65話
手入れのいきとどいた広い敷地に、屋敷はまるで宮殿みたい。
それがここの第一印象だ。
玄関ホールに案内されると天井は高く、豪華なシャンデリアが設置されている。
どこもかしこも装飾も調度品も素晴らしく、まるで国立博物館にきたような感覚。
(財力がフォルトナー家とは大違い。)
圧巻の一言につきる。ここへ来たものを平伏させるため、もしくは、拒絶するかのような造りにミアはひんやりと寒気を感じた。
ここはレオン・クロフォードの屋敷。
私はこれから彼と交渉するためにやって来たのだ。
「やあ、ミア! よく来てくれたね」
場違いなほど明るい声がして顔を上げると、いつの間にかレオンが近くに立っていた。
(い、いつの間に!?)
気配を全く感じなかったのでヒヤリとする。
「そんなに驚かないでよ、傷付くなぁ~。でも、ミア嬢みずから訪ねてきてくれるなんて嬉しいよ」
取って付けたような笑みでそう言われても、こちらは嬉しくもない。
「相変わらず、警戒心の強い猫みたいで可愛いね」
じっと観察されてからそう言われて、どぎまぎしたが、まだ挨拶をしていなかったことに気がついた。
「急な訪問にも関わらず……」と、私が挨拶しようとしたところ、レオンは後ろに回り、細長い布(スカーフ?)で私の目をおおった。
「レオン様、何を!?」
慌てる私にレオンは、「いいからいいから、僕を信じて」と私の手をり、強引に歩きだした。
「もう堅苦しい挨拶はいいから。今から行く所でお茶の準備ができてる」
レオンの手は大きくて力も強かった。
この手で何回私の命を摘んできたのだろう……それに、今から提案することを考えると、急に胃が痛くなってくる。
でも、視界が遮られると、他の五感が働くもので、隣のレオンから甘く涼しげな香りがしてきて、心臓が飛び出してしまいそうだった。
しばらく歩くと目をおおわれていても明るい場所に出たのがわかった。
それに、レオンの香水とは違う、自然な甘い香りが微かに漂っている。
「さあ、ついたよ!」
レオンは私の手を放し、目隠しを取ってくれた。
私達はいつの間にか大理石でできた東屋(西洋風だとガゼボ?)の前に立っていた。
視界には一面の色とりどりの花が咲き乱れ、(緑の芝生に小さな小川まである!)
大ぶりの木は桜みたいな花を沢山つけていて満開だった。そこに小さな小鳥が飛び交い囀ずっているのが耳に心地よい。
「なんて、キレイなの……」
私は思わず話しかけあまりの美しさに言葉を失った。
さっきまで人を拒絶するような感覚だったのが、一瞬でそれも吹き飛んでしまった。
「喜んでくれてよかった……ミアのために、中庭をつくりかえたんだ」
「え? 私のため??」
ドキッとした。
「そうだよ、君のために」
レオンは明るい日差しの中、まるで天使みたいに柔らかく笑いかける。
肩まである黒髪が風になびき、綺麗な顔の輪郭があらわになる。
ドキッ。
バチッと目と目があい、お互いの瞳の色までじっと眺めてしまう。
レオンの深紅の瞳。
いつもは何かと戦っていて燃えるような色をしているのに、今日はなんだかルビーのように穏やかな色をしている。
ドクンッ、ドクンッ。
(まさか、私、私を殺したくて仕方がない男を意識したり、しないわよね!?)
この心臓の動きは緊張のためよ。
豪華な演出に惑わされちゃ駄目!
……ああ、でも、この庭には、うっとりしちゃう。
「喜んでくれた?」
「え、ええ、もちろん」
「よかったぁ! ミアのことを考えてこの庭を造ったんだ。僕は仕事が忙しくて、許婚らしいことが全然出来ていなかっただろう。その償いにね」
穏やかな日射しの下でそんな甘いことを言われるとは!
それからは、東屋のテーブルについて、二人で向かい合ってティータイム。
高級茶葉の紅茶は美味しいし、イチゴジャムをたっぷりつけたスコーンは、今まで食べた中でも一番!
他にも、マドレーヌやクッキーなどの焼き菓子、フルーツタルト、チーズケーキなどもあり、よりどりみどりだ。
レオンに勧められ、フルーツタルトを一口食べると、あまりの美味しさに手が止まらなくなる。
しばらくもくもくと食べていると、
「はぁ~、結婚式が待ち遠しいなぁ。ミア、早く僕のところへおいで」
「うぐっ!!!!」
私はその言葉に食べかけのタルトを喉に詰まらせそうになる。
「き、急に何を言うのです!?」
レオンは向かい側で肘をついてこちらに顔を寄せてきた。
「僕たちは許婚同士。早かれ遅かれ結婚することになるでしょう。僕としては早い方が嬉しいのだけど」
「た、確かにそうだけど……なんでそんなに結婚を急ぐの?」
私はフォークをテーブルに置くと、恐々とレオンに問いかけた。
(まさか、殺すためなんて、この状況で言わないわよね!?)
不安からもう美味しそうなタルトも焼き菓子も喉を通りそうになかった。




