↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
9/73

9話

 馬車は、やがて屋敷の正面に停まった。

扉の向こうに広がっていた光景に、私は思わず息を呑む。

老若男女、数え切れないほどの使用人たちが、

屋敷の前に一直線に並んでいたのだ。


庭仕事の途中だった者、洗濯物を抱えたままの者、

皆が一様に手を止め、こちらを待っている。


――え、これ……私を迎えてるの?


ひ、非常に恐縮です……!


心の中で思わず頭を下げる。

どうやら、この屋敷ではそれが“当たり前”の作法らしい。

馬車の扉が開いて、私は真っ先に外へ出た。

その瞬間、使用人たちは、まるで合図でもあったかのように一斉に頭を下げた。


角度まで揃った、完璧すぎるお辞儀。

そして――

顔。誰一人として、笑っていない。

死人のように青白い顔、伏せられた目。

若いメイドなどは、肩を小刻みに震わせていた。

……これが。

これが、ミアに向けられる視線。

違う……使用人たちを、ここまで追い詰めたのは、


――ミア本人だ。


「悪役令嬢……」


思わず、心の中で呟く。

ゲームでは、主人公をいじめるだけの“分かりやすい悪役”。王子とヒロインを結びつけるための、踏み台キャラ。

そう、軽く考えていた。

でも、現実は違うんだ。ここには、ちゃんと“人の人生を壊してきた悪役令嬢”がいた。


「……ミア様?」


背後から声がして、我に返る。

振り向けば、ヴィクトルが意識のないメイドを抱えたまま立ち尽くしていた。


――そうだ。今は、考えている場合じゃない。


「ミア様、そちらの者は……?」


白髪で恰幅のいい壮年の男が、恐る恐る近づいてくる。燕尾服に身を包んだ、いかにも執事頭といった風貌だ。

彼はヴィクトルの腕の中のメイドを見るなり、顔色を変えた。


「も、申し訳ございません! わたくしの監督が行き届かず……!」


「そんなこと、どうでもいいわ」


私はきっぱりと言った。


「医者はどこ? 早く、この子を診てもらいたいの!」


「……え?」


執事頭の目が、信じられないものを見るように見開かれる。


「ミ、ミア様……その者を、医者に?」


「ええ、そうよ」


「ご冗談を……。 貴女様が、使用人を“人として”気にかけられたことなど、これまで一度も……」


――でしょうね。

でも、今はそんな過去、どうでもいい。


「冗談じゃないわ。医師を呼んで。それから、この子をどこに運べばいい?」


私が畳みかけると、執事頭は言葉に詰まった。


「それでしたら……屋敷の地下の――」


「一階、東の角部屋が適切かと」


ヴィクトルが、即座に口を挟んだ。


「おい、あそこは客間だぞ!」


執事頭が低い声で睨む。


「地下は湿気が強く、日も差さない。

怪我人を置く環境じゃない」


ヴィクトルは一歩も引かない。


「しかし……」


「決まりよ」


私は迷いなく告げた。


「一階東の角部屋に運んで。怪我人を、あんな場所に放置するなんて出来ないわ」


一瞬、ヴィクトルの表情が、ふっと緩んだ。

ほんの一瞬、喜びが滲んだように見えた。

だが、それはすぐに消え、いつもの無表情に戻る。

彼はメイドを抱え直し、屋敷の中へと急いでいった。

残された執事頭は、その背中を忌々しげに見つめている。


――人狼族。元奴隷。


長年仕えてきた者からすれば、目障りな存在なのだろう。

周囲の使用人たちが、ざわつき始めた。

ミアの“異変”に、戸惑っているのがありありと分かる。


……そりゃ、驚くよね。


悪役令嬢が、使用人を気遣うなんて。


「さあ、私たちも東の角部屋へ行きましょう」


私は使用人たちを見回した。


「他の人は、仕事に戻って」


そう告げると、煮え切らない顔の執事頭の袖をつかみ、ヴィクトルの後を追って屋敷の中へと足を踏み入れた。

――この城は、思っていた以上に、深い闇を抱えている。


そして私は、その中心に立ってしまったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。