都知事への道(前編)
第123話です。宜しくお願い致します。
「私を東京都知事に推薦して頂けませんか?」
俺がそう言った瞬間、会議室の空気が固まった。
深澤総理は、すぐには答えなかった。
隣に座っていた曽我官房長官も、表情こそ大きく変えなかったが、俺の言葉の意味を測るようにこちらを見ている。
議員たちは、明らかに動揺していた。
無理もない。
さっきまで、深澤総理は俺に総理大臣にならないかと言っていた。
それを俺は断った。
そして、その代わりに東京都知事への推薦を求めたのだ。
普通に考えれば、かなり図々しい話だと思う。
だが、俺にとっては必要なことだった。
この東京を、これからも守るために。
深澤総理は、ゆっくりと口を開いた。
「東京都知事の推薦?」
「はい」
俺は頷く。
「東京を公的に守りたいと考えています」
言いながら、自分の中でもその言葉が重く響いた。
これまでも俺は東京を守ってきた。
スキルの上では、東京全体が俺のテリトリーになっている。
実際、中央会館を中心に、住民登録、登録証、支給金、警備、インフラ、食料供給、住居の整備。
色々なことを俺たちで進めてきた。
だが、それはあくまで俺たちが生き延びるために作った仕組みだ。
国の制度上、俺が東京を治める権利を持っているわけではない。
深澤総理が来たことで、その部分がいよいよ避けられなくなった。
今までは、国が機能していなかったから何とかなっていた。
しかし、桜井の支配が解け、深澤総理がもう一度総理として立つと決めた。
ならば、東京と国の関係も曖昧なままではいられない。
深澤総理は、指先を組みながら静かに言った。
「都知事は本来、都知事選に立候補して、投票で選ばれなければならないが……」
「はい」
俺は即座に頷いた。
「ただ、都知事選自体、開催出来る状況下だとは思えません」
会議室が静かになる。
「候補者がそもそも居ないと言えるからです」
俺は続けた。
東京には人が増えた。
避難民も、元SPМ関係者も、各地から来た人たちもいる。
だが、通常の都知事選を行えるような状況ではない。
選挙管理体制も不十分だ。
立候補者を全国から募れる状態でもない。
選挙区や有権者の整理も、以前の制度のままでは成り立たない。
そもそも、この崩壊した世界で、以前と同じ形の都知事選をやること自体が現実的ではなかった。
「従って、私が都知事をやっていいかの投票を、東京に住んでいる人に投票権を与えて始めたいと考えています」
深澤総理の目が、少しだけ細くなる。
怒ったわけではない。
俺の言葉の意味を理解し始めた顔だった。
「成る程」
深澤総理は小さく頷いた。
「その時に、投票自体を公的にする為に、私の推薦が必要だと言う事だね……」
「その通りです……」
俺は正直に答えた。
「それに、深澤総理がまだ総理大臣である証にもなりますし、国民に説明する場に使ってもらっても構いません」
これは、俺だけにメリットがある話ではない。
深澤総理は、桜井に支配されていた。
国民からすれば、国は何をしていたのかと思うはずだ。
深澤総理自身も、ずっとそれを気にしていた。
ならば、東京で行われる都民投票を、深澤総理が正式に推薦する。
それは、総理大臣として再び国民の前に立つ機会にもなる。
東京側としても、国の正式な推薦があれば、ただ俺が勝手に都知事を名乗るよりずっと正当性がある。
深澤総理は、少し驚いたように俺を見た。
そして、ふっと小さく笑う。
「意外にも、黒瀬さんは強かなところもあるんだね……」
「強か、ですか?」
「ちゃんと双方にメリットがあるように進めてくる……」
深澤総理は、感心したように言った。
「君は政治家に向いていそうだ……」
俺は少し苦笑した。
「恐れ入ります」
政治家に向いている。
そう言われても、正直あまり実感はなかった。
俺はただ、東京を守るために必要なことを考えただけだ。
それが政治に見えるなら、今の俺はもう、本当にそういう場所に立ってしまっているのかもしれない。
深澤総理は、しばらく考えた後、はっきりと頷いた。
「分かりました」
俺は思わず背筋を伸ばす。
「では、正式に君の都知事への道を支援しよう」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に少しだけ重いものが落ちた気がした。
安心ではない。
むしろ、責任の重さだ。
「ありがとうございます……」
俺は深く頭を下げた。
こうして、深澤総理たちとの会談は終わった。
だが、当然ながら、ここからが本番だった。
◇
その日のうちに、俺は仲間たちを集めた。
深澤総理たちとの話し合いの内容を説明すると、みんなそれぞれ違う反応を見せた。
驚く者。
頷く者。
不安そうにする者。
そして、なぜか面白がる者。
代表して最初に口を開いたのは、浮田だった。
「今更感強いよな!」
浮田は笑いながら言う。
「それに職業選択スキルでも既に都知事だし」
「それを言われると、まあ……そうなんだけどな」
俺は苦笑した。
確かに、俺のスキル《職業選択》では、すでに都知事のような役職が出ている。
だが、それはスキル上の話だ。
住民から選ばれたわけでも、国から認められたわけでもない。
俺が一番気にしているのはそこだった。
陸斗がまっすぐ俺を見る。
「僕達は全力で悠真さんを応援します!」
その言葉に、胸が少し温かくなる。
「ありがとう……」
俺は陸斗に礼を言った。
未来も頷いている。
コン太は「悠真なら大丈夫コン!」と胸を張っている。
芹沢は何やらニヤニヤしていたが、今は見なかったことにした。
俺は全員を見渡し、改めて口を開く。
「総理大臣が来る前は、勿論こんな事になるとは思わなかったけど、これはチャンスだと考えたんだ……」
みんなが静かに聞いてくれる。
「今まで、東京を守ると言いながら、それは東京をただ自分の良いように支配しているのではないかっていう不安があったんだ……」
これは、ずっと心のどこかにあった不安だった。
俺は桜井とは違う。
そう言いたい。
桜井は人の意思を奪い、自分の命令に従わせた。
俺は、誰かを支配しているつもりはない。
みんなが自分の意思で動き、協力してくれている。
そう信じている。
でも、俺のスキルは強すぎる。
東京をテリトリーにしている。
登録証を発行している。
防衛機能も、環境維持も、商品生成もある。
俺がその気になれば、かなりのことができてしまう。
その事実が、時々怖くなる。
「でも、これで都民の気持ちも知れるし、公的に認められた形で行うのであれば、心置きなく東京を守っていけると思ったんだ……」
俺はそう言った。
会議室はしばらく静かだった。
その沈黙を破ったのは、ルドルフだった。
「悠真さんらしい考え方ですね」
ルドルフは優しく笑う。
「支配したい人は、そんなことで悩みません」
その言葉に、少しだけ救われた気がした。
浮田も肩をすくめる。
「まぁ、都民に聞くってのはいいんじゃないか?」
阿川も頷く。
「今まで何となく悠真さん中心で動いてましたけど、正式に決めるなら分かりやすいですしね」
色谷も軽く笑う。
「反対がゼロとは言わないけど、ちゃんと聞くのは大事だと思うぞ」
みんながそう言ってくれる。
俺は、改めて恵まれていると思った。
この人たちがいるから、俺は間違えずにいられる。
少なくとも、間違えそうになった時に止めてもらえる。
「ありがとう」
俺はもう一度言った。
「それじゃあ、都民投票の準備を始めよう」
◇
都民投票。
そう言うのは簡単だ。
だが、実際にどうやるのかとなると、考えるべきことは山ほどある。
投票権を誰に与えるのか。
投票方法はどうするのか。
不正対策はどうするのか。
集計はどうするのか。
反対票が多かった場合どうするのか。
どの程度の賛成があれば正当性があると言えるのか。
正直、俺一人で考えるには荷が重すぎる。
こういう時こそ、その名の通り秘書の出番だった。
俺は自室に戻り、スキルを意識する。
「秘書、勿論今の状況分かっていると思うが、投票をするのにどういう風にしていったらいいか教えてくれ!」
すぐに、いつもの冷静な声が頭の中に響く。
『かしこまりました』
相変わらず、反応が早い。
『先ずは投票においてのルールを決める事が大事だと思います』
「ルールか……」
俺は椅子に座り直した。
「成る程、具体的には?」
『まず何より大事なのは、投票で悠真様が都知事になる事を良しとする票の率です』
「票の率……」
俺は少し考える。
「どれくらいが良いと思う?」
普通に考えれば、選挙は多く票を取った方が勝つ。
単純な二択なら、過半数で決まるはずだ。
「やっぱり過半数とか?」
そう言った瞬間、秘書は即答した。
『いえ、最低80%以上の賛成票が必要だと考えます』
「最低が80%?!」
思わず声が出た。
「いくら何でも高くないか……?」
80%。
5人中4人が賛成しなければならない。
そんな高い数字、本当に必要なのかと思った。
しかし、秘書は淡々と続ける。
『それくらい、この投票というのは前代未聞な事なのです』
「前代未聞……」
『そもそも、都知事選は何人かの立候補者が居ます』
秘書は、まるで講義でもするように説明を始めた。
『そこから都民は何択にも選ぶ事が出来ます』
「あぁ……」
『しかし今回は、悠真様が都知事をやるか、やらないかの二択でございます』
確かにそうだ。
候補者は俺一人。
選択肢は賛成か反対。
『都民達に極論を投げているのです』
「成る程、確かにそう言われてみれば……」
俺は腕を組む。
普通の選挙なら、複数の候補者がいる。
票は分散する。
負けた候補者を支持していた人たちも、それぞれ考え方が違う。
だが、今回のような二択では、反対票を入れた人たちは明確に「悠真には都知事になってほしくない」という意思を示すことになる。
その比率が大きければ、後から問題になるのは当然だった。
『はぁ……80%の人々が賛成票を入れたならと残りの20%の人の少しは納得させる事が出来ると思います』
「はぁ……?」
俺は思わず反応しかけたが、秘書はそのまま続ける。
『もし、過半数、例えば60%の人が賛成票で40%の人が反対票だった場合、反対票の人が団結して、そもそも選挙をしないのは暴論だとデモを起こしかねません』
「確かに、普通の選挙なら色々な人に票が移る分、当選しなかった同志とはいえ団結しにくいし、昔からそのやり方でやっているから大きく反対する事はできないか……」
俺は納得する。
80%という数字は、俺を気持ちよく当選させるための数字ではない。
反対する人たちに対しても、圧倒的多数の意思であると示すための数字だ。
俺はそこで、さっきの違和感を思い出した。
「ってかお前今、はぁ……って言って俺に呆れてなかったか?」
俺は眉をひそめる。
「感情はないんじゃないのかよ?」
秘書は即座に答えた。
『私は感情はありませんので、悠真様の聞き間違えかと……』
「絶対に言ったと思うけどな……」
俺はじとっとした目で虚空を見る。
秘書の姿は見えない。
だが、なぜか淡々とした顔でしらを切っている様子が思い浮かんだ。
感情がないと言う割に、たまに妙に人間くさい。
というか、今のは完全に呆れていた気がする。
「まぁ、それはいいとして」
俺は気を取り直す。
「80%の賛成票なんて可能なのか?」
東京の人たちは、俺に好意的な人が多いと思う。
それは分かっている。
でも、80%となると話は別だ。
避難民の中には、俺のことをよく知らない人もいる。
元SPМの隊員や関係者もいる。
俺のスキルを怖いと思う人だっているはずだ。
そんな中で80%以上の賛成。
本当に可能なのか。
秘書は、少しも迷わず答えた。
『勝算はあります』
「勝算?」
『はい』
秘書の声は、いつも通り冷静だった。
『先ずは支持率のスキルで、現在の支持率を見てみて下さい』
「支持率のスキル……」
そういえば、職業選択に関連して、今の俺の支持率を確認できる機能があった。
「分かった」
そして、支持率を確認するために意識を集中させた。




