水晶玉と透明人間
第109話です。宜しくお願い致します。
四人は、影山駿のいる部屋で作戦を立て始めた。
コン太。
今井翔太。
今井恭太。
そして、影山駿。
普通なら、絶対に並ぶはずのない組み合わせだった。
東京に救われた今井兄弟。
翡翠球から来たフォック族のコン太。
そして、少し前まで敵として戦っていたSPМ影撃隊隊長。
だが今は、その四人しか動ける者がいなかった。
正確には、動ける者は他にもいる。
一葉、二葉、三葉。
チャン爺。
アル、ソックス、セイコ。
彼らは桜井に操られていない。
しかし、悠真の命令には逆らえない。
その時点で、作戦の中心には置けなかった。
◇
影山はベッドの上で身体を起こしたまま、中央会館とSPМ本部の位置関係を思い出すように話し始めた。
「SPМ本部の会議室から左に曲がると、特殊隊の区画に続く階段がある」
影山の声は冷静だった。
「そこを上れば、特殊隊隊長室に近づける。桜井は普段、そこを使っていることが多い」
コン太は真剣に聞いていた。
普段なら途中で何か言いたくなるところだったが、今はそんな余裕はない。
翔太と恭太も同じだった。
「見張りはいるのか?」
翔太が聞く。
「あぁ。一般隊員が何人か配置されているはずだ」
影山は答える。
「ただし、今のSPМは完全に勝ったつもりでいる。警戒はしているだろうが、外からの大規模攻撃を想定している可能性が高い」
「つまり、少人数の潜入なら可能性があるってことか」
恭太が言う。
影山は頷いた。
「そうだ。ただ、桜井本人のスキルが分からないまま近づくのは危険だ」
その言葉に、四人の空気が重くなる。
◇
桜井晴彦。
《天上天下唯我独尊》。
悠真たちを支配した元凶。
今分かっているのは、ワッペンを相手の身体に吸い込ませることで支配するということ。
そして、支配された者は桜井の命令を正しいものとして受け入れてしまうということ。
だが、正確な条件はまだ分からない。
触れる必要があるのか。
ワッペンを貼る必要があるのか。
対象に制限があるのか。
一度支配した相手に追加命令をどう入れているのか。
分からないことが多すぎる。
コン太は腕を組み、尻尾を揺らした。
「先ずは桜井のスキルを正確に知らないと危険だコン」
その言葉に、翔太が頷く。
「俺の《水晶玉》で見るしかないな」
コン太が翔太を見る。
「大丈夫だコンか?」
「あぁ」
翔太は短く答えた。
だが、その表情には緊張があった。
自分のスキルで桜井の情報を見る。
それが作戦の第一歩になる。
つまり、失敗すれば次がない。
◇
今井恭太が兄の横に立つ。
「兄ちゃんは俺が透明にする」
コン太が恭太へ顔を向ける。
「透明人間だコンね?」
「そうだ」
恭太は頷く。
「俺のスキルなら、兄ちゃんを透明にできる。音も聞こえなくできるから、見張りに気づかれずに近づけるはずだ」
影山が少しだけ目を細めた。
「音も消せるのか」
「うん」
恭太は真剣な顔で答えた。
「透明でも足音が聞こえたら意味ないからな」
「なるほど」
影山は頷く。
「なら、特殊隊隊長室の前までは行ける可能性が高い」
そこで、影山は少し考えた。
「ただし、問題は扉だ」
翔太もすぐに理解する。
「扉を開けたら、不自然に見えるってことか」
「あぁ」
影山は言った。
「透明でも、扉の動きまでは消せない。誰もいないのに扉が開けば、桜井なら気づく可能性がある」
コン太は唸った。
「難しいコン……」
翔太も腕を組む。
「外から覗ける隙間があればいいんだけどな」
「特殊隊隊長室は気密性が高いからそれは普通には無理だ」
影山は続ける。
「ただ、朝なら食事を運ぶ隊員が出入りする可能性がある」
「その時に入るってことか?」
翔太が聞く。
「入るか、隙間を作るかだ」
影山は答えた。
「中に完全に入るのは危険かもしれない。桜井の近くに入りすぎると、何かの拍子に接触する可能性がある」
翔太は頷く。
「扉の隙間から見られるなら、それが一番安全だな」
◇
コン太は手を握った。
「じゃあ、翔太が桜井の情報を見るコン」
次に、恭太を見る。
「恭太は透明人間で翔太を透明にするコン」
恭太が頷く。
「分かった」
それから四人は、さらに細かい確認をした。
一つ一つ確認していく。
派手な戦いではない。
だが、これが失敗すれば、救出作戦そのものが始まらない。
だから四人は、何度も確認した。
そして、夜が更けていった。
◇
中央会館の外は静かだった。
だが、遠くのSPМ本部では、桜井の祝勝会が終わり、支配された仲間たちがそれぞれの部屋で休んでいるはずだった。
悠真も。
浮田も。
陸斗も。
未来も。
芹沢も。
全員、桜井の支配下にいる。
コン太は眠れなかった。
小さな身体を丸めても、目を閉じると大広間の光景が浮かぶ。
鎖に繋がれた住民。
椅子にされた住民。
桜井に従う悠真たち。
そして、チャン爺の言葉。
悠真様達を、どうか助けて下さい。
コン太は拳を握った。
必ず助ける。
そう心の中で繰り返しながら、朝を待った。
◇
次の日の朝。
中央会館の一室に、四人は集まっていた。
コン太はいつになく真剣な顔をしている。
今井翔太は深く息を吐き、肩の力を抜こうとしていた。
今井恭太は兄の隣に立っている。
影山駿はベッドから降りず、部屋の中から二人を見ていた。
まだ無理に動くべきではない。
それは全員が分かっていた。
コン太が、力強く言う。
「今から救出作戦を始めるコン!」
翔太と恭太が頷く。
影山も静かに頷いた。
最初の任務は、桜井のスキル情報を正確に知ること。
翔太は一歩前に出る。
恭太がその肩へ手を置いた。
「兄ちゃん、気をつけて」
「あぁ」
翔太は短く答える。
恭太は深く息を吸った。
そして、唱える。
「スキル、透明人間」
恭太の手から、透明な膜のようなものが広がった。
それは翔太の身体を包み込む。
輪郭が薄れていく。
髪も。
顔も。
服も。
手足も。
まるで空気に溶けるように、翔太の姿が消えていった。
数秒後、そこには誰もいないように見えた。
だが、翔太の声だけが聞こえる。
「見えてないか?」
「全然見えないコン」
コン太が目を凝らして答える。
恭太が続ける。
「音も消す。兄ちゃんが歩いても、向こうには聞こえないはずだ」
「助かる」
翔太の声が言った。
コン太は見えない翔太へ向かって頷く。
「翔太、頼むコン!」
「あぁ、任せろ」
その声には緊張があった。
だが、怯えてはいなかった。
翔太は一歩踏み出す。
足音は聞こえない。
本当に、そこに誰もいないようだった。
◇
阿川の配管は、今も中央会館の一室に繋がったままになっていた。
桜井が東京との移動手段として維持させているもの。
それが今、逆に救出側の通路になる。
翔太は透明のまま、配管へ入った。
コン太、恭太、影山は、その入口を見つめる。
何も見えない。
ただ、配管の中に空気がわずかに揺れたように感じた。
翔太が中へ進んでいったのだ。
「兄ちゃん……」
恭太が小さく呟く。
コン太は隣で拳を握った。
「大丈夫だコン。翔太ならやれるコン」
その言葉は、恭太に向けたものでもあり、自分に言い聞かせるものでもあった。
◇
翔太は、透明になったまま配管の中を進んだ。
自分の手は見えない。
足も見えない。
だが、感覚はある。
配管の床を踏んでいる感触。
壁が近くにある圧迫感。
進む方向。
すべては分かる。
音も消えているため、自分の呼吸すら外には聞こえないはずだった。
それでも、翔太は慎重に進んだ。
配管の先に、SPМ本部がある。
少し前まで、悠真たちが戦っていた場所。
そして今は、桜井が勝利したと思い込んでいる場所。
配管を抜けると、薄暗い通路に出た。
翔太は足を止め、周囲を確認する。
見張りの隊員がいる。
二人。
だが、彼らは翔太に気づかない。
透明化している。
足音も消えている。
翔太は息を殺しながら、二人の横を通り抜けた。
心臓がうるさい。
実際には音が消えているはずなのに、自分の鼓動だけが頭の中で響いている。
◇
影山から聞いた通り、翔太は会議室の方へ進む。
そして、会議室を左に曲がった。
その先に階段がある。
階段を上れば、特殊隊の区画。
桜井の隊長室へ近づく。
途中にも、一般隊員の姿があった。
だが、誰も気づかない。
翔太は慎重に階段を上がった。
一段。
また一段。
焦ってはいけない。
透明だからといって、何かにぶつかれば気づかれる。
物を落とせば終わり。
扉を不用意に開けても終わり。
翔太は影山から聞いた道順を頭の中で繰り返す。
階段を上がる。
右へ曲がる。
長い廊下。
一番奥の扉。
そこが特殊隊隊長室。
◇
廊下には、二人の隊員が立っていた。
翔太は壁際を静かに進む。
隊員の一人が欠伸をした。
「昨日の祝勝会、派手だったな」
「あぁ。桜井総督府様の新しい時代が始まるんだ」
そんな会話が聞こえる。
翔太は唇を噛んだ。
新しい時代。
それは、悠真たちが望んだものではない。
支配された人たちが、そう思い込まされているだけだ。
翔太は二人の間を抜け、奥の扉の前へ辿り着いた。
特殊隊隊長室。
ここに桜井がいる可能性が高い。
だが、ここからが問題だった。
扉は閉まっている。
当然、中は見えない。
透明になっているとはいえ、扉を開ければ不自然だ。
誰もいないはずなのに、扉が勝手に動く。
そんなことが起きれば、桜井ならすぐに警戒するだろう。
翔太は扉の前で立ち止まった。
どうする。
どうやって気づかれずに部屋へ入る。
いくら透明で音が聞こえないとはいえ、扉の動きは消せない。
隙間もない。
覗ける窓もない。
翔太の額に、見えない汗が滲んだ。
ここまで来て、何もできずに戻るわけにはいかない。
だが、無理に開ければ全てが終わる。
◇
その時だった。
背後から足音が聞こえた。
翔太は反射的に振り向く。
廊下の向こうから、一人の一般隊員が歩いてきていた。
手には盆。
その上には、朝食らしき食事が載っている。
桜井へ運ぶものだ。
翔太はすぐに扉の横へ避けた。
隊員は翔太に気づかない。
当然だ。
透明で、音も消えている。
隊員は特殊隊隊長室の前で立ち止まり、軽くノックした。
「桜井総督府様。朝食をお持ちしました」
中から、桜井の声がする。
「入りなさい」
扉が開いた。
翔太の心臓が大きく跳ねる。
今しかない。
隊員が中へ入る。
翔太は、その背後にぴたりと続いた。
ただし、完全には中に入らない。
中へ入りすぎれば、桜井に近づきすぎる。
もし何かに触れれば危険だ。
隊員が盆を持って部屋へ入る。
翔太は扉の端へ手を伸ばした。
隊員が扉を閉めようとする。
その瞬間、翔太は透明な手で扉をそっと押さえた。
閉まりきらないように。
ほんのわずか。
部屋の中が確認できる程度の隙間。
それだけを残す。
隊員は気づかなかった。
扉がほとんど閉まっているように見えたからだ。
翔太は息を止める。
流石に運が良かったな……。
心の中でそう思った。
◇
扉の隙間から、部屋の中が見える。
机。
椅子。
置かれた資料。
そして、桜井晴彦。
桜井は朝食を受け取り、穏やかに隊員へ何かを告げていた。
その表情は、昨夜すべてを手に入れた者の余裕に満ちている。
翔太は扉の隙間から、部屋の中にいる桜井を見た。
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
ここで見つかれば、終わりだ。
だが、見なければ何も始まらない。
翔太は静かに息を整えた。
そして、瞳に水晶のような光を宿す。
「スキル、水晶玉」
その目が、桜井晴彦の情報を捉え始めた。




