69話
私は、父と共にバージンロードをゆっくりと歩いた。
父は、突然の娘の結婚に驚きを隠せなかったようで、結婚式が始まってからも、感極まって鼻をすすっていた。
婚約者がいるのだから、結婚など遠い話ではないというのに、困ったものだ。
でも、それだけミアを愛していたのだから、有難いことではある。
母は、いたって冷静だった。
家柄も資産も世間体も全てフォルトナー家より勝るクロフォード家。
そんな家に嫁ぐのだから、それなりに覚悟しておきなさい。と厳しくいわれた。
悪役令嬢ミアの母だけはある。
そんなことを考えていると、
周りの客席から、感嘆の声が聞こえる。
レオンは……というと、
祭壇の前で、今までに見たこともないような、晴れやかな笑顔を見せていた。
(本当に、私を何度も死においやった男なのかと疑いたくなるわ!)
私は純白のウェディングドレスを身にまとっていた。
レースを幾重にも重ねて、宝石まで縫い付けられていて、見た目以上に重いのだ。
まったく、誰がこんなドレスかんがえたんだろ!?
靴のヒールも高くて足も痛いし、踏んだり蹴ったり。
(はぁ、早く結婚式終わらないかなぁ……。)
ようやく、私も父から離れて、レオンの隣へと立った。
ふと風がふいた。
後ろを振り向くと、誰かが、客席からこちらに向かって走ってくる。
私の目の前に来たとき、ギラリと何かが光った気がした。
えっ!?
それが、刃物なのだと気づいた時には遅かった。
……今回の私、結婚式で死ぬの?
グザッ!!
「うっ!」
すぐそばで誰かの呻き声がした。
目をひらく。
すると、レオンが右腕を押さえて喘いでいた。
「レオン様!?」
彼の腕、そこからじわじわと血が溢れてきていて……。
「キャーッ!!?」
周りから悲鳴があがる。
「ミア、逃げろ!」
レオンは、息をするのも辛そうな顔で、私の肩を押した。
「えっ、でも! レオン様は!?」
「いいから、早く逃げるんだ!!」
本気のレオンをはじめてみた。
彼は私をかばって、逃がそうとしてくれている。
私はウェディングドレスの裾をもちあげると、駆け出した。
すると、レオンを刺した人物が後からついてくる。
――自然と足は、あの始まりの森へと向かっていた。
◆ ◆ ◆
新緑の森の中、白いウェディングドレスを着たミアが走っていた。
後ろからは猛然と追いかけてくるマント姿の女がいる。
「あぁ! 神様にお願いしてよかったわ。こうして、あなたを追いつめることができて!」
短剣を握りしめ、ほんの二メートル後を追走する女はもう恐怖でしかない。
ヒールの靴に重いウェディングドレス。
ミアの体力の限界はすぐそこだった。
そうこうする内に気の根っこに足をとられて、ミアは派手に転んだ。
「ハァハァ……、どうして私を狙うの!?」
荒い呼吸をなんとか押さえつけ、
大きな木を背にしたミアは追手に話しかけた。
マントの女は立ち止まると、ようやく被っていたマントのフードを持ち上げて顔をさらした。
「だれ!?」
細面のはかなげな人だと思った。
悪役のミアは、顔のパーツ全てがくっきりしていて、派手なバラの花だとしたら、この人は、顔もすっきりとした感じで、印象の薄いスズランの花みたい。
「まさか、私のことがわからないの!?」
女の人は驚いた様子で目を見開いた。
「はい……。少し前に馬車との事故で記憶喪失になりまして……」
この女の人が誰であれ、
ここは最初に決めた設定を通すしかない。
「あなたが、記憶喪失!? 信じられません……」
話し方や、身に付けている高価そうな装飾品を見ると、けっこう高貴な人なんだろうけど……だれなの!?
「は、ははは……! まさか、悪女で名高いミア・フォルトナーが本当に記憶喪失になっていたなんて!」
ちょっと言い方にカチンとくるけど、もしかしたら、貴族なのかもしれない。
「貴方は誰ですか?」
「私のことも覚えていないのですね。私はこの国の聖女です」
「へ? せ、聖女様!?」
ミアはすっとんきょうな声をだした。
「なぜ、聖女様みたいな人が、私を殺そうとするのです!?」
聖女様は面倒そうに大きなため息をついて、片手を額に当てた。
「記憶喪失になっても、イラつく女ですわね……!」
「なんですって! 貴方は本当に聖女様なんですか!?」
この国の聖女ということは、このゲームのヒロインということになる。
それなのに、このヒロインらしからぬ言動はなんなの!?
「わたくしの人生を滅茶苦茶にしておいて、記憶喪失になったからって、また新しく人生をやりなおすつもりなんでしょう? そんなこと、させないわ!!」
すごい剣幕の聖女様。
ミア、この人に何か悪いことでもしたのかな!?
「あなたの人生を滅茶苦茶にしたなんて、人聞きが悪すぎます。私がなにをしたというんです?」
冷静な声音で問いただす。
激昂する相手と同じ土俵に立ってはいけない。コンシェルジュ時代に培った大事なスキルだ。
怒りに身を震わせていた聖女は、こちらを睨み付けた。
「私の婚約者をたぶらかして捨てておいて、よく言うわ!」
「え、あなたの婚約者って……まさか……」
ゲームのヒロイン、聖女様の婚約者は、どのルートでも決まっている。
この国の第一王子だ!
「王子様!?」
「そうよ! やっと思い出したの? あなたたちは、よくこの森で二人で逢い引きしてたじゃない!?」
あ、逢い引き!?
「ウソ……私はそんなこと……」
「ふん、いっぱいお相手する男がいすぎて、忘れてしまったのかしら?」
嫌みったらしく聖女様は言って、短剣をこちらに向ける。
イヤイヤ……、私は本当のミアじゃないから、知らないんだよ!
とはいえ、本当のミアと第一王子は、恋仲だったってこと!?
ミア。貴方って人は、すごいよ……。
悪役令嬢って、あなたみたいな人のことをいうんだよ。
――でも、私はもう死にたくない!!!




