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百合の花  作者: しらゆり
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百合子と蒼井

百合子が座っていた机の上からボールは消えており、扇風機も止まっていた。「暑いなぁ」と呟きながら蒼井は扇風機のスイッチを入れる。生暖かい風が百合子の長い髪を揺らした。

教卓の前の二つの机を向かい合わせにして、百合子と蒼井はそれぞれに腰を下ろす。

「わざわざ学校まで来てもらったのは、ちょっと聞きたいことがあってだな…」

蒼井は言葉を濁し、百合子を見つめる。百合子は首を傾げ、「なんですか?」と“普通”の学生らしく振舞った。当たり障りなく過ごすのには慣れている。ただ百合子の容姿は“普通”の事を“特別”に変えてしまう。蒼井の瞳の奥に一瞬、何か男性的な欲を確認した百合子は眉をひそめた。それを知ってか知らずか、蒼井はそのまま話を進める。

「白石が転校してきて二週間で夏休みになってしまったが、その二週間の学校生活はどうだった?」

「まだまだ分からないことだらけで…中途半端な時期だったのに、ありがとうございました」

百合子が頭を下げると、「どういたしまして」と蒼井は笑う。この学校に編入する際、本来ならば夏休み明けから…という学校側の決定を蒼井が教職員らを説得し、すぐに編入することが出来たのだった。蒼井の人柄あってのことだ。今時珍しい熱血教師だ、手続きの時に百合子は思ったが、先程の性的なものを思い返すと“普通”の良い先生ではないのかもしれない。

「それでだな…ある生徒から聞いたのだが…」

蒼井は言葉を選びながら、百合子の過去に関する噂というものを話し出す。それは高校生にはよくある部外者を省こうとする類のものであった。不良、売春、子供を堕ろした、男を奪われた子が何人もいるなど、百合子の見た目への僻み、妬みからくるもの。悪い噂を流して百合子を孤立させようとするものだ。その結果、誰一人として百合子に声を掛けるものはおらず、周りの生徒達は一体となって可笑しな満足感を得ていた。学校という狭い社会の中では、誰かを虐めることで縦列を作り、自分より下がいると安心する劣悪な環境が広がっている。話し掛けなくてはならない場面で少しは面倒であるものの、あまり気にしていない百合子は上の空で、蒼井の口から吐き出された噂というものは物凄くつまらない、と溜め息を漏らす。

その溜め息の意味を「百合子は心を痛めました」だと勘違いした蒼井は、何やら励まそうと必死になっている。

「ほらあれだ、人の噂も七十五日とかいうだろ?だから大丈夫。時が経てば自然と馴染めるさ!大丈夫、困った時は俺に相談しに来てくれれば、いつでも相談乗るから」

大丈夫、大丈夫と連呼する蒼井を尻目に、百合子はどうやって早めに切り上げようか思考を巡らす。蒼井に相談なんてたまったもんじゃない、蒼井の取り巻きの女子生徒達が一番面倒くさいのだ。嫉妬に狂うあの視線は、幾ら百合子が無関心だからといってもどこまでも付き纏う。

「蒼井先生…ありがとう」

大きな瞳に涙をためて、可弱そうに、上目遣いで蒼井を見つめる。蒼井は満足気にうんうんと頷くと、話題を変える。

「そういえば、親御さんはいつまで海外に居るんだ?」

百合子の設定は、両親は急な海外出張で、百合子は両親が経営するマンションに引越し、一人住まい。夏休みが終わるまでマンションで寂しく過ごすなら、早めに学校に入れて欲しいという両親の願いから特例の編入届が出されたのだ。

「まだ暫くは…でも毎日電話してくれるし、マンションの管理人さんも優しいので大丈夫です」

嘘を並べながら、百合子の中で出来る限り満面の笑みを浮かべた。蒼井からそれ以上の質問はなかった。

そうしてやっと“呼び出し”は終了した。

「校門のとこまで送るよ」

ちょっと待って、と百合子は鞄から靴下を取り出して履く。光に照らされた白い肌をするすると紺色の靴下が上がってゆく。その光景を美しいと見とれた蒼井は、はっとして気まずそうに廊下へ目を背ける。

百合子はわざと時間をかけてその動作を行った。蒼井へ目線を送ると、ちらちらとこちらの様子を伺っているようだ。────こういう使い方もあるのね、と今回の容姿への後悔を少しばかり改めた。

「お待たせしました、先生」

百合子が声をかけると蒼井は頷き、廊下へ歩みを進めた。

一階で靴を履き替える時にも、百合子はゆっくりとした動きで靴を履いたが、後ろ側にいる蒼井の

欲のこもった視線は痛いほど伝わってきた。

「ここまでで大丈夫ですよ、今日はありがとうございました」

「いやいや、こちらこそわざわざ来てもらってありがとう。夏休み中、何かあれば学校にいることは多いから気軽に訪ねてきなさい」

笑顔を作って軽く会釈をし、百合子は学校を後にした。

────今日はこのまま帰って、この容姿の使い方を考えようかな。

面白くなりそう、と百合子は心なしか弾んだ足取りで帰路に着いた。

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