助けてくれる仲間が居る
第115話です。宜しくお願い致します。
警報音が、SPМ本部の中に鳴り響いていた。
ピーッ、ピーッ、ピーッ。
耳障りな音が、桜井の自室の壁に反響する。
桜井は喉元にチャン爺の刃を突きつけられたまま、それでも口元に笑みを浮かべていた。
この音が鳴れば、必ず来る。
そう命令してある。
自分に危険が迫った時は、何よりも最優先で自分を助けること。
祝勝会の場で、全員にそう命じた。
SPМの隊長、副隊長たち。
そして、東京側の主要メンバーたち。
彼らは自分の命令に逆らえない。
たとえ悠真の支配が解けたとしても、他の者たちが残っていれば問題ない。
そう思っていた。
桜井は、悠真を睨みながら言った。
「すぐに隊長達が助けに来るように命令してある」
悠真は、桜井の言葉を聞いても慌てなかった。
むしろ、少しだけ呆れたように息を吐く。
「へぇ……」
その反応に、桜井の眉がわずかに動いた。
なぜ慌てない。
なぜ怯えない。
警報は鳴っている。
隊長たちは来る。
桜井の危機を察知し、自分を助けるために動くはずだ。
そうでなければおかしい。
◇
その時、廊下の向こうから足音が聞こえてきた。
一人ではない。
複数の足音。
桜井の口元が、さらに大きく歪む。
「ほら、来たぞ……」
扉が開いた。
部屋の中へ入ってきたのは、SPМの隊長、副隊長たちだった。
凛堂明日香。
柿原紅蓮。
門脇誠司。
犬飼守。
影山駿。
影山潤。
世良芽衣。
安藤桃香。
かつて、桜井の命令に従い、東京のメンバーを追い詰めた者たち。
それぞれが強力なスキルを持ち、まともに戦えば危険極まりない相手たち。
桜井は勝ち誇ったように笑った。
「ほら来たぞ!」
喉元に刃があるにも関わらず、桜井の声には余裕が戻っていた。
彼にとって、この瞬間こそ逆転の合図だった。
桜井は命令する。
「オイ、先ずは俺の喉元に剣を突き立てているこいつを始末しろ」
その言葉が、部屋の中に響いた。
しかし。
誰も動かなかった。
チャン爺の刃は、桜井の喉元に突きつけられたまま。
悠真は椅子に座ったまま。
隊長たちは、誰一人として桜井の命令に従おうとしない。
凛堂明日香は、口元に手を当てて大きくあくびをした。
「ふぁ……」
まるで、退屈な会議に呼ばれたような態度だった。
柿原紅蓮は、隣にいた犬飼と何やら小声で話している。
「で、結局あの火炎瓶の使い方はどう思う?」
「いや、今それ話す場面じゃないっすよ……と言いたい所なんすけど、まぁ正直、悪くなかったっすね」
「だろ?」
「褒めたら調子乗るから言いたくないんすけどね」
二人は、桜井の命令などまるで聞こえていないかのように談笑していた。
門脇誠司は、腕を組みながら桜井を見ていた。
その目には、かつてのような従順さはない。
あるのは、はっきりとした軽蔑だった。
「……見苦しいな」
短い一言。
だが、その言葉だけで桜井の顔が強張る。
影山駿は、隣にいる弟の影山潤の肩に手を置いていた。
影山潤は少し複雑そうな顔をしている。
「兄さん……俺、今回ほとんど何もしていないんだけど……」
「気にするな、潤」
影山駿は真面目な顔で励ます。
「次は必ず出番がある」
「それ、慰めになってるのか……?」
「なっている」
「本当に?」
「多分な」
兄弟のやり取りは、緊迫した部屋の空気から少しだけ浮いていた。
世良芽衣は、頬を膨らませながら自分の髪を触っている。
「もう、昨日から色々ありすぎて本当に嫌……」
そして、周囲の空気などお構いなしに言った。
「今すぐお風呂に入りたいんだけど」
安藤桃香がすぐに叱る。
「少しは空気を読んで下さい!」
「だって、気持ち悪いんだもん」
「気持ちは分かりますけど、今それを言う場面ではありません!」
誰も桜井を助けない。
誰もチャン爺を止めない。
誰も桜井の命令に従わない。
◇
桜井の顔が、少しずつ引きつっていく。
「……何故、私を無視する」
声が低くなる。
その目が、隊長たちを一人ずつ見た。
凛堂。
柿原。
門脇。
犬飼。
影山兄弟。
世良。
安藤。
全員がそこにいる。
全員が、自分の命令を聞くはずだった。
しかし、誰も従わない。
桜井の喉が鳴った。
「まさか……」
悠真が静かに言う。
「そう、そのまさかだよ……」
桜井が悠真を見る。
悠真は椅子から立ち上がった。
その表情に、もう先ほどまでの笑みはない。
あるのは、冷静な怒りと、確かな決意だった。
「隊長達も全員、お前の支配下から俺の仲間が解いてくれている」
桜井の顔が歪んだ。
「クソがっ!!」
怒号が部屋を震わせる。
それまで保っていた余裕が、完全に剥がれ落ちた。
「私がどれだけ苦労して、この超人族絶対至上主義計画を進めて来たと思っているんだ!!」
桜井は叫んだ。
喉元に刃があることも忘れたように。
「全て、君のせいだ!!」
その指先が、悠真へ向けられる。
「よくも台無しにしてくれたな!!」
悠真は、桜井の怒りを受け止めるように立っていた。
そして、少しだけ苦笑する。
「俺が台無しにしたぜっ! って言いたいのは山々なんだけどさ」
悠真は首を横に振った。
「俺はまんまとお前の罠に引っかかって負けてたんだ」
その言葉に、部屋の空気が少し変わる。
悠真は自分の敗北を誤魔化さなかった。
犬飼を信じた。
SPМを助けようとした。
そして、その善意を利用され、桜井に支配された。
悠真自身は、一度完全に負けていた。
それは事実だった。
だが、だからこそ。
悠真は桜井を見据える。
「でも、俺が唯一お前に勝っていた事は、命令しなくても助けてくれる仲間が居たことかな……」
◇
その言葉と同時に、また扉が開いた。
今度入ってきたのは、東京メンバーだった。
陸斗。
未来。
浮田。
ルドルフ。
阿川。
色谷。
芹沢。
コン太。
今井翔太。
今井恭太。
さらに、チャン爺は既に桜井の喉元へ刃を突きつけている。
皆が正気に戻っていた。
誰一人、桜井の命令で動いていない。
誰一人、桜井を守ろうとしていない。
陸斗は悠真の隣に立つ。
未来も、強い目で桜井を見る。
浮田は腕を組み、桜井を睨む。
ルドルフは静かに息を吐き、阿川と色谷は周囲を警戒している。
芹沢はコン太の肩に手を置いていた。
コン太は胸を張り、今井兄弟は少し緊張しながらも真っ直ぐ桜井を見ている。
悠真はその全員を見た。
そして、桜井へ言う。
「これが、かけがえのない、俺の大切な仲間達だ」
桜井の表情が、さらに歪む。
仲間。
その言葉が、桜井には耐えられなかった。
命令ではなく、絆で動く者たち。
支配ではなく、自分の意思で助けに来る者たち。
桜井が築こうとしたものとは、正反対の関係。
それを見せつけられた瞬間、桜井の中で何かが壊れた。
「うるさァァァーい!!!」
それは、今まで聞いたことのない桜井の叫びだった。
優雅でもない。
余裕もない。
理屈もない。
まるで、欲しいものを奪われた子供のような叫びだった。
その叫びと共に、桜井の意識は過去へ沈んでいった。
◇
桜井晴彦は、優しい母親と父親のもとに生まれた。
一人息子だった。
両親は、桜井をとても大切に育てた。
少し過保護なくらいだった。
欲しいものがあれば、できる範囲で買ってくれた。
勉強を頑張れば、たくさん褒めてくれた。
何かに失敗しても、母親は優しく慰め、父親は笑いながら背中を叩いてくれた。
桜井にとって、家は安心できる場所だった。
自分は愛されている。
自分は大切にされている。
幼い頃の桜井は、疑うことなくそう思っていた。
だが、高校生の時、父親が交通事故で亡くなった。
突然だった。
朝、いつものように家を出た父親は、二度と帰ってこなかった。
その日を境に、家の空気は変わった。
母親は、父親の死のショックから体調を崩すようになった。
食事の量が減った。
笑顔が減った。
眠れない夜が増えた。
それでも母親は、桜井の前では笑おうとした。
けれど、桜井には分かっていた。
母親は壊れかけている。
だから、桜井は思った。
自分が早く立派にならなければならない。
勉強は得意だった。
成績も良かった。
本当なら、大学に行く予定だった。
だが、父親が亡くなり、母親が体調を崩した家に、大学へ行く余裕はなかった。
桜井は進学を諦めた。
高校を卒業し、就職した。
◇
最初は、それでも上手くやっていた。
桜井は真面目だった。
仕事覚えも早かった。
与えられた仕事はきちんとこなし、上司からも一定の評価を受けていた。
母親を安心させたい。
もっと給料をもらえるようになりたい。
早く昇進して、母親に楽をさせたい。
その一心だった。
だが、現実は簡単ではなかった。
同じ会社に入った大卒の社員たちは、自分よりも給料が高かった。
昇進の話も、彼らの方が先に出る。
努力しても、差は埋まらない。
高卒だから。
大卒だから。
その言葉が、見えない壁のように桜井の前に立ちはだかった。
それでも桜井は諦めなかった。
高卒でも、上へ行ってやる。
結果を出せばいい。
誰もが認める成果を出せばいい。
そう思って、桜井は働き続けた。
◇
そんなある日、桜井は一つの商品アイデアを思いついた。
自分の中では、ヒット間違いなしだと思えるものだった。
何度も資料を作り直し、企画として形にした。
ただ、一人で抱えたまま提出するのが少し怖かった。
だから、桜井は会社で唯一仲が良かった同僚に相談した。
その同僚は大卒だった。
人当たりがよく、周囲にも好かれていた。
桜井は、その同僚に企画を見せた。
「これ、どう思う?」
同僚は資料を読み、目を輝かせた。
「すごいじゃないか。これは絶対にいけるよ」
その言葉に、桜井は嬉しくなった。
初めて、自分の努力が報われるかもしれないと思った。
だが、翌日。
桜井の商品アイデアは、同僚の名前で会社に提出されていた。
そして、その企画は採用された。
会社は大きく動いた。
商品開発チームが作られた。
そのリーダーには、同僚が指名された。
桜井は、目の前が真っ暗になった。
すぐに同僚を問い詰めた。
「何で、私の商品を盗んだんだ……」
声は震えていた。
怒りだけではない。
信じていた相手に裏切られた痛みが、そこにはあった。
だが、同僚は悪びれなかった。
むしろ、呆れたように笑った。
「だって、お前は高卒で俺は大卒」
その言葉は、桜井の胸を刺した。
同僚は続ける。
「昇進しやすい確率が高いのはどっちかなんて、高卒のお前でも分かるだろ?」
その瞬間、桜井の中で何かが壊れた。
努力すれば報われる。
結果を出せば認められる。
そんな言葉は嘘だった。
社会は最初から、立場で人を見ている。
学歴で人を見ている。
持っているものと、持っていないものを分けている。
桜井は会社を憎んだ。
社会を憎んだ。
それでも、母親がいた。
母親のために、踏みとどまろうとした。
だが、その母親も、体調を崩したまま亡くなった。
桜井の中に、残るものは少なかった。
◇
もちろん、同僚に企画を話した自分が悪いと言われれば、それまでだった。
証拠を残さなかった自分が甘かったと言われれば、それまでだった。
だが、桜井には納得できなかった。
なぜ、奪う側が笑っている。
なぜ、奪われた側が泣き寝入りする。
なぜ、努力しても、立場のある者が上へ行く。
なぜ、この社会はこんなにも歪んでいる。
桜井は思った。
全て壊れてしまえばいい。
こんな社会など、跡形もなく壊れてしまえばいい。
そして、本当に世界は壊れた。
ゲートが現れ、モンスターが溢れ、日常が崩れた。
その混乱の中で、桜井は力を手に入れた。
《天上天下唯我独尊》。
人を従わせる力。
その時、桜井は思った。
今度こそ、自分が上に立つ。
無能な者はいらない。
力のない者はいらない。
奪われる側に回る必要はない。
力のある者が正当に上に立てばいい。
自分こそが、新しい社会を作る。
そうして、桜井の中にあった恨みは、超人族絶対至上主義という形へ歪んでいった。
桜井は、自分を奪った社会を憎んでいた。
だが、その憎しみの果てに、自分もまた誰かから奪う側へ回っていた。
それに気づくことはなかった。
◇
桜井は、現実へ戻ってきた。
目の前には悠真がいる。
悠真の仲間たちがいる。
SPМの隊長たちも、自分を見ている。
誰も、自分の命令を聞かない。
誰も、自分の理想を見ていない。
桜井の積み上げてきたものは、崩れていた。
支配したはずの者たちは戻り、自分の手から離れている。
桜井は、ぽつりと呟いた。
「もう、何でもいいや……」
その声には、先ほどまでの余裕も、怒りもなかった。
ただ、全てを壊された子供のような空っぽさだけがあった。
悠真の目が細くなる。
「桜井……?」
チャン爺の刃は、まだ喉元にある。
だが、桜井はゆっくりと片手を動かした。
ポケットの中。
そこに、もう一つのボタンがあった。
桜井はそれを押した。
次の瞬間。
ガコンッ――。
桜井の自室の床全体が、音を立てて開いた。
「なっ……!」
悠真が声を上げる間もなく、足元が消える。
椅子も。
机も。
地図も。
昼食の皿も。
すべてが一気に下へ落ちていく。
桜井も、悠真も、仲間たちも。
その場にいた全員が、暗い地下へと落ちていった。
初めて影山潤が喋りましたね……
本当はもう少し活躍させて上げたかったのですが、
ここまで来てしまいました……




