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【第2の厄災完結】世界崩壊後、日常生活スキルで俺が最強拠点を作ってしまった件  作者: ナマケモノ


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103/124

手術室に落ちた支配(後編)

第103話です。宜しくお願い致します。


 その様子を、一匹のヤモリが見ていた。

 会議室の壁。

 割れた棚の隙間。

 瓦礫の影に紛れるように、小さなヤモリが張りついている。

 誰も、その存在には気づいていなかった。

 だが、そのヤモリの視界は、遠く離れた未来へと繋がっていた。

 地下から地上へ戻ろうとしていた未来は、ヤモリの視界を通して会議室の状況を見ていた。

 そして、言葉を失っていた。

 悠真が、桜井の隣に立っている。

 陸斗と阿川が戻ってきた瞬間、犬飼が動いた。

 犬飼は陸斗の背後を取り、喉元に爪を突きつけた。

 阿川も動けない。

 色谷も、チャン爺も、どこか様子がおかしい。

 ロープで縛られているように見えた桜井は、余裕の笑みを浮かべている。

 つまり、そういうことだった。

 悠真が操られている。

 陸斗も阿川も捕まった。

 犬飼も桜井側として動いている。

 未来は、ヤモリ越しにその全てを見て、唇を噛んだ。

「……これは一番最悪の事態」

 声が震えそうになる。

 でも、今ここで慌てても意味がない。

 未来は自分にそう言い聞かせた。

 悠真が操られた。

 陸斗と阿川が捕まった。

 会議室の中にいる仲間たちも、すぐには動けない。

 なら、今すぐ自分一人で突っ込んでも助けられない。

 未来のスキルは強い。

 けれど、万能ではない。

 相手には桜井がいる。

 犬飼がいる。

 門脇も、影山潤も、まだ姿が見えない。

 未来はヤモリとの共有を切りかけながら、奥歯を噛みしめる。

「ここからだと少し遠いけど、東京に戻って悠真達救出作戦を考えなくちゃ」

 それが、今できる最善だった。

 東京には浮田がいる。

 ルドルフもいる。

 一葉、二葉、三葉。

 芹沢。

 コン太。

 ほかにも、中央会館には動ける仲間がいる。

 悠真が操られてしまった以上、東京側の力を集めて対策を考える必要があった。

 未来は足に力を入れ、動き出そうとした。


 ◇


 その直後だった。

「それは、無理な案件なのですよ……ククククッ……」

 背後から、声がした。

 あまりにも近い。

 耳元で囁かれたような距離。

 未来の全身が粟立つ。

「っ!?」

 振り向こうとした瞬間。

 背中に、鋭い痛みが走った。

「ぐっ……!」

 ナイフだった。

 背中に、何かが突き立てられている。

 熱い。

 痛い。

 息が詰まる。

 未来はその場に膝をついた。

「……何なの?!」

 まだ、相手を確認できていない。

 でも、敵だ。

 そう判断した瞬間、未来は反射的にスキルを発動した。

「シャドウウルフ!」

 黒い狼が、未来の周囲に現れる。

 召喚されたシャドウウルフは、未来の背後へ向かって一斉に飛びかかった。

 牙を剥き、喉元を狙う。

 だが。

 その牙は、男の身体をすり抜けた。

「……え?」

 未来の目が見開かれる。

 シャドウウルフの爪も、牙も、相手に当たらない。

 まるで、そこに身体が存在していないかのように。

 男は宙に浮いていた。

 身体は薄く透けて見える。

 輪郭がぼやけている。

 床に足をつけていない。

 それなのに、手にはナイフを持っている。

 そのナイフだけが、妙にはっきりと見えた。

 男は、にたりと笑う。

「ククククッ。俺に物理攻撃は食らわないんだなぁ!」

 未来は痛みで浅く息をしながら、その顔を見た。

 そして、ようやく理解する。

「あなた、佐々木ね……」

 特殊隊副隊長。

 佐々木金次郎。

 犬飼から聞いていた情報と、目の前の姿が一致する。

 幽体離脱。

 霊体化。

 だから、シャドウウルフの攻撃が通らなかった。

 だが、それなら分からないことがある。

 未来は背中に刺さった痛みを堪えながら、佐々木を睨んだ。

「犬飼の情報では、物に触ることは出来ないと聞いていたのに……何故……」

 佐々木は楽しそうに肩を揺らした。

「あのバカ犬には嘘をついてたからなぁ……ククククッ」

「嘘……」

「そうですよぉ。全部を教えるわけないじゃないですかぁ」

 佐々木は、手にしたナイフを軽く揺らす。

 その動きだけが、異様に現実感を持っていた。

「俺は霊体化しても、干渉したい時だけ干渉できるんですよぉ」

 未来は歯を食いしばる。

 つまり、犬飼の情報は不完全だった。

 いや、不完全にされていた。

 佐々木は、自分の能力の肝心な部分を犬飼に隠していた。

 だから、未来は対応を誤った。

 物理攻撃が通らない相手に、シャドウウルフをぶつけてしまった。

 だが、それは仕方ない。

 相手を理解する前に襲われたのだ。


 ◇


 未来は膝をついたまま、もう一度スキルを使おうとする。

 ヴァンパイアバット。

 レッドワイバーン。

 ジャイアントオーガ。

 いや、駄目だ。

 物理が通らない。

 炎が通るかも分からない。

 酸も、噛みつきも、爪もすり抜ける可能性が高い。

 それに、背中の痛みが強すぎる。

 身体に力が入らない。

 視界がぐらりと揺れた。

「そんな……」

 未来は、床に手をつく。

 指先から力が抜けていく。

 佐々木はゆっくりと近づいてきた。

「安心してくださいよぉ。殺しはしませんからぁ」

 その言葉に、未来の背筋が冷える。

 殺さない。

 つまり、捕まえるつもりだ。

 悠真たちと同じように。

 桜井のもとへ連れていくつもりなのだ。

「嫌……」

 未来は必死に身体を動かそうとする。

 だが、背中の傷のせいか、力が入らない。

 ナイフに何かが塗られていたのかもしれない。

 痛みだけではなく、意識そのものが遠のいていく。

 シャドウウルフたちが佐々木を囲む。

 しかし、噛みつこうとしても、爪を振るっても、すべてすり抜ける。

 佐々木は笑い続けていた。

「ククククッ。無駄なんだなぁ」

 未来の視界が暗くなる。

 ヤモリとの共有も途切れそうになる。

 悠真。

 陸斗。

 阿川。

 助けに行かなければならない。

 東京に戻らなければならない。

 そう思うのに、身体が動かない。

「悠真……」

 最後にそう呟いて、未来は意識を失った。

 佐々木は、倒れた未来を見下ろす。

 そして、透けた手をゆっくりと実体化させるようにして、未来の身体を抱え上げた。

「さてさてぇ……これでこちらも回収完了なのですよぉ」

 佐々木の身体が、ふわりと宙へ浮く。

 そのまま未来を抱え、暗い通路の奥へと消えていった。


 ◇


 一方、東京の中央会館。

 浮田は《手術室》を発動していた。

 空き部屋の中に、手術空間が展開される。

 白く清潔な空間。

 必要な器具が揃い、浮田の動きに合わせるように配置されていく。

 影山駿は拘束されたまま、治療台代わりに用意された台の上に座らされていた。

 目隠しは外されていない。

 影を操る能力がある以上、それだけはできなかった。

 浮田は影山の足の傷を確認し、軽く舌打ちする。

「ったく……足の怪我ばっかりだな、今日は」

 ぼやきながらも、手は止まらない。

 陸斗の光線による傷は、綺麗に貫かれている。

 乱雑に潰された傷ではない分、処置はしやすい。

 だが、放置すれば出血もあるし、痛みも強い。

 浮田は慣れた手つきで処置を進めた。

 傷口を確認し、出血を止める。

 損傷した部分を整える。

 スキルによって、必要な治療が手順として浮かび上がる。

 影山は、治療中もほとんど声を上げなかった。

 痛みはあるはずだった。

 だが、表情を変えない。

 さすが隊長格というべきか、痛みに慣れているのか。

 浮田は一瞬だけ影山の顔を見る。

 目隠しのせいで目元は見えない。

 だが、口元は硬く結ばれていた。

「我慢強いな」

 浮田がそう言うと、影山は短く答えた。

「慣れている」

「そうかよ」

 浮田はそれ以上聞かなかった。

 敵の事情に踏み込んでも、今は仕方がない。

 まずは治療。

 それが浮田の役目だった。

 数分もしないうちに、影山の足の傷は塞がっていった。

 浮田の《手術室》による治療は、通常の手当てとは違う。

 傷口が整えられ、出血が止まり、歩ける程度まで回復する。

「よし。これで足は大丈夫だ」

 浮田は息を吐いた。

「しばらく無茶はするなよ。まぁ、縛ってるから無茶も何もないだろうけどな」

 軽く冗談めかして言った。

 だが、影山から返事はなかった。

 浮田は眉をひそめる。

「おい?」

 影山は俯いていた。

 目隠しの隙間から、何かが零れている。

 涙だった。

 浮田は一瞬、言葉を失う。

 影山駿。

 影撃隊の隊長。

 影を操り、冷静に戦い、降参すら判断として選んだ男。

 そんな男が、目隠しの隙間から涙を流していた。

 浮田は少し戸惑いながら、苦笑いを浮かべる。

「どうした?」

 冗談半分に言う。

「そんなに治療されて嬉しかったのか……?」

 影山は、すぐには答えなかった。

 肩がわずかに震えている。

 そして、掠れた声で言った。

「いや、違うんだ……」

 浮田の表情が少し変わる。

 影山の声には、先ほどまでとは違う感情があった。

 困惑。

 後悔。

 そして、強い自責。

「勿論、治療してくれたのは、これ以上ないくらい感謝している……」

 影山は、深く息を吐いた。

「すまない……」

「どういう事なんだ……?」

 浮田は慎重に聞いた。

 影山は唇を噛みしめる。

「今、全てを理解したんだ……」

「何をだ?」

「今まで、桜井に操られて住民に……お前達にした仕打ちの事、全てを理解したんだ……」

 浮田の顔色が変わった。

「……何だって?!」

 部屋の空気が一気に重くなる。

 浮田は思わず一歩近づいた。

「お前、操られてたんじゃないのか?!」

「あぁ……操られていた」

 影山は涙を流したまま答える。

「だが、何故だかもう操られてはいないと思う……」

「どういうことだ……?」

 浮田は影山を見る。

 目隠しはまだ外せない。

 けれど、影山の声からは、先ほどまでの無機質さが消えていた。

 明らかに違う。

 敵として対峙していた時の冷たさではない。

 人間として、罪を認識している声だった。

 浮田は自分の手を見た。

 いま使ったばかりの《手術室》。

「まさか、俺の手術空間が桜井のスキルを跳ね返した……のか……?」

 浮田は呟く。

 確証はない。

 だが、思い当たることはあった。

 以前の拉致事件の時。

 浮田の《手術室》は、呪いを跳ね返したことがある。

 だが、桜井のスキルを跳ね返す確証はなかった。

 不確かなものを前提に動くのは危険すぎる。

 だから、今回の作戦に組み込むことはできなかった。

 しかし、今。

 影山は治療直後に変化した。

 桜井の支配から外れたように見える。

 本当に《手術室》が、桜井のスキルに干渉したのかもしれない。

 浮田は慎重に問いかけた。

「本当に操られていないんだな……?」

「あぁ」

 影山は即答した。

 だが、その声には苦しさが滲んでいる。

「長い事、命令された時だけ、別の自分に頭が切り替わって……その事に対して何も違和感がなくなるんだ」

 浮田は黙って聞く。

「自分で考えているつもりだった。自分の意思で動いているつもりだった」

 影山の声が震える。

「だが、違った」

 涙が、また目隠しの隙間から落ちた。

「今スキルが解除されて……今まで桜井からの命令でやってきた事、全てを思い出して……」

 影山は一度、言葉を詰まらせる。

「いや、正確には忘れてはいなかった」

 その言葉に、浮田の眉が動く。

「忘れてない?」

「あぁ……覚えてはいた」

 影山はゆっくり頷く。

「だが、そのことに対して、初めて自分で考えることを許されたような感覚だ」

 浮田は何も言えなかった。

 記憶を消されていたわけではない。

 命令を受けた時、その命令が正しいと感じるように思考を歪められる。

 違和感を持てない。

 疑問を抱けない。

 罪悪感を抱けない。

 そして、支配が外れた時、初めて自分の行いを自分の感情で見つめ直すことになる。

 それが、どれほど残酷なことか。

 浮田にも分かった。

「何て酷い事をしてきたんだという気持ちになった……」

 影山は、絞り出すように言った。

「すまない……本当に、すまない……」

 浮田はしばらく黙っていた。

 同情していいのか。

 怒るべきなのか。

 判断は簡単ではない。

 SPМがしてきたことは消えない。

 避難民を苦しめたこと。

 東京を襲ったこと。

 悠真たちに牙を剥いたこと。

 それらが、操られていたから全て許されるわけではない。

 だが、影山が今、嘘をついているようには見えなかった。

 少なくとも、浮田の目には。

 それでも、確認は必要だった。

「成る程な……」

 浮田は深く息を吐く。

「だが、その言葉が本当かどうかを確かめるために、ルドルフのスキルで見てもらう」

 影山は静かに頷いた。

 浮田は続ける。

「どうせ、お前達は俺達の情報があるだろうから、ルドルフの事は知っているんだろう?」

「あぁ、知っている……」

 影山は抵抗しなかった。

「勿論、真実の口は受けるつもりだ……」

 その声には、覚悟があった。

 自分の言葉が本当かどうか。

 それを確かめられることを恐れていない。

 むしろ、確かめてほしい。

 そんな響きだった。

 浮田は頷く。

「分かった。動くなよ。目隠しも外すな」

「分かっている」

 浮田は部屋の扉へ向かって走った。

 影山はその場に残される。

 ロープで縛られ、目隠しをされたまま。

 それでも、先ほどまでとは違っていた。

 ただの捕虜ではない。

 何かを取り戻しかけている人間のように、静かに息をしていた。

 浮田は、ルドルフを呼ぶために部屋を飛び出した。

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