一葉の精一杯
第108話です。宜しくお願い致します。
コン太、今井翔太、今井恭太の三人は、中央会館の入口前に立っていた。
東京へ戻って来られた。
それだけなら、本来は安心できるはずだった。
だが、今の中央会館は安全だとは言い切れない。
悠真は桜井に支配されている。
その悠真のスキルによって生み出された召使い組は、桜井には操られていない。
しかし、悠真の命令には逆らえない。
チャン爺がそう教えてくれた。
つまり、一葉、二葉、三葉も同じ状態のはずだった。
味方であって、完全な味方として動けない。
その難しさを、コン太は理解していた。
◇
コン太は入口の前で足を止め、今井兄弟を振り返った。
「二人は一旦、入り口にいるコン」
今井翔太が首を傾げる。
「どうしてだ?」
「どこで、誰がいるか分からないコン……」
コン太は中央会館の中を見た。
いつもなら、ここは悠真たちの拠点だった。
安心できる場所。
帰ってくれば、誰かがいる場所。
美咲が笑っていて、浮田がぼやいていて、芹沢が妙なテンションで話しかけてくる場所。
だが、今は違う。
そのほとんどが、桜井に奪われた。
「それに、一葉達メイド達も操られていないとは言え、悠真の指示で何か言われてないとも限らないコン!」
今井翔太の表情が引き締まる。
「分かった」
今井恭太も頷く。
「気をつけろよ、コン太」
「任せるコン」
コン太は小さく頷き、中央会館の中へ入った。
◇
足音を殺す。
耳を澄ませる。
廊下の先に誰かいないか、気配を探る。
いつもの中央会館なのに、まるで敵地へ忍び込んでいるようだった。
入口を抜けてすぐの場所に、一葉が立っていた。
姿勢はいつも通り綺麗だった。
背筋を伸ばし、手を前で揃え、静かに佇んでいる。
だが、表情には明らかな不安が浮かんでいた。
一葉はコン太を見ると、わずかに目を細める。
「コン太様、よくご無事で帰って来られましたね……」
その声には、心からの安堵があった。
コン太は一歩近づく。
「一葉も操られてはないんだコンね?」
一葉は静かに頷いた。
「はい、しかし悠真様の指示に逆らう事は出来ません」
「……知ってるコン」
コン太は小さく答えた。
チャン爺から聞いていた。
だから驚きはしない。
けれど、実際に一葉の口から聞くと、その重さがよりはっきりした。
一葉は味方だ。
だが、もし悠真に命じられれば、敵として動かざるを得ない。
一葉自身も、それを苦しんでいるようだった。
◇
一葉は少しだけ声を落とす。
「ですから、もし悠真様達を助けるのであれば、私や二葉、三葉には見せない、知らせないの徹底をお願いします」
コン太は目を見開いた。
一葉は続ける。
「知らない事は、私達も報告出来ませんので……」
その言葉に、コン太は息を呑んだ。
味方だからこそ、知らせてはいけない。
知れば、悠真に命令された時に話してしまう。
いや、話さざるを得なくなる。
ならば、一葉たちを守るためにも、自分たちの作戦を隠さなければならない。
「分かったコン……!」
コン太は真剣に頷いた。
一葉は少しだけ安心したように息を吐く。
そして、周囲を確認してから、さらに声を落とした。
「それと、私はたまたまドア越しで、ルドルフ様、浮田様、影山駿様が話をして居られるのを聞いたのですが……」
コン太の耳がぴくりと動く。
「浮田様の手術室スキルで、桜井様のスキルの支配から解放されると聞きました」
その言葉に、コン太は思わず大きな声を出しそうになった。
慌てて自分の口を押さえる。
そして、必死に声を抑えながら聞き返した。
「本当だコンか?!」
一葉ははっきりと頷く。
「はい、本当です!」
その表情が、ほんの少しだけ明るくなる。
ずっと不安そうだった一葉の顔に、わずかな笑みが浮かんだ。
コン太の胸にも、熱が灯る。
それは、初めて見えた明確な希望だった。
どうすれば悠真たちを戻せるのか。
それが分からなかった。
桜井の支配が強すぎて、何をすればいいのか見えなかった。
だが、浮田の《手術室》で解除できる可能性がある。
それなら、やるべきことが見えてくる。
「これで、悠真達をスキルから解放出来る希望が見えたコン!」
コン太は一葉を見上げる。
「ありがとうだコン!」
一葉は静かに首を横に振った。
「いえ、これくらいしか私には出来ませんので……」
その声には悔しさがあった。
もっと助けたい。
けれど、動けない。
だから、知っていることだけを伝える。
一葉にできる最大限が、それだった。
◇
一葉はさらに続ける。
「それと、先程も言いましたが、話していたのは浮田様、ルドルフ様、影山駿様でございます」
「影山……」
「はい」
一葉は頷いた。
「流れから推測するに恐らく、浮田様が影山駿様の治療でスキル解放が明らかになって、ルドルフ様が真実か嘘かを調べたと思われます」
コン太はすぐに意味を理解した。
「……という事は」
一葉が答える。
「はい、影山駿様も解放されていると思われます」
影山駿。
SPМの影撃隊隊長。
陸斗と阿川を追い詰めた男。
その影山が、桜井の支配から解放されている。
もしそれが本当なら、かなり大きい。
影山はSPМ内部のことを知っている。
桜井の周辺の配置も、隊長たちのスキルも、建物の構造も知っているはずだ。
「じゃあ……」
コン太が何かを言いかける。
しかし、一葉がその言葉を遮った。
「その先、何をするかを私に知らせてはなりませんよ!」
コン太は、はっとする。
「そうだったコン!」
一葉は真剣な顔でコン太を見ている。
彼女は聞きたいはずだった。
何をするのか。
どうやって悠真たちを助けるのか。
けれど、聞いてはいけない。
知れば、報告してしまうかもしれないから。
コン太は深く頷いた。
「改めてありがとうだコン」
そして、少しだけ明るい声で言う。
「ちょっとどこかに行ってくるコン!」
一葉はそれ以上聞かなかった。
ただ、丁寧に頭を下げる。
「はい、くれぐれも気を付けて行ってらっしゃいませ……」
コン太は一葉にもう一度頷き、中央会館の入口へ戻った。
◇
外で待っていた今井翔太と今井恭太は、戻ってきたコン太を見てすぐに駆け寄った。
「大丈夫だったか?」
翔太が聞く。
コン太は頷いた。
「大丈夫だったコン」
そして、一葉から聞いた内容を二人へ話した。
浮田の《手術室》で、桜井の支配から解放できる可能性があること。
それをルドルフが《真実の口》で確認したと思われること。
影山駿も、支配から解放されている可能性が高いこと。
そして、一葉たちには今後の作戦を見せても知らせてもいけないこと。
全てを聞き終えた今井翔太は、思わず息を吐いた。
「流石、浮田さん……」
今井恭太も大きく頷く。
「俺達の時も呪いを跳ね返してたし、スキル支配も解けるなんて……」
コン太はなぜか胸を張った。
「浮田は凄いコン!」
その様子に、今井翔太が少しだけ呆れる。
「何でコン太が威張ってるんだよ」
「ふふん、仲間が凄いのはオイラも凄いって事だコン!」
「それは違うだろ」
今井恭太が思わず笑う。
コン太も、翔太も、少しだけ笑った。
久しぶりに、ほんの少しだけ空気が緩んだ。
悠真たちが操られた。
浮田も、ルドルフも、芹沢も、阿川も、色谷も。
陸斗も未来も捕まっている。
状況は最悪だった。
それでも、救えるかもしれない。
その希望が見えたからこそ、三人は一瞬だけ笑うことができた。
◇
しかし、すぐにコン太は表情を引き締める。
「じゃあ、先ずは早速話も聞きに行きたいし、影山の元まで行くコン!」
翔太と恭太が頷く。
三人は中央会館の中へ入り、影山駿がいる部屋へ向かった。
一葉には見られないように。
二葉、三葉にも知らせないように。
慎重に廊下を進んでいく。
やがて、目的の部屋の前へ着いた。
中には、影山駿がいた。
ベッドの上で身体を起こしている。
足は治療されていたが、まだ本調子ではないようだった。
影山は扉が開く音に反応し、顔を向ける。
そこに入ってきた三人を見て、最初に目を止めたのはコン太だった。
小さな身体。
大きな耳。
尻尾。
影山の目がわずかに見開かれる。
コン太が先に口を開いた。
「お前が影山駿だコン?」
影山は、少しだけ固まった。
「キツネが喋った?」
そして、警戒するように眉をひそめる。
「お前はモンスターか?!」
コン太はすぐに胸を張った。
「違うコン!」
尻尾を揺らしながら言う。
「フォック族のコン太だコン!」
今井恭太が横で苦笑した。
「まぁ、初めては誰だってそうなるよな……」
今井翔太は影山の警戒を解くように一歩前へ出た。
「俺の名前は今井翔太」
そして隣を指す。
「こっちは弟の今井恭太」
今井恭太が軽く頭を下げる。
「宜しく」
翔太は次にコン太を指した。
「で、こっちの喋るフォック族がコン太」
コン太が反射的に口を開く。
「だからフォック族じゃなくて、キツネ……」
言いかけて、ぴたりと止まった。
「あっ……」
自分で言ってから気づいた。
完全におかしな流れに乗せられていた。
コン太は翔太を見上げる。
「騙したコンね?!」
今井恭太がすぐに突っ込む。
「あれは騙してないだろ……」
今井翔太も苦笑する。
「見た通り、無害だ」
影山は、コン太をしばらく見ていた。
初めて見る生物を見るような目だった。
だが、少なくとも敵意はない。
「あぁ、そうみたいだな……」
影山は小さく頷く。
◇
コン太は咳払いした。
「茶番は置いとくコン!」
「自分で乗ってたけどな」
恭太の小さなツッコミは無視した。
コン太は真剣な顔で影山を見る。
「オイラ達は、東京に住んでいる住民で悠真達の仲間だコン!」
影山の表情が少し変わる。
「SPМの情報には、お前達の名前は無かったが……」
コン太はすぐに胸を張った。
「オイラ達は秘密兵器だコン!」
今井翔太が横から冷静に言う。
「いや、単純にリストにする程でも無かっただけじゃないか……?」
「……そんな事はどうでもいいコン」
コン太は少しだけ視線を逸らした。
そして、すぐに本題へ戻る。
三人は影山に、これまでの出来事を話した。
悠真たちが桜井に支配されたこと。
チャン爺や一葉たちは桜井には操られていないが、悠真の命令には逆らえないこと。
そして、コン太だけが桜井の支配をすり抜けたこと。
影山は、話を聞くにつれて顔色を変えていった。
「そんな……」
声に、怒りと悔しさが混ざる。
そして、すぐに言った。
「俺にも救出を手伝わせてくれ!」
コン太たちは影山を見る。
影山はベッドの上で拳を握りしめていた。
「俺はお前達は勿論、沢山の人に酷い事をしたんだ」
その声には、誤魔化しがなかった。
「許されるとは全く思っていないが、皆を助けたい……」
影山は浮田に治療された足へ視線を落とす。
「それに、浮田にも助けられたこの身体を、どうか囮でも何でも使ってくれないか?」
◇
コン太はすぐに頷きかけた。
だが、その前に今井翔太が手を出して止めた。
「ちょっと待ってくれ!」
影山が翔太を見る。
「その前に、スキルで確認したい」
コン太が首を傾げる。
「確認だコン?」
「あぁ」
翔太は影山へ向き直る。
「スキル、水晶玉」
その瞬間、翔太の目に変化が現れた。
瞳の黒い部分が薄れていく。
白く、透き通るように変わる。
まるで目そのものが水晶になったかのような、不思議な光を宿した。
コン太はその変化を見て、思わず息を呑む。
本物の《水晶玉》。
昨日、コン太が必死に真似たスキル。
だが、本物はまるで違う。
翔太は影山をじっと見た。
目に映る情報を読み取る。
名前。
種族。
スキル。
そして状態。
しばらくして、翔太は小さく息を吐いた。
「今、状態は正常になっている」
部屋の空気が変わる。
「スキルによる支配はされていない」
コン太の顔が明るくなった。
「そういえば、状態も分かるんだった……」
そして、感心したように翔太を見る。
「本当に改めて凄いスキルだコン……!」
翔太は少しだけ照れたように目を逸らす。
影山は、翔太とコン太を順に見た。
「支配されていない俺に、お前等を陥れる理由はない……」
そして、深く頭を下げる。
「頼む!!」
◇
コン太は、影山をまっすぐ見た。
影山が過去にしたことが消えるわけではない。
東京を襲った。
阿川と陸斗を追い詰めた。
SPМの隊長として、桜井の支配下で多くの人を苦しめた。
だが、今の影山が嘘を言っていないことは、翔太のスキルで確認できた。
それに、救出には力が必要だった。
桜井は強い。
周囲には支配された悠真たちがいる。
正面から挑めば、勝てる相手ではない。
なら、使える力は必要だ。
コン太は強く頷いた。
「分かったコン!」
尻尾が力強く揺れる。
「この四人で、何とか助けるコン!」
今井翔太も頷く。
「やろう」
今井恭太も拳を握った。
「絶対に助ける」
影山も、静かに頷いた。
こうして、救出班は四人になった。
コン太。
今井翔太。
今井恭太。
そして、影山駿。
失敗は許されない。
悠真たちを助けるために。
桜井の支配を破るために。
四人は、入念に作戦を立て始めた。




