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66話

――レオン――


 目の前にいる令嬢は、自分との結婚を嫌がっている……。


ミアは、不安に揺れる大きな瞳をこちらに向けてきた。


(本当に、警戒心の強い猫みたいだ。)


 レオンはクスリと笑う。


 ずっとミア・フォルトナーを見てきた。

輝く金髪、陶磁器のように滑らかで白い肌。気の強そうな大きな瞳。

その美しい見た目と同じく、傲慢で冷たい性格。


そんな美しい蝶を放っておくほど社交界は清い世界でもなく、ミアはあっという間に男たちを虜にした。

夜会に参加するたびに、相手の男が変わることで有名で、女性たちからは、嫉妬と羨望により目の敵にされていたが、

本人は全く気にしていない様子だった。


 そんな事情が変わってきたのは、いつからだろう?

ミアの屋敷に忍ばせているネズミ(レオンの息のかかった侍従)から、ミアが馬車にひかれそうになったメイドを助けて、介抱までしたと聞いた。


 あの傲慢な性格ではあり得ないと、思いつつ、なぜそんな事をしたのかと気になった。


それから、度々ネズミからミアの情報を聞くうちに、もしかしたら、ミアは別人とすりかわったのかもしれない……と考えるようになった。

王子の乳兄弟として育ってきたので、

それなりに様々な人々を見てきている。

偽りの令嬢なら、すぐに見破ってやる……!


 そうしてミアと会う頻度を増やしていくと、対峙する相手は間違いなくミア・フォルトナーなのに、表情、会話、物の考え方がまるで別人のようだと感じた。


(……どういうことだ?)


 違和感に頭が追いつかない。

でも、メイドや人狼のヴィクトルを想う気持ちは本当のようだった。


(面白い女。)


 そうこうしていると、気がつけばミアのことを考えるようになった。

これでは、ミイラ取りがミイラになる……ではないか。


 そして、現在、向かい側で警戒する彼女を改めて見つめる。


「ミア、君がわざわざ僕に会いに来てくれた理由を教えてくれるかい?」


 彼女がゴクリッ、と大きく唾を飲み込んだのがここまで聞こえた気がした。


「実は……ヴィクトルのことで、お願いしたいことがあって参りました」


「あの、娼婦殺しの人狼くんのこと?」


「はい」


 大方、予想はしていたが、いざ自分ではない男の名前がミアの唇から紡ぎだされると、嫉妬心が堪らなくわく自分がいる。


(どうやら、僕は、今のミアに相当夢中なようだ。)


 内心ニヤリとすると、それが表に出ていたようで、ミアがビクッと怯えた。


「そんなに怯えないでミア。僕は君をとって食おうとする悪人ではないよ、だから安心して」


(そう、今はまだね……。)


「わかりました。……お願いと言うのは、レオン様のお力で、ヴィクトルを無実として欲しいのです」


「へぇ、あの侍従を庇っていたのは、やっぱり君だったんだね。通りで見つからないはずだ」


 皮肉めいたことを言うと、ミアはますます怯えた顔をした。だが、すぐに冷静になる。


「ヴィクトルは人を殺せるようなタイプではありません」


「ふぅん~、相当入れ込んでるみたいだね。彼のこと。面白くないな」


「え、面白くないとは……?」


 ミアが訳がわからない様子でこちらを見る。


「いや、こっちの話。周りから見ていい人、優しくて人殺しが出来ないと言われている男が、人殺しをしてしまった事件はごまんとあるよ」


「わかっています」


「じゃあ、君の中で、グレーかもしれない相手を無実とする理由はなに?」


 ちょっと問い詰め口調になってしまった。


「彼を、信じているからです」


 迷いのない即答。

ヴィクトルはそこまでミアの中で成長していたのかと気づかされる。


「フフッ、どうやら君は、ヴィクトルくんのことが好きみたいだね」


「……へっ? 好き??」


 言われて初めて気がついたのか、ミアは急に頬を赤く染めた。

散々、今まで男の元を転々としていたくせに、今の反応は一体なんなのだ?


 ザワザワとした気持ちが胸に渦巻く。


「……人殺しかもしれない男に入れ込んでもいいことないよ?」


「信じてもらえないかもしれませんが、それでも構いません」


 清々しいほどに真っ直ぐな瞳は、どうやらレオンが施した悪巧みを見抜いているようだった。


(そう、ヴィクトルくんを嵌めたのは、僕だ……。)


くそ真面目で、一途にミアを愛している。


(汚れた下僕のくせに。)


 それが堪らなく憎らしかった。

娼婦殺しの罪をきせて捕まえたら、さっさと処刑する予定だった。


(……もっと遊ぶつもりだったのに、残念だなぁ。)


「それで、人殺しかもしれないヴィクトルくんを無実にするのは、容易いことではない。それに、僕になんのメリットがあるの?」


「メリット……」


 ミアの瞳が落ち着かなく左右に揺れる。しかし、すぐに顔を上げた。


(まただ、この女はやはり本当のミアではない。

そもそも、下僕の命乞いをしにくるのもおかしい、以前のミアからは想像もつかないこと……。)


 疑心暗鬼に焦燥、嫉妬に恋い焦がれる何かが心を嵐のように自分のなかで駆け巡る。

冷静であるはずの自分の心が、ここまでかき乱れている!


(この感じ……久しぶりに、ワクワクする!!)


 ミアは決心したかのように言った。


「わたくし、レオン様と結婚しますわ」


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