7話
城はみるみるうちに目前へと迫ってくる。
高い城壁が闇の中にそびえ、その影が馬車を呑み込みそうだった。
――まずい。
このままじゃ、本当に「ミア」として城に入ってしまう。
私は焦りに駆られ、正面に座るヴィクトルを盗み見る。だが彼は、先ほどからずっと瞳を閉じたままだった。
……え、寝てる?
いや、それにしては呼吸が静かすぎる。
声をかけるべきか迷っている間にも、馬車は城門へと近づいていく。
門番の姿が見えた瞬間、胸がきゅっと締めつけられた。
――今しかない。
私は上目遣いで彼を見つめ、意を決して声を出した。
「ヴ、ヴィクトルさん……」
「…………」
反応はない。
やはり眠っているのだろうか。
狭い車内に沈黙が落ちる。
馬車の車輪が石畳を刻む音だけが、やけに大きく響いた。
城の鉄門が、きぃ……と重々しい音を立てて開く。
――もう、猶予がない!
手のひらがじっとりと汗ばみ、私はスカートを握りしめた。
大きく息を吸い込み、腹の底から声を出す。
「すみません、ヴィクトルさん!」
「……どうして」
低く、冷えた声が返ってきた。
私は息を呑んだ。
ヴィクトルはいつの間にか目を開け、鋭い視線で私を射抜いていた。
「先程、倒れた馭者に手を差しのべたのですか」
「えっ?」
寝ていたわけじゃない。
ずっと、見られていたんだ――。
背筋にぞわりと寒気が走る。
「……あ、あれは、その……」
疑われている。
はっきりと、それが伝わってきた。
でも――今なら。
私は唇を噛みしめ、覚悟を決めた。
「実は……私は、ミアじゃないんです」
言葉が、車内に落ちる。
――言えた。
胸の奥が一瞬だけ軽くなった。
だが、それも束の間だった。
ヴィクトルは沈黙し、私を見つめ続ける。
野生動物のようなその瞳に、一瞬だけ揺らぎが走った。けれど次の瞬間、彼は口元を歪めた。
「……私を、からかっているのですか?」
声は静かだが、底冷えがする。
「貴女は、どこからどう見てもミア・フォルトナー様だ」
「えっと、その……似てるだけで、本人じゃなくて……」
「似ている?」
彼の声音が険しくなる。
「他人の空似などという次元ではありません。そんな幼稚な嘘をつくくらいなら、生き別れた双子だと言った方がまだマシでしょう」
圧が、強いよー!!
本気で怒っている。こ、こわいよー、この人。
「からかってなんていません! 本当なんです!」
私は必死に食い下がった。
「……馬鹿な」
ヴィクトルは短く吐き捨てるように言い、首を振った。
――その瞬間。
「ヒヒィィンッ!!」
耳を裂くような馬の嘶き。
次の瞬間、馬車が急停止した。
「きゃっ!」
身体が前のめりになり、私は座席に手をついて踏ん張った。
外では騒がしい声が上がっている。
城門の前で、何かが起きた――。
ヴィクトルが素早く立ち上がり、扉に手をかける。
「……下がっていてください、ミア様」
その呼び方に、胸がちくりと痛んだ。
――やっぱり、信じてくれない。
それどころか。
この城に入った瞬間から、私はもう「ミア・フォルトナー」として扱われる。
その事実が、なぜか言いようのない不安を、胸の奥に落としていた。




