もう、離れないでくれ
第113話です。宜しくお願い致します。
医務室を中心に、解放作戦は一気に動き始めた。
最初は、コン太、影山駿、今井恭太、今井翔太。
そして浮田と安藤桃香だけだった。
しかし、眠らせた隊員たちが《手術室》によって桜井の支配から解放され、目を覚ましていくたびに、協力者は増えていった。
目を覚ました隊員たちは、最初こそ混乱していた。
自分がどこにいるのか。
なぜ眠っていたのか。
そして、自分が何をしていたのか。
それらを理解した瞬間、顔色を失う者もいた。
「俺は……住民を……」
自分の手を見つめ、震える者。
「何で、あんな事を当然だと思っていたんだ……」
頭を抱える者。
「桜井……あいつ、よくも……」
怒りに歯を食いしばる者。
反応はそれぞれだった。
◇
だが、安藤桃香は全員に同じように説明した。
桜井晴彦のスキルによって支配されていたこと。
命令されたことに逆らえなかったこと。
しかし、命令以外では自分のまま行動していたため、自分たちの中に元からあった傲慢さや歪みが利用されたこと。
その説明は、決して優しいものではなかった。
操られていたから、全て仕方なかった。
安藤はそうは言わなかった。
桜井の支配は確かにあった。
だが、住民たちを見下す意識。
自分たちは特別だという思い。
助けてやっているのだから従えという空気。
それらがSPМの中にあったことも、安藤は否定しなかった。
だからこそ、隊員たちは深くうつむいた。
支配されていた。
だが、それだけではない。
自分たちの弱さと傲慢さが、桜井に利用された。
その事実が、何よりも重かった。
安藤はそれを責めるために話していたわけではない。
変わるために話していた。
「今、あなた達に反省の意識があるなら、みんなを解放する為に手伝って」
命令ではなかった。
上司として命じることはできた。
だが、安藤は命じなかった。
また誰かの命令で動くのではなく、自分の意思で動いてほしい。
今度こそ、自分たちの意思で人を助けてほしい。
その思いが、言葉に滲んでいた。
隊員たちは顔を上げる。
「分かりました」
「必ず、みんなを助けて住民達に謝ります……」
「俺達にも、やらせて下さい」
そして、動き始めた。
眠った隊員を運ぶ者。
廊下の安全を確認する者。
医務室の中で場所を空ける者。
新しく目覚めた者へ説明を手伝う者。
作戦は、雪だるま式に広がっていった。
◇
影山駿は影から現れ、隊員に麻酔薬を打つ。
コン太は桜井晴彦の姿で堂々と近づき、注意を引く。
今井恭太は透明化したまま別ルートを進み、見張りを眠らせる。
今井翔太と解放された隊員たちは、眠った者を医務室へ運ぶ。
浮田は中心で《手術室》を展開し続けた。
一人ずつではない。
複数人。
10人。
20人。
人数が増えるたび、浮田は額に汗を浮かべた。
だが、手を止めない。
最大で80人まで同時に入れられる手術空間。
その力を使い、桜井の支配を次々に切っていく。
「次だ!」
浮田の声が医務室に響く。
「寝かせる位置を空けろ!」
安藤もすぐに動く。
「この人達はこっちへ。目を覚ました人は壁際で待機して。混乱している人には説明を続けて」
支援隊副隊長としての判断力が戻っていた。
医務室は人で溢れかけていたが、混乱は少しずつ秩序へ変わっていく。
解放された隊員たちも、必死に働いた。
それは罪滅ぼしだった。
しかし、それだけではない。
今度こそ、自分たちの手でSPМを取り戻す。
そんな意思も、そこにはあった。
◇
解放は、一般隊員だけでは終わらなかった。
途中で、SPМの隊長や副隊長たちも見つかっていった。
凛堂明日香。
柿原紅蓮。
世良芽衣。
影山潤。
門脇誠司。
犬飼守。
佐々木金次郎。
それぞれが別々の場所にいた。
ある者は見張りとして。
ある者は部屋で待機して。
ある者は桜井の命令を受けるために、いつでも動ける状態で。
彼らを眠らせるのは、一般隊員よりもずっと難しかった。
正面から戦えば危険だった。
だから、解放された隊員たちの協力が必要だった。
桜井に変身したコン太が呼び出す。
影山が影から隙を作る。
透明化した恭太が背後に回る。
解放された隊員たちが周囲を封鎖する。
一つ一つ、慎重に進めていく。
門脇は最後まで警戒が必要だった。
《ガチャカプセル》を投げられれば、一瞬で閉じ込められる。
犬飼も危険だった。
動物の身体に変化されれば、反応速度も攻撃力も高い。
◇
東京メンバーも、少しずつ医務室へ運ばれていった。
ルドルフ。
阿川。
色谷。
芹沢。
目覚めた時、ルドルフは深く息を吐き、額に手を当てた。
「これはChe schifo(最悪)……」
阿川は、自分の手を見て顔をしかめた。
「俺は……配管を利用されてたのか……」
色谷は悔しそうに拳を握った。
「みんなを罠にかける側に回ったってことかよ……」
芹沢は、目を覚ました瞬間にコン太を抱きしめた。
「コン太ちゃん……よく頑張ったわね……」
桜井の姿をしたコン太は、少し困った顔をした。
「今はその顔で抱きしめられると変な感じだ……」
芹沢はすぐに離れ、コン太の顔を見て苦笑した。
「確かに、桜井の顔で言われると嫌ね♡」
そんなやり取りをしながらも、全員がすぐに状況を理解し、作戦に加わった。
◇
チャン爺も合流した。
彼は桜井に操られていたわけではない。
だが、悠真の命令には逆らえない。
そのため、これまで自分から作戦の核心に関わることはできなかった。
しかし、解放作戦が進み、状況が変わり始めたことを知ると、チャン爺は静かに頭を下げた。
「皆様、ご無事で何よりでございます」
コン太は、その姿を見て胸を張る。
「チャン爺が助けてくれたからだコン!」
チャン爺は、いつものように穏やかに微笑んだ。
「わたくしは、ほんの少し手を貸しただけでございます」
「ほんの少しじゃないコン!」
コン太の言葉に、周囲の空気が少しだけ和らいだ。
◇
そして、最後に大きく動いたのは未来だった。
未来と陸斗も、麻酔が切れる前に《手術室》で解放されていた。
目を覚ました未来は、すぐに状況を理解した。
そして、まだ解放されていない最後の存在を探すために立ち上がる。
「悠真、どこにいるの?!」
未来は両手を広げた。
「スキル、動植物図鑑」
小さなヤモリが次々と現れる。
20体。
床を這い、壁を登り、隙間へ入り込む。
さらに未来は空へ意識を伸ばした。
カラスが15羽。
黒い羽を広げ、SPМ本部の上空へ飛び立つ。
ヤモリ20体。
カラス15羽。
未来が同時に操作できる最大数。
全てを使って、悠真を探す。
陸斗はその隣で、祈るように拳を握っていた。
「悠真さん……」
医務室にいた者たちも、息を潜める。
悠真だけが、まだ見つかっていない。
桜井に一番利用されているはずの悠真。
東京の中心。
みんなの主。
その悠真を取り戻さなければ、本当の意味で救出作戦は終わらない。
未来の表情が、ふっと変わった。
カラスの一体が、悠真を見つけたのだ。
「悠真が見つかったわ!」
陸斗がすぐに顔を上げる。
「本当ですか?!」
「えぇ」
未来は頷く。
「裏の中庭にいる」
その言葉に、全員が動き出した。
浮田。
未来。
陸斗。
ルドルフ。
阿川。
芹沢。
色谷。
コン太。
今井翔太。
今井恭太。
チャン爺。
皆で悠真を迎えに行く。
誰か一人ではなく。
皆で。
◇
悠真は、SPМ本部の裏にある中庭にいた。
そこは大広間や医務室の喧騒から離れた、静かな場所だった。
荒れた地面。
手入れされなくなった植え込み。
崩れかけた柵。
その向こうに、遠くの空が見える。
悠真は、一人で立っていた。
ぼうっと景色を見ている。
その視線の先にあるのは、東京の方角だった。
支配されているはずなのに。
桜井の命令を正しいものとして受け入れているはずなのに。
悠真は、どこか哀しそうだった。
まるで、自分でも分からない何かを探しているように。
未来が息を呑む。
陸斗も、浮田も、ルドルフも、誰もすぐには声をかけられなかった。
その背中が、あまりにも寂しそうだったから。
やがて、悠真が振り返る。
そこには、仲間たちがいた。
悠真は不思議そうに首を傾げる。
「皆でどうしたんだ……?」
声は、いつもの悠真に近かった。
だからこそ、胸が痛む。
浮田が一歩前へ出た。
「お前を助けに来たんだ……」
悠真は眉をひそめる。
「助け……?」
その言葉の意味が分からない。
今の悠真にとって、桜井に従うことは正しい。
だから、助けられる必要などない。
そう思っている。
だが、浮田はもう迷わなかった。
右手を上げる。
「スキル、手術室」
白い空間が広がった。
医務室で何度も展開した、浮田の手術空間。
それが、悠真を囲むように現れる。
悠真は周囲を見回した。
「一体何を……」
その言葉は、途中で止まった。
悠真の目が見開かれる。
桜井への忠誠。
桜井総督府様という呼び名。
仲間を罠にかけた記憶。
住民の苦しみに目を向けなかった自分。
それらが、一気に意識の中へ戻ってくる。
悠真は小さく息を呑んだ。
「俺は……桜井の支配下にあった……」
◇
その瞬間、悠真の中で何かが崩れた。
支配されていた間の記憶だけではない。
もっと深いところにあったものが、堰を切ったように溢れ出す。
最初は、一人だった。
世界が崩壊した日。
悠真はただ一人で、自分のアパートにいた。
元々、友達が多い方ではなかった。
家族とも仲が良いとは言えなかった。
心を許せる相手も、ほとんどいなかった。
それでも、世界が壊れる前は、それでいいと思っていた。
一人でも、日常生活は送れていた。
何不自由なく暮らせているつもりだった。
だが、世界が崩壊して、本当に一人になった時。
その静けさは、ただの自由ではなかった。
空っぽだった。
そんな悠真の人生は、陸斗と美咲を助けたことで変わった。
妹を守るために必死だった少年。
怖くても兄を信じていた小さな少女。
人と関わることを避けていた悠真が、二人を家族のように思うようになった。
そこから、少しずつ増えていった。
未来と出会った。
浮田と出会った。
ルドルフと出会った。
阿川と出会った。
色谷と出会った。
芹沢と出会った。
コン太と出会った。
チャン爺、一葉、二葉、三葉。
アル、ソックス、セイコ。
騒がしくなった。
毎日、誰かが何かを言っていた。
アルはうるさく、セイコは妙なことを言い、ソックスは冷静にツッコミを入れる。
芹沢はやたらと距離が近く、コン太はすぐに調子に乗る。
浮田はぼやきながらも人を助ける。
陸斗は真面目で、未来は強く優しい。
阿川も色谷もルドルフも、それぞれの形で東京を支えてくれた。
面倒だった。
大変だった。
責任も増えた。
それでも、世界崩壊前よりも、悠真の日常はずっと満たされていた。
うるさくて。
忙しくて。
騒がしくて。
でも、充実していた。
なのに、桜井に支配された瞬間、その全てが遮断された。
桜井の命令だけが正しい。
桜井総督府様のために動く。
それ以外の思考が、鈍くなっていた。
仲間の顔を見ても、仲間として見られなかった。
住民の苦しみも、心に届かなかった。
悠真は、再び一人になっていたのだ。
桜井という存在以外から切り離されて。
それに気づいた瞬間、悠真の目から涙が溢れた。
悠真らしくない涙だった。
だが、止められなかった。
「みんな……」
声が震える。
悠真は、目の前にいる仲間たちを見た。
誰もいなくなっていない。
皆、そこにいる。
自分を助けに来てくれた。
「もう、離れないでくれ……」
その言葉に、浮田はすぐに答えた。
「誰も離れねぇよ」
未来も一歩前に出る。
「もう心配いらないよ!」
ルドルフが優しく笑う。
「みんな付いてます!」
陸斗も、涙を堪えながら頷く。
「悠真さん、戻ってきてくれて良かったです……!」
芹沢は目元を押さえながら微笑んだ。
「悠ちん、やっと戻ってきたわね……」
コン太も胸を張る。
「オイラ達が助けたコン!」
今度は語尾が戻っていた。
コン太はもう桜井の姿ではない。
悠真を助ける前に変身を解いていた。
悠真は涙を拭いながら、皆を見た。
「ありがとう……」
心からの言葉だった。
◇
その時だった。
空間が揺れた。
悠真は何もしていない。
《派遣》を発動していない。
それなのに、三つの気配が現れた。
アル。
ソックス。
セイコ。
三人が勝手に召喚された。
最初に飛び出したのは、もちろんアルだった。
「ご主人様ァァァー!!」
アルは勢いよく悠真へ抱きついた。
いや、抱きつくというより突撃に近かった。
「ぐっ……!」
悠真は少しよろける。
そして、照れくさそうに眉をひそめた。
「熱いからやめろ、ひっつくな」
アルはまったく離れない。
「だってだって、やっと正気のご主人様になったんですも〜ん!」
悠真は苦笑しながら、アルの頭を軽く押し返す。
「というか、お前等、スキル発動してないだろ……」
ソックスが静かに答える。
「今回ばかりはヒヤヒヤしました」
いつもの冷静な声だった。
だが、その表情には安堵が滲んでいた。
セイコは胸に手を当て、誇らしげに言う。
「わたくしの主は、素晴らしい紳士でないと駄目なんですもの!!」
悠真は少しだけ笑った。
やっと、いつもの空気が戻ってきた。
騒がしくて。
少し面倒で。
でも、温かい。
悠真は、改めて仲間たちを見る。
皆がいる。
自分は一人ではない。
もう、桜井に奪われたままではない。
悠真は深く息を吸った。
涙はまだ完全には乾いていない。
それでも、その目にはいつもの光が戻っていた。
「改めて、俺を助けてくれてありがとう!」
そして、悠真は表情を引き締める。
桜井晴彦。
自分たちを操り、住民を苦しめ、SPМを狂わせた男。
まだ終わっていない。
むしろ、ここからだ。
悠真は仲間たちを見渡し、力強く言った。
「さあ、桜井を驚かせに行くか!!」




