手術室に落ちた支配(前編)
第102話です。宜しくお願い致します。
東京のライブステージで影山駿を拘束したあと、陸斗と阿川はすぐに中央会館へ戻った。
影山はロープで縛られ、目隠しもされた状態だった。
右足には、陸斗の光線による傷が残っている。
影を操るスキル《影法師》。
しかも、本人が目に見える影へ潜り、移動することもできる。
だからこそ、目隠しは絶対に外せなかった。
阿川は《配管工》で中央会館の空き部屋へ繋がる配管を開き、陸斗と一緒に影山を運び込んだ。
空き部屋には、すでに戦場から送られてきたSPМ隊員たちが何人も寝かされていた。
治療を受けた者。
麻酔で眠らされている者。
ロープで拘束された者。
その部屋の中で、浮田が忙しそうに動いていた。
「この部屋に置いておくぞ」
阿川は影山を床に座らせるように置き、浮田へ向き直った。
「こいつが、影撃隊の隊長の影山駿だ」
その言葉に、浮田が目を丸くする。
「おぅ、そうか! 隊長をよく倒したな!」
浮田は素直に驚いたあと、陸斗と阿川を見て感心したように頷いた。
「流石だ!」
だが、阿川はすぐに真面目な顔で続ける。
「影を操るやっかいなやつだから、絶対に目隠しは取るなよ」
「あぁ、影の件は了解した!」
浮田は軽く返事をする。
しかし、その顔には緊張もあった。
影を操る隊長格。
しかも、負傷しているとはいえ、まだ完全に無力化されたとは言い切れない。
油断できる相手ではなかった。
陸斗が少し申し訳なさそうに一歩前に出る。
「足に数発、光線で貫いているので、治療だけお願いします」
その言葉に、浮田は影山の足を見た。
布越しにも分かる出血。
傷口は決して軽くない。
浮田は深く息を吐いた。
「もう、今日は何人治療したか……」
それは本音だった。
SPМ本部の戦いが始まってから、中央会館には次々に負傷者が運ばれてきている。
敵も味方も関係なく、浮田の前には怪我人ばかりが並んでいた。
だが、浮田はそれでも断らない。
「まぁ、了解したよ」
浮田がそう言うと、陸斗は少し頭を下げた。
「すみません……」
苦笑いを浮かべる陸斗に、浮田は軽く手を振った。
「気にすんな。お前らが戦ってくれてるから、こっちで治療するだけで済んでるんだ」
そして、陸斗はすぐに表情を引き締めた。
「僕達はまた、加勢しに戻りますので、後の事は宜しくお願いします!」
「任せとけ! 気を付けてな!」
浮田の言葉に、陸斗は力強く頷いた。
阿川は再び手をかざし、《配管工》の配管を展開する。
太い配管の入口が空中に現れ、陸斗と阿川はその中へ入っていった。
その先は、再びSPМ本部の戦場。
まだ戦いは終わっていない。
二人はそう信じていた。
◇
陸斗と阿川が去ったあと、空き部屋には浮田と影山が残された。
他にも、治療され眠らされているSPМ隊員たちが床に並んでいる。
影山は目隠しされたまま、しばらく黙っていた。
だが、周囲の音は聞こえる。
浮田が道具を動かす音。
誰かが寝息を立てる音。
治療された隊員が身じろぎする音。
ここにいるのは、捕虜として乱暴に放置された者たちではない。
縛られてはいる。
眠らされてもいる。
けれど、傷は手当てされている。
そのことを、影山は感じ取っていた。
「……何故、敵である俺達を助けるんだ……?」
ぽつりと、影山が呟いた。
浮田は影山の足を診るために近づこうとしていたが、その言葉に一度動きを止める。
「ん?」
「俺達は敵だ」
影山の声は静かだった。
感情が薄い。
だが、疑問は確かにそこにあった。
「お前達を襲った。攫われた隊員達だって、お前達の敵だったはずだ」
影山は、目隠しの奥でわずかに顔を伏せる。
「なのに、何故治療する」
浮田は少しだけ考え、そしてすぐに答えた。
「敵とか味方とか関係ない!」
力強く言ったあと、すぐに眉を寄せる。
「いや、味方は更に助けたい気持ちが上がるから、正確には関係しているが……」
自分で言いながら、少しだけ苦笑する。
だが、すぐに真面目な顔へ戻った。
「だが、人が人を助けることに、何もおかしなことなんてないぞ」
影山は黙って聞いていた。
浮田は続ける。
「助けられる者が、助けなくてはならない者を助けるんだ」
浮田の声は、決して大げさではなかった。
ただ、当たり前のことを言うように。
「そうしたら次は、助けた者に助けられるかもしれないだろ?」
影山はしばらく黙った。
その沈黙は、敵意ではなかった。
理解できないものを、少しずつ飲み込もうとしているような間だった。
そして、影山は小さく苦笑した。
「……お前等が強いわけだ」
浮田は首を傾げる。
「何だ、それ」
「いや」
影山は短く答える。
「そう思っただけだ」
浮田はそれ以上追及しなかった。
今は話より治療が先だった。
「じゃあ、足を見るぞ。目隠しは取らない。動くなよ」
「分かっている」
浮田は影山の右足へ手を伸ばした。
◇
一方、SPМ本部の会議室。
そこに、阿川の配管が現れた。
太い配管の入口が開き、陸斗と阿川が姿を現す。
会議室の中は、二人が出て行った時とは少し様子が違っていた。
凛堂と世良は倒れている。
柿原は壁にもたれるように座っており、足元には撃たれた傷がいくつも残っている。
隊員たちの多くも、すでに戦える状態ではない。
そして、会議室の中央付近。
そこには、ロープで縛られた桜井がいた。
その隣に、悠真。
犬飼。
色谷。
チャン爺。
皆が集まっているように見えた。
陸斗はその光景を見て、ぱっと表情を明るくした。
「悠真さん、遂に桜井を捕らえたんですか?」
陸斗の声には、安堵が混じっていた。
激しい戦いの末、ようやく中心人物である桜井を捕らえた。
そう見えたからだ。
悠真は陸斗の方を見て、嬉しそうに笑った。
「あぁ、これでみんな解放出来るぞ!」
その笑顔は、いつもの悠真に見えた。
陸斗は胸を撫で下ろす。
阿川も一瞬だけ肩の力を抜きかけた。
だが、完全には抜けなかった。
何かがおかしい。
阿川は会議室を見回す。
凛堂と世良は倒れている。
柿原も拘束されている。
桜井も縛られている。
なら、勝ったはずだ。
だが、空気が妙に重い。
色谷は動かない。
チャン爺も、静かに立っている。
そのチャン爺が、陸斗と阿川を見つめていた。
いつもの穏やかな表情ではない。
悲しそうだった。
何かを伝えたいのに、伝えられない。
そんな顔。
阿川の胸の奥に、嫌な感覚が走った。
さらに、阿川は気づく。
門脇がいない。
影山潤もいない。
倒れているわけでも、拘束されているわけでもない。
姿が見えない。
そして、犬飼が悠真のすぐ近くにいる。
犬飼は味方のはずだ。
だが、その立ち位置が妙に気になった。
阿川は陸斗の横へ一歩寄る。
「陸斗」
低い声。
陸斗が振り向く。
「何か嫌な感じがする……」
その言葉が終わるか終わらないかの瞬間だった。
◇
犬飼が動いた。
足が変化する。
人間の足から、チーターのようなしなやかな脚へ。
次に腕が変化する。
太く、毛に覆われたヒグマの腕。
鋭い爪が伸びる。
犬飼の身体が、信じられない速度で陸斗の背後へ回り込んだ。
「っ……!」
陸斗が反応するより早く、犬飼の腕が陸斗を押さえる。
鋭い爪が、陸斗の喉元へ当てられた。
「少しでも動いたら殺す……」
低い声。
陸斗の身体が固まる。
阿川も動けなかった。
配管を出そうにも、犬飼の爪はすでに陸斗の喉元にある。
ほんの少しでも刺激すれば、陸斗が危ない。
「……何故ですか?!」
陸斗の声が震える。
犬飼は答えない。
陸斗は悠真を見る。
信じたくないものを見るように。
「悠真さん、まさか……」
悠真は、黙っていた。
その沈黙が、何よりも答えになっていた。
陸斗の表情が凍る。
その横で、縛られているはずの桜井が笑った。
「そのまさかですよ……」
桜井の声は穏やかだった。
だが、その穏やかさが余計に不気味だった。
「君達を傷つける気はありません」
桜井は、陸斗と阿川を見ている。
「君達のスキルも、かなり強力なのは知っていますからね」
その言葉に、阿川は歯を食いしばった。
殺す気はない。
つまり、使う気だ。
悠真と同じように。
陸斗も阿川も、桜井の支配下に置くつもりなのだ。
だが、動けない。
犬飼に陸斗を押さえられている。
悠真も、桜井のそばにいる。
色谷もチャン爺も動かない。
いや、動けないのだと阿川は理解した。
すでに何かが起こっている。
自分たちが影山を運んでいる間に。
この会議室の勝敗は、ひっくり返っていた。
「陸斗……すまん」
阿川が小さく呟く。
陸斗は首を横に振れなかった。
喉元に爪があるからだ。
それでも、目だけで阿川を見た。
責めていない。
むしろ、どうにか次を考えようとしている目だった。
だが、今この場でできることはほとんどない。
犬飼が陸斗を押さえたまま、ゆっくりと動き出す。
阿川も抵抗できず、そのまま従うしかなかった。
桜井は満足そうに笑っている。
縛られているはずのその姿すら、罠だった。
陸斗と阿川は、成す術もなく連行されていった。




