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【第2の厄災完結】世界崩壊後、日常生活スキルで俺が最強拠点を作ってしまった件  作者: ナマケモノ


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107/122

逃走のコン太

第107話です。宜しくお願い致します。


 大広間から少し離れた廊下は、先ほどまでの喧騒が嘘のように静かだった。

 扉の向こうからは、まだ祝勝会の声が聞こえてくる。

 笑い声。

 食器が触れ合う音。

 隊員たちの騒ぐ声。

 そして時折、ムチの音。

 それが聞こえるたび、コン太の胸は痛んだ。

 今すぐ戻って、鎖に繋がれた住民たちを助けたい。

 けれど、それはできない。

 今のコン太には、それをするだけの力も、作戦もない。

 ここで無理に動けば、コン太自身が捕まり、最後の希望すら消えてしまう。

 だから、我慢するしかなかった。

 今井翔太の姿をしたコン太は、チャン爺の少し後ろを歩いていた。

 チャン爺はいつものように背筋を伸ばし、静かに前を進んでいる。

 その背中は、普段と変わらない。

 けれど、コン太は警戒を解けなかった。

 大広間では助けてくれた。

 桜井への説明に詰まった時、体調不良という逃げ道を作ってくれた。

 それは間違いなく助け舟だった。

 だが、チャン爺はさっきまで桜井側として動いていた。

 芹沢と今井翔太の姿のコン太に刃を突きつけた。

 桜井の前まで連れて行った。

 悠真の命令に従っていた。

 本当に味方なのか。

 それとも、今も何かの命令で自分を別室へ連れて行こうとしているだけなのか。

 コン太には分からない。


 ◇


 廊下をいくつか曲がったところで、チャン爺が足を止めた。

 周囲には誰もいない。

 大広間の音も、少し遠くなっている。

 チャン爺はゆっくりと振り返った。

 その目は、いつもの穏やかなものだった。

 そして、静かに問いかける。

「あなた様は、コン太様でございますか?」

 コン太の心臓が跳ねた。

「何で、その事を?!」

 思わず声が出た。

 出してから、自分が答えを認めてしまったことに気づく。

「あっ……」

 コン太は口を押さえた。

 しかし、もう遅い。

 チャン爺は小さく頷いた。

「やはり、そうでしたか……」

 コン太は一歩後ずさる。

 バレた。

 正体がバレた。

 だが、チャン爺は刃を抜かなかった。

 それどころか、いつもと同じように丁寧に頭を下げる。

「安心して下さい」

 チャン爺は穏やかに言った。

「わたくしは操られておりません」

 コン太は目を見開いた。

「本当なのか?」

 声が震える。

「もしかして、助けてくれたのって……」

「はい」

 チャン爺ははっきりと頷いた。

「勿論、操られていないからでございます」

 その言葉を聞いた瞬間、コン太の身体から少しだけ力が抜けた。

 ずっと一人だった。

 誰も味方がいないと思っていた。

 悠真も、陸斗も、未来も、浮田も、芹沢も、みんな桜井に操られてしまった。

 コン太だけが残された。

 そう思っていた。

 だが、チャン爺は違った。

 チャン爺はまだ、チャン爺のままだった。

 コン太は思わず声を震わせる。

「よ、良かった……」


 ◇


 だが、すぐに疑問が浮かぶ。

「でも、何で俺がコン太だと思ったんだ?」

 チャン爺は、静かに説明を始めた。

「最初に阿川様が皆様を連れてこられた時、コン太様だけが居らず、代わりに今井翔太様だけが居る事に違和感を持ちました」

 コン太は黙って聞く。

 確かに、その通りだった。

 あの時、本物の今井翔太がSPМ本部にいるはずがない。

 それだけで十分におかしい。

 チャン爺は続ける。

「そして、先程の今井翔太様のスキルについての説明です」

「スキル……」

「はい」

 チャン爺は頷いた。

「本物の今井翔太様のスキルは、対象の名前、種族、スキル、状態など、事細かに分かると聞いております」

 コン太の肩がわずかに跳ねる。

「ですが、あなた様はスキルについてのみお話しになられていました」

 チャン爺の声は責めているものではなかった。

 ただ、冷静に事実を並べている。

「さらに、桜井様のスキルについて、ワッペンや家紋の存在には触れられませんでした」

「ワッペン……家紋……」

 コン太は小さく呟く。

 やはり、あの丸いような布のようなものには名前があったらしい。

 だが、コン太には分からなかった。

「それは、あなた様が地球の文化に詳しくないからではないかと思いました」

 チャン爺はそこで、少しだけ表情を柔らかくする。

「つまり、今井翔太様に変身したコン太様である可能性が高いと判断したのでございます」

 コン太は、ぽかんとチャン爺を見た。

 そして、次の瞬間、目を輝かせる。

「凄い、凄すぎる!」

 今井翔太の姿のまま、思わず前のめりになる。

「流石、チャン爺!!」

 コン太は深く頭を下げた。

「それに、助けてくれてありがとう!!」

 チャン爺は静かに首を横に振る。

「礼には及びません」

 その声は穏やかだった。

「わたくしは、当然のことをしたまででございます」

 コン太は少しだけ涙ぐみそうになった。

 だが、泣いている場合ではない。

 すぐに、次の疑問が浮かぶ。


 ◇


「でも、何でチャン爺は操られてないんだ?」

 チャン爺は少しだけ考え、答える。

「それは、恐らくわたくしがスキルで作られた存在だからでしょう」

「スキルで……」

「はい」

 チャン爺は続ける。

「アル様、ソックス様、セイコ様のような派遣警備隊。そして、わたくしや一葉、二葉、三葉のような召使い組は、桜井様のスキルでは操られておりません」

 その言葉に、コン太の目が見開かれる。

「じゃあ、アル達も……?」

「はい。恐らく、操られてはいないでしょう」

 それは大きな情報だった。

 アル。

 ソックス。

 セイコ。

 一葉。

 二葉。

 三葉。

 彼らが操られていないなら、まだ味方はいる。

 だが、チャン爺の表情は明るくなかった。

「しかし」

 その一言で、コン太は息を呑む。

「我々は、悠真様のスキルによって存在しております」

 チャン爺の声が少しだけ重くなる。

「ゆえに、悠真様に命令された事はやらなくてはならないのです」

「……」

 コン太は言葉を失った。

 つまり、チャン爺たちは桜井に操られていない。

 けれど、支配された悠真が命令すれば、逆らえない。

 だから、チャン爺は芹沢たちに刃を突きつけた。

 だから、アルたちも悠真から命令されれば、桜井側として動かざるを得ない。

 自分の意思が残っているのに、命令には逆らえない。

 それは、ただ操られるのとは別の苦しさだった。

 コン太はチャン爺を見た。

「チャン爺も……嫌だったコンよね……」

 語尾が一瞬戻った。

 チャン爺は少しだけ目を伏せる。

「……はい」

 短い返事だった。

 その一言だけで、十分だった。

 チャン爺も苦しんでいた。

 命令に従いながら、心の中ではずっと止めたいと思っていた。

 それが分かって、コン太は拳を握った。


 ◇


「もしかして、俺が操られてないのって……」

 コン太が呟く。

 チャン爺は頷いた。

「はい。わたくしも思いました」

「桜井様のスキルは、人間にしか効かないのではないか、という推測でございます」

「俺は人間ではなく、フォック族だからか……」

「はい」

 チャン爺は続ける。

「それに、たまたまコン太様は人間に変身しておりました」

 今井翔太の姿。

 その姿のおかげで、桜井は目の前の相手を人間だと思い込んだ。

「それで、桜井様も人間にスキルを使っていると思い込んでいるのでしょう」

 コン太は、自分の手を見下ろした。

 今井翔太の手。

 けれど、本当の自分はフォック族。

 その違いが、桜井の支配をすり抜けさせた。

「イタズラしようと思った事が、結果的にこんな方向にいくとは……」

 思わず呟いた。

 その瞬間、チャン爺の眉がぴくりと動く。

「イタズラとは何の事でございますか……?」

 声が少し低い。

 コン太の背筋が伸びた。

「なっ……何でもないコン!」

 チャン爺はじっとコン太を見る。

「コン太様」

「は、はいコン……」

「語尾が戻って来ております」

 コン太は自分の口を押さえた。

「本当だコン……」

 今井翔太の姿はまだ保っている。

 だが、語尾が戻ってきている。

 これは、変身が不安定になり始めている証拠かもしれない。

 コン太の顔が青ざめた。

「もう、変身時間がヤバいコン!」


 ◇


 チャン爺はすぐに周囲を確認する。

 廊下には、まだ誰もいない。

 だが、時間はない。

 チャン爺は素早く言った。

「この先の部屋に、阿川様が常に桜井様の命令で東京に繋げている配管が一つあります」

「東京に……!」

「はい」

 支配された阿川は、桜井の命令で東京とSPМ本部を繋げる移動手段として使われている。

 その配管が、今も維持されている。

 チャン爺は、真剣な顔でコン太を見た。

「そこで、この場から逃げて下さい」

 コン太は頷きかける。

 だが、チャン爺はさらに深く頭を下げた。

「そして、コン太様にこんな事を頼むのは、召使いとして失格なのは重々承知ですが……」

 チャン爺の声が、ほんの少し震えた。

「悠真様達を、どうか助けて下さい」

 コン太は息を呑む。

「あんな悠真様達を、わたくし達も見たくないのです」

 チャン爺の言葉には、強い願いが込められていた。

 悠真は今、桜井に従っている。

 でも、チャン爺にとって悠真は主人だ。

 支配された今の悠真も、悠真であることに変わりはない。

 だからこそ、見ていられない。

 桜井に利用される悠真を。

 仲間たちに命令を下す悠真を。

 住民たちの苦しみに気づけない悠真を。

 チャン爺たちは、見たくなかった。

 でも、自分たちは命令に縛られて動けない。

 だから、唯一自由に動けるコン太に託すしかない。

 コン太は、今井翔太の姿のまま、強く頷いた。

「任せろだコン!」

 声には震えがあった。

 怖くないわけがない。

 悠真も、陸斗も、未来も、浮田も、ルドルフも、芹沢も、阿川も、色谷も、みんな操られている。

 コン太一人でどうにかできる状況ではない。

 それでも、逃げるだけでは終われない。

「必ず助けに戻るコン!」

 チャン爺は、深々と頭を下げた。

「お願いいたします」


 ◇


 コン太はチャン爺に背を向け、廊下の先へ走り出した。

 変身時間はもうほとんど残っていない。

 急がなければならない。

 チャン爺に教えられた部屋へ入ると、そこには太い配管の入口が開いていた。

 阿川の《配管工》。

 東京へ繋がっている道。

 コン太は一度だけ振り返る。

 チャン爺は廊下の向こうで静かに立っていた。

 そして、いつものように丁寧に頭を下げる。

 コン太は小さく頷き、配管の中へ飛び込んだ。


 ◇


 配管を抜けると、そこは東京の中央会館の入口付近だった。

 見慣れた場所。

 帰ってこられた。

 その安心感が込み上げた直後、コン太の身体がふらついた。

 限界だった。

 今井翔太の姿が揺らぐ。

 もう長くは保てない。

 その時、中央会館の入口前にいた二人の少年が、コン太を見た。

 今井翔太。

 そして、今井恭太。

 本物の今井兄弟だった。

 本物の今井翔太は、自分そっくりの相手を見て目を丸くする。

「何で俺がもう一人?」

 今井恭太も、隣で固まっていた。

「え、兄ちゃんが二人……?」

 コン太は慌てて両手を振る。

「ごめんだコン! オイラはコン太だコン!」

 その声と同時に、変身が解けた。

 今井翔太の姿が消え、小さなフォック族の姿へ戻る。

 頭の木の葉が、ひらりと落ちた。

 本物の今井翔太は、胸を撫で下ろす。

「何だ、コン太か……」

 そして、少し呆れたように笑った。

「驚いたよ……」

 すぐに眉を寄せる。

「というか、何で俺に変身してたんだ……」

 コン太は返事をしようとした。

 だが、その前に今井恭太が前に出る。

「それよりも、浮田さんいるか?」

 コン太は顔を上げた。

 今井恭太は真剣な顔をしていた。

「そろそろ俺達も一緒に現場で見学だったり、手伝いをしたいんだ!」

 今井翔太も、はっとしたように頷く。

「そうだった……!」

 二人は浮田を探しに来たのだ。

 浮田に憧れ、医療の仕事を覚えたいと思っている二人。

 姉の涼香を救ってもらったこと。

 自分たちを東京に受け入れてもらったこと。

 その恩を、少しでも返したいと考えている。

 だが、今のコン太には、その言葉が辛かった。

 浮田はもう中央会館にいない。

 そして、自由でもない。

「いや、浮田は今、中央会館には居ないコン……」

 コン太の声は沈んでいた。

 今井翔太が眉をひそめる。

「じゃあ、どこに?」

 コン太は唇を噛んだ。

 どこまで話すべきか。

 巻き込んでいいのか。

 一瞬だけ迷った。

 だが、隠している時間はない。

 コン太一人では、何もできない。

 誰かに助けを求める必要があった。

 コン太は、二人を見上げる。

「全部話すコン」


 ◇


 そして、話した。

 SPМ本部で何が起きたのか。

 悠真が桜井に操られたこと。

 陸斗と阿川が戻った瞬間に罠にかかり、捕まったこと。

 未来も佐々木に捕まったこと。

 浮田、ルドルフ、芹沢、色谷、阿川、みんなが桜井に操られてしまったこと。

 チャン爺やアルたち召使い組、派遣警備隊は桜井には操られていないが、悠真の命令には逆らえないこと。

 そして、コン太だけが、たまたま今井翔太の姿に変身していたことで桜井の支配をすり抜けたこと。

 ただし、どうすれば洗脳を解けるのかは分からない。

 そこだけは、コン太にも分からなかった。

 浮田が影山の支配解除に関わった可能性があることなど、コン太はまだ知らない。

 だから、今のコン太にあるのは、情報と焦りだけだった。

 全てを聞き終えた今井翔太は、顔を青ざめさせた。

「そんな……」

 今井恭太も言葉を失う。

「浮田さん達が、操られた……?!」

 コン太は小さく頷いた。

「そうだ……コン……」

 声が震える。

 だが、そこで折れるわけにはいかない。

「だから、何とか救出するつもりだコン!」


 ◇


 今井翔太はすぐに顔を上げた。

「それなら俺達も是非、協力したい!」

 コン太は驚いたように二人を見る。

「……危険だコンよ?」

 今井翔太は少しだけ息を呑む。

 だが、退かなかった。

 隣の今井恭太も、強い目でコン太を見る。

「俺達は浮田さんに、姉の涼香を助けて貰った」

 今井恭太の声には、迷いがなかった。

「悠真さん達にも、騙した俺達を東京に迎えて貰ったし……返しきれない恩がある!」

 今井翔太も頷く。

「俺達だって、何もできないまま待ってるだけは嫌なんだ」

 今井恭太は一歩前に出る。

「だから、頼む!」

 深く頭を下げる。

「俺達にも手伝わせてくれ!」

 コン太は二人を見た。

 危険だ。

 本当に危険だ。

 相手は桜井。

 悠真たちを操り、東京の主力をほとんど奪った相手。

 今井兄弟を巻き込めば、二人も危険な目に遭う。

 だが、二人の目は本気だった。

 助けられたから。

 恩があるから。

 だから今度は、自分たちが動きたい。

 その気持ちは、コン太にも痛いほど分かった。

 コン太は、ぎゅっと拳を握る。

「分かったコン……!」

 二人の顔が上がる。

 コン太は真剣な表情で言った。

「先ずは作戦を立てるコン!」

 そう言って、三人は中央会館へ入って行った。

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