投票しやすいよう、移動投票や支援を検討すること。
俺は秘書の説明を聞きながら、何度も頷いた。
正直、俺1人では絶対にここまで考えられなかった。
こういう時、秘書の存在は本当にありがたい。
「本当に助かるよ、秘書」
『当然の役割を果たしているだけです』
「いや、そこは少し照れてくれてもいいんだぞ?」
『私は感情がありませんので』
「はいはい」
俺は苦笑しながら、いよいよ動くことにした。
◇
まず行ったのは、全都民への告知だった。
いきなり街中に貼り紙を出したり、各部署に伝えたりするだけでは時間がかかる。
こういう時は、テリトリー周知を使うのが早い。
俺は意識を集中させ、東京に住民登録されている人たちへ向けて声を届けた。
「皆さん、仕事をしている人や寝ている人と、お忙しい所すいません。黒瀬悠真です」
自分の声が、東京全体へ広がっていく感覚。
何度経験しても、少し不思議だ。
「こちらは全都民に向けて私は話しています」
急に本題へ入ると混乱するだろう。
だから、まずは予告だけにした。
「5分後にもう1度同じ様に話します」
俺はなるべく落ち着いた声を意識する。
「大変重要な事ですので、今やっている事を少しだけ手を止めて話を聞いてください」
そこで一度、周知を切った。
おそらく、東京中で驚いているはずだ。
店で働いている人。
農業区画で作業をしている人。
病院で休んでいる人。
学校にいる子どもたち。
避難民施設にいる人たち。
元SPМの隊員たち。
全員に、俺の声が届いた。
5分後。
俺はもう1度、テリトリー周知を発動した。
「突然、すみません。黒瀬悠真です」
今度は、本題へ入る。
「今日は、東京に住んでいる皆さんへ、大事な話があります」
俺はゆっくり言葉を選んだ。
「先日、深澤総理大臣と会談しました」
深澤総理の名前を出した瞬間、きっと多くの人が驚いたはずだ。
今の東京で、総理大臣が来ていたことを知っている人は限られている。
「その中で、私はこれからも東京を守っていくために、公的な立場が必要だと考えました」
俺は息を吸う。
「そのため、深澤総理からの推薦を受け、東京都知事になるための都民投票を行いたいと思っています」
言った。
もう後戻りはできない。
「ただし、私は勝手に都知事を名乗るつもりはありません」
これは絶対に伝えなければならないことだった。
「この東京で暮らす皆さんの意思を確認したいと思っています」
俺は目を閉じる。
東京中にいる人たちの顔を思い浮かべる。
「投票内容は、黒瀬悠真が東京都知事になることに賛成か、反対かです」
単純な2択。
だからこそ、重い。
「賛成でも反対でも構いません」
ここは強調する。
「皆さんの意思を、どうか示してください」
俺は続けた。
「投票して頂いた方全員に、賛成反対に関わらず、東京内で使えるポイントカードを進呈します」
これも、秘書と相談して決めたことだった。
賛成票を買うような形になってはいけない。
だから、賛成でも反対でも、投票した全員に付与する。
「このポイントカードは、1年間限定で、東京内のどのお店でもポイントを貯めることができます」
俺は説明を続ける。
「100円につき10ポイントが進呈され、1ポイント1円として役所で還元できます」
ポイントをスキャンする機械は、各店に内装変更で設置する予定だ。
登録証とも紐づけることで、不正取得や複数利用も防げる。
買い物をすればするほどポイントが貯まる。
店にも人が流れる。
東京内の経済循環にもなる。
それに、ポイントカードを持っていないとかなり損だと思ってもらえれば、投票へ行く理由にもなる。
「投票開始は2週間後です」
俺は日程も伝える。
「投票期間は1週間です」
「仕事や体調の都合で投票期間中に行けない人のために、期日前投票も設けます」
俺は最後に、もう1度お願いした。
「これは、私のためだけの投票ではありません」
「これからの東京をどうするかを決める投票です」
「賛成でも反対でも構いません」
「皆さんの意思を、どうか示してください」
そこで、俺はテリトリー周知を終えた。
終わった瞬間、大きく息を吐く。
緊張していた。
たぶん、戦闘とは別の意味で。
東京全体へ、自分が都知事になりたいと伝えたのだ。
恥ずかしさもある。
不安もある。
だが、やるしかない。
『お疲れ様でございました』
秘書の声が響く。
「本当に疲れたよ……」
『これからが本番です』
「分かってるよ……」
俺は苦笑しながら、投票準備へ移った。
◇
そこからの2週間は、かなり慌ただしかった。
投票所の設営。
登録証と投票端末の連携。
指紋認証の確認。
ポイントカード機能の準備。
各店へのポイントスキャン機の設置。
住民からの質問対応。
反対意見や不安の受付窓口の設置。
深澤総理側との調整。
やることは山ほどあった。
俺1人なら、絶対に途中で頭を抱えていたと思う。
秘書はもちろん、チャン爺や一葉たち、中央会館の職員、各部署の人たちが動いてくれた。
陸斗たちも手伝ってくれた。
浮田は病院関係者向けの投票支援を整え、阿川は投票所の水回りや仮設設備を確認し、色谷は行列整理に使うスペース作りを手伝ってくれた。
ルドルフは説明会で住民からの不安を聞き、未来は動物たちを使って混雑状況の確認をしてくれた。
コン太は何故かポイントカードの宣伝係として大人気だった。
2週間後。
無事に投票期間が始まった。
投票所には、多くの住民が訪れた。
登録証をかざし、本人確認をして、賛成か反対かを選ぶ。
投票を終えた人には、ポイントカード機能が付与される。
職員たちは丁寧に説明し、高齢者や怪我をしている人には必要な支援を行った。
投票期間は1週間。
その間、俺はずっと落ち着かなかった。
支持率は91%。
それでも、投票結果が同じようになるとは限らない。
反対する人がいるのは当然だ。
むしろ、その人たちの声もちゃんと受け止めなければならない。
そして、1週間が経った。
投票は終了した。
開票日。
中央会館前には、多くの群衆が集まっていた。
東京の未来が決まる日。
俺は、用意された壇上の近くで深澤総理と並んで立っていた。
胸の鼓動が少し速い。
深澤総理が、俺へ静かに声をかける。
「無事に投票が終わったようですね」
「はい」
俺は頷く。
「優秀な秘書のお陰です」
少し笑いながら答えた。
もちろん、秘書は表には出ていない。
だが、今回の制度設計は間違いなく秘書の力が大きい。
深澤総理は小さく笑い、それから壇上を見た。
「では、まずは私の番だな……」
そう言って、深澤総理は用意された壇上に立った。




