71話
王子の腹部から赤いものが広がっていく。
「王子に刃を突き刺すとは! 不届きものめ!!」
腹部を押さえながら、王子はぐらりと崩れ落ちる。
「ふふふ、不届きなのは、どちらかしら?」
「なんだと!?」
地面に這いつくばる王子を聖女は静かに見つめている。
「国のためとわたくしを婚約者にしておきながら、城に閉じ込め、自分はこのアバズレと楽しくやってるなんて……どちらが不届きなのかしら!?」
ギロリと王子を睨んだ顔はもう聖女じゃなかった。
憎しみに正気を失ってしまった者の顔。
狂気にのみこまれてしまった女の顔だ。
「あははは! いいきみ! ちょっとは気持ちがすっとしたわ!」
今までの鬱憤を吐き出すように、聖女は心底楽しそうに笑っている。
聖女は油断をしていたのか、王子が立ったのに気づかない。
ビュッ、と強い風が吹いたかと思ったら、次の瞬間には、聖女の首と胴がはなれていた。
腰にはいていた剣を王子がひとふりさせたのだ。
「ヒッ!」
一瞬の出来事に私は立ちすくんだ。
こんなこと、あってはいけない!
血だまりが広がって、ごろんと聖女の顔がこちらを向く。その双眸はかっと見開かれ、ずっと私をとらえていた。
は、早く、逃げなきゃ!!
そうは思っても体が全然動かない。
「ふん、馬鹿ものめ。聖女と婚約すれば、神の加護は私にうつる。そんなことも忘れたか……」
冷やかな声はゾッとするような内容を含んでいる。
この人にとっては、この聖女様は便利な道具ぐらいにしか思われていなかったのだ。
そんなことって――。
「さあ、ハニー、これで邪魔物はいなくなったよ……」
王子の腹部は、短剣に刺されたはずなのに、もう完治しているみたいだ。
さっきの聖女の加護が効いているのかもしれない。
「こ、こないで!」
体は動かないけど、なんとか声は出せた。
「なにをそんなに怯えているの? これで、邪魔なレオンも聖女もいなくなった。やっと二人で生きていけるんだよ」
この柔らかい笑顔は見せかけなのだ。
この王子は普通じゃない!
目的のためには手段を選ばない、残忍な人!!
「ミア、きみが最初に言ったんじゃないか……聖女をなきものにして、二人で遠くへ逃げてしまいたいって……」
「そ、そんなこと……」
本当のミアは、そんなことを王子にささやいていたの!?
愕然として、王子がこちらに歩いてくるのをみて後ずさりする。
「こないでよ!!」
「怖がらないで。私はきみを傷つけたりはしないから……」
聖女をあんな風にしておきながら、平気な顔でミアの手をとろうとする王子に、吐き気がする。
「きゃっ!」
ヒールの先が木の根にひっかかって、私はしりもちをついた。
「さあ、私の手をとってハニー。今からきみが皇太子妃だ。一緒にこの国で生きていこう」
たちこめた鉄の臭いに身震いがする。
王子はきれいな顔のまま、私に血まみれの手を差し出してきた。
イヤ――!
「私はミアじゃないんです! うぐみと言います! だから、許して!!」
咄嗟にでた言葉だったが、はたして王子に届くのか……!?




